12話 森のなかに家に建てる準備をしよう
この街の大店、マロウ商会との取引が始まった。最初の銀製品の取引だけで、俺の取り分は100万を超え――。
シャングリ・ラのチャージ金は、あっという間に3桁万円に突入した。
――それから数日後、紙を注文した爺さんがやってきた。
「紙が100枚入ったよ」
「おお、ありがたい。これで、仕事が進むわい」
爺さんは紙の束を握りしめて、感触を確かめている。
「100枚買ってくれたんで、10枚オマケしておいた」
「それは、いかん。その10枚分の金も払うぞ」
「しかし……」
どうも、おまけが嫌いな爺さんらしい。
変わった人もいるもんだ。まぁ、写本家なんて珍しい商売やってるんだから、変わり者なのは間違いないとは思うのだが。
だが、真面目でコツコツタイプの人でなければ、到底続かない職業なはずだ。
俺の店の紙を随分と気に入ってくれたようなので、写本家という商売柄、お得意さんになってくれるだろう。
------◇◇◇------
後日、マロウ商会から、変わったアクセサリーはないか? ――というリクエストを受け、それに応えるために、カメオのアクセサリーを持ち込んでみた。
シャングリ・ラを見ると同じ商品が並んでいるので、おそらく機械彫りだと思われるが、それでも値段は高く10万円前後する。
「まぁ、すばらしい! お父様、これは私が購入してもよろしいでしょうか?」
カメオのブローチを見たプリムラさんが、歓喜の声を上げた。
「全く、困った娘だ」
大店の商人とはいえ、娘には甘いようだ。ここら辺は異世界も変わらないという事か。目に入れても痛くないってやつだな。
彼女が示した値段は金貨10枚(200万円)だが、これは卸売りではない、彼女が直接購入したのだ。
カメオのブローチを付けてご満悦の彼女に聞いても、このようなアクセサリーは、ここには存在しないと言う。
だが、プリムラさんが付けていたカメオのブローチを見た貴族の女性達の反応はすさまじく、同じ物が欲しいと注文が殺到したらしい。
シャングリ・ラから買うのは簡単だが、機械彫りの同じ商品を幾つも卸す訳にはいかない。プレミアム感が薄れるからな。
売り逃げであれば、それでもいいのかもしれないが――トラブルがなければ、この街にしばらくいるつもりでいるから、そんな商売は出来ない。
デザイン的にも良いと思われる物を厳選して、3つ程卸したのだが、一気に値段が高騰し1点が金貨50枚(1000万円)を超える値段となった。
プレミアが付いてしまったが、カメオの卸値は1個金貨10枚(200万円)である。
一気に俺の懐は暖かくなった――そして、金が出来れば、俺のスローライフ計画を進める事が出来る。
その拠点となるのが、森の中だ。
森の中は危険だと言うが、森との境界線から200m程中に入ったぐらいでは、危険性が跳ね上がるわけでもないだろう。
その地点の木を切り倒して、場所を作って家を建てようかと思っている。シャングリ・ラを検索すると、ログハウスのような小屋が、170万円程で売っているのだ。
三角形の屋根と、3箇所に窓、玄関前にはウッドデッキも付いていて、デザイン的にも中々洒落ているし、秘密基地感もあって良い。
ここの気候は穏やかだし、気温が低い訳でもないので、ログハウス的な物でも十分だろうと思われる。小屋の内部は12畳程あるし、一人暮らしなら十分だと思う。
このログハウスを見て、俺の期待は跳ね上がった。
元世界でも、自分で建ててみようかと、雑誌等を購入して計画した事もあったのだ。ログハウス専門誌なんてのも出版されているしな。
資金が出来たので、市場の露店は2日に1度程にして、異世界スローライフを実現するための作業に取りかかった。
まず、行うのは――森へ続く道を造る事だ。
森の中に住んで、街へやってくる度に歩くのは面倒なので、自転車等を使って時間を短縮したい。
電動アシストマウンテンバイクも考えたのだが――今のところ電気の問題がある。
自転車等を人に見られると拙いのだが――幸い、街と森の間は、人の背丈を超える程の草むらに覆われている。
そこを切り開いて、自転車の通るための道を造るのだ。そうすれば、人目を避けて自転車を使うことが出来る。
草刈りにはエンジン式の草刈り機を使用する。
そこで問題となるのはエンジンの燃料だが――2ストエンジン用の混合ガソリンがシャングリ・ラでは販売されているので、それでクリア出来そうだ。
混合ガソリンというのは、ガソリンと2ストオイルが予め混合された物で、エンジン草刈り機や、チェーンソーなどに使用されている。
都会では馴染みはないだろうが、田舎ではアチコチから、けたたましい2ストの音が響くぐらいに使われて、メジャーな物だ。
草むらの下は土なので、草さえ刈れば、道を作るのには問題は無いと思われる。
手作業で草を刈るのは大変な作業だが、俺にはシャングリ・ラがある――そこで、文明の力エンジン草刈り機の出番だ。
草刈り機には電動もあるが、この世界には電気は存在していないので、当然使用出来ない。
それに、自分の家でもエンジン草刈り機は使っていたから、手慣れた作業だ。
獣人達と酒盛りをした河原から、森の入り口まで、一直線に草を刈って道を作る計画を実行に移す。
俺は、草むらの入り口へ立って、呪文を唱えた。
「おりゃ! エンジン草刈り機召喚! ポチッとな」
【購入】ボタンを押すと、チャージから3万円が引かれ、空中からエンジン草刈機が落ちてくる。
毎度、毎度、落ちてきて、物が壊れないか要らぬ心配をするので、マットを購入して、その上に落ちてくるようにしてみた。
落ちてくる地点を観察してみると――その場所は、俺の立ち位置や物の大きさによって、ある程度決まっているようだ。
無事に草刈機をマットでキャッチしたので、混合ガソリンも買う、4Lで1000円――リッター250円で普通のガソリンに比べたらかなり高い
だが、仕方ない。この世界にはガソリンなどは売っていないのだから、これを買うしかないのだ。
ランプなどに使用するホワイトガソリンは売っているが、ホワイトガソリンはオクタン価が低いので、エンジンの燃料には使用出来ない。
草刈り機に混合ガソリンを入れ、チョークレバーを操作してリコイルスターターを引っ張ると、一発でエンジンが始動した。
いつも家の周りの草刈をやっていたので、こんなのは手慣れた作業だ。
スロットルを開けると、けたたましい甲高い音を立てて、唸りを上げるエンジン。これを使って、緑の壁を切り開けば良い。
肩から草刈り機を吊り下げ、バリバリと音を立てて、背の高い草を刈っていく。刈った草は、堆肥などに使うために、アイテムBOXの中へ放り込む。
幸い、ススキか芦のような植物で、笹や竹のような堅い茎ではない。草刈り機で簡単に薙ぎ払う事が出来、みるみる道が出来ていく。
高い草むらに囲まれて、辺りの様子が全く見えないため、時々方位磁石を確認して道が一直線になるように気をつける。
せっかく作った道が、ウネウネと曲がっていたら、走りにくいからな。
後から気が付いたのだが――自分では密かに計画を進めていたつもりだったが、城壁の上にいる警備兵隊から見ると、丸見えだったらしい。
変な奴が変な事をやっていると、笑い物になっていたようだ。
そりゃ、この街で森の中に住もうなんて奴は、いないらしいからな。
それどころか、草むらに道まで作っているのだから、変人の類と思われても仕方無い。
草むらに道を作りつつ、砂利も敷いていく。シャングリ・ラには砂利も売っていたので、使ってみた。2級砕石ってやつで20kg400円と格安だ。
道に敷くなら、これで十分。元世界のように、長雨が降るような土地ではないらしいので、これでもなんとかなるだろう。
草むらの切り開きが完成したら、次は、ログハウスを建てる場所の確保だ。
エンジンチェーンソーをシャングリ・ラで購入して、大木の伐採に挑む。
元世界の俺の自宅は薪ストーブだったので、チェーンソーも使い慣れてはいるのだが、こんな大木を伐採するのは初めてだ。
確保するスペースは、ログハウスを建てる場所。そして、小さな畑もやってみたいので、そのスペースも取る。
大木の間隔はそれなりに離れているので2本程切れば、場所を確保出来るだろう。足りないようだったら、再度伐採すれば良い。
ログハウスの上に木を倒すような間抜けを演じなければ、大丈夫だろう。
木の伐採に使用するチェーンソーも2ストエンジンで、燃料は混合燃料を使う。もっとも、最近は環境云々で、4ストエンジンの物も出回っているようだが。
個人的には、2ストエンジンの方が、パワーがあって使いやすい――と思う。
なお、木の伐採には結構な危険が伴う。
木が倒れる時に、枝などが引っかかって、あらぬ方向へ倒れる事があるのだ。
元世界で俺が住んでいた田舎も、昔は林業が盛んだったが、しょっちゅう事故の話を聞いていた。
俺の爺さんも、林業で働いていた事があったのだが、事故の話ばかりだったな。
俺の同級生などは、丸太を固定しているワイヤーが切れて、耳が吹き飛んだ。後数㎝ずれていれば、顔面直撃で即死だったと言う。
そんな危険な林業が今は重機一台で済んでいる。昔は数十人でやっていた作業が1人のオペレーターで出来てしまうのだ。
重機で木を掴み、切り倒してそのまま枝を払って、適当な長さに切りトラックへ積む。
――誰が買うのかは知らないが、シャングリ・ラを検索すると、林業用の重機も売っている。
コイツを購入すれば、俺1人で山を切り開く事も可能だろう。まぁ、そんな事をするはずも無いが。
覚悟を決めて、大木を伐採するために、チェーンソーで三角に切れ込みを入れる。倒す側は大きく――そして、反対側は小さく切る。
徐々に切れ込みを大きくしていき、慎重に事を進め、さらに鉄製の楔を打ち込んでいく。
楔が幹に深く食い込んでいくと――メキメキと音を立てて、大木が倒れ始める。 それを確認すると、俺は急がず――だが、素早く離れた。
この際、ダッシュで離れたりすると逆に危ないらしい。木の根っ子に引っかかり倒れたりして、巻き込まれたりする事があると、爺さんから聞いた。
大木が倒れると腹に来る地響きと共に、数メートルの高さまで飛び上がり転がっていく。
あの近くにいれば、巻き込まれて大怪我――下手をすると、死んでしまう可能性だってある。
そのすぐ後、もう一本、大木を切り倒した。
「ふう……」
無事に大仕事が済んだので、シャングリ・ラでコーラを購入して飲む。残念ながら冷えてはいない。
だが、エンジン発電機を購入すれば、それに冷蔵庫を繋いで、飲み物を冷やす事が出来るようになるはずだ。
その快適な生活をエンジョイするため、是非ともログハウスを購入したい。
大木の切り倒しに成功したが、これを片付けなければならない。このままでは邪魔だ。
ここで、俺は一つの実験を閃いた。アイテムBOXってのは、どのぐらいの大きさの物が入るのか?
とりあえず、切り倒したばかりの大木を入れようとしてみた――が、失敗。大きすぎるようだ。
大木は30m程ある。30mは大きいということか……。それでは、その半分はどうか? 大木の真ん中をチェーンソーでカットしてみた。
言うのは簡単だが、凄く大変だ。チェーンソーの振動で、手が痺れてくるのを我慢して、少しずつ大木に切れ目を入れていき、最後に繋がっている部分をカットする。
だが、木が曲がっていたり、転がっている場所が不安定だったりすると、跳ね上がったり転がったりするので、注意が必要だ。
やっと作業が完了して――再び実験。
15mではどうか? ――だが、アイテムBOXには入らない。15mでも長いのか。
「それじゃ、10mはどうだ?」
――吸い込まれた! アイテムBOXの表示には【丸太(大)】×1と表示されている。
まぁ、10mの物が入るなら、大抵の物は入るだろう。大型重機だって10mはないはずだ。
まさか、バケットホイールエクスカベーターがあるわけでも無し……ないよな。一応念の為に、バケットホイールエクスカベーターを検索してみたが、【お探しになっている商品はありません】――と表示された。
「ふう……」
俺は、何故か安堵した。だが、確かセミトレーラートラックは12m程あったので、入らない可能性がある。
まぁ、そんな物を使う予定も無いが。免許だって、中型免許しか持ってない。乗れるのは確か8tまでのトラックだ。
8tあれば、大抵の物は積める。ユ○ック車なら、なおよし!
ちょっと待て、なんでトラック運転する前提になっているんだ、トラックから離れろ――今は丸太だ。
アイテムBOXへ収納されたのであれば、後は簡単。カットした丸太をアイテムBOXへ入れて他の所へ持っていき、取り出せば良いのだ。
だが、せっかく切った丸太だ。薪に使ったり出来るので、すぐ近くに置いておく事にした。
丸太はどかしたが、まだ残っている物がある――切り株だ。巨大な切り株が、文字通りに地面に根を張り鎮座している。
切り株もアイテムBOXへ入るかと思ったのだが、地面から掘り起こさないとダメのようだ。
チェーンソーを使って少しずつカットして切り刻む。シャベルで根っこを掘り起こす。 掘り起こす――堀り――。
「やってられるか、こんなの!」
俺はシャベルを放り投げて、呪文を唱えた。
「やって来い来い巨大メカ! ユ○ボ召喚! ポチッとな」
余りに果てしない過酷な作業に業を煮やした俺は、中古のユ○ボ――バックホーパワーショベルの購入ボタンを押してしまったのだ。