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123話 ハマダ辺境伯


 お城でまたトラブルだ。王妃が俺と奴隷契約を結ぶという訳が解らん状態。

 なにがどうしてこうなったのか、まったく不明。

 お城の王族たちも王妃の奇行に頭を抱えているという。


 皆で食事を摂ったあと、リリスが俺の所へ泊まるというので、家にベッドと新しいシーツを用意。

 用意万端、俺が寝ようとしていると――テントにリリスがやって来た。後ろにお付きのメイド長、マイレンさんを従えている。


 王族が男と同衾どうきんなどしたら、そこで終了。貰い手などなくなる。


「構わぬであろ? 妾は、もうそなた――いやケンイチのものになった。なにを困ることがある」

「一応、褒美として要求しただけで、国王陛下の許可は、まだもらっていないんだけど……」

「許可ならとったぞぇ? 妾の好きにしていいと、父上の許可をいただいた」

「こんなことになって、陛下が怒り狂って俺に刺客を送ってきたりは、しないだろうな」

「そなたを含めて、大魔導師級が4人。それに、あのぶんでは、母上もそなたの味方につくのは間違いなしじゃ。下手すれば城が消えるの? 王国が滅びるかもしれん」

「まさか……ありえるな」

 王国の危機の話をしながら、リリスが俺に抱きついてきた。


「ちょっと、マイレンさん的には?」

 一応、リリスお付きのメイド長、マイレンにも確認を取ってみる。


「私は、姫様についていくだけですので」

「そうじゃ! マイレンも一緒にいたすというのはどうじゃ? ケンイチは、マイレンのような女子おなごが好みであろ?」

「そりゃ、大好物ですけど……いやいや、それはマズいでしょう。ねぇ、マイレンさん?」

「私は、姫様のご命令とあらば」

「激しく責めたててやれば、尻を振って喜ぶぞぇ?」

 待て待て、初夜でそれはいいのかよ? やっぱり王族ってのはちょっと変だ。


 国王陛下のことが心配だ――心が折れてやけくそになってるんじゃないだろうな?

 最愛の女性と娘を同時に失う気分は、幾許いくばくか? しかも両方を俺に取られて。


「リリス、俺が寝るのは、この袋なんだけど……こんな所で君も寝るのかい?」

「土の上だろうと、泥の中であろうと、ケンイチと寝るのに場所は関係ない! もはや城を捨てれば、豪華絢爛の生活には無縁になるじゃろ?」

 まぁ、そのとおりなのだが――そういう生活をマジでさせたら、リリスも王妃もすぐにお城へ逃げ帰るのではないだろうか?

 夢や理想と現実は違う。まぁ俺のチートを使った生活は、この世界の平民の生活と、かけ離れているのも事実だが。


 そんな話をしていたのだが、ここにはもう一人女の子がいる。リリスが抱きついている俺に、アネモネも抱きついてきた。


「私が、いつもケンイチと寝てるんだから!」

 この寝袋は二人用だが、3人も入るのか? まぁ、二人ともまだ小さいから、入れると思うが……。

 

「しかし、一緒に入れば、そこで終了……」

「もはや、覚悟はできておる! じゃが、その……優しくしてほしいのじゃが……」

「しない、しないから」

「なぜじゃ? いくらでもやっても、いいのじゃぞ? そなたも、妾を孕ますつもりだと申しておったではないかぇ」

「いや、言ってないから」

「むー!」

 仕方なく3人で寝袋に入ることになった。マイレンはテントの外で、俺の出してやった寝袋に入っている。


「それじゃ旦那、俺たちは家で寝るからよ」「頑張るにゃー」

 頑張るってナニを頑張るんだよ。まだ色々と決定じゃないんだから、やらないぞ?

 獣人たちは、家で寝ることになったが――これなら最初から俺が家で寝ればよかったか。


「ふんふん! クンカクンカ! これが男の匂いかぇ!」

 リリスが、俺の胸に鼻をつけている。


「王女が、はしたないでしょ?」

「もはや王女ではないのでな!」

 いや、まだ王女でしょ?


「妾も、これで女になるのじゃな? 天にまします先人様。今宵リリス・ララ・カダンは女になりますぇ」

「こんなオッサンのどこが良いのやら……」

「国を救い、ワイバーンを討伐できる人間がケンイチの他にいると思うかぇ? 歳など些細なことじゃ!」

「それじゃ、私もぉ!」

 そう言って、アネモネが俺のシャツの中に潜り込んでくる。


「それでは、妾もじゃ!」

「これ! シャツが伸びるから止めなさいっての」

 寝袋の中ではしゃぐ二人とも、全然子供だ。


「にゃー」

 騒いでいる俺たちの上に、ベルが載ってくると、俺の顔を舐める。

 彼女の舌はザラザラでヤスリのようだ。


「ちょっとお母さん、舐められると痛いんだけど」

「おもーい!」

「重いぞぇ! なにが乗っておるのじゃ!」


 そして夜が更けた。

 なにもしていないぞ――念のため。


 なにもしていないが、寝ながら考えた。

 王妃のやり方は色々とまずかったし、俺の家族を危険に晒したのは許せん。

 俺の感情的には納得できないが、彼女が王家を支えていたのは事実。それにあの性格だ、味方もなく孤立していたに違いない。

 それに国王も国王だ。年少の頃からの王妃への想いがあるなら、なにか彼女を救える方法があったろう。

 そういった要因が積み重って奇行に繋がっていると考えると、不憫に思える。

 ちょっと歪んだ人間ではあるが悪人ではないはずだ……。

 それを考えると――条件次第では、王妃を迎えてもいいと思っている。


「ケンイチ……」

 暗闇の中、王女の声が聞こえる。


「リリス、まだ起きていたのか?」

「母を助けてやってたもれ」

「今、考えているが、悪いようにはしない――と思う」

「さすが、我が夫じゃ!」

 リリスが俺の胸に顔を埋めてきた。


「だがリリス――王妃が、あんなに聖騎士にこだわっていたのを知っていたか?」

「知らぬ。まったく聞いたことがなかったわぇ」

「それじゃ、独りでずっと心に秘めてたのかなぁ」

「かも知れぬ……」

「ほんで、やっと来てくれたと思ったら――リリスとばかり仲良くしていたので、嫌がらせをしたり切れたりしたのか……」

「妾が知らぬこととはいえ、すまぬことをした」

「リリスが謝る必要はないけどなぁ……」


 まぁ、国王と王族の親戚連中の出方次第だな。


 ------◇◇◇------

 

 ――謁見の間での乱闘から2日目。国王の容態がよくなったというので、会うことになった。

 今度は謁見の間ではなくて、王族の会議で使っている私室らしい。

 会うのは俺とリリスだけ。もう危険はないと思うが、アキラたちの所へ行って、俺の家族の守護を頼んだ。


 リリスと一緒に城の奥深くへ向かう。普通の人間では絶対に入れない場所。

 隠し扉から階段を登り、2階へ向かう。赤い絨毯を敷かれた暗い廊下を数十m進んだ扉の前にリリスは止まった。

 黒い木の扉で、立派な装飾が施されている。扉に刻まれているのは鳥か?

 そういえば、呼び出しでもらった国王からの手紙にもこの鳥が書いてあったような……。


「ここか?」

「うむ」

 中に入ると明るい陽の光が斜めに入り、中央にある丸いテーブルを照らしている。

 壁には暗い色の板が貼られて落ち着いた雰囲気。そして天井には金色のシャンデリア。

 嫌味な豪華絢爛ではなく、この部屋に合わせたものが備えつけられている。


 丸いテーブルに座る、王族らしき面々。一番奥に、国王陛下が座っている。

 顔が腫れているようだが――まぁ大丈夫そうだ。

 リリスは、円卓会議を老害だと言っていたが、若い人や女性もいるようだ。

 皆、白を基調とし、金糸で彩られたワンピースや法衣のような服を着ており――成金趣味のゴテゴテではないが、上品な佇まい。


「皆様には、お初にお目にかかります。魔導師――いや今は聖騎士のケンイチでございます。以後、お見知りおきを」

「よく言いよるわ。そなたのせいで、城は滅茶苦茶なのだぞ?」

 テーブルに座っていた若い女性が声を上げた。金色のウェーブヘアが美しい、青い鋭い目――こころなしか、王妃に似ている。

 勿論もちろん、親戚なのだから似ていても不思議ではない。


「これは異なことをおっしゃる。私は国の大事に国を救い、王女殿下をワイバーンから救いだしただけ。まぁ、ついでに帝国の大魔導師を亡命させましたが」

「ぐぬぅ……」

「ケンイチの言うとおりじゃ! そのことは、何度も説明したはずですぞ! このような偉業を他の誰がなし得ると言うのです!」

 リリスが、円卓会議の連中に食って掛かる。


「そ、それは……」

「そんなに私が嫌いならば、私から真珠を買うこともないのに――と思いますけどね」

「なんじゃと! 誰が抜け駆けを!」

 頭の禿げた白髪の爺さんが手を上げた。


「わしじゃ――奥に泣きつかれてのう……」

「妾とて我慢しておるのに、この爺!」

 王族同士で喧々囂々が始まるのだが、どうでもいい。


「それで、結論はどうなったのでしょう? 私は褒美だけいただいて、在所に帰りたいのですが……」

「それは……」

 王族たちが一斉に国王を見る。


「王妃――アマランサスをもらってはくれまいか?」

「手に余した、問題児を私に押し付けようという腹ですね」

「そ、そのとおりじゃが、本人がそれでないと納得せんのじゃ!」

「アルストロメリアの言うとおり、王族が奴隷契約を結ぶなど前代未聞。こんなことが公になりでもしたら……」

 ウェーブヘアの若い王族はアルストロメリアというらしい。

 王族会議の連中が、それぞれに言い訳を述べるのだが、そんなことは俺には関係ない。


「私には、なんの関係もありませんが? 私が要求したのは、王女殿下だけです」

 その言葉に、一番奥の席で国王が頭を下げた。


「このとおりだ。もはや、我々ではアマランサスを制御できぬし、あれのことは諦めた。娘もそなたにくれてやる故、アマランサスも、もらってくれぃ」

「ケンイチ……」

 心配そうな顔で、リリスが俺を見つめている。

 血は繋がっていないが、母と呼んでいた女性が持て余されて、八分にされるのは忍びないのだろう。

 少なくとも、彼女にとって王妃は良き母であったようなのだ。

 それに強権的かつ独善的な手段も、国を思えばこそ。私利私欲のために動いているようではなかった。

 そのため味方も少なく、孤軍奮闘していた様子が目に浮かぶ。

 難渋していたが故、それが限界に達して、あのような奇行になったか?

 実際、命も狙われていたようだしな。俺が彼女を引き取り、お城から厳しい視線がいなくなれば、そういう連中も万々歳だろう。

 多分、反対する貴族も少ないと思われる。

 

 王女を嫁がせる条件も出された。彼女の王族籍を抜くことだ。

 彼女が王族のままだと、俺に王位継承権が発生してしまうらしい。

 それは避けたいようだ。俺からすれば王位継承権なんて、どう考えてもイラネーから、どうでもいいのだが。


「それで、私に見返りは?」

「それじゃ! そなたは一体なにを望む? 金か? 土地か?」

「そうですねぇ、王族を引き取るのに見合う金と、それから――私が住んでいたアストランティア近くの湖の土地、それからその上にあった高地のすべての権利――ですかね」

「地図を――」

 国王の指示で、国土の地図が用意された。地図が国家機密とはいえ、ある所にはあるものだ。

 国家機密の地図とはいえ、日本にあるような精密な地図ではなく、かなりアバウト。


「アストランティア近くの湖というのは、これじゃな? アスチルベ湖」

「そして、その近くの高地というのはこれか――アゲラタム高地」

 王族たちがテーブルの上に広げられた地図を覗き込む。

 お城にある地図なのに、湖も高地も凄くテキトーだ。誰も行ったことがないので、想像で描かれているのだろう。

 それに、この地図が何年前に作られたのかも不明だ。


「こんな場所でよいのか?」

 王族の方々が疑問に思うのも当然だろう、なにもない所なのだから。


「ほとんど人も住んでおりませんし、私が好き勝手やっても、なんの問題もないでしょう」

「アスチルベ湖畔は、ユーパトリウム子爵領ではあるが、割譲に何の問題もない」

「それに高地や、湖の反対側は前人未到でありましょう? 私が測量もいたしますよ」

「ううむ……」

 誰も行ったこともなく、誰も住んでいないのだが、面積はかなり広い。

 俺が拝領して男爵などになっても、この広さを治めるのには家賃が高いという話になった。


「そこは特例で認めていただければよろしいのですよ、たとえば辺境伯にしていただくとか」

「なんじゃと、辺境伯だと!」

 王族たちが驚くのも無理もない。辺境伯などと名称だけ聞くと、地方の役人みたいな印象だが、実際はかなり違う。

 この王国だと侯爵に匹敵するだけの強力な権限を持っているのだ。

 領地のほとんどが前人未到の土地であり、エルフや王国に与していない他種族と接触する可能性も高い。

 そんな領地を治めるのに、一々王都までお伺いを立てていられない。

 臨機応変な対応を迫られるために、強力な権限を与えられている――とはいえ、人材も軍隊も領民もいないのだから、現時点では、なにもできないのだが……。

 


「しかし、平民からいきなり辺境伯などと、前例がない!」

「その、ない前例を一気に飛び越えるから見返りになるのですよ。あの女性を抱えるということは、そのぐらいの危険があるとお考えください」

「ぐぬぬ……」

 王族連中は、腕を組んで固まっている。

 どうも、この円卓会議を仕切っているのは、ウェーブヘアの若い王族の女性のようだ。


「それに、王妃を俺に押し付け――その隙にお城に側室を大量に入れて、子供を作ろうというのでしょう?」

「うっ! そ、そのとおりじゃ……そうせねば、王家の血が途絶えてしまう故……」

「そもそも、王家の血の限界なのではありませんか? 初代国王が祝福を受けて、奴隷から国の頂点に立ったというのがこの国の起源だというのであれば――平民出の私が辺境伯になることぐらい、なんでもないように思えますけど」

「ちょ、ちょっと待つが良い! そなた、その話を誰から――」

「誰でもよいでしょう? それで、いかがなさいます? 王妃が本気で暴れ出せば、止めるのが難しくなりますよ」

 リリスを見ると、ちょっと気まずい様子だ。


「うう……」

「ああ、それと――お城の書庫にある全て資料の複製許可をいただきましょうか」

「なんじゃと!」

「色々と知られるとマズい資料もあるようですけど、聖騎士となって王族を引き取るなら、私が知っていても問題ありませんよね?」

「ぐぬぬ……どうやって複製などを作る?」

「私の持ってる魔道具を使いまする。勿論、本を傷つけたりはいたしませんので、心配ご無用」

「むう……」

 そろそろ折れそう――もうひと押しという感じに見える。


「それに、私と仲良くされたほうが、いろんな素晴らしいものが手に入りますよ。すでに整髪料などを、ご購入なされたではありませんか」

「うむ! あれはすばらしいものじゃ! みよ、この髪を! 今までの石鹸などとはくらべものにならぬ!」

 女性が自分の金髪をかきあげて、美しさを自慢すると、隣の爺さんが怒り出した。


「この女狐め! ワシに散々悪態をつきおって!」

「真珠に比べれば、些細なものじゃろうが!」

 いやいや、そんなことはどうでもいいんだよ。


「それで、いかがなさいます?」

 俺の言葉を聞いた、円卓会議の面々の動きが止まる。


「しばし待て」

 ガタガタと椅子を動かして、部屋の隅で小円卓会議を始めた。

 いくら話し合っても、もう受け入れるか拒絶して王妃が暴れて大騒ぎになるか、二者択一。

 とりあえず俺の意見は述べた、ボールは向こうにある。


 国王がぐったりとしているのを尻目に、王族の話し合いが続いている。

 本当に、お飾りなんだなぁ……。たぶん王妃は、これに対抗していたのだろう。


「話は決まった、そなたの要求を受け入れる」

 王族を代表して、金髪の女性が歩みでた。


「賢明な判断ですな。ありがとうございます」

 礼をする俺に、王族の連中は渋い顔だ。


 俺がもらう報酬は金貨2万5000枚となった。日本円で50億円である。

 この国の国家予算が1000億円ほどらしいので、国家予算の1/20を分捕った恰好になる。

 高いというなかれ、不通になった峠の復旧工事に掛かる費用、そしてその工事期間中に止まった流通で出る経済損失などを考えれば50億円の支払いは安い。

 下手をすれば国が傾いたのだ。


「それで、ケンイチ殿――辺境伯となるわけだが、家名なんと名乗る?」

「ハマダでお願いいたします」

「ケンイチ・ハマダ辺境伯じゃな。あい解った。じゃが、実務方とすり合わせを行わなくてはならぬ。あと1週間ほど、ここに滞在するがよい」

「承知いたしました。それでは、その待ち時間に、書庫の閲覧と複製作業をさせていただきます」

「許可しよう」

 チラリと女性が他の王族を見たが、皆が頷いている。問題はないようだ。

 これで、あの書庫にある本を全部ものにできるってわけだ。


 話が終わったはずなのだが、俺の眼の前から女性がどかない。

 正面に立たれると、白いドレスの大きく開いた胸が気になる。

 王妃に似ているが体は柔らかそうなので、武術をするようには見えない。女性らしい体つきだ。

 もやもや考えていると、女性が俺の首に手を回してきた。


「聖騎士の力とやらを、ちょっと妾にも試してみぬか?」

「よろしいので?」

「アルストロメリア様!」

 リリスが叫ぶが――。

 この女性は、リリス――王女の従兄弟違い、王妃の従兄弟にあたる方らしい。

 それなら王妃に似ていても不思議ではないな。


 俺が、彼女の両脇を掴んで力を使うと、女性はその場にストンと座り込んだ。


「ま、待て、待つがよい! こんなのは――ああっ、待っ! ひぃぃぃぃ!」

 女性は仰け反り、ビクビクと痙攣をし始めた。この人はちょっと反応が遅れてくるタイプらしい。

 床で転がる女性を横目に俺は一礼した。これ以上ここにいる理由はない。


「それでは、私は失礼いたします」

 部屋から出て、長い廊下をリリスと一緒に歩くと、彼女が頭を下げる。


「どうなることかと思うたが、母を受け入れてくれて感謝する」

「もう、ここまできたら仕方ありません。私の家族の意見を聞かず、少々悪いことをいたしましたが……」

「うむ……」

 隠し扉を通ると、リリスが俺に質問してきた。


「ケンイチ、家名がハマダだと言っておったが、ハマダとはどんな意味なのじゃ?」

「海岸にある畑って意味ですかねぇ」

 本当は田んぼなのだが、この世界に田はないので、畑と説明した。


「それでは、そなたの祖先は海岸沿いに住んでおって、その家名を持っていたのかぇ?」

「詳しくは説明できませんが、まぁそういうことになりますかね……」

 そう言ってはみたものの――自分の名字がどうやってついたかは、不明だ。

 別に由緒ある家系でもないし、多分適当だと思う。

 死んだ爺さんの話では、爺さんの爺さんの時代に北海道へやって来て、その時についた名字らしいからな。

 ハマダって名字だが、入植したのは海岸近くではなく山の中――ひょっとすると爺さんの爺さんの出身地にちなんだ名字だったのかもしれない。


 リリスと一緒に、王妃の寝室へ向かう。俺に手かせをはめられた彼女が幽閉されているはずだ。

 黒い大きな扉を開けると、天蓋がついた豪華なベッドに王妃が横になりふさぎ込んでいた。

 黒いアダマンタイトの手かせと、白いドレスを着たままだ。


「アマランサス」

 俺の呼びかけに、王妃が起き上がった。


「聖騎士様!」

 彼女が起き上がると、俺に駆け寄り身体を擦り寄せ、そして泣き始めた。

 

「酷いことしてごめんよ」

 彼女の黒い手かせを取って、アイテムBOXに収納する。


「うっううっ」

 嗚咽を漏らす彼女の頭をなでながら、優しく諭す。


「一緒に連れていってあげるから、泣くんじゃない」

「本当かぇ?」

 顔を上げた彼女の目は腫れて真っ赤だ。ずっと泣いていたのだろう。


「ああ――今まで、一人でよく頑張ったな。 でも、もう全部捨ててもいいんだ、俺と一緒に行こう」

「聖騎士様ぁぁぁ!」

 アマランサスがまた泣き始めた。こりゃ困ったな。ベッドの縁に二人で座り、彼女をなだめる。


「う~ん、ほら! チョコだ、食べないか?」

 俺は、シャングリ・ラから板チョコを買って、彼女の前に差し出した。


「チョコ!」

 アマランサスが顔を上げると、俺からもらったチョコを食べ始めた。


「ケンイチ、妾にはないのかぇ?!」

「はいはい、ほら」

 二人にチョコを渡すと美味しそうに頬張っている。

 その仕草はちょっと似ていて微笑ましい。本当の親子ではないが、親族には間違いないのだ。

 王妃と国王が本家と分家らしいので、二人は再従兄弟はとこあたりなのだろう。

 ならば、確実に親戚だ。


「リリス、アキラの話によると、エルフが『チェチェ』というチョコの原料らしきものを持っているらしい」

「なんじゃと! それは真かぇ?」

「ああ、森にその植物が生えているってことだから。そいつを栽培すれば、チョコを量産できるってことになる」

「それは、新しい領の産業になるではないかぇ!」

「新しい領だと?」

 アマランサスが、チョコを食べるのを止めて俺をじっと見ている。


「母上、ケンイチが――ケンイチ・ハマダ辺境伯となって、アスチルベ湖畔を治めるのじゃ」

「辺境伯とは――よくぞ、あの円卓会議の面々が認めたのぅ」

「そ、それは――ケンイチの手腕じゃぞ、母上」

 まさか、アマランサスを引き取るのと引き換えに、強引に認めさせたとは言えない。

 まぁ、そのうちバレるだろうけど。


「新しい領の経営には、アマランサスの力が必要だ。手伝ってもらうぞ?」

「勿論じゃ!」

「母上、妾も一緒じゃ。新しい世界へ二人で向かおうではないか」

 アマランサスが黙ってうなずく。俺が迎えに来たことと、甘味で栄養補給して元気も出たようだ。


「でも――二人とも、もう今までのような贅沢な暮らしはできなくなるんだぞ? それは理解してくれよな」

「ケンイチと二人でソバナに行って、妾はなにも困らなかったぞぇ?」

 つまり、あの生活――俺のシャングリ・ラとアイテムBOXがある生活なら、リリスは大丈夫ってことだ。


「二人だけズルイわぇ!」

 アマランサスが拗ねている。俺とリリスが、旅をしたのが羨ましかったのだろう。


「二人とも、お客様ではないわけだし、仕事と役割は果たしてもらうぞ?」

「望むところじゃ。働かざる者食うべからずじゃの」

 リリスが薄い胸を張る。


「俺はあと1週間ほど、滞在することになったから、それまでに荷物をまとめておいてくれ。でも、あまり多くは持っていけないぞ?」

「そのとおりじゃの。じゃが最低でも金貨と貴重品だけあれば、路銀には困らぬであろ」

 泣いてはいられなくなったアマランサスは、立ち上がるとすぐに準備を始めた。


「誰かある!」

 彼女の呼びかけでメイドたちが集まってきた。リリスも準備をはじめるようだ。

 しばらく二人の様子を見ていたが、大丈夫そうだ。ここで俺が手伝うことはないだろう。


 俺は皆の所へ戻ることにした。

 

 

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