107話 ソバナへ到着
国境の街ソバナに向かう途中の湖で1泊した。今まで仕留めた大型の魔物の血抜きをするためである。
獲物を仕留めた時には、適切な処置をしないと味が落ちる。それで済めば良いが、食えなくなる可能性も高い。
せっかくの貴重で美味な肉が、このままでは傷んでしまうので、水が豊富にあるこの場所を選んだ。
重機でドラゴン亜種達を吊り下げての血抜きは上手くいったようで、その味は格別。
家族や王女にも好評だった。
――次の日の朝。
皆で朝飯を食う。昨日の肉が残っていたので、アネモネが焼いてくれたパンを使って、サンドイッチを作った。
俺とアネモネ、そして王女が食べるサンドイッチには、蜘蛛の卵のマヨネーズを使っている。
ベルには猫缶。
「うめー! パンに挟んだ肉うめー!」「美味いにゃ! 香辛料も利いてるにゃ」
香辛料ってのはマスタードの事だが、肉にも少々胡椒を掛けている――獣人達はテントの中で胡座をかいて、サンドイッチを頬張っている。
「美味しいですわ!」
「この肉とアネモネが焼いてくれたパンは、最高の組み合わせだな」
「えへへ」
俺達が話している間に、王女はサンドイッチを次々と平らげている。
「それはそうと……夜に、2回ぐらい腹が減って起きてしまったんだけど、誰が俺を触ったんだ?」
「「「「……」」」」
皆が明後日の方向を見て黙っている。これは皆がやったのだろう――あるいは共犯か。
誰かが抜け駆けしたのであれば、触ってない奴が騒ぐだろうし。
「けど、ケンイチ――ウチ等触ったのは一回だけにゃ……」
「え~?」
王女を見ると、彼女も明後日の方向を見ている。
「マイレンさん、職務怠慢ですよ?」
「申し訳ございません。姫様に縛られてしまい、身動きができない状態になってしまって……」
ああ、プリムラとメリッサがいなかったからな……。
「お城のメイドさん達は、凄い優秀な人達ばかりと思っていましたが、たまにポンコツですよね」
「……」
メイドさん達が黙ってしまった。しかし、この身体に触られるのは、なんとかしないといけないな。
だが現状じゃ、どうしようも出来ないから後回しだな……。
王女に――ここからソバナまでの距離を聞くと約100リーグ(160km)程だという。
「それなら、今日中に着けるな」
「本当かえ?」
「ええ、後は平地でしょうから。召喚獣が食べる油もたっぷりとありますし」
峠にいた時に、獣人達にずっとバイオディーゼル燃料を作ってもらっていたからな。
結構な量があるし、もう大型重機を1日中使う事もないだろう。
飯も食い終わったので出発の準備。家と小屋、そしてテントを収納する。
湖畔に穴が開いたままだが、これはそのうち自然と埋まるだろう。
アイテムBOXからハ○エースを出して、皆で乗り込んだ。
「それじゃ、出発!」
「「「お~っ!」」」
来た道を引き返し街道へ戻る。
そこからは一本道――右手を見ると街道と並行するように川が流れている。
俺達がいた湖に繋がっていた川だろう。川の上には帆を張った小型の船も見える。
ここでは、川が水路として利用されているようだ。
森もないので、魔物も殆どいないのであろう。見渡す限りの小麦畑だ。
「リリス様、貴族が塩の事を言っておりましたが、ソバナ近郊で塩も取れるのですか?」
「塩は、もうちと北じゃの。バキラという小さな街で岩塩が掘られておる」
「食料豊かで、水は潤沢、塩もある――ここだけ小さな国にしたほうがいいような」
「もともとは小さな王国だったのじゃぞ。それをカダンが併合したのじゃ」
「帝国の方が近いはずですが、王国へ帰順したのは何故ですか?」
「当時の帝国は、武力を使って有無をいわさず力で併合しておったからの。それに対する反発もあったのじゃろ」
ここを統めるレインリリーという家は、王家ではなくなったが、カダンから王族を娶り公爵家となっている。
王家もここを重要視している証拠だろう。
「ん? 王家からの血が入っている公爵家って……」
「……」
王女は聞こえないふりをしている。おそらく王女の結婚のお相手は、ここの公爵家なのだろう。
時速40~50kmのスピードだったが、昼前にはソバナの街が見えてきた。
巨大な都市が国境で真っ二つになっており、ソバナと帝国側に分かれている。
国境には壁が走っている。元世界のベルリンの壁を彷彿させる。
だが城壁は一直線に見えるので、迂回すれば密入国出来そうなのだが……王女に質問してみる。
「ソバナの両脇には森がある。壁は森の中まで続いておるのじゃ。迂回するためには森に入らねばならぬ」
そして壁は、両都市をH型に囲っていると言う。――という事は森の見えない所にも壁があるのか……。
森は都市の防衛のために敢えて残されているらしい。敵軍の侵略を阻止する防波堤の役目もあるのだろう。
それでも迂回出来るとは思うが、かなりの遠回りになるし、危険を伴うのは間違いない。
それに街や農地には水路が張り巡らされており、インフラとして利用されている。
遠回りしたりすると、橋の架かっていない水路を越えたりと困難を伴う。
街道には沢山馬車が走っているが、街の外にある運河の集積場で荷物が降ろされている。
そして水路を使って、街の中へ運び込まれているようだ。
「すごーい、街が川で囲まれている」
「これがソバナの街かよ」「有名だけど、初めてきたにゃ。自慢出来るにゃ」
後ろから、アネモネや獣人達の声が聞こえる。
「賑やかで活気がありますね」
商人のプリムラはそこら辺が、やはり気になるようだ。
彼女の言うとおり、王都などよりは活気とエネルギーに満ちている――この街は面白そうだ。
街の人口も20万ぐらいらしいので丁度いい。王都は人が集まり過ぎだな。破綻寸前って感じがするし。
峠を越えるための交通機関が、もっと整えば問題は解決するとは思うが。
だが、ここのレインリリー公爵家も、それを利用して王家に対して有利な交渉を引き出しているのかもしれない。
しかしながら、過ぎたるは及ばざるが如し――あまり無茶な要求をして、王家にそっぽを向かれると、帝国からの侵略を受けるからな。
何事もほどほどに――持ちつ持たれつが大切だ。
そのまま街の中に入る。木造、石造り、ハイブリッド――色々な形式の家が立ち並んでいるが、2階建てが多いな。
屋根の天井裏部分にも窓がある建物は3階建てって事になるんだろうか。
道も舗装されてはおらず、土が踏み固められており、その上を何台かのドライジーネが走っているのが見える。
こんな所まで広まっているのか……。でも、マロウ商会で作られたオリジナルじゃなくて、コピーだよな。
特許とか商標がないので、コピーしまくりだ。
「さて、リリス様。どこへ向かいますか?」
ハンドルを握りながら、助手席にいる王女に問う。
「レインリリー公爵家だ」
「王女殿下の婚約者様に挨拶をなさるので?」
「違う! 宿営する場所が必要であろ?! 其方達が城の裏庭を借りていたように、公爵家の隅を借りる」
否定しないって事は、ここの公爵家が王女のお相手で間違いないようだ。
「それは、ありがたいですねぇ。間違いなく安全でしょうし」
「うむ」
街をぐるりと囲んでいる運河に架っている石橋を渡る。
この街、この運河に守られているので、城壁はないようだ。
「国境には城壁があるが」
「普通の城壁なら、私のアイテムBOXに入っている足場で越えられますね」
「まさに、その通りじゃが、それはやるでないぞ? 正攻法でいくからの」
「承知いたしました」
国境の城壁を挟んで、王国側のソバナと帝国側のドンクレスウエストエンドシュタットが、背中合わせになっている。
人口はどちらも20万人ちょっと。2つ合わせれば人口50万人にも届く程の大都市って事になる。
帝国側にも穀倉地帯が広がっており、彼の国にとってもここは重要な地方らしい。
国境の城壁の真ん中に1箇所だけ大きな門が備え付けられており、そこを通じて帝国側と貿易が行われているようだ。
「国境の門を潜るためには、許可証が必要なのでしょう?」
「その通りじゃ。そのためにも公爵家に出向く必要がある」
通りに溢れる様々な人種の合間を縫ってハ○エースを走らせる。
勿論、ゆっくりとしか走れない。その人混みの中に、背の低い髭もじゃの男が見えた。
「あっ! ドワーフみたいな髭もじゃがいたな」
「ここなら、おるじゃろ」
「エルフもいますかね?」
「おるかもしれん」
そういえば、異世界だってのにドワーフもエルフもいなかったんだよな。王都にもいなかった。
ダリアやアストランティアの近くの森にも奥地にはエルフがいるって話だったんだが……。
「ぎゃー、猫人も犬人もごっちゃにゃ」「よく平気だな」
獣人達はそこが気になるようだが、これだけいたら分けていられないだろう。
「ミャレーとニャメナは、犬人と騒ぎを起こさないでくれよ」
「あいつらの出方次第にゃ」
賑やかな大通りを進み左折する。街のあちこちに流れている水路には橋が架っている。
もの凄く街並みに変化があり、観光地としてもいいかもな。
そして通りを北上すると、徐々に屋敷が立派になってきて、終点にデカい屋敷が鎮座していた。
広い敷地に白い石造りの巨大な屋敷。中央には天守閣らしき物も見える。
元々は王国だったという事だから、小さなお城なのだろう。黒い鉄製の柵に囲まれた中には、手入れが行き届いた庭も見える。
外堀が掘られて、正門には橋が架っている。
この外堀も運河に繋がっており、水路として使用されているようだ。
「うひょー! こいつはすげぇぜ!」「ダリアの伯爵様の屋敷よりデカいにゃ」
「地方の伯爵家と王家の血も入っているという公爵家では格が違いますよ、それにしても儲けているようですね……」
プリムラはダリアのアスクレピオス伯爵家とも付き合いがあったから、内情は知っているだろう。
商人としても――ここの公爵様がどんな商売をしているか気になるところだろう。
だが屋敷内には、人々が集まり何かをやっている様子。馬や馬車も沢山集まっているようだ。
派手な色使いの服装が見えるので、商人もいるらしい。
「さすがに、素晴らしいお屋敷でございますね。まさに王女殿下が輿入れするに相応しい」
「其方――わざと言っておるじゃろ?」
「滅相もございません」
「其方は、妾の聖騎士なのだから、いざという時は守るのじゃぞ?」
「そりゃ、リリス様に何かあったら大変ですから、お守りいたしますけど」
「……」
王女は何か別の回答を期待していたのかもしれないが、普通のオッサンに過剰な期待をされても困る。
車はゆっくりと、屋敷の正面門にやってきた。俺と王女が車から降りる。
「リリス・ララ・カダン王女である! レインリリー公爵にお目通り願おう」
「王女?」
薄い鉄板のライトアーマーを着た門番達は、信用していないようだ。
そりゃ、アポ無しだし。王女もドレスじゃなくて、乗馬ズボンだし。
「この無礼者共!」
車からメイドさん達が降りてきて、門番に食って掛かっている。
「マイレン、待つがよい! 約束もなしに訪れてしまった、妾にも非がある」
「しかし……」
「門番よ、この指輪をもって、主のところへ行ってくるがよい。このまま、妾を追い返したりすると、其方等の首が飛ぶぞぇ?」
「お、おい……」「少々お待ちを……」
王女に気圧されたのか、門番が慌てて奥へ走っていった。
「なんという不敬な……」
「門番では妾の顔を知らぬのも仕方あるまい。あの者達を責めるのは筋違いというものじゃ」
マイレンさんは納得していないようだが、王女の言うとおりだ。
皆には車から降りないように伝える。
しばらく門の前で待っていると、男が2人慌てて走ってきた。金糸の刺繍が施された緑色の上下。
1人は凄く小柄で、ちょっと長めのグレーの髪、その先端がカールしている変わった髪型をしている。
その後ろにいるのは、金髪の短い頭をした普通の青年風。おそらく、この小柄な男が公爵閣下か。
その後を商人らしき人々も――余り走り慣れていないのだろう、バタバタと足音をさせながら付いてきている。
「お、王女殿下! 大変ご無礼をいたしました――ハァハァ」
「公爵、しばらくだの。ミルトニア殿もな」
公爵は走ってきたので、肩で息をしている。
「王女殿下もご壮健でなによりでございます」
どうやら、若い方が公爵の息子――つまり、王女の婚約者候補って事になる。
「王女殿下とは、つゆ知らず、どうかお許しを~!」
門番が2人共、地面に頭を擦りつけている。
「よいよい、突然訪ねてきた妾に非がある。地方貴族の門番では王族の顔を知らぬのも無理はない。公爵もこの者達に罰を与えたりする事のないようにな」
「ははっ! 王女殿下のご慈悲、ありがとうございます」
屋敷の庭に入ると――公爵の後ろで商人達がずらりと、平伏した。
「随分と商人が集まっているようじゃが……」
「そ、それでございます、殿下! ベロニカ峡谷が大崩落したという連絡を受けまして、今から調査団と実務部隊の派遣を――」
「ああ、それは既に解決した」
「は? あの……」
いきなり、そんな事を言われても、にわかには信じがたいだろう。公爵閣下は明らかに困惑している。
「妾が指揮して、大量の土砂をどかしたのじゃ。そこにおる、ケンイチという魔導師の力を借りてな」
「ほ、本当でございますか?」
「妾が王都からやって来たのが、その証拠じゃ。妾が嘘を申しておるとでも?」
「めめめ、滅相もございません」
「そうじゃ、ケンイチ! 其方が操る、空飛ぶ召喚獣から見た動く絵があったじゃろ?」
王女の命令で、ドローンの映像を見せる事になった。
「おおっ! これは、空から見た景色が! 魔法でございますか?」
「うむ、妾もよくわからぬが、そのような物じゃ」
公爵親子どころか、後ろにいる商人達までが小さな液晶の動く絵を覗きこんでいる。
「た、確かに50~60カン程(100m)に渡って崩落しておりますが……これを全て、除去したのでございますか?」
「うむ! ケンイチ、あの召喚獣も、この者達に見せてやるがよい」
「はいはい――ちょっと広く空けて下さい。巨大な物が落ちてきますので、ヒ○チさん召喚!」
俺の言葉と共に、巨大なタイヤを持つオレンジ色のホイールローダーが落下してバウンドした。
「「「おおお~っ!」」」
「なんじゃこりゃ!」「鉄の召喚獣?」「見たこともない魔法じゃ!」
商人達が、目の前に現れた重機に腰を抜かしている。
「この者は独自魔法を使うからの」
王女に言われるまま、屋敷の庭でホイールローダーのデモンストレーションを行う。
皆の前で鋼鉄製の巨大なバケットを高く掲げた。
「こ、この巨大な鋼鉄の爪の中に、大量の土砂を山のように積めるのでございますね?」
公爵の息子が、ホイールローダーのバケットを見て興奮している。男だから、こういう建設機械に燃えるのかもしれない。
それは異世界人でも同じ事か。
「た、確かにこの鉄の魔獣の巨大な爪ならば、あっという間に土砂を退けるのも道理――」
「その通りじゃ。其方達が、峡谷へ派遣をする算段をしているのであれば、直ちに停止せよ。王都の貴族達もイベリスの橋の方へ、集中すると思われる」
「イベリスが、どうかしたのでございますか?」
「ああ、ここにはまだ連絡が入っておらぬのか。イベリス近郊の橋が落ちてな。峡谷の不通と合わせて、まさに王国の危機じゃったのだが! この者――ケンイチによって、王国は救われたわけじゃ!」
「我々も、峡谷が不通になれば王都からの援軍が望めず――それが帝国側にバレれば、侵攻されるのではないかと、ヒヤヒヤしておりました」
「うむ、その事じゃが――峡谷が開通した事を、噂として早めに街に流した方がよいじゃろ」
何せ、この世界は情報が伝わるのが遅いからな。俺と車が速過ぎるのかもしれないが。
俺は重機から降りると、アイテムBOXへホイールローダーを収納した。
「はは~っ! 直ちに!」
公爵の部下が集められて、テキパキと指示が与えられていく。
小柄で冴えないようにみえる公爵閣下だが、中々のやり手のようだ。
「それでの、公爵」
「はい、王女殿下」
「この者は王国を救った救世主として、妾の聖騎士となった」
「そ、それは本当でございますか?」
「其方も王家に連なる者ならば、聖騎士は知っておるだろう」
「勿論でございます。王国の成り立ちに関わるものですから……しかし、王都の円卓会議のご老人達の意向は……」
この公爵家は王族の血が入っているので、王家に伝わる何らかの秘密を知っているようだ。
「そのようなものは知らぬ! 年寄り共の戯言じゃ。王国を救った英雄に対し、王家の祝福を与えて何が悪い!」
「確かに、そうでございますが……」
「この話はこれで終いじゃ、それでのう公爵――其方に頼みがある」
「ははっ、なんなりと」
「この者が宿営出来るように、公爵家の庭の隅を貸してもらいたい」
「それは構いませんが……王女のお連れ様であれば、正式に我が屋敷へお泊りになられてもよろしいかと存じますが」
王女に言われて、俺の家を出した。
「ア、アイテムBOXに家が入っているとは!?」
公爵の後ろにいる商人達もざわついている。そりゃ、巨大な容量のアイテムBOXは商人の垂涎の的だからな。
「家だけではないぞ?」
アイテムBOXから、レッサードラゴンとワイバーンを取り出して、皆の前に並べた。
「な、なんとワイバーンまで!」「しかも、状態が素晴らしい!」「仕留めたてのようじゃ」
そりゃそうだ。仕留めてすぐにアイテムBOXへ入れたんだからな。
また商人達の売ってくれコールが酷いが、当然売るはずがない。そのままアイテムBOXへ収納した。
「「「ああ~……」」」
商人達の残念そうな声が重なる。
「このようにの、鉄の召喚獣で土砂を取り除き、そこな少女が操る巨大なゴーレムで岩を放りなげ、ちょっかいを出してきたワイバーンを討伐したわけじゃ。どうじゃ? まさに英雄――聖騎士の御業じゃろ?」
「「「はは~っ!」」」
公爵と商人達が、王女の前に平伏した。
そして、つつがなく交渉は進んで、庭の一部を借りられる事になった。場所は、正面の門から左側の隅。
勿論、獣人達の立ち入りも問題なし。この街は獣人が結構多いので、偏見もあまりないようだ。
力持ちの獣人は労働力として欠かせないからな。
「ケンイチ、場所を借りられて良かったですね」
「綺麗な庭だね」
アネモネとプリムラも泊まる所が出来て一安心だろう。
外で泊まるとなると、獣人達が問題になる。この街は獣人が多いようなので、一緒に泊まれる宿屋もあるかもしれないが……。
何も、宿屋に泊まって無駄金を使う必要もない。それに自分達で料理をした方が美味いしな。
「にゃーん」
森猫には間違って手を出さないように、公爵にお願いする。
「お城の次は、今度は公爵家にお泊りかよ」「信じられないにゃ」
獣人達が言うのももっともだろう。普通は敷地に入るどころか、近寄る事すら出来ないのだから。
家を一旦アイテムBOXに入れて、設置し直す。
場所は屋敷の庭の隅っこ――黒い鉄製の柵の近く。柵の向こうはお堀なので街までは少々距離がある。
「よし! 家と小屋を設置! そして、テントもだな」
庭には井戸もあるようだし、この街は水路だらけだ――水に困る事もないだろう。
宿泊の準備をしていたら、王女と公爵親子がやって来た。
「アイテムBOXに実際に住む事が出来る家が入っているとは驚きです」
公爵親子が、俺が設置した家や小屋に驚いている。
「妾達は、この家に泊まり、あの馬なしで動く召喚獣に乗って旅をしてきたのじゃぞ? ははは」
王女が皆が乗ってきたハ○エースを指さした。
「信じられないような旅で御座いますな」
「うむ、このまま誰かに話しても信じてもらう自信がない。ケンイチ、妾は公爵の所へ一泊する。そうでもしないと、彼等の面子を潰してしまう故」
その言葉を聞いた公爵親子も安堵の表情を浮かべている。
王女が訪ねてきたというのに、庭で寝泊まりしていたとなれば、良くない噂も立つ。
「やんごとなき方というのは、いろいろと大変でございますねぇ」
「そういう皮肉を申すな」
王女とメイドさんは、公爵に連れられて屋敷へ向かった。
帝国への入国許可証も、公爵と交渉してくれるそうだ。彼女に任せていいだろう。
だが王女がいないという事は、おつきのメイドさん達もいないって事だ。
「それじゃ、久々に家のベッドで寝るかぁ」
「わぁーい!」
アネモネが万歳ジャンプして喜んでいる。
「でも、一緒に寝られないぞ?」
「ぷー」
アネモネが顔を膨らましているが、抱きつかれるとナチュラル回復が発動してしまうんだよ。
勘弁してもらいたい。要は腹が減らなきゃいいんだけどね。
「ん~そうだ!」
これだけ、賑やかで物が溢れている街なんだから、道具屋で良い物が売っているかもしれない。
例えば魔力を抑える的な物か何か――そもそも、この聖騎士の力が魔力と関係しているのかは解らんが……。
とりあえず試してみよう。
「街に行くの?」
俺の思いつきにアネモネが飛びついた。
「道具屋で魔導書が売っているかもしれないし、本屋もあるかもしれない」
「私も行く~!」
「それじゃ俺達も行くぜ!」「ウチもにゃー!」
「プリムラはどうする?」
「私は食事の準備をしておきます。それに、貴族の屋敷内ですから問題ないとは思うのですが、荷物等が心配です」
家には王女の荷物もあるので、警備の見回りをしてくれる事になっているのだが……。
「心配なら家をアイテムBOXへ一旦戻して、君も一緒にどうだ?」
「いいえ、長旅で疲れたので、ゆっくりと食事の準備をさせていただきます」
まぁ、アネモネは若いし、獣人は体力お化けだ。俺も車の運転で本当は疲れているのだろうが、聖騎士のナチュラル回復のおかげで、なんともない。
これなら栄養取りまくれば、連続徹夜も平気なのではなかろうか?
テーブルと調理器具を出して彼女に任せる。低温調理は時間がかかるので今日は普通でいく。
「旦那、あの肉なら普通でも絶対に美味いって!」「そうだにゃー!」
「今日は、血抜きしたレッサーの方を食べてみようぜ」
「そりゃ、どんな味か楽しみだな」「ワイバーンも美味くなったので、レッサーも美味くなっているにゃ」
まぁ、血抜きしないで煮こぼした物より不味くなる事はないと思う。
――というわけで、プリムラにレッサーの肉を渡して、家と料理を任せた。
皆で歩いて、門の所へ行く。
「にゃー」
ベルもついてきた。ギルドの鑑札があるから大丈夫だとは思うが……。
門番に袖の下を渡す。この世界では、これが効く。ケチって良い事はない。
「何日、お世話になるか解らんが、よろしく頼むよ」
彼等に小銀貨1枚(5000円)とワインを一本ずつ渡す。
「ガ、ガラスの瓶入りのワインなんて貰っていいのか?」
「ああ、よろしく頼むよ」
ガラスはそれなりに高価なので、瓶を売っても金になる。
門番に市場の場所を聞いたので、そこへ向かう。人が集まるので店も集まっているそうだ。
ラ○クルを出すと、俺達はソバナの街へと繰り出した。
密かに連載中~
黒い穴 ~底辺のオッサン、ゴミ箱と一緒に異世界を行く~
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