119話 王家の秘密
峠の宿場町で、一泊する。
皆で食事をして、俺達はレッサードラゴンの腸をホルモン焼きにして食った。
大変美味でした。
食事の後、何もやることがないので、アキラと麻雀をすることになった。
せっかく日本人がいるのだから、日本人同士でできることをやってみたかったのだが――アキラも麻雀は好きなようだから問題ないだろう。
「にゃー」
ベルが俺の足元にやって来て、脛にスリスリをしている。
彼女の背中を撫でながら、シャングリ・ラで麻雀牌を探す――よさ気なのがあった8000円だ。
「ポチっとな」
空中から、ピンク色の箱が落ちてきた。箱を開けると麻雀牌が現れる。
「キ○ィーちゃんの麻雀牌かよ! さすがキ○ィーちゃん、仕事選ばねぇな。マジでパネェっす」
アキラには受けたようで、ゲラゲラと笑っている。彼は笑っているが、デザイン的にも中々洒落ていると思うんだが……。
「結構、良いデザインだろ?」
「しかし、こんなものまで出てくるとは――ケンイチの能力はどうなってるんだ?」
「俺に言われてもな。この能力をくれた神様? に言ってくれよ」
「なんでも出して、この世界で売りまくれば、あっという間に天下じゃねぇか」
「物をつくるには対価が必要なんだよ。対価に金貨を使ったりすると、この世界から金貨がなくなって経済が破綻するぞ?」
「……あ、なるほど。そうだな」
アキラは大学に行ってたらしいから、このぐらいの理屈は分るだろう。
「大学休学して、世界旅行したって言ってたけど、卒業はしたのか?」
「いや、そのまま中退してしまった」
「金が勿体無いな――親に出してもらったんだろ?」
「いや、親父の保険金を使ったからな、はは」
ちょっと地雷っぽい話になったので、ここら辺で止めておく。
ついでに麻雀マットも購入。4人打ちなら、全自動麻雀卓を買うという手もあるな。
テーブルをもう1つ出して、麻雀マットを広げた。
「それで――2マンって、どうやってやるんだ?」
2マンは牌を2種類(例えばマンズとソーズ)だけ使うが、字牌と一九牌だけは全部入れる。
「へぇ~」
「そして北がドラになる。拾ってきたら外へ出して、王牌から持ってくる」
「ああ! 北海道の牧場で3マンを教わったんだけど、それだったな」
北は手持ちで使っても良い。例えば小四喜などをやる時は、暗刻で使う手もある。
「点数は6万持ちで、満貫縛りな」
「いいねぇ――それで、一点いくらでやる?」
アキラが当然のように賭けを持ち出す。
「賭けるのか?」
「当然! 1000点1000円でいいだろ? ハコで3万円」
「言っとくけど、このルールだと、トリプルハコテンや、四箱、五箱は余裕だからな」
「マジかよ、はは」
まぁ、俺も賭けずにやるつもりはないけどな。
そして、ジャラジャラと牌をかき混ぜ、積み上げる。その様子をアネモネが見にやって来た。
「わぁ~綺麗な石」
アネモネは、麻雀牌の綺麗な模様に興味津々だ。練牌だから石じゃないんだけどな……まずは俺が先制した。
「おっしゃー! ツモ! メンチンイッツーピンフドラドラ、北北。え~数え役満だな」
「マジか、いきなりかよ!」
「親だから4万8千な」
2マンなので、ロンでもツモっても同じ点数だ。
「だから、言っただろ?」
「よっしゃ! 次だ次!」
次は、アキラが上がった。
「よっしゃ、北!」
「あっと、それロンだな。槍槓で上がれるだろ?」
「え?」
アキラの手は国士無双の北待ち。
「役満かよ」
「3万2千だな。こりゃ、中々面白いな」
2人とも乗ってきたところで、役の応酬が続く。それにしても引きがいいような気がする。
いや、良すぎるだろ。俺ってこんなに引きがよかったかな……?
「なぁアキラ?」
「ん?」
「皇帝から祝福を受けて、運が上がったりしたか?」
「ああ、上がったな。多分、上がってると思うぞ」
「やっぱりか、麻雀の引きが尋常じゃないんだ」
「はは、俺もだ。この世界に来て博打なんて、あまりやった事がなかったから、明確に解らなかったが――これ祝福者同士の戦いじゃ、決着がつかないんじゃ……」
「かもしれないなぁ……」
結局、北場までやって、俺の1万点浮き。1000点1000円なので、プラス1万円だ。
「ほい、帝国銀貨1枚」
アキラが自分のアイテムBOXから、銀貨を出してマットの上に置いた。
帝国銀貨は10枚で金貨1枚(10万円)らしい――わかりやすい。
今回、たまたま俺がプラスになったが、回を重ねるごとにイーブンに近づくような気がする。
気分が良いのか、アキラがアイテムBOXから、また缶ビールを取り出した。
「冷した方がいいか?」
「頼めるなら、頼む」
アネモネにアキラのビールを冷やしてもらう――だが缶を開けてアキラがビールを飲もうとすると……。
「あれ? 出てこないぞ? 中で固まっちまってる……」
「ああ……もしかして、缶がアルミだから、魔法が効きすぎたかな?」
「……なるほど、そうかもな」
一旦ビールをグラスに注いでから、アネモネに冷やしてもらう事にした。
「んぐんぐんぐ! ぷはぁ~! やっぱ冷えていると美味いぜ畜生! またビールが飲めるようになるとはな!」
まるでオヤジだが、実際にオヤジなんだから仕方ない。
「この世界にはエールしかないからな」
「まぁ、エールだってちゃんと作れば美味いんだろうけどな。この世界のエールは、はっきり言って不味い!」
アキラのビールを見て、ニャメナがそっとやってきた。
「あの~旦那ぁ……そのエールみたいの、美味そうなんだけど……」
「ん? ニャメナも飲んでみるか? さっき肉を食いながら、酒を飲んでたけど平気か?」
「食べるのに忙しくて、あまり飲んでないんだよ」
ニャメナを抱き寄せると、毛皮から焼き肉の匂いがする。
「はは、ニャメナ――毛皮から美味しそうな匂いするぞ?」
「本当かい?」
彼女は自分の腕の毛をクンカクンカしている。
「そんな匂いをさせていたら隠れてもすぐに見つかるな」
「ヤバイなぁ……」
そういえば、シャングリ・ラでエールって売ってるのかな? 検索してみるとペールエールってのが売ってる。
酒は詳しくないので解らんが、エールなのだろう。ポチってみた。
プレミアムと書いた青い缶が落ちてきたが、アルミ缶なので、このままでは魔法が効きすぎる。
アキラと同じように、ジョッキに注いでから魔法で冷やしてもらった。
アルミ缶の管理は厳重にしないとな。
「おお~っ、これがエールかい?! なんか泡立ってるけど?! 魔法じゃないよね?」
「まぁ、飲んでみろ」
「んぐんぐんぐ! なんじゃこりゃ!? 美味すぎる! これがエールだって言うのかい?」
「そんなに美味いのにゃ? ちょっと飲ませてみるにゃ」
だが、ジョッキにちょっと口を付けたミャレーが騒ぎ出した。
「苦いにゃ! 全然美味くないにゃ!」
「クロ助にゃ、この美味さは解らんか……ああ、俺が今まで飲んできたエールは何だったんだろう」
元世界のエールを飲んで、ニャメナは恍惚の表情を浮かべている。
俺とアキラの所に、プリムラもやってきた。バックギャモンは止めたらしい。
テーブルの上の麻雀牌を弄っていたアネモネは、麻雀に興味が湧いたようだ。
「ケンイチ! 私も、この遊びを覚えたい」
「これか? 結構難しいぞ?」
「うん!」
それを聞いたプリムラも手を挙げた。
「それでは、私も覚えます。もしかして売れるかもしれません」
確かに、覚えれば面白いのは間違いないが……ルールが複雑だからな。
「ほう、ケンイチのアイテムBOXには遊戯の道具も豊富なのじゃな?」
王女も興味深そうに麻雀牌を見ている。
珍しいのは解るのだが、牌に漢字を使ったりしているので、何がなんだか解らんと思うが。
手始めに手牌を開いたまま、模擬麻雀を何回かやる。
アネモネもプリムラも頭は良いので、大体のルールはすぐに覚えた。漢字もタダの模様として捉えているようだ。
「あ~、子供に博打を教えてる悪い大人がいるにゃ」
「子供じゃないから!」
アネモネが怒るのだが――賭けてなきゃ普通にゲームだし。賭ければトランプでもサイコロでも博打だ。
「ミャレー、獣人の男はどんな博打をするんだ? 難しいのは無理だろ?」
「サイコロの数が大きい小さいってやつをやるにゃ」
サイコロを振って、次の目の大か小を当てるらしい。
それで博打になるんだろうか? 博打となれば、それなりに配当の計算は必要だろう。
計算出来ない獣人達は、誤魔化されているんじゃなかろうか?
「絶対に損するのに、あんなのやる男どもはアホだにゃ」
辛辣だが、ミャレーの言う通りかもしれないが、解っちゃいるが止められないのが博打。
特にこの世界は娯楽がないからな。飲む打つ買う――これが基本だ。
アネモネとプリムラに麻雀を教えていたら、すっかりと夜更かしをしてしまった。
なんで異世界まできて、麻雀を伝授しないといかんのだ。
俺の思いとは裏腹に、プリムラは凄く興味を持ったらしく、ゲームにして売れないか思案中。
バックギャモンは、マロウ商会で売り出すと言ってるし、商売熱心なことだ。
「そうだ、ケンイチ。日本ダービはなんて馬が勝ったんだ?」
「俺が日本にいた時か? 最後に勝った馬はマイカーネリアンって馬だったな」
「何産駒だ?」
「ディープドライバー産駒だよ」
「サンデー血統か……中々衰えないな」
「これだけ血が濃くなれば、血統が衰退するかと思ったんだが、その気配はないな」
サラブレッドを生産するために、種馬という馬を使う。
Aという種馬の産駒が走れば、各牧場がこぞってAという種馬をつける。人気がある種馬は年間100頭以上に種付けをするわけで、毎年兄弟が100頭ずつ増えることになる。
その息子が大レースを勝てば、息子も種馬になって種付けを始め、ドンドンA由来の産駒が増えるのだが――。
そのうち、A産駒の血統がまったく走らなくなる――所謂、血の限界だ。
近親結婚の末、血統が衰退する――この王国の王家でもまったく同じことが起こっているといえる。
「この世界で競馬をやるのも面白そうだな」
「この世界の馬なら、ばん馬じゃないか?」
ばん馬ってのは、重量物を積んだソリを馬が引っ張るレースだ。
たしかに、この世界の重戦車みたいな馬なら、ばん馬にぴったりだな。
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――峠の宿場町で宿泊した次の日の朝。
家の中は女性陣のベッドだらけだが、なんとか寝られたようだ。
俺の家には、シャガの所から救い出した多数の女たちが暮らしていたこともある。2段ベッドもあるしな。為せば成る。
獣人の女たちは、俺たちと一緒に大きなテントの中。
人数が増えたので、風呂は1日休んだ。それに、あと1日あれば王都に到着できる。
お城の風呂を使えばいいと――王女から提案があった。そうさせてもらうつもりだ。
俺とアネモネが朝食の準備をしていると、プリムラも起きてきた。
人数が増えているので、アネモネがパンを焼いていたのでは、間に合わないだろう。
シャングリ・ラからパンを購入することにした。
昨日カレーを作ったが、カレールウを入れる前のスープを別にストックしてあるらしいので、それをスープにするようだ。
卵をシャングリ・ラから大量に購入して、ゆで卵を作る。
いくら作っても、あっという間になくなる。簡単で栄養があって、しかも美味いからな。
こんなゆで卵だが、この世界では高級料理だ。
卵用に、起きてきたアキラにマヨネーズを出してもらう。
「ほらよ」
アキラにマヨネーズを出してもらっていると、ニャメナとミャレーも起きてきた。
「アキラの旦那。そんなものが出てくるなんて、身体の中はどうなってるんだい?」
ニャメナが、出てきたマヨネーズをじ~っと見てる。
「そんなんしらんわ! 別に身体の中から出しているわけじゃねぇし」
まぁ、そりゃそうだな。身体の中から出てたら、プール一杯とか無理だし。
食事の準備が終わると、王女やレイランさんたちも起きてきた。アイテムBOXから出したプラ容器に水を張り、顔を洗ってもらう。
昨日、家に閉じこもってしまった女騎士は、普段通りに戻っているようだ。
それを見たアキラが、「な? 言ったとおりだろ?」みたいな顔。
彼等にとっては、これは日常茶飯事ってことか。
皆で朝食を取っている間、マイレンさんが、町長のところへ怪我人の確認をしてくれている。
メイドさんたちも一緒に食事を――といっても、絶対に食事を取らない。
俺たち――というか王女の食事が終わると、いつも大急ぎで食事を取っているのだ。
朝食が終わった後、昨日運んできた怪我人の所へ行く。
マイレンさんの話では、宿屋の2階に寝かされているらしい。
意識が戻っていないようであれば、そのまま出発してしまおう。待っていられないからな。
宿屋に行く途中、ひらひらのドレスを着た娼婦たちに抱きつかれた。
交互に抱きつきながら、俺の身体を撫で回す。
「あ~、この前の旦那じゃないかぁ」「また気持ちいいのしてぇ」
「おい、怪我人を見てから、すぐに王都へ旅立たないとダメなんだが」
「え~? ちょっとぐらいいいじゃん」
「それにな、力の調節ができるようになったから、もう抱きついただけでは、気持ちよくはならないぞ」
「……本当だ……」
女たちは顔を見合わせている。
娼婦たちを振り切ると、宿屋の2階へ上がる。助けた男はベッドの上で目を覚ましていた。
「おはようさん、昨日お前を助けて、治療した魔導師だ」
男は起き上がろうとしたようだが、まだ身体の自由が利かないようだ。
「そのままで構わんよ」
「……ありがとうございます……まだ生きているなんて信じられない……」
崖から落っこちて、死の淵をさまよってんだからな。元世界ならともかく、この世界じゃ信じられないだろう。
「破損していない荷物も引き上げて、ここの町長に預けてある」
「荷物もですか?」
「ああ――それで悪いのだが、治療費をいただきたい。金貨1枚(20万円)だ」
命が助かって、瀕死の身体がそれなりに治って、荷物まで引き上げたんだ。出血大サービスだ。
「本当に、その金額でよろしいのですか?」
「ああ、別に金儲けのために助けたわけじゃないからな。それに、全て王女殿下のご意思である」
「え? 王女殿下の?」
「我々の乗り物に王女殿下がご同行しておられてな。殿下の命令で助けたまで」
嘘なのだが、そういう話にしたほうが丸く収まる。
「なんという慈悲深さ。こころより感謝いたします。王女殿下にそうお伝えください」
「うむ、心得た」
彼が肌身離さずつけていた財布から、金貨1枚をもらう。
これで仕事は完了だ。
皆の所に戻り、出発の準備をする。
「アキラ、治療代金貨1枚(20万円)だ」
「別に要らんかったが……」
「そうはいかん」
アネモネには、俺の財布から金貨を出す。
「アネモネも金貨1枚だ」
「要らない」
「それじゃ、俺のアイテムBOXのアネモネの所へ入れておくからな」
「うん」
テーブルなどを収納。その後、家を収納。そして車を2台出す。
「アキラ、また燃料を頼む」
「おう!」
入れなくても大丈夫だと思うが、念のためだ。何かトラブルがあって、ガス欠で動けないとかは、洒落にならんからな。
車の準備をしていると、町長など数人がやって来た。
「王女殿下――なんのおもてなしもできませんで……」
「構わぬ! これも公務で遊びに来たわけではないからの!」
「はは~っ!」
平伏する町民たちをあとに皆で車に乗り込み、メンバーが揃っているか指差し確認。
王女は俺の隣――助手席だ。当たり前のように俺の隣に座るが、アネモネは気に入らないようなのだが……お偉いさんが優先だからな。
普通じゃ、口も利けないような雲の上の方だし。
「指差し確認! ひーふーみー、ベルもいる――それじゃ、王都へ向けて出発! アキラ、そっちは大丈夫か?」
ハンドマイクを取って、後ろの車に連絡を入れる。
『おう! 大丈夫だ! 任せろ』
「峠の下りなら、馬車に突っ込まれる心配はないと思うぞ」
『ならいいけどな。ここら辺に魔物は?』
「ワイバーンがいたが、俺たちが退治したし」
『な~る。ここでやったのか』
車が出発し、2台連なると峠を下る。下りではエンジンブレーキが活躍する。
ずっとブレーキをかけていると、ブレーキが加熱してフェードやベーパーロックを起こしてしまう。
そのまま2台の車は曲がりくねった道を下り続け、何事もなく昼過ぎに峠下へ到着した。
そこで昼食を軽く取り、すぐに出発。今日中に王都を目指す。
「後は、平坦な道がずっと続くだけだ。暗くなる前には王都へ着けるだろう」
『ははは、とてもじゃないが、馬車じゃ真似ができない芸当だな』
道は平坦なので、次々と馬車を追い越し、先を急ぐ。
だが、隣に座っている王女の顔がすぐれない。
「リリス様。なにか心配ごとですか?」
「……」
「私に、祝福の御業を使ったことに後悔してしゃらっしゃるのでは?」
「そんなことはない! そなたのやったことは、正に偉業じゃからの!」
「でも、お城では反対なさる方もいらっしゃるでしょう」
「うむ……」
王女は、また黙って正面を向いてしまった。こんな場面で悪いのだが、王都へ到着する前に、彼女に確認したいことがある。
「畏れ多くも、リリス様。王家の秘密というのは、一体何なのですか?」
「う……それは……」
後ろをチラ見するが、誰も聞いていないし、エンジン音やガタガタという走行音がするので、大きな声を出さないと聞き取れないだろう。
このように騒音にまみれている車内だが、獣人達はどうかな? なるべく王女に近づいて、ひそひそ話をする。
「リリス様の聖騎士とやらになったからには、私に教えていただいてもよろしいのでは?」
「それは……そうだと思うのだが……」
王女が口ごもる王家の秘密ねぇ――王家の成り立ちを根本から否定する何かか?
「こういう話の定番といえば――初代国王が、卑しい身分の出身とか……」
「そなた! なぜそれを!」
王女が驚愕の表情で俺を見つめる。まぁ古今東西、こういう話は多い。
日本の天下人の豊臣秀吉だって、足軽とも農民出身だとも言われているしな。
その後の徳川家康の実家、松平家だって三河の土豪だ。ちょっと偉い農民みたいなものだろう。
彼女が大声を上げたので、車の中の女性陣がこちらを見ている。
さらに王女に近づいて、声を小さくする。
「卑しい身分と言いましたが、奴隷出身とかですよね?」
「うう……」
王女の反応を見ると、図星のようだ。なるほど、お城の書庫には、それに関する資料もあったに違いない。
「王女様、国ができる前は、皆平民――いや平民などという身分さえありません。そこに人が住み着き、人が増え、その中に力を持った人々が現れる。そして、その力を持った者たちが、豪族から貴族となり、国をまとめた者たちが王家となられたわけでございましょう?」
「そなたの言うとおりじゃ……そして祝福という御業を持った女子から、力を授かった男が初代国王となった」
「それならば――」
「じゃが、国を治めるためには、王家というのは神聖なものでなくてはならない」
「まぁ、それはそうかもしれませんねぇ。初代国王が奴隷という話であれば、奴隷でも国を起こすことができるというわけですから。でも――そうは国民には思われたくはない――ということなのでしょう」
「そのとおりじゃ……」
「う~ん」
俺は日本人なので、さほど重要には思えないのだが――初代国王が奴隷出身。
この世界の住民にとっては、正に天と地がひっくり返るような事実なのかもしれない。
初代国王の出歴と、祝福の御業――これが、この国のトップシークレットか。
案外、帝国も同じ成り立ちなのかもしれないな。帝国皇帝も祝福と似たような力を持っているというし。
今度、アキラに聞いてみよう。
2台の車は街道を土煙とともに走り、森の中から徐々に畑も増えてきた。
そのまま順調に進み王都の街並みが見えてくると、大きな川――アニス川を渡る。
「そなたは聖騎士になったのじゃから、正門から堂々と入ってもよいのだぞ?」
「いえ、また時間がかかって、宿泊する可能性がありますし、逃げる時にも裏門のほうが都合が良さそうです」
「妾がおれば、そのようなことはさせぬ!」
「リリス様はそうおっしゃられても、他の方々がなんと言うか――」
「国を救った者に対し、それ相応の褒美を取らせねば、それこそ王家の名折れ」
王女はそう言うが、一悶着ありそうな予感。
『ケンイチ、そろそろ着きそうか?』
後ろの車から無線が入る。
「ああ、もうすぐだ」
『帝都と同じぐらいデカい街だな』
「人口は100万人以上らしい」
『それじゃ、やっぱり帝都と同じぐらいだな』
チラリと座席の後ろを見ても、皆が安堵の表情を浮かべている。やはり、あの峠を登って下るのは、緊張するのかもしれない。
実際に馬車が崖下に落ちたりしているからな。
お城への道が解らないので、後ろの座席からマイレンさんに来てもらい、ナビをしてもらう。
王都の中はまるで迷路だ。行く時は、カールドンさんに案内をしてもらったが、一見さんでお城へ辿り着くのは、ちょっと無理に近い。
王都の中の迷路をぐるぐると走り回り、日が傾く頃――やっとお城の裏門へ到着した。
お堀に架かる石橋を車が渡る。
「開門じゃ!」
車の窓から顔を出し叫んだ王女を見て、鎧を着た門番たちが驚く。
「王女殿下! よくぞご無事で」
「挨拶はよい! 開門じゃ!」
門番たちが門をあけると、2台の車は、お城の裏庭へ滑り込んだ。
「はい、到着! 皆様、お疲れ様でした~。 レディースアンドジェントルメン センキュウーベリーマッチ」
「何を言っておる! 妾は、早速報告をしてくる故、そなた! ここで待っておれよ! 逃げるではないぞ?」
「今更逃げませんよ。仕事をした報酬ももらっていませんからね」
「うむ!」
王女が車から降りると、メイドのマイレンさんたちと一緒にお城へ向かう。
突然の帰城なので、誰も迎えには来ていない。
俺の車は、この世界のどんな連絡手段よりも速いのだ。
車を降りると、背伸びをする。ベルも車から降りて、辺りのパトロールを始めた。
アキラもプ○ドから降りてきた。
「ケンイチ、どうするんだ?」
「とりあえず、泊まる準備でもするか?」
王女が祝福の力を無断で使ったということで、一悶着ありそう――ということを彼に説明する。
「う~ん……それじゃ、これから大臣やらを集めて対策会議ってところか?」
「王族円卓会議っていうのがあるらしいぞ?」
「それじゃ、あの王女様が、そこで吊し上げをくらうのか?」
その光景を思い浮かべると少々心が痛むが、俺にはどうしようもない。
「やっぱり今日中は無理か――それじゃ家を出すか」
もし、なにかあっても祝福&チート持ちが2人、そして大魔導師が2人――力押しでどうとでもなる。
王女が本当に王族籍を抜くつもりなら、連れて逃げてもいい。
お姫様抱えて逃げるなんてロマンチックではあるが――本当にそんなことになったら、おれの家族に申し訳ないな。
「もしも、まずいことになったら、すまんな」
最悪の事態を想定して、アキラにも詫びを入れておく。
「なに、いいってことよ! あのまま帝国にいても、どうしようもなかったし、元々亡命するつもりだったんだ。それにしても、やんごとなき奴らってのは、どこでも似たようなもんだな」
笑うアキラだが、修羅場を相当くぐっているらしいので、このぐらいで動揺している節もない。
俺はアイテムBOXから家を出して、夕食の準備をすることにした。
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