116話 王都へ向けて出発
帝国から『竜殺し』といわれる、アキラという日本人と、その家族を亡命させた。
話をきけば、彼は本当にドラゴンを倒したと言う。
そして彼の連れ合いである『夜烏のレイラン』という大魔導師も亡命させた。
この亡命劇が明るみにでれば、帝国からの抗議はもちろん、それを理由に帝国が軍を進めてくる可能性がある。
だが、アキラの話では――新しい皇帝は地盤固めをしている最中なので、無茶な行動はしないだろうと言うのだが。
――アキラ達がソバナの公爵邸へやって来た次の日。
数日ぶりに、アネモネのパンとプリムラのスープを飲む。
ベルには猫缶をあげた。数日ぶりの猫缶に、彼女も美味しそうに食べている。
アキラの家族達は、王女と一緒に公爵邸で朝食を食べているだろう。
アンネローゼさんと女騎士は貴族だ。屋敷に泊まっても何の問題もないだろう。
だが、王国と帝国のマナーの違いみたいなものはあるのだろうか?
「はぁ、やっぱり家の飯はいいなぁ。外出すると途端に飯が粗末になるからなぁ」
カップ麺も美味いが、すぐに飽きるし。
「皆の食事は大丈夫だったか?」
「もう、ケンイチは心配しすぎにゃ」
「そうだよ旦那。皆で市場へ買い出しに行って、いつもと同じように食べてたよ」
「うん」
「にゃー」
皆の意見は一致しているようだ。
「そうか」
「でもなぁ、やっぱり食材が違うせいか、味は落ちちゃうよなぁ」
「それは、仕方ありませんよ。ケンイチが出してくれる食材は、1級品ばかりですから」
プリムラの言うとおり――この世界でも、王侯貴族並に金を出せば、かなり上等な食材を使える。
だが、シャングリ・ラで買えば安いのに、わざわざそんな無駄遣いをする必要がないからな。
家族と会話していて、アキラのほうを見ていなかったが、美味そうに食べているので問題なさそうだ。
「いや、マジで美味いって! 毎日、こんな料理食ってるのかよ」
「うみゃー!」
アキラとミャアがスープとパンを食べて叫んでいる。
「まぁ、だいたいこんな感じだよ」
「マジか……うちは料理できるやつが、いないからなぁ……」
「誰もできないのか?」
「ああ、独りキャンプ旅行で自炊とかしてた俺が一番まともだからな」
「アキラは、お好み焼き屋もやってたって言ってたしな。貴族の2人はダメだろうが、レイランさんもダメか?」
「全然だめ! 魔法は凄いけど、料理の才能はゼロだ」
だが、うちのプリムラだって、最初はまったく料理できなかったからな。
「プリムラもアネモネも、俺が教えてやって、料理ができるようになったし……可能性はないか?」
「俺も教えたんだけどな……寿退社したカロリンって女の話をしたろ?」
「ああ」
「そいつが一番まともだったから、全部任せてた」
「パーティにエルフがいたそうだけど……」
「基本草食だし、木の実とか虫とかが主食だからな。後はチョコレートモドキな」
アキラとミャアは、話をしながら料理にぱくついている。
話を聞くと、戦闘もしょっちゅうだったようだし、食生活はあまりよくなかったようだ。
「料理はたっぷりあるから、おかわりしていいぞ」
「いつもこんなに量を作るのか?」
「ああ、王女が大食らいなんだよ。それに余ったら路上で、プリムラが売ったりするし。いくら作っても捌いてしまう」
「根っからの商売人だな」
それを聞いたプリムラが、フンス! とガッツポーズで気合を入れている。
「これから毎日、こんな料理が食えるにゃ?」
ミャアがパンを頬張りながら、スープを飲む。
「おいおい、いつまでも人様の家庭に上がり込むわけには、いかねぇだろ?」
「まぁ、定住する場所が決まるまでは、いいけどな。こっちには亡命させた責任があるし」
「こっちでも料理をするから、材料とか道具を支給してくれるだけでいいぜ」
「それでいいなら、大丈夫だ」
まぁカレーなら、肉と野菜を煮てカレールウを入れれば美味いカレーの完成だからな。
簡単で超美味い。カレーは正義。
朝食を食べ終わると、王女たちが戻ってきた。レイランさんたちアキラの家族も一緒だ。
レイランさんは、元のカラス色のドレスに戻ったようだ。
あのニットのセーターも捨てがたいが……。
「ケンイチ、朝食じゃ」
「はい」
やっぱり食うのか。朝食は公爵のところで食べてきたんだろうけど。
王女の台詞を聞いたレイランさんたちも驚いている。
アイテムBOXから小皿を出して、アキラにマヨネーズをもらう。
「アキラ、マヨネーズを頼む」
「ほい!」
小皿の上に黄色いニュルニュルが現れる。
「リリス様。これが竜殺しの独自魔法でございます」
「……なんという珍妙な。それに、レイラン殿から聞いたぞ? ドラゴンの口に飛び込んで窒息させたそうじゃな?」
「はは、その通りでございます。何分、必死だった故、それしか方法が思いつきませんで」
アキラの返答に、王女は笑っている。どんな方法でも真種のドラゴンを倒したのには間違いない。
「センセ、公爵の屋敷はどうだった?」
戻ってきたレイランさんに、アキラが屋敷の様子を聞いている。
「ええ、久々に上等な料理をいただいて、湯浴みをしました」
「悪かったねぇ、俺の料理は上等じゃなくてぇ……」
レイランさんの台詞をきいたアキラが拗ねている。
「そ、それは――アキラにはいつも感謝してはいるのですよ?」
「それはいいとして、アンネローゼ――俺と一緒だと、もうこんな屋敷に住むなんてできなくなるんだぞ?」
「私の家は貧乏貴族だったので、こんな立派な公爵様の屋敷と比べるべくもありません」
アンネローゼさんの実家は、黒石屋という商人に借金をした挙句、娘を借金の形に売ってしまったらしい。
彼女は貴族なのに――それが商人に嫁いだ理由のようだ。
「いやいや、王国は魔導師の商売は禁止してないから、アキラとレイランさんなら、十分に稼げるって。そうすりゃ屋敷ぐらいは、どうってことないと思うぞ?」
「まぁな――でも金もそれなりに持ってるし」
「たとえ、泥にまみれようとも、私はアキラ様についていくことに決めましたので」
「分かった分かった、好きにしろ」
アンネローゼさんに言い寄られて、アキラがたじろぐ。
「私も、お前の悪行を阻止する務めがあるからな! 地の果てまでついていくぞ!」
女騎士が、何故か自慢げに胸を張る。
「素直に、俺のチ○○から離れられないって言えよ」
「何を言うか!? 貴様のチ○○などに興味ない!」
おいおい、朝から下ネタワード連呼は勘弁してほしいな。
アキラの所へいってヒソヒソ話をする。
「おいアキラ、子供がいるんで、エロ話は自粛してくれ」
「おっと、すまねぇ!」
彼が、アネモネのほうを見て、肩をすくめた。
そして皆に今後の予定を伝える。
「王女の食事が済んだら、家を畳んで王都へ向かう。無理をすれば、1日で峠を越えられると思うんだが、なにしろ凄い峠だからな。大事をとって頂上の宿場町で1泊する」
「おう、いいぜ。どんな峠か楽しみだな」
「これだけの人数で、ハ○エース1台だとつらいので、2台体制で行く。アキラ、マニュアルの運転はできるよな?」
「ははは! まっかっせっなっさい! 2台にして、サバイバビリティを上げるんだろ?」
「そうだ、念のためな」
マイクロバス1台にしてもいいんだが、あの峠で小回りの利かないバスは無理だろう。
正直、運転する自信がないし、崖から落下したらひとたまりもない。
祝福がある俺とアキラだけ生き残る? そんなことは絶対に避けなければ。
そう考えると、簡単に死なないってのは呪いにも思えてくる。
妙な考えをかき消すように、俺はアイテムBOXからハ○エースとラ○クルプ○ドを召喚した。
「おおっ! 懐かしの白いハ○エース! こんな異世界で相見まえるとは!」
感激したアキラがハ○エースをペタペタ触って、スライドドアを開けたりしている。
「アキラたちは、プ○ドのほうだぞ」
「オーケー!」
「にゃ? 桶がどうしたにゃ?」
「さぁ、旦那たちの話はさっぱり分からねぇ」
ミャレーとニャメナが首を傾げているが、ミャアと同じ反応だな。だが一々説明してられん。
朝食を食べている王女に確認をする。
「リリス様、公爵閣下にご確認は?」
「大丈夫じゃ。其方が戻ったらすぐに出発すると言ってある」
「公子様はよろしいので?」
「家が決めたことで、妾は知らぬ! それに公子などは、レイラン殿の胸に釘付けだったぞぇ?」
「まぁ確かに――正直あれは凄い! 正に凶器!」
だが、俺の言葉に明らかに王女が不満気な顔をする。
「ふん! 妾とて、あと数年もすれば、ボン・キュッ・ボンになるわぇ!」
「にゃはは、ケンイチも大きい方が好きなのきゃ?」
「獣人にはあんなデカいのはいねぇからなぁ……」
そう言えば、獣人で巨乳は見たことがないな。基本は筋肉重視だからな。脂肪はつかないのだろう。
「……」
「むー!」
話を聞いていた、プリムラとアネモネが不機嫌そうだ。
「男の性みたいなもんなので、勘弁してくれ。そうだ! プリムラも、これを着てみてくれ」
俺は、シャングリ・ラで、レイランさんに渡したのと同じニットのセーターを購入。彼女に渡した。
ちなみに色違いでグレーである。アキラがレイランさんに着せたのを見て、羨ましくて仕方なかったのだ。
「これをですか?」
「ああ、プリムラに着せてみたくてな」
「……分かりました」
ちょっと悩んだ彼女であったが、家の中に入ると――着替えてすぐに出てきた。
ちょっと赤い顔をしてモジモジしているが、腕で挟まれた胸の形が浮き出て、レイランさんほどではないが、破壊力抜群だ。
「ファイヤー!」
「「ジャストミート!!」」
また俺とアキラが一緒に叫んだ。
「な?! うちのも、中々のもんだろ?」
「ああ、中々のもんだな、大したもんだ」
「……もう!」
俺は赤くなっているプリムラを抱き寄せると、後ろに回り込んだ。
「フヒヒ、これか! これがええんか!?」
後ろから手を回すと、プリムラの柔らかい胸を揉む。指先が、セーター越しにふにょふにょと、二つの丘に食い込んでいく。
男には揉まずにいられぬ時がある!
「いやぁ――こんな所じゃ……だめです」
「こんな所じゃなきゃいいのか?」
「……はい」
小さく頷くプリムラに思わず理性が消し飛び、本能が爆発しそうになるが、ここら辺で止めておく。
なぜならば――王女が凄い怖い顔で、こちらを凝視しているからだ。
プリムラが息を荒くして赤い顔で、胸を押さえているが、その横でアネモネが真っ赤な顔をしている。
「もう! そんなに胸を触りたいなら、私のを触ればいいでしょ!」
そう言って、俺の手を掴むと、自分の胸に押し当てた。
「あんあんあん! どう? 嬉しい?」
ヤキモチを焼いている可愛いアネモネを抱きかかえて、ほっぺにチューをする。
それを見たアキラが、電話をかける真似をした。
「あのもしもし! 110番ですか? あのですね、怪しいオッサンが少女を抱きかかえてチューをしているんですが、すぐに来てください」
「ここは、異世界だからセーフ!」
「いや、それはアウトだね」
「娘を抱っこしているんだから、問題ないだろ。ノーカン! ノーカン!」
「屁理屈言うな!」
俺とアキラの言い争いを見ていた獣人達がドン引きしているのだが、やむを得ない。
「なんか、ケンイチが普通のオッサンになってるにゃ」
「あ~、ちょっとなぁ」
「昨日も言ったが、オッサンが2人だとオッサンがはかどるから、しょうがない」
「その通り」
「アキラ! こいつらをまとめてオッサン時空に引きずり込め」
アキラがくるくると回って、怪しい踊りを舞い始めた。
「オッサン時空発生! ガッチャン!」
「ボーンボーン! 柱時計の鐘と鳩時計の音が周囲に鳴り響くと、辺りは七色に染まり怪しい時空に包まれた。オッサン時空では、普通の人間は通常の10倍オッサンになってしまうのだ! だが、元々オッサンの2人には何の影響もなかった」
「「ははは!」」
うちの家族や、レイランさんたちもドン引きしているが、そんなことを気にしていたら、オッサンはやってられない。
だが、王女も朝食を食べ終わったので、テーブルや椅子を片付けて出立の準備をする。
荷物を家の中に入れてから、家自体をアイテムBOXへ入れる。
「よし! 家収納! 小屋収納!」
「おお~っ! マジでアイテムBOXの中に入るんだな!」
「テントでも、いいんだが、家のほうが安全だからな。黒狼ぐらいは余裕で防げるし、危険がありそうな時は、さらに丸太のバリケードを展開する」
「ほほう……すげぇな」
アキラのアイテムBOXには家は入らないが、車ぐらいなら入りそうだ。
だが、レイランさんの私物が結構入っているらしい。
「それって、レイランさんの魔導の研究材料とか、本とかか?」
「そうだ。苦労して集めたらしいからな」
「レイランさん」
彼女のところへ行って、ヒソヒソ話をするが――どうしても、はち切れそうな爆乳に目がいってしまう。
「私も王国の貴重な魔導書を30冊以上持っているんですが、見せ合いっこをするというのは……?」
「考えておきましょう」
即時、否定はしてないので、興味はあるのだろう。それに彼女は、俺のことをまだ信用してないようだ。
俺とアキラとは、日本人という暗黙の同族意識があるのだが、彼女は異世界人。
何か、胡散臭さを感じているのかもしれない。
そしてアイテムBOXから、ポリタンクに入ったバイオディーゼル燃料を出す。
「アキラ、プ○ドにこの燃料を入れてくれ」
「任せろ。これがケンイチが作った燃料か」
「ああ、でもアキラがいてくれれば燃料の油には困らなくなるな」
シャングリ・ラから一斗缶を買って、空にする必要もなくなるわけだ。
「はは、いくらでも出してやるぜ」
彼のマヨネーズは対価が要らないらしいからな。マヨネーズや油を売るだけで、十分に商売になる。
さて、車同士の連絡を取る手段が必要になるな。
前に買ったトランシーバーがあるが――あれを運転しながら、使うのはちょっと難しそうだ。
「ここは、新しいのを買うか……」
シャングリ・ラを検索して、アマチュア無線用の本格機を買う。
前に買ったトランシーバーは玩具みたいなものだったが、こいつはマジな無線機。
出力50Wで、日本で使うとなると免許が必要になるタイプ。
だが、ここは異世界。そんなものは必要ない。値段は5万5000円が2台だ。
「よし、ポチッとな」
無線機が2台落ちてくる。
「アキラ、この無線機をプ○ドにつけてくれ。電源はシガーソケットから取れる」
「無線機もあるのかよ。マジでなんでもありだな。どのぐらいの距離で会話できるんだ?」
「こいつは本格的なやつだから、数十kmは大丈夫だろ。塔の上とか山の上からなら、100kmぐらいは通話できると思う」
「ほう、免許が必要なやつだな」
「多分」
彼には、多分と言ったが、シャングリ・ラの説明欄には要第三級アマチュア無線技士以上って書いてある。
車のダッシュボードに無線機を取り付け、シガーソケットから電源を取る。最後に、車の屋根にアンテナを立てる。
「そういえば、家にデカいアマチュア無線のアンテナを立ててる家もなくなったなぁ」
アキラの言うとおりだ。離れた場所や国の人々と会話ができるってのが、アマチュア無線の醍醐味だったのに、今はネットがあるからな。
わざわざ高い機材を買って無線機を使う人は少なくなった。
ただ、トラックなどで、違法無線を使っている連中は、昔から一定数存在する。
「ちょっとテストをしてみるか――」
アキラと一緒に簡単な取り扱い説明書を読む。この世界には無線機はこれしかない。
難しい設定は要らないはずだ。
「これでいいんじゃね?」
車のキーをONにして、電源を入れるが――動かない。
「どうした?」
アキラが覗き込んでくる。
「問題ないはずなのに、動かないな……あれ? 電装が死んだぞ?」
無線機だけではなく、車の電装品が全部動かなくなった。
「……もしかして、ヒューズ切れたろ? バッテリーの容量不足なんじゃね?」
「あ~、なるほどなぁ。その可能性はあるか」
とりあえず、ラ○クルのヒューズボックスを確認すると――切れてる!
シャングリ・ラから交換用のヒューズを購入して取り付けた。
後は無線機だ。
俺は、シャングリ・ラを検索して、20Wのタイプに候補を定めて――とりあえず1台だけポチった。
先に買ったものが無駄になってしまうが、動かなければ仕方ない。
俺もバッテリーの容量を失念していたし。
無線機が落ちてきたので、取り付けてシガーソケットから電源を取った。
「それじゃ、スイッチON!」
ウインドウが点灯して、動き出した。
20Wなら大丈夫らしい。
通信は車と車の間だけだ。
そんなに通信距離があるわけじゃなし、これで十分か。
「これならいけるな」
アキラも早く試してみたいようである。
使えると解ったので、もう一台同じものを購入して、アキラのプ○ドにも取り付けた。
「悪いなアキラ、二度手間させてしまった」
「はは、いいってことよ。異世界で無線機なんて代物を使おうというんだから、しゃーない」
取り付けが終了したので、再度無線機の実験を行う。
電源を入れると無線機が周りの電波をスキャンしてくれて、ダッシュボードに設置したディスプレイにアキラたちのものが表示された。
勝手に、電波をスキャンして通信可能な無線機を表示してくれるようだ。
まさにハイテク。
「こいつを選択すると繋がるのか? チューニングとかそういうのも要らないんだな」
ハンドマイクのボタンを押して、アキラと会話する。
「あ~あ~、ただいまマイクのテスト中。アキラ聞こえる?」
『聞こえるぞ~、随分簡単だな。ネットに繋げるみたいな感じで無線もできるんだ』
「そうみたいだな。まるでスマホみたいだわ」
よし、これで出発の準備はできた。
『アキラ、この召喚獣を操ることができるのですか?』
『大丈夫ですよ。センセ! ドーンと大船に乗ったつもりで』
『ここは陸で舟はありませんが……』
そんな会話が無線機から聞こえているが、問題なさそうだ。
「リリス様。出発の準備ができました」
「うむ! 其方の召喚獣をアキラに使わせて大丈夫なのかぇ?」
「彼も魔導師で、この召喚獣の事を知っていますので、扱いも慣れています」
「なんと――あの者も、鉄の召喚獣を召喚できるのかぇ?」
「いえ、召喚はできないようですが」
「むう……」
メイド長のマイレンさんが、公爵邸に向かうと――閣下と公子がバタバタと走って見送りにきてくれた。
公爵邸のメイドや執事たちも一緒に、ずらりと並ぶ。
「王女殿下、おもてなしもできませんで……」
「よいよい、目的は果たせたのじゃ!」
恐縮する公爵と公子を後目に、王女がハ○エースの助手席に乗り込む。
そして、スライドドアから、俺の家族たちとメイドさんたちが乗り込んだ。
後ろを確認すると、プ○ドにアキラの家族も乗り込んでいる。
「私をまた、この鉄の化け物の中に押し込めようというのか?」
「うるせぇ、クレメンティーナ! とっとと乗りやがれ!」
アキラの怒鳴り声が聞こえて、女騎士をプ○ドの後部座席に押し込めた。助手席にはレイランさんが乗るようだ。
「アキラ――大丈夫か?」
「ウェーイ!」
彼が窓から手を出して叫んだ。
「それじゃ出発――!」
ズラリと並ぶ公爵邸の皆さんに、別れを告げて峠へ向かう。
だが公子の目は、明らかにレイランさんを追っている。
「公子様は、随分とレイランさんが気に入ったご様子ですねぇ」
「ふん、レインリリー公爵家の専属魔導師にならぬかと、必死に口説いておったわ!」
「あらら、そりゃまた。アキラも彼女も、絶対にウンと言いませんよ」
「全く男というのは! 其方もか?」
「いいえ、私には、リリス様がいらっしゃいますので」
「……うむ……そうか」
危うく、プリムラとアネモネの名前を出しそうになったが、ここはゴキゲン取りが必須だろう。
だが、後ろで話を聞いていたアネモネから物言いがついた。
「なんで、私じゃないの?!」
「もちろん、アネモネもね」
ルームミラーで後ろを見ると、プリムラのニコニコ顔が怖い。だってしょうがないじゃん。
ハ○エースを走らせて、公爵邸の門をくぐる。
公爵邸の前には、今日も獣人達が集まっている。
「お~い、お前等! 森猫様は、在所に帰るからな~」
「森猫様の在所ってどこなんでごぜえますか?」
「アストランティア近くの大きな湖のほとりだよ」
このハ○エースコミューターの右側にはスライドドアはないのだが、ガラスには小さな窓がある。
アネモネがそこを開くと、ベルが顔を出した。
「「「おお~っ!」」」
獣人達が一斉に膝をついた。
「お前等も元気でやれよな――それじゃな~!」
沢山の獣人達に見送られて公爵邸を後にする。バックミラーにはアキラが運転しているプ○ドが映っているが、大丈夫そうだ。
彼は道が分からないので、俺が先導する必要がある。ここにはGPSやナビはないのだ。
「しかし、亡命させた大魔導師を2人もお城に連れていって、揉めませんかねぇ」
「まぁ揉めるだろうのぅ。じゃが誰にも真似できぬ偉大な功績には変わりない」
通りを進んでいくと、見覚えのある獣人の3人組がいた。
「よぉ! お前等! 仕事はないのか?」
俺は窓から顔出して、彼女たちに話しかけた。
「え?」「あ~! 旦那!」「おはようございます」
「俺たちは、王都経由で在所に帰るからな。元気でな」
「旦那達の在所ってどこなんですか?」
「アストランティアの近くにある湖のほとりだよ」
「へぇ~!」
俺が窓から手を出すと、彼女たちが頭を擦り付けてくる。俺の指に大きな耳が当たると、ピコピコと動く。
「こらぁ! お前等! 変な匂いをつけるんじゃねぇ!」
「そうだにゃ!」
騒ぐ、ミャレーとニャメナに、3人組が舌を出している。
「それじゃな~!」
3人組に別れを告げると、大通りを右折。王都への街道に入る。
ここからは1本道なので、迷う心配はないだろう。
『あ~あ~、ケンイチ聞こえるか?』
後ろのプ○ドから通信が入ったので、ハンドマイクを取る。
「はい、どうぞ!」
『ここからは、王都まで1本道か?』
「そうだ、多少脇道があるが、太い街道は一本だから、迷うことはない」
『オッケー!』
「桶がどうしたのじゃ?」
王女も獣人達と同じ反応だ。
「私の国の言葉で、了解って意味ですよ」
「そうか――それは離れた場所と会話が出来る魔道具なのか?」
「そうですよ」
「どのぐらい離れた距離で話せるのじゃ?」
ダッシュボードに取り付けられた機材を王女が覗きこんでいる。
「およそ20リーグ(30km)ぐらいですかねぇ」
説明するのが面倒なので、数値はテキトーである。
「むう――軍の指揮に使えるではないか!」
「また、そういう戦に結びつけるので?」
「妾は王族じゃぞ? 国と民を守る義務がある!」
王女とそんな話をしつつ――皆を乗せて、ハ○エースとラ○クルプ○ドは地獄峠へ向かった。
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