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112話 帝国の魔導師


 俺は国境を越えて、帝国へ来ている。

 俺と同じように、この世界へ転移してきたらしい人物を探すためだ。

 全く探す宛もなくギルドや市場で網を張っていたのだが、運良くその人物を知っているらしい獣人の女に接触する事ができた。

 帝国の『竜殺し』と呼ばれる人物はアキラという名前らしい。

 名前だけ聞くと明らかに日本人だ。ただ男か女かは聞くのを忘れた。


 俺と同じように日本から転移してきたらしい帝国魔導師。そして、そいつはマヨネーズを大量に造り出すという独自ユニーク魔法使いだと言う。

 マヨネーズ? 果たしてそれは本当なのだろうか?

 まぁ、本当かどうかは会えば解るのだが……。


 ――朝、小さな宿屋で起きる。素泊まりなので、そのまま女将に挨拶して、ギルドへ向かった。

 ギルドの玄関の前にスツールを出して、それに座りながら朝飯を食う。

 シャングリ・ラで買った、パンと牛乳――そして、カロリーバーだ。

 デザートにバナナを食っていると、昨日会った獣人の女がやって来た。


「おはよう! 手紙を見せてくれたか?」

「おはようにゃ。アキラに見せたにゃ。凄い驚いてたにゃ。アキラも会いたいって言ってたにゃ」

「それじゃ、会わせてくれ!」

 彼女の話では、彼のいる場所は、この街の外れ――国境の壁は南北に走っているので、南の壁際にある一軒家だと言う。



「それじゃ結構距離があるのか……」

「あるにゃ」

 俺がバイクでも出そうかと迷っていると、彼女が背負っていくと言う。

 ミャレーにも背負ってもらったことがあるし、獣人ならそれぐらいは平気だろうと思う。


「いいのか?」

「いいにゃ。アキラも早く会いたがっていたしにゃ」

 それじゃ、お言葉に甘えさせてもらう。

 彼女は俺を背負うと、猛スピードで南の方角へ走り始めた。


「おわぁぁぁ! もっとゆっくりでもいいんじゃね?」

「このぐらい大丈夫だにゃ」

 いやそうだけど、バイクでも街の中をこんなスピードで走らないからな。

 しかも人混みを縫いながら、かなりのスピードで走っている。これはバイクでは真似ができない。

「ちょっと聞きたいんだけど、アキラって男か? 女か?」

「男だにゃ」

 男なのか。

 そして5分ぐらいの疾走のあと、家は徐々にまばらになり、草がボーボーの荒れ地が増えてきた。

 そのまま細い道を右にゆっくりとカーブした所に家が見える。国境の壁際に建つ小さな木造の家。

 以前、王女に聞いたとおり――国境の壁は、ここから遠くに見える森の中まで続いているようだ。

「アキラー! お客を連れてきたにゃ!」

 獣人の女の声に反応するように、家から男が出てきた。上下に黒い服に、富士額が目立つ黒く短い頭。

 だが見るからに日本人のオッサンだ。多分、俺と近い歳だと思われる。

 黒い服は、帝国の軍服であろうか? 帝国の役人たちも似たような服を着ていた。


「おお~っ! マジで日本人か?!」

 獣人の背中から降りた俺を見て、男が叫んだ。


「ああ、日本人だ」

「まさか、こんな異世界で、日本人に会えると思わなかったぜ!」

「俺もだよ、以前から噂は聞いていたんだがな、ソバナにやって来る途中で、『竜殺し』がこの街にいるって聞いてな」

「はは、竜殺しか――確かにそうだが――まぁ! 立ち話もなんだ、中に入ってくれ! 何もねぇけどな」

 男に敵意は感じられない。本当に日本人に会えて、喜んでいるようにしかみえない。

 別に疑っているわけじゃないんだが。

 家の中は板の床と板の壁、天井板はなく屋根裏が見える。

 ベッドが2つと小さなチェストが1つ、床に手荷物が置いてある以外に何もない。台所に鍋と食器があるぐらいだ。

 本当に仮の住まいって感じがする。そして家の中にはもう1人、金髪をポニーテールにしている女がいた。

 黒色のフリルがついたブラウスに、藍色のロングスカートを履いて金色に光る帯剣している。

 いかにも鍛えている体つきなので、おそらく戦士か騎士なのだろう。眼光鋭く、こちらを睨んでいる。

 俺のことを刺客か何かだと思っているのかもしれない。

 男の案内で、部屋の真ん中にある四角いテーブルに座った。


「改めて紹介させてくれ、ケンイチだ。一応苗字もあるが、ここでは名前だけでいいだろ」

「俺もアキラでいいぜ」

 だが人の家を訪れたのに、手ぶらなのに気がついた。


「そういえば、土産も持たず手ぶらだったな。申し訳ない。元世界のもので何か欲しいものはないか?」

 とりあえず飲み物ということで、俺は24本入りのコーラをシャングリ・ラから購入した――2000円だ。

 ダンボールがドスっとテーブルの上に落ちてくる。


「コ、コーラか?」

「そうだ。冷えてないけどな」

「ビールはないのか?」

「あるぞ、俺は飲まない人だけどな」

 6本入りのエ○スビールが落ちてきた――1200円だ。

 それを見たアキラが信じられないような顔をした。そりゃそうだろう。


「おおっ! エ○スじゃねぇか!? なんだこりゃ? 一体どうやって……」

「俺の魔法だよ。元世界のものをある程度作り出すことができる。それとそれを入れるためのアイテムBOXだな」

 シャングリ・ラのことは秘密にしておこう。


「なんだよそりゃ! めちゃくちゃ便利なチートじゃねぇか!」

「まぁ――言っちゃなんだが、かなり便利」

「俺なんて、マヨネーズだぞ! マヨネーズ! なんだよ、マヨネーズって! ワケワカメだろ!?」

 それについても聞きたかった。マヨネーズのチートとは、一体どういうものなのだろうか?


「マヨネーズを作り出せるって本当なのか?」

「ああ、何か入れものはないか?」

 俺はアイテムBOXから、カップを取り出した。

 すると、アキラは人差し指から何か黄色いものを出してカップを満たした。

 俺はカップを覗き込む。

 

「まさしく色はそれだな」

 そして指を入れて舐めてみると――。


「マヨネーズだ……」

「あと、こういうこともできる――分離!」

 アキラの言葉と共に、マヨネーズが茶色い液体に変わり、何かが底に沈殿した。


「こりゃ……油か?」

「そうそう、これでかなり稼がせてもらったぜ。この世界は油が高価だからな」

 マヨネーズの原料は酢と卵と油だ。それらを分離して油に戻したんだろう。

 油の下におりが溜まっているが、これは卵と酢の成分だと思われる。

 しかし、マヨネーズって、ほとんどが油成分なんだな。こんなの食いまくったら太るに決まっている。


「量は、どのぐらい出せるんだ?」

「かなり出せるぞ。そうだな、デカいプールに満杯にすることも可能だと思う」

「いや、それもかなり凄いチートじゃないか? 歩く油田だぞ?」

「そうなんだよ、この能力が皇帝にバレてから、資金作りのためにかなり油を作らされた」

「討伐したドラゴンを取られたり?」

 その言葉を聞いた、アキラの顔色が変わった。


「そうなんだよ! くそったれがぁ! あの冷血女め! 散々、俺をこき使いやがってぇ!」

 その言葉からすると、アキラは皇帝に不満を持っているらしい。

 皇帝の悪口を色々と並べ立てているが――彼の魔法が気になるな。


「マヨネーズを出すのに、何か対価は必要なのか?」

「特に何も。ケンイチは?」

「俺は、金貨や金目のものが対価になる」

「そりゃ、結構大変そうだな……」

「最初はちょっと苦労したかな」

 アキラは、作り出したマヨネーズを使った粉もの屋をやったらしい。


「粉ものって、お好み焼きとかか?」

「そう! 元世界でも、お好み焼きって外人に人気だったろ? それで絶対に受けると思ってな」

「売れたのか?」

「めちゃくちゃ売れたぞ」

 売れすぎて、1人じゃ店が回らなくなったらしい。それで丁稚を2人雇って一緒に暮らしていたと言う。

「あの時が一番楽しかったなぁ」

 ――とアキラが思い出すように目を細めている。

 タコ焼きも考えたらしいのだが、タコに似たものが手にはいらなくて断念したらしい。

 タコに似ているといったら、スライム? スライム焼きか?

 ちょっと美味しそうに思えるのだが、俺が異常なのだろうか?


「この世界に来てから、どのぐらいたつ?」

「そうだな――約2年ぐらいになるか……」

「俺は7~8ヶ月ぐらいだな」

 この世界は1ヶ月28日なので、13月まである。


「そうだ! ケンイチ! アルミはないか?」

「アルミ? この世界じゃアルミは魔法の触媒に使えるってのを……?」

勿論もちろん、知ってる。俺は転移した時にポケットに入っていた1円玉を使ってた」

「その1円玉は?」

「消耗したのか、徐々にボロボロになって崩れてしまってな……」

「アルミといえば、ビールの缶がアルミじゃなかったか?」

 アキラが出したばかりのビール缶を掲げて、注意書きを見ている。


「確かにアルミだ! 飲んだ後にこいつを潰して使おう!」

「こりゃ、迂闊にビール缶も渡せないな……」

 俺は、敵か味方か解らんやつに、アルミを渡した軽率な行為を、ちょっと反省した。

 だが話している限り、彼に問題点は見つからない。

 

「大丈夫だって! ちゃんと管理するからな。なにせ敵対する奴らに渡れば、こっちがピンチになる」

 彼と話をしながら、部屋を見渡す。


「パーティはこれで全部か?」

「いや後は、センセがいるが――魔導師だ」

「先生?」

「俺の師匠だよ。獣人のミャアは娼館から身請けしたんだ。そっちは、俺のチ○○に負けた女騎士だ」

「わ、私は、お前のチ、チ○○などには負けてはいない!」

 騎士という女が顔を真赤にして激昂、アキラに詰め寄った。


「何言ってんだ、昨日の夜だって負けまくってたくせに」

「くっ! 殺せぇ! 今すぐ、私を殺せぇ!!」

 くっころの女騎士キター! 俺の前には現れないで、こんな所にいたのか。


「落ち着けよ、俺のチ○○に負けた女騎士さんよ」

「その言い方は止めろぉぉぉ!」

 女騎士が金髪を振り乱して、アキラに掴みかかったのだが、逆にアキラに掴まれて、いきなり倒れた。

 そして床の上でビクビクと痙攣している。もしかして、この能力は……。

 それに彼の指には、複数の指輪が嵌っている。


「こいつは、口ではこんなことを言っているけど、いじめられて喜ぶ変態だから」

 ああ、なるほどそういう――いや、問題はそこじゃない。


「それって、ナチュラル回復ヒールのオーバードーズじゃ……」

「そうそう、よく解るな」

 言うか言うまいか、ちょっと迷ったのだが……。


「実は――王族から祝福みたいなものを貰って、俺も似たようなことができるんだ」

 俺は、指に嵌っている、魔力を抑える指輪を見せた。


「おっ! マジで? 俺も皇帝から祝福を貰ったんだよ」

 2人の話を統合すると、この世界の偉い人は、そういった力を持っていることがあるようだ。

 帝国の皇族の能力も一般には知られていないらしい。


「パワーの限界も結構上がるぞ?」

 アキラは、かなり実戦の経験が豊富なようだ。

 

「マジか?」

「火事場の馬鹿力みたいなものが出るようになる。すげぇ腹が減るけど」

「それは試してみないとな……」

 だが、いきなりアキラが立ち上がった。


「でもな! この祝福を貰って、簡単には死ななくなったもんだから、あの冷血女が嬉々として俺を死地へ送り込みやがって……」

「冷血ってどんな感じなんだ?」

 俺の質問に、アキラがストンと椅子に座る。


「もう本当に優しさの欠片もないって感じだったな。親から愛情を受けずに育つとああなるんだなって思ったよ」

 今の皇帝は、自分の親すら躊躇なく殺したらしい。

 

「モンスターを凄い数倒したって聞いたけど……どうやったんだ?」

「それは簡単、一面を油で満たして火を点けた」

 つまり、マヨネーズから作り出した油を使ったわけか。マヨネーズが、ほぼ無尽蔵に出るからできる荒業だな。


「ドラゴンも、そうやって倒したのか?」

「いや、レッドドラゴンにも火を点けたんだが耐性があってな。ダメだった」

「それじゃどうやって?」

「建物に登ってだな――」

 魔法で拘束してから、そこにいる獣人の女にドラゴンの口めがけて投げ入れてもらったらしい。


「自分から、ドラゴンの口の中に飛び込んだのか?!」

「どんな強力な魔物だろうが、気管や肺がマヨネーズで満たされりゃ……」

「窒息したのか?」

「ああ――でも、アンデッドには使えねぇけど、ははは」

 確かに――どんな化け物でも、生き物である限り呼吸ができなくなれば死ぬな。間違いない。


「めちゃくちゃだな。言っちゃ悪いが、頭おかしい……」

「皇帝にも同じことを言われたが、やらなきゃこっちがブレスで火あぶりの刑だ。仕方ないだろ」

 そりゃそうだ。俺だって家族を守るために自爆しかないとなれば、その道を選ぶかもしれない。


「だが、それだけ命がけでやったのに、手柄を横取りされたんじゃ、お前が怒るのも無理はない」

「だろ?! だから、嫌になって出奔してきたのさ」

 アキラが、ここにいる理由は解ったな。これなら、こちらに引き込めるかもしれない。


「まぁまぁ、落ちついてコーラ飲みねぇ」

 俺はアイテムBOXから、自分用のコーラを出した。これは、アネモネの魔法で冷やしてもらったものだ。

 それを見たアキラが、何かをすると、テーブルの上のコーラとビールのセットが消えた。


「アイテムBOXか?」

「ドラゴンを倒したあとに使えるようになってな」

 マロウさんの時にも見たが、端からアイテムBOXを見ると、こんな感じなのか。


「最初から使えたわけじゃないのか?」

「まぁな――おっ! 冷えてるな! コーラじゃなくて、ビールを飲みたいところだが、朝っぱらから酒なんて飲んでたら、センセにどやされちまう……」

「その先生ってのは怖いのか?」

「ああ……んぐんぐ! ぷはぁ! うめぇ!」

 コーラを飲み干したアキラが満面の笑みを浮かべた。


 アキラの顔をみると、その先生という人は怖い人らしい。だが怖いといっても色々とある。

 お城の王妃みたいのだったら、ちょっと勘弁してもらいたい。

 2人で冷えたコーラを飲みつつ、話を続ける。


「後は、シーフの女がいたんだが、この街で寿退社して別れた。穀潰しだったんだが、鍵の仕組みや罠を教えたら、そこら辺に才能があったらしくてな」

「俺も子供を拾ったんだが、魔法の才能が凄くてな。今や大魔導師だよ」

「この世界にはちゃんとした教育機関がないからな。センセだって孤児から成り上がったって話だし」

「あれ? その話ってどこかで聞いたような……」

「ん? 王国でも、センセは有名なのか?」

 ギルドで、夜烏のレイランって大魔導師を見たって奴がいたが……。


「もしかして、アキラの先生って『夜烏のレイラン』さんか?」

「おおっ! やっぱり、センセは王国でも有名なんだなぁ」

 やっぱり、そうか。


「それじゃ5人パーティだったのか?」

「いや、もう1人エルフがいたんだが、故郷の森からあまり離れられないようで、帝都で別れた」

「エルフか~。ドワーフには会ったが、まだエルフには会ったことがないんだよなぁ。やっぱり美男美女ぞろいか?」

「ああ――年寄りばっかりだが、全部が間違いなく目の覚めるような美男美女揃いだ」

 彼が指輪を見せてくれた。エルフの言葉が解る自動翻訳機らしい。


「魔道具って凄いよなぁ。元世界の科学でも実現できないものもあるし、方向探知機とかさ」

「それは俺も持ってるよ。親子になってて、子供が親を指さすやつだろ?」

 どうやら帝国にも同じ魔道具があるようだな。


 それから彼と情報交換をしたが、この世界へやって来たきっかけや、帰還の方法などは一切不明。

 だが彼も帰るつもりはないらしい。


「だってなぁ、帰ったってブラック企業勤めだし……」

「なんの仕事をしていたんだ?」

「不動産関係だよ」

「土地を売ったり買ったり?」

「それはそうなんだが……競売けいばいって知ってるか?」

 競売ってのは、破産した奴の財産が金融機関経由で裁判所に差し押さえられて、所謂いわゆるオークションに掛けられるわけだ。

 土地や家のこともあるし、アパートの住民が夜逃げして、部屋を丸ごと競売に掛けられることもある。


「競売の不動産を売買していたのか?」

「ちょっと違うんだなぁ。競売で安いボロ屋を落札して、リフォームして高く売る仕事さ」

「へぇ、そんな仕事もあるんだ」

「へへ、結構これが儲かるんだよ」

 ――とはいえ、不動産には8○3が絡んでくることもあって、結構危ないこともあると言う。


「危ないとかブラック企業とか言ってもな、命がけの仕事じゃないし……あ、一回だけ危なかったことがあったな」

「そんなことが、あったのか?」

「ああ、競売で落とした家に占有屋がいてなぁ」

 占有屋ってのは、不動産を不法占拠して、「どいてほしかったら、金を出しな!」っていう8○3連中のことだ。


「8○3と揉めたのか?」

「ハ○エースで拉致られて、山で生き埋めにされるところだった、ははは!」

 ここでも大活躍のハ○エース。だが笑いごとじゃないような気もするが……。


「よく助かったな?」

「ああいう場合は、ほとんどが金で解決するんだよ。恨みでやっているわけじゃないからな。逆に恨まれていると問答無用だから、覚悟を決めないとアカン」

 確かに、すげぇブラック企業だな。だが淡々と死地へ追いやられる帝国魔導師よりはマシだというのだが。


「ケンイチは何の商売をしてたんだ?」

「俺は田舎で、ネットを使って絵描きをしてた。イラストレーターってやつだな」

「へぇ――それじゃ絵が描けるんだ? 田舎ってどこだ?」

「北海道だよ」

「お! 北海道はバイクで行ったぜぇ! 牧場に住み込んで働いたこともある」

 彼の話では――住みこんでいた場所は、サラブレッドの生産牧場みたいだな。


「朝の3時とか4時からたたき起こされてなぁ。懐かしい……この世界の馬は戦車みたいな馬ばっかだけど、かわいいよな」

「それじゃ馬にも乗れるのか?」

「ああ、乗れるぜぇ」

 馬の様子を嬉々として話すアキラ――動物好きには悪い奴はいないと思うのだが。


「馬もだけど、この世界で驚いたのは獣人だな」

 俺の話に、アキラが反応した。


「ああ、俺は娼館で初めて見たな。本拠地だった帝国のミダルって街は、獣人があまりいなくてよ」

「俺の初めての街には結構、獣人いたけどな……」

「2人も囲っているって話だったけど? 中々やるねぇ。確かに獣人のモフモフは病み付きになるからなぁ」

 アキラは腕を組み、ウンウンと唸っている。


「1人は俺の知り合いだったが、もう1人は妻の護衛だからな」

 それを聞いたアキラが驚いた。


「結婚しているのか?!」

「式もないし、戸籍もないけど、彼女の親には挨拶したし――そういうことになるだろうなぁ」

「それじゃ、この世界に骨を埋める覚悟ができてるんだ?」

「そういうアキラはどうなんだ? その先生って人が本妻なんだろ?」

「あの、まぁ――その、なんだな……そうなんだが……」

 その時、後ろで話を聞いていた獣人の耳がピンと立った。


「アキラ、レイランが帰ってきたにゃ」

「おお、そうか!」

 それから5分ぐらいして、玄関の扉が開いた。


「帰りましたよ」

 入ってきたのは、艶やかな長い黒髪を後ろでまとめて、烏色のロングドレスを身にまとい、横に入ったスリットから出た色っぽい脚。

 そして、ドレスからはみ出て、落ちそうになっている爆乳……歳は20代後半であろうか。

 それを見た俺は、思わず叫んだ。


「ファイヤー!!」

「「ジャストミート!!」」

 俺とアキラの声がハモった。


「ははは、ケンイチも観てたくちかい?」

「まぁ、俺らの世代は皆観てただろ」

 TV番組の掛け声みたいなものなのだが……それを聞いたレイランさんが、目をパチクリさせている。


「お、お客様ですか?」

「こんにちは――いや、おはようございますですね。私、アキラと同郷のケンイチと申します。どうぞ、お見知りおきを」

「あ、はい……」

「センセ、大丈夫だよ。怪しい奴じゃないからさ」

「けど女性が多いなら、違うお土産の方が良かったか……」

 俺はシャングリ・ラを検索して、3000円のイチゴタルトを購入した。

 購入ボタンを押すと、白い箱に入ったタルトが落ちてくる。


「これ、お菓子ですから。皆様で召し上がって下さい」

「にゃ! お菓子にゃ?! 甘いにゃ?!」

「そう甘いよ。果実が入っている」

「アキラ! 食べるにゃ!」

 箱の蓋を開けると、白く丸い生地に真っ赤なイチゴのコンポートが載ったタルトが現れた。


「うみゃ~!」

「ふあぁぁぁ!」

 レイランさんとミャアの目がキラキラと輝く。まぁ、一目で美味そうって解るビジュアルだからな。

 ミャアに急かされるように、アキラはタルトをナイフで切り始めた。


「アキラ、皿とスプーンはあるか?」

「深皿は台所にあるが……」

「私が持ってきます!」

 レイランさんが、取りにいってくれた。彼女もタルトには興味津々で早く食べてみたいようだ。

 テーブルの上に皿が並べられたが、アキラが皆を制した。


「待て! まずは俺が毒味をする」

「もしかして祝福のお陰で毒があまり効かない体質になっているのか?」

「そうだ。だから、怪しい食い物を食べるときは、まずは俺が毒味をすることになっている」

 そう言って、アキラはスプーンを使ってタルトを大きく抉ると一口に運んだ。


「どうにゃ?」

「どうなんですか? アキラ?!」

「うぐぐっ! これは! これは毒だから、皆は食わない方がいいぞ! 責任を取って、俺が全部処分するから!」

 アキラは箱ごとタルト持って逃げた。


「その顔は絶対に違うにゃ!」

「アキラ、待ちなさい!」

「センセ! こんなの食ったら、絶対に太るって! それ以上、パイオツがデカくなったらどうするんですか?」

「魔法を使っていれば、太るはずがないでしょう?!」

「そんなことしなくても、食いたいなら、おかわりもあるから心配するな」

「マジか?」

 俺の言葉に、アキラがタルトを置いて皆に配り始めた。


「もう、アキラは本当に性格悪いにゃ」

「本当にそうですね」

「ははは、そんなに褒められてもな」

「褒めてませんから!」

 だが、タルトを食べた女性陣が恍惚の表情を浮かべている。


「なんにゃ~甘くて美味くて甘くて美味いにゃ~」

 ニャメナとミャレーと同じ反応だな。獣人はボキャブラリーが貧困すぎる。


「ほわぁ……まるで口の中が天国になったような幸福感……」

「いやぁ、2年ぶりにこんなの食ったよ。ここのお菓子ってば、クッキーみたいのしかねぇからな」

 アキラもタルトは気に入ったようだ。酒飲みみたいだから、甘いものは好きなのかもしれない。


「あれはあれで、まぁまぁじゃん」

「そうだけどさ!」

「飲み物も出すか……」

 アキラが用意したカップに、ペットボトルの無糖紅茶を注ぐ。


「おい! 俺のチ○○に負けた女騎士さんよ! 美味いお菓子だぞ!」

 アキラが、床にひっくり返っている女騎士に蹴りをいれた。


「私は、貴様の情けなどは――!」

 文句を言おうとした女騎士の口に、アキラがタルトを突っ込んだ。


「はぁ! もぐもぐ! こ、これはなんという美味! まさに、この世に在らざるもの! これは、悪魔の菓子か!」

「文句があるなら食うなよ。俺が代わりに食ってやる」

「そうはいくか!」

 女騎士は床に胡座をかいたまま、タルトをガツガツと食べ始めた。


「こんなものまであるのか? どのぐらいの種類を魔法で作れるんだ?」

「今のところ、不明だな。それに金もいるしな」

「銃とかは?」

「無理だ。武器なら弓やクロスボウなら作れるし、爆薬は自分で作った」

「マジか!」

 だが、皆でタルトを食いながら、ほわほわしていると、ミャアが耳を立てた。


「アキラ! だれか来るにゃ!」

「1人か?」

「1人にゃ。でも訓練された奴じゃないにゃ……多分、女にゃ」

「カロリンじゃないのか?」

「全然、違うにゃ」

 カロリンというのは、寿退社してパーティから抜けた女の名前のようだ。


「敵か? 大丈夫か?」

「はは、まぁな」

 アキラは歴戦のようで、動揺している節もなく、黙々とタルトを食べている。


「アキラ、来たにゃ」

 アキラが玄関へ行くと扉を開いた。


「アキラ様~!」

 外へ出たアキラを見て、甲高い女の声が響いた。

 そして、走ってきてアキラに抱きついたのは、30代半ばのふわふわ金髪の美女だ。

 白いブラウスに紺のロングスカート。そして金の刺繍の入った青いストールのようなものを肩に掛けている。


「ア、アンネローゼ?! どうしてここに?」

「アキラ様にお逢いしたく、ここまで追って参りました」

 ミャアが俺の所にやって来た。


「あれは、アキラが寝取った黒石屋って商人の女房にゃ」

「寝取りかよ!」

「ちょっと待て! こいつの亭主が、俺の商売の邪魔しやがったんだよ。札付きの悪徳商人だったんだぜ?」

「その通りですわ!」

 女もそれには異論はないようだ。


「でもアキラは、娘にも手をつけたにゃ」

「ええ~っ! 本当かい? それって、伝説の親子丼……」

 だが、アキラは必死に弁解している。


「いや待て待て、娘には手を出してねぇって! 黒石屋を凹ますために、そういうことにしてたけどな!」

「本当かにゃ?」

「おいおい――そういえば、アンジェリーナはどうしたんだ?」

 アンジェリーナというのは、娘の名前らしい。


「娘は、黒石屋を継ぐことになりました」

「まぁ彼女はしっかり屋さんだからな、大丈夫だろ」

「主人は秘書と一緒に引き篭もり、私の居場所がなくなったのでございます。それで、アキラ様のご慈悲にすがろうと……」

「それは、可哀想だとは思うが……」

 それまで黙ってタルトを食べていたレイランさんが立ち上がった。


「アキラぁ――その女とは切れたと言ってましたよねぇ……」

「ちょっと、センセ! 落ち着いて! 切れた! 本当に切れたんだって!」

「レイラン様! やるならひと思いに、アキラ様と一緒に!」

「アンネローゼ! そういうのはセンセには止めろって、マジで洒落にならんから!」


 それから、しばらく修羅場が続いた。

 俺は紅茶を飲みつつタルトを食って、場が収まるのを待つことにした。

 

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