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11話 良い取引先


 ――河原にキャンプして、次の日の朝。

 俺が目を覚ますと、獣人達は既に起きて片付けをしていた。


「おはよう――ふあぁぁ~。昨日は随分と飲んでたが、大丈夫か?」

「大丈夫でさぁ。久々に愉快だったので、飲み過ぎちまった――面目ねぇ」

「まぁ、良いってことよ。朝飯も食うか?」

「とんでもねぇ、散々飲み食いして、これ以上は世話にはなれませんぜ」

 思慮とか配慮とかはある連中のようだ。これなら、彼らと付き合っても良いだろう。


「アマナは?」

「大丈夫ですよ~」

「よっしゃ!それじゃ、家に帰って飯にするか。俺は宿屋だけどな」

「にゃー!」

 また、獣人達に背負ってもらい、宿屋まで運んでもらう。本当に速い。

 彼等と別れて、宿屋へ戻る。だが、飯を食ってまた市場へ行かないとな。まぁ、そのまま向かっても良いのだが、宿代は前払いしているし。

 一応顔は出しておこうと思う。


「おはよーさん」

「あ! ケンイチ、昨日は何処へ行ってたの?」

「外で、獣人達と飲んでた」

「はぁ? なんで外で? ははぁ~外で遊んでて、暗くなって戻れなくなったんでしょ」

「まぁ、そんなところだ」

「獣人の女なんかと遊ぶぐらいなら、あたしと遊べばいいじゃん……」

「別に獣人の女と遊んだりは――」

 ――と言いかけたら、アザレアが黙って俺のシャツを指さした。黒いシャツはミャレーの抜け毛でいっぱいになっていた。

 あちゃー。

 言い訳をしかけたのだが、アザレアはプイと顔を背けて、奥へ行ってしまった。嫌われてしまったかな?

 ……まぁ、仕方ない。俺の目指すスローライフに女は必要ないしな。

 とりあえず、2階へ上がって朝飯を食って、シャツに洋服ブラシを掛けた。

 だが、毛が取れず――しばし悩む。

 シャングリ・ラで粘着テープのコロコロを買って、コロコロした。これが一番よい感じがする。


 ------◇◇◇------


 朝食後、何時ものように市場へ行くと店を出す。

 今日は、無地の木製宝石箱を3つ程並べてみた。アザレアへドロップを入れてプレゼントしたのと同じ物だ。

 それから、2000円で購入した両刃のノコを吊り下げている。いつも商品が一緒だと飽きられてしまうからな。

 たまに違う商品が並んでいれば、なにか良い出物が無いのかと、客が足を運んでくれる。


 並べた木製宝石箱は、午前中に1個売れた、あまり売れる物ではないらしい。買った女性は小物入れに使うようだ。

 客足も途切れてスツールに座り、シャングリ・ラの画面で電子書籍を読んでいると、声が掛かった。


「この紙が欲しいのだが」

 店の前に立っていたのは、緑色のローブを着た爺さんだ。中は上下の黒服で、白髪交じりの黒い髪と髭を生やしている。

 ここの土地は、変わった毛色も多いが、黒い髪も多いな。おかげで、俺が目立たなくて済んでいる。


「はい、いらっしゃい」

「この紙は薄くて丈夫だな」

 どうやら、紙をご所望のようだ。指で触って感触を確かめている。


「品質には自信がありますよ~、何枚程ご入用ですか?」

「100枚だな」

「ひゃく~?」

「揃えられんか?」

「いいえ、大丈夫です。 2~3日頂けるのであれば……しかし、1枚銅貨1枚ですので、100となると銀貨2枚(10万円)になりますが」

 本当はすぐにでも出せるのだが、いつもすぐに出すと怪しまれるかもしれないので、そういう事にしておく。


「大丈夫だ。金はある」

「これは、失礼致しました。……もしかして、本をお書きになる?」

「いや、わしは写本家だ」

「写本と言うと、1枚1枚、本を写していくと言う」

「その通りだ」

 この世界に印刷技術はまだ無い。本を作るには全部手書きだ。原本が出来たら、写本家が写本してコピーを作って売るのだろう。著作権なんて無いからな。

 

「ちなみに、本というのは1冊どのぐらいするのでしょう?」

1から10(ピンキリ)――だな。装丁に凝れば、金貨10枚(200万円)でも20枚(400万円)にでも、する事も可能だ」

「ほう、そんなに高価な本の中身はどういった物が多いのでしょう?」

「多いのは色事物だな」

 爺さんは、片目をつぶって髭を撫でている。


「金貨10枚で、色事物ですか?」

「ふはは、金を持っていても、人の中身が良くなるわけでもないわ。わしも、それで飯が食えてる」

「そうで御座いますねぇ……それでは、3日後には確実に入荷しておりますので」

「うむ、承知した。頼むよ」

 爺さんなのに、足取りも軽やかだな。まだまだ達者そうだ。歳を食っても元気なら良いのだがなぁ。

 しかし、この世界で病気とかしたらどうなるんだろうか? 魔法があるようだから、治癒魔法とかで病気も治るのかな?


 その後、洗濯バサミが20個程売れる。やはり定番商品になったようだ。

 話が広まれば、もっと売れるかもしれない。先日ここへ来たメイドさんのように、大きな屋敷からの注文があれば、大量にける可能性がある。


 だが、午前の客はそれでお終いだった。

 昼飯にパンを食った後、午後になってもしばらく客足は途絶え、シャングリ・ラの電子書籍を一冊読み終えようとした時――。

 2人の客が店を訪れた。


「マーガレット、この店ですか?」

「はい、お嬢様」

 1人は紺色のメイド服――そう、前に俺の店から洗濯バサミを100個買っていったメイドさんだ。

 もう1人は――流れるような金色のストレートヘアー、上等そうなフリルの付いた白いブラウスに紺のロングスカート。

 いかにも、お嬢様って感じの女性だ。歳は――20歳ぐらいだろうか? 切れ長の目に知性を感じる。

 当然、見るからに金持ちそうな客なので、もちろん接客は丁寧に。


「いらっしゃいませ~」

 金髪のお嬢様は、店先に釣り下げられたネックレスを手に取り、しげしげと見ている。


「メイドさん、取り置きした商品を取りにきたのかい?」

「はい」

 アイテムBOXの中から、銀のネックレスを取り出して、メイドさんに差し出す。


「ほい、小四角銀貨6枚(3万円)だ」

「ありがとうございます……お嬢様これを――」

「まぁ! これは、金剛石ダイヤモンドでは、ないのですか?」

「店主の話だとガラスだと」

「ガラス……」

 なにやら、メイドとお嬢様が揉めている。いや、揉めているわけでもないが、俺が渡したネックレスで、あれこれ話し合っている。

 だが、結論が出なかったのか、お嬢様が俺のところへやってきた。


「少々お聞きしたいのですが……」

「なんでございましょう?」

「このネックレスについているのは、金剛石ダイヤモンドではないのですか?」

「ええ、違います。 磨いたガラスでございますよ」

「……」

 なにやら、考えごとをしているようだ。


「何か?」

「他のアクセサリーもあるのなら、見せていただけますか?」

「承知いたしました」

 俺は、シャングリラの画面を開くと、違うデザインのネックレスを検索して、購入ボタンを押した。値段はおおよそ、2000円~3000円の間だ。

 突然、目の前に現れる銀の宝飾にお嬢様が反応した。


「アイテムBOX!」

 正確にはシャングリ・ラから送られてきているものだから、アイテムBOXから出しているわけではないのだが、端から見ればそう見えるのだろう。

 故に、俺もそれに合わせた。


「さようでございます」

「……」

 お嬢様は細い顎に手を当て、また何やら思案を巡らせているようだ。そして、結論を出したように話し始めた。


「ご店主、少々お願いがあるのですが」

「なんでございましょう」

「私マロウ商会の長女、プリムラと申します」

「これはご丁寧に、私はケンイチと申します。お見知りおきを」

「突然の申し出で申し訳ないのですが、我が商会を訪れて、我が父に会っていただけないでしょうか?」

 本当に突然だな。しかし、怪しげな商会だと困るな。例えば、バコパって所はヤバいって聞いているし……。

 隣の店のアマナにマロウ商会の事を耳打ちしてみる。


「ちょっと、アマナ。マロウ商会って知ってるか?」

「この街でも有数の大店だよ」

「よく話に出てくるバコパって連中みたいな危ない所ではないのか?」

「マロウ商会は、まともな商いをしている所さ」

「ふむ……」

 なるほど、そんなに悪い話ではないようだ。大店って事はこの街の顔役でもあるだろう。そのような人物とパイプを作っておくのも悪くない選択だ。


「承知いたしましたが――今すぐでしょうか?」

「今日は、父が屋敷にいますので、可能であれば今日のほうが……」

「承知いたしました」

「無理を申し上げ、申し訳ございません」

 金髪のお嬢様が、頭を下げる。大店のお嬢様なのに、俺みたいな吹けば飛ぶような、新参者の商人に頭を下げるなんてな。

 どんな商人かは知らんが、このお嬢様を見る限り、父親はかなりの人格者に思える。

 

 俺は、店を片づけてアイテムBOXへつっこむと、金髪のお嬢様に連れられて、マロウ商会の屋敷へ向かう事になった。

 市場の外れには、黒塗りの馬車が待機しており、執事らしき男に案内されて馬車へ乗り込んだ。

 なかなか立派な馬車だ。俺を待っていたのは、ふかふかの真っ赤なシート。だが、貴族様って奴らの馬車はもっと豪華なのだろう。

「こんな立派な馬車には初めて乗りましたよ」

「ほほ、貴族の馬車はもっと豪奢ですよ、ねぇマーガレット」

「はい、お嬢様」

 相変わらず、細目のメイドさんはクールな対応だ。


「ウチが売った洗濯バサミは役に立っておりますか?」

「はい」

 メイドさんは、端的に淡々と答える。


「私も、すぐに洗濯バサミを拝見いたしました。あれも、商品としては、すばらしい物ですね」

「ありがとうございます」

「知り合いの工房へすぐに試作品を作らせたのですが、合わせ目をピタリと合わせる事が出来ませんでした」

 そう、毛抜き等もそうだが、可動させて面をピタリと合致させるには、かなり高度な工作技術が必要になる。

 俺が売ってる洗濯バサミは、コンピュータ制御の加工機によって作られたものだろう。

 単純で作るのが簡単そうに見える代物だが、あれを家内制手工業で再現するのは少々難しい。

 コイル状のバネもそうだ。この世界に押出成形機は無いだろう。バネ1つでも鍛造しなければならない。


「一見単純そうに見えますが、あれを作るのは高度な技術が必要でして」

「お抱えの職人も、そう申しておりましたわ」


 洗濯バサミの話をしていると、屋敷が見えてきた。立派な門を潜ると、広い庭に石造りの豪華な建物。

 建物の規模は、俺が銀貨を両替しに行った、国立の両替商と同じぐらいか。貴族の屋敷は更にデカいと言うのだから、格差社会やねぇ。

 根っから貧乏な俺にはちょっと無縁の世界だ。こんな立派な建物を見ても、掃除が大変そうだなぁ――とか、そんな事ばかり考えてしまう。

 プリムラさんと執事に案内されて、客間で待つ。ソファーはフカフカ。家具はどれを見ても1級品だろう。

 ここにある家具ならアンティークとして、シャングリ・ラの買い取りでも高額な値段が付くに違いない。

 思わず、シャングリ・ラの買い取りウインドウを開いて、家具を突っ込んでみたくなる衝動に駆られるのを、ぐっと堪えていると――ドアが開いた。


「ケンイチさん、父がお会いしたいそうです」

 プリムラさんに案内されて、マロウ商会の主人の下へ向かう。この屋敷の書斎という部屋で待っていたのは、派手な格好をした恰幅の良い初老の男性。

 鼻の下には立派な黒い髭が蓄えられている。

 出で立ちは、草色の上下に金糸の入った赤いチョッキという原色な色使いだが、一見して商人だと解る格好をしているのだと思う。

 商売の世界では、先ずは名前を覚えてもらうのが先決。商人達は、それぞれ頭をひねり、商売相手に印象付けるあれこれに趣向を凝らしている。

 ウチの隣のアマナがやっている、ネックレスジャラジャラもその類だろう。

 彼の机の上には、メイドさんへ売ったネックレスが置かれていた。


「よくぞお越しくださいました。マロウ商会のマロウで御座います」

 座っていた椅子から、勢い良く立ち上がり俺に挨拶をしてくる。


「はじめまして。そちらのお嬢様のお招きにより、まかりこしました、ケンイチと申します。お見知りおきを」

「これは、ご丁寧に。こちらこそ、よろしくお願い致します」

 手を伸ばしてくる様子は無いので、この世界には握手は無いようだ。この街にやってきてから、一度も握手に遭遇していないしな。


「お父様――」

 プリムラさんが、商会の主人――父親に駆け寄ると何か耳打ちをしている。


「なんと! そちら様は、アイテムBOXをお持ちだそうで」

「はい、小さい物ではありますが」

「実は、私も――」

 彼の前――何も無い空間から、金の置物が現れた。なるほど、俺のアイテムBOXも端から見ると、こんな具合に見えるのか……。


「マロウさんも、アイテムBOXをお持ちなのですね」

「そうです。私はこれを使って、商会をここまで大きくいたしました」

「それは凄いですねぇ。私など、農家で作物の倉庫にしか使っておりませんでした」

「それは、勿体ない」

「それで、ご用件の程は……?」

 彼は考えるように少々間を置くと、ズバリ切り出してきた。


「端的に申しますと。この商品をマロウ商会へ卸して頂きたい」

 この商品というのは、机の上に置かれた、銀のネックレス等のアクセサリーだ。


「なるほど、そちらのお嬢様の反応からすると、然るべき所へ持っていけば、さらに高く売れる商品であると……」

「その通りです」

「しかし、それならば、私の店から安い値段で買った商品を、そのまま転売なされば宜しいのでは?」

「そんな事をして、それがそちら様の耳に入ったらどうなるか……」

 主人は椅子に座ると、顔の前で指を組んでいる。


「私は――銀製品の取り扱いを止めるでしょうね」

「そうです。それに、我々の商売敵がそちら様に押しかけて、もっと良い契約を結んでしまうに違いありません。目の前の利益に目が眩み、大きな商売を逃してしまう――商人としては、最も愚かなる行為です」

「なるほど……解りました。それで、掛率はいかほどで?」

「5掛けを考えておりますが……」

「よし、それで手を打ちましょう」

「宜しいのですか?」

「はい」

 俺としては、シャングリ・ラで買った2000~3000円の銀のアクセサリーが数十万円になるのだから、万々歳。2~3掛けでも良いぐらいだ。

 勿論もちろん、金製品の方が高く売れるのだろうが、金はシャングリ・ラでも値段が高い。

 シャングリ・ラと、この世界との価値の乖離かいりを利用するなら、銀製品が一番効率が良い。銀貨のロンダリングには失敗したが、良い取引先を見つけたようだ。

 簡単に言えば、市場に露店を開いてセコセコ商売しなくても、月に銀製品を2~3個売れば余裕で暮らせるって事だ。

 まぁ、露店をすぐに止めるつもりも無いのだが。


 主人が、俺の方へ駆け寄ると、手を差し伸べてきた――握手だ。なるほど、ここで握手をする事で契約完了という事になるのか。

 逆に言えば、迂闊に握手するとヤバいという事だな。


 その後契約書を交わして、マロウ商会への銀製品の卸売が決定したが、同時に洗濯バサミの卸売も決まった。

 プリムラさんが大層気に入ったようで――貴族の屋敷等で、大量の需要が期待されると言う。

 無論、大店の商会にしてみれば、洗濯バサミの儲けなど微々たるものだろうが。

 そのついでに、さらに高額の商品を売る等の機会に恵まれるのだ。

 

 良い取引先が決まったと喜んでいたのだが――。

 世間話に事が及んで――大店の商人とは言え、単なる親バカの娘自慢が延々と始まってしまい、逃げるのに苦労した。


 大切なお得意様なので、このぐらいの話し相手になってあげてもバチは当たらないとは思うのだが……。


 マロウ商会での銀製品の売値は50万円から100万円の間だと言う。

 そのほかに、製品を更にチューンナップした物――ジルコニアをダイヤモンドに、ガラスを水晶に交換した物も販売しているようだ。

 ただ、この世界の宝飾のカット技術は未熟だ。本当の石より、美しく綺麗にカットされたジルコニアやカットガラスの方が、人気があると言う。

 それなら、ブリリアントカットされたダイヤモンドを持ち込めば、高く売れるとは思うが――。

 だが、明らかなオーバーテクノロジーの持ち込みには、注意しないとな。


 無理に稼がなくても、異世界でスローライフを目指せる金さえあれば良いのだ。

 勿論もちろん、金もあるに越した事は無いのだが。

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