109話 プラズマカッター
国境の街ソバナへやって来ている。峠を埋めていた土砂は取り除いたし、仕事は終わった。
せっかく知らない街へやって来たんだ、市場を探索したり買い物をしたりと、観光を楽しんでいる。
その途中、ドワーフが経営している鍛冶屋を見つけた。獣人達に素晴らしい装備を買ってやったりしたが、俺のお目当ては店の看板代わりに使われていた巨大な剣。
こいつを重機に装着してみようと考えたわけだ。
だが、店で受けた注文品の製作が、材料不足で滞っていると言う。
そのため、店の看板である巨大な剣を潰して材料にしてしまおうと、彼等は考えたようだ。
俺は、シャングリ・ラから中古の排土板を購入してドワーフに材料として譲り、その代わりにあの巨大な剣を購入しようと考えた。
だが重機用の排土板は大きすぎ、この店の炉に入らないという――そうなると、カットするしかないのだが……。
「さて、どうするか?」
どうするといっても、カットするしかないが。何を使ったらいいか?
ディスクグラインダー? エアーソー? こんな分厚い鋼板をカット出来ないだろう。
う~ん、こういう時は、やはりプラズマカッターだろう。
プラズマカッターってのは、文字通り高電圧でプラズマ化した空気を吹き付けて、数万度の超高温で母材を切断する装置である。
原理は凄そうだが、普通にホームセンター等で買えるし、当然シャングリ・ラにも売ってる。
以前に買ったプラズマカッターを、アイテムBOXから取り出して使ってみる。
一緒に、青い発電機とコンプレッサーも取り出す。
「なんじゃ?」「魔法か?」
ドワーフ達からも声があがるのだが――試してみた結果は完全なパワー不足。
――となると……もっと性能の良い機械を買わないとダメだな。
俺は日本の某有名メーカー製の70万円程の機種に狙いを定めた。家電で有名だが、こういう機械も作っているのね。
高い買い物だが、金はあるし魔導書より安い。
シャングリラの説明を読むと、40mmまでの軟鋼が切断可能だと書いてある。鋼板だともう少し性能が落ちるようだ。
だが、カタログスペックの40mmって数値は、綺麗に切れるってことだ。ただぶった切ればいいのなら、もっと厚くてもOKだろう。
こいつは200V用だが、青い発電機は200Vも出力出来る――問題なし。
よし、これだな。
「ポチッとな」
ドスっと、空中から灰色の機械が落ちてきた。早速、発電機とコンプレッサーをプラズマカッターに接続した。
3台の機械のスイッチをいれて、排土板にアースを接続する。
そしてノズルのトリガーを引くと、青く眩いプラズマが吹き出す。
「「「おおっ!」」」
「この魔道具で、この鉄板を切ってやるから」
「そ、そんな事が出来るのか?」
「まぁ、見てろ」
青い光を出したまま、排土板に当てる――盛大にオレンジ色の火花を散らして、向こう側へ貫通した。
もう本当に火花が滝のように出る。吹き出し花火の全開シーンのよう。
「「「うあぁ! なんじゃこりゃ?!」」」
「にゃー!」「こりゃすげぇ!」
周りは騒いでいるが、十分に使える。そのままプラズマのノズルを下へずらしていくと、それを追うように火花が吹き出す。
「よっしゃ、いけるぞ」
そのままゆっくりと――10分程で排土板から細長い鋼鉄の塊を切り出した。
「ほら、これなら炉に入るだろ?」
俺はドワーフ達に、短冊形の鋼板を差し出した。
「おおっ! 親方、こりゃいけるぜ?」
「この調子で、この鋼鉄の塊を全部細長く切ってやる」
「ありがてぇ!」
「上手くいったら、あの剣を売ってくれよな」
「もちろんだ! おう! 野郎ども! 早速、仕事に掛かりやがれ!」
「「「おう!」」」
声がデカい! それに怖い。
「旦那! そんな鉄の塊が簡単に切れちまうなんて、もしかして人間も切れるのかい?」
「いや、これは鉄しか切れない」
要は電流を流して、プラズマを発生させているので、電流が流れないものではプラズマアークが発生しない。
だが、プレートアーマーにアースして、プラズマを当てれば裏側に貫通するだろうから――数万度の超高温のプラズマで、切れなくても火傷は間違いないだろうと思う。
勿論、ピッタリと密着しないとダメだし、当然武器としては使えない。
「だが、もしかして、ドラゴンの鱗は貫通出来るかも……」
薄い鉄板を買って、レッサードラゴンの鱗をサンドイッチにする。
そして、アース線をつないで、ノズルのトリガーを引く。
凄まじい火花と共に、鉄板ごとドラゴンの鱗を青い光が貫通した。
そりゃ、青いトーチの温度は数万度だからな。例えばこれがセラミックだって穴が開くだろう。
「ええっ? レッサードラゴンの鱗を貫通したのかい、旦那!?」
「ああ、みたいだな。だが、こいつを武器にするのはちょっと難しいぞ?」
「なんてこったい! こいつはたまげたな……」
ドワーフ達も驚く、プラズマの威力――だが、そんなことより作業を続けなくては。
「ミャレーとニャメナ。一足先に帰って、俺の帰りが遅くなると、プリムラに言ってくれ。多分、暗くなる前には帰ると思うから」
「解ったにゃ!」「お嬢には、旦那の悪い癖が出たと言っておくよ」
「そうしてくれ。アネモネはどうする?」
「ケンイチと一緒にいる」
獣人達に、買ったアーマーをどうするか尋ねる。
「旦那のアイテムBOXの中でいいよ。この街の中で使う事もないだろうし」
「そうだにゃ」
「暇な時に、じっくりと直す事にするよ」
「にゃ」
「帰り道は解るのか?」
「にゃはは、獣人が道に迷う事はないにゃ」「そうだよ、旦那」
鋭い鼻で臭いにも敏感なのだが、方角が勘で解るらしい。帰巣本能なのだろうか?
獣人達を見送り、アネモネにタブレットを渡す。彼女のやる事はないので、隅っこで本を読むようだ。
ついでに玄関の所でじっとしていた、ベルもアネモネの傍へ座らせた。彼女も店の中よりは、ここの方が落ち着く様子。
だが、暇そうに大きなあくびをしている。
作業に戻ろうとしたのだが、あることを思い出した。
「そういえば――ドワーフっていえば酒だろう? 景気付けに酒もやろうか?」
「あんた、酒も持っているのか?」
「ああ――多分、この世で一番強い酒も持ってるぞ?」
「なにぃ? この世界で一番強いっていえば、ドワーフの火酒だろうが。それよりも強いってのか?」
「まぁ多分」
「おもしれぇ、そんな酒があるってのなら見せてもらおうじゃねぇか。もし本当なら、あの剣の代金を半額にしてやるよ」
勿論、この排土板の事を含めてだ。
俺はシャングリ・ラである酒を検索して、購入――ドワーフの親方に手渡した。
「これだ」
スクリューキャップをひねって渡す。
「ガラスのビンか――えらい高そうだな……」
親方は瓶の酒を一口あおると、息を思いっきり吐き出した。
「どうだ?」
「どわぁぁぁぁぁ! なんじゃこりゃ! ドワーフの火酒が焚き火なら、こいつは溶鉱炉だぜ! わっはっはっ!」
それもそのはず、俺が手渡したのはスピ○タス、アルコール度数96%の酒だ。
この世界で、こんな度数の酒は作れまい――いや、俺が持っている液体成分を分ける魔道具なら作れるな。
道具はあるのに、そういう酒は作られていないんだろうか? それとも、水とアルコールの概念がないのかもしれない。
「こんなのをどうやって作ってる?」
「錬金術を使って酒精を圧縮している」
「ははぁ――なるほどなぁ」
一応、納得はしているようだ。ドワーフで錬金術をやる人間がいれば、これをヒントに新しい酒が出来るかもしれない。
だが、親方の酒を見た他のドワーフ達がそわそわしている。酒に目がないドワーフ達は、見たこともない酒に興味津々のようだ。
「それじゃ、皆に一本ずつやるよ」
「え? いいのか?」
「仕事が捗れば、俺が剣を持って帰るのも早くなるだろう?」
皆にスピ○タスとウォトカと一本ずつ配る。親方を入れて7人だ。酒は1本2000円ぐらいだな。
全部で2万8000円――あんな凄い剣が手に入るなら安いもんだ。
「どひゃぁぁ! 親方の言うとおり口の中が溶鉱炉だぜ!」「こりゃすげぇ! 息に火が点きそうだぜ!」
「ああ、本当に火が点くと思うんで、作業場では飲まない方がいいと思うぞ。火だるまになる」
「マジか?」
ウイスキーも火が点くし、ウォトカも燃える。度数96%の酒じゃ、アルコール燃料と変わらない。
しかも青い火なので、燃えているのがよく解らないし危険だ。
皆に酒を渡した後、排土板の切断作業を続ける。短冊形を切り出すのに約10分。12本分割ぐらいにすればいいだろう。
残り11本なので、10回切断すりゃいいから100分掛かる――諸々含めて約2時間か。
ミャレーとニャメナを先に帰らせたが、日が暮れるまでには屋敷に帰れるな。
ノズルの先端は消耗品らしいので、1回交換したが、後はノントラブル。
さすが高価な日本製。だが故障しても、クレームを入れる場所もないし、修理も出来ない。
新しいのを買うしかない状況なのは仕方ない。
こんな異世界で、シャングリ・ラなんて通販サイトを使えるだけでも、ありえない事なのだから。
「親方、切断作業が終わったぞ」
「本当か?」
「ああ、あれなら炉に放り込めるだろう」
「いや、全くありがてぇ!」
「俺の剣も仕上げてくれよな」
「3日程待ってくれ。作業の間に仕上げをやっておく」
親方の話では、ドワーフの魔法を使って、アダマンタイトをどうにかするらしい。
ここら辺は企業秘密らしくて、教えてもらえなかった。
「それじゃ頼んだよ。ベル、アネモネ! 帰ろうぜ」
「にゃー!」
「うん!」
店の前にラ○クルプ○ドをアイテムBOXから出す。
「おっ! それも、あんたの召喚獣なのか?」
「ああ、言うとおり走って、人と物を運んでくれる」
「便利な奴だな」
俺が運転席に乗り込むと、アネモネとベルは助手席に乗り込んだ。
大分、日が傾いているが、まだライトを点けなくても大丈夫だろうか。明かりをつけて走ったら騒ぎになるかな?
まぁ、早めに帰るとするか。
ドワーフの親方に別れの挨拶をして、車を発進させた。
うっすらと暗い街の中を車で走る。所々に灯油式のランプのオレンジ色の光が見える。
青い光は魔法の光だというのだが、ここで見た限りでは見えない。
市場に近づくと、人通りが多くなったので、一旦車を降りて歩く事にした。
「さて、道は覚えているかな?」
「にゃー」
ベルが俺達の先頭を歩き始めた。どうやら道は彼女が知っているらしい。
だが、後ろを見ると――ぞろぞろ獣人達がついてくる。
「おわっ! なんだ、お前等?」
「いやぁ、森猫様についていくと、何かあるのかな? ――と思いやして……」
「何もないぞ、宿泊している場所に帰る所だ。道を忘れたようなので、森猫に案内をしてもらっている」
「旦那、どこに泊まってるんでやす?」
「公爵家の敷地だ」
「「「ええっ!?」」」
獣人達が、一斉に驚く。
「旦那、何か偉い人なんで?」
「俺と彼女は魔導師だ。森猫は俺の眷属」
「「「へぇ~っ!」」」
「森猫の顔が見たいなら、屋敷の近くに来れば、見られるかもな」
獣人達を引き連れて、しばらく歩くと――公爵家へ続く大通りに出た。
「おおっ! ありがとうベル! ここからなら解る」
再びアイテムBOXから車を出すと、皆で乗り込む。かなり暗くなったので、ヘッドライトを点灯した。
獣人達と、周りの住民達がざわざわと驚いているが、大騒ぎにはならないようだ。
光よ!の魔法か何かだと思っているのだろう。
「それじゃな」
「その乗り物も、旦那の魔法で?」
「ああ、好きな所に運んでくれる、俺の召喚獣だ」
「「「へぇ~っ!」」」
獣人達に別れを告げて、大通りを走りだした。
人も馬車も多いが、道が広いので走りやすい。数分で屋敷に到着した。
だが、後ろをみると、獣人達がついてきている。俺が、本当に公爵の屋敷に泊まっているか、確認をしたいのかもしれない。
門番に門を開けてもらうと、屋敷の中へ入った。酒や袖の下を渡してあるので、対応は速やかだ。
門番が交代したら、そいつらにも渡した方がいいだろう。
この世界では、こういうのがよく利く。
「おお~い! 帰ってきたぞ」
車を降りると、留守番していた3人は椅子に座ってまったりとしていた。
公爵邸の庭の隅、黒い鉄柵の側に置いた家と小屋の前に並ぶ、白いテーブル。
辺りは、もう暗くなっている。
「あ、帰ってきたにゃ」「クロ助、俺の勝ちだな」
「ちぇにゃ」
2人の会話からすると、何か賭けをしていたらしい。
「何を賭けてたんだ?」
「旦那が、ドワーフの所に泊まってくるか、賭けてたんだよ」
「ケンイチの事だから、ドワーフと鍛冶や魔法の事で話し込んで帰ってこないと思ってたのににゃ」
「作業が早く終わったんでな」
俺達が話している間に、プリムラが食事の用意をしてくれた。
ベルには、猫缶とプリムラが焼いてくれた魔物の肉。
「ありがとう、プリムラ」
メニューはレッサードラゴンのスープと、焼きレッサードラゴン。そして、シャングリ・ラから買ったパン。
焼きドラゴンは、サイトで買った焼き肉のタレで食う。
やっぱり、きちんと血抜きをした肉は美味い。殆どが赤みで脂はないけどな。
肉を噛むと、肉汁と旨味が口の中に広がって、タレと渾然一体となる。
「彼女達の話だと、巨大な剣を買ったそうですが……?」
「召喚獣に持たせる武器にしようかと思ってな」
「あの剣を振り回したら、大木だって一刀両断だな、旦那」
「刃先はアダマンタイトらしいから、ドラゴンだって切れるかもな」
「ひょ~っ! すげぇ!」
獣人達ははしゃぎ回っている。まぁ実際に使うとなると、ちょっと厳しいかもな。
だが、男のロマンが俺を呼んでいる。まぁ、プリムラは少々理解に苦しんでいるようだ。
ここは、ちょっとご機嫌をとったほうがいいか? それに獣人達にはライトアーマーを――アネモネには魔導書を買ってあげた。
プリムラにも何かプレゼントしないと不公平だろう。
シャングリ・ラでネックレスを検索。この世界は真珠が貴重なようだから、1つ玉のネックレスがいいかな。
小さなダイヤが入った三日月の下に真珠がぶら下がったデザインの物を購入――チェーンは18Kで値段は1万円だな。
大きい真珠でも、中身はプラスティックの玉。それを真珠が覆っているだけだからな。
真珠の層が厚いほど、輝きに深みが増し、そして高価。
「プリムラにこれをやるよ」
俺が差し出した真珠にプリムラが驚いた。
「し、真珠ですか? これを私に?」
「ズラリと繋がった物は国宝級だが、1つ玉なら大丈夫だろう」
「でも、ものすごく高価な物じゃ……」
彼女が昇ったばかりの半月に、真珠をかざしている。
「ミャレーとニャメナには鎧を買ってやったし、アネモネには魔導書を買ったんだ。君にも何か贈り物をしないと不公平だろ?」
「もっと、安い物でもいいのですが……」
「まぁまぁ、貰ってくれよ」
「ありがとうございます」
プリムラが喜んでくれて良かった。
そういえば獣人達にもネックレスを作ってやると約束したな。
――食事の後、ワイバーンの屍をアイテムBOXから出した。
まずは金ノコで牙を切るのだが、デカい! 牙だけで10cmぐらいある。
そして中の歯髄をほじくり出した後、アイテムBOXからボール盤を出して穴を開ければいい。
獣人達が俺の作業をじっと見つめている。
「ケンイチは何でも出来るにゃ」
「そうだな。魔法がなくても、旦那なら十分に飯が食えるよな」
だが、シャングリ・ラやアイテムBOXがないと、ちょっと厳しいと思う。
「アネモネ、ちょっとこれを乾燥させてくれ」
「うん、乾燥!」
白く乾燥した牙をリューターで磨いて、ピカピカにしてから穴を開ける。牙を3つ程繋げようとしたが、デカすぎるので1個で十分だろう。
そして、シャングリ・ラから、18Kの鎖を買う。
「これに、金の鎖を通せばいい」
「旦那、そんな金の鎖なんて要らないよ。なくしたら後悔しちまう」「そうだにゃ」
「そうか? それじゃ、普通の組紐にしよう」
金の鎖をアイテムBOXへしまって、サイトから1000円で組紐を2本買う。
「ほら、完成したぞ。ワイバーンの牙の首飾りだ」
「ひょ~っ、こいつは自慢出来るぜ!」「デカい牙にゃ! こんなの誰も持ってないにゃ!」
「まぁ、そうだろうな。この大きさだけで、只者じゃないって解るだろうし」
それを見た、アネモネも欲しそうな顔をしている。
「アネモネも何か欲しいか?」
言葉には出さないが、黙って頷いた。
シャングリ・ラを検索して、金色の猫と小さい真珠がついたネックレスを購入――6000円だ。
デザイン的に、中々かわいい。
「これでいいか?」
「……かわいい、これって森猫?」
どうやら、彼女もネックレスを気に入ったようだ。
だが、アクセサリーを作る作業をしているうちに、すっかりと暗くなってしまった。
「さて――今日は久々に、家で寝るぞ」
「「「お~っ!」」」
「あのお姫さまがいると、肩が凝るにゃ」
「獣人でも、そういう事があるのか?」
「もちろんだにゃ」
家の中には王女達の荷物があるので、アイテムBOXへ収納した。
そして、ベッドを並べて、皆で飛び込む。
「今日はプリムラの日だな――さぁ、こい!」
「あ、あの……」
「どうした? それじゃ、他のやつに代わってもらうか?」
そういうと、プリムラが俺にドスンと飛び込んできた。
「よしよし」
身体を撫でてやるのだが、彼女は黙っている。
「あの、なんともないんですが……」
抱きついたのに、俺のナチュラル回復が発動しないのを、不思議に思っているようだ。
それに、少し残念そうな顔をしている。
「ああ、力を抑える指輪を買ってきたんだよ。これで普通に接する事が出来るだろう?」
「……ちょっと、残念」
ああ、それで躊躇してたのか。
「え? それじゃ、指輪を外してしようか」
「ちょ、ちょっと待ってください! 皆がいるのに……」
もじもじしているが、皆がいなかったらOKなのか。
俺がベッドの上に寝転がると、その上にプリムラが乗ってくる。スカート越しに柔らかいお尻を握り、ちょいと力を入れた。
「ひゃぁぁ!」
叫び声を上げると、プリムラがプルプルと震えている。
どうやら指輪で完全に力を遮断出来るのではないようだ。垂れ流しだった水道に蛇口が付いたような感じらしい。
普段は、魔力が指輪で堰き止められているが、ちょっと力を込めると溢れだす。
プリムラの叫び声を聞いて、アネモネも抱きついてきた。
「なんともないよ?」
「俺が力を込めないと、指輪で力が堰き止められているんだよ」
「じゃぁ、力を込めて?」
「だめだめ」
アネモネは不満を言っているが、今日はプリムラの日だ。
だが、プリムラは俺の胸に顔を埋めながら、謝罪を始めた。
「何を謝ってるんだい? 何かあったっけ?」
「ケンイチが貴族になるって話で――その、ケンイチが嫌なら、無理に貴族にならなくても……」
「ああ、その事か。だが――王都に帰って授爵しないと揉めそうだし、君が気にする事はないよ」
「でも……」
「商売や、領の経営は君やマロウ商会に任せればいい。そして俺達は冒険に出る」
だが、それを聞いたプリムラはじっと俺を見ている。
「それは、ちょっと悔しいんですけど……」
「そんなことをいっても、俺の身体は1つだし。どっちかにしてくれよ」
「商売もしたいし! ケンイチにもついていきたいです!」
「プリムラ、わがまま」
アネモネがボソりと言う。
「ケンイチ! 私を口汚く罵って下さい! 私はこんないけない女なんです!」
プリムラが思いっきり俺に抱きつく。
「よしよし――俺を独り占めしたいんだよね? まぁ気持ちは解るけど、君だけじゃなく、ここにいる皆がそうだからさ」
「そうにゃ、どさくさ紛れにトラ公を始末すれば、ケンイチはウチのものにゃ」
「てめぇ! クロ助! 冗談でも、そういう事を言うな!」
「商売と冒険――両方は無理だよ。それに俺は商売に向いてないし」
だが、俺の言葉に獣人達は異議があるようだ。
「そうなのかにゃ?」「旦那なら商人として十分にやっていけると思うけど……」
「俺は、わがままで短気な人間なんだよ。丼勘定――って言ってもわからんか。金の管理もテキトーだし」
「そりゃ突然、訳のわからん高い物を買ったりはしているけどさぁ――旦那の考えあっての事なんだろ?」
「考えている時もあれば、まったく思いつきの事もある。生粋の商売人のプリムラから見たら、ちょっと変だろ?」
「あの……ええと、はい……」
「でもにゃ――」
短気だと言うわりには、王族に対して怒らないのが、彼女達は不思議のようだ。
「いや、怒ってるに決まっているだろ。特に、あの王妃に対しては腸が煮えくり返っているよ」
「王族に贈り物もしてたのにゃ?」
「そうして機嫌を取らないと危なかったからな。人を殺しても平気な奴らだぞ?」
「前に、ケンイチが話していましたけど、あそこで暴れるのは得策ではありませんでした」
「プリムラの言うとおりだが――今はちょっと事情が違う。峠を開通させて王女の命も助けた。そして、『聖騎士』とかいう者にもなった。これで帝国から魔導師を引き抜ければ、十分に王族と対等に渡り合えるし交渉も可能――なはず」
「私もそう思います」
獣人達が顔を見合わせている。
「それじゃ――旦那は、次にああいう事があれば、もう許さないと――」
「もちろん、そりゃそうだ! それに王族の事情もかなり解ったからな。例えば王妃が剣の達人だとか」
「ケンイチがやるなら、ウチもやるにゃ!」「そりゃ俺だってやるぜ」
「騎士団は大した事はない。俺の召喚獣やアネモネの魔法でなぎ払える、問題は王妃だ」
「あの王妃は只者じゃないにゃ」「ありゃ魔物だぜ」
「魔物は知能がないけどな。相手が人間だとそうはいかない。しかも王妃はアイテムBOX持ちだ」
その言葉にプリムラが驚く。
「アイテムBOX持ちなのですか?」
「ああ王女から聞いたので間違いない」
「――ということは、どこから出てくるか解らない剣で切られるにゃ」
「旦那、手はないのかい?」
「ある! 戦いの時は、お前等にも手伝ってもらうから、戦術の研究をしよう」
「任せるにゃ!」「おう! 王族を相手に喧嘩かよ! こいつは腕がなるぜ!」
獣人はこういう時に躊躇がないのがいいよな。
彼女達に難しいフォーメーション等は無理だが、両サイドからフェイントを掛けるぐらいは出来る。
こちらには、飛び道具もあるし爆薬もある。トリモチで爆薬をくっつけるのもありだろう。
ちょっと非道すぎる感もあるが、相手はあの王妃だ。やるなら躊躇なしにやらねば、こっちがやられる。
当然、そうなったら、この国を捨てる選択も視野に入れなければならない。
帝国にいるという日本人らしき奴が、こちらの味方になってくれればチート持ちが2人だ――王国相手でも、なんとかなるだろう。
なにせそいつは、正真正銘のドラゴン――レッドドラゴンを倒した『竜殺し』らしいからな。
だが王族を殺すのは最後の手段だ。要は相手はあの王妃だけ。後は烏合の衆だ。
その時は、王妃との1対1に持ち込む。そして、なんとか殺さずに無力化させて屈服させられないだろうか?
甘すぎるかな?
まぁ、そうならないに越したことはないのだが――王女が、王家に伝わる秘密の力を無断で使ったので、もめるのは必至だと思われる。
円卓会議とかいうものもあるみたいだしな。そうなれば力を授かった俺にも矛先が向かってくる事も十分に考えられる。
「――というわけで、明日飯を食ったら、戦闘訓練を行うとしよう」
「解ったにゃ!」「おう!」
「私も?」
「勿論、アネモネも」
予定が決まったので、今日は寝る事にした。
――さて、帝国側に渡る許可証ってのは何時頃もらえるんだろうなぁ。
王女が交渉してくれているはずなんだが……。