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104話 バナナンバナナ


 峠が開通して、王家から依頼された用件は済んだ。俺達はこのまま国境の街ソバナへ向かう。

 ソバナと国境を背中合わせにしている、帝国の街――ドンクレスウエストエンドシュタットに、俺と同じ転移者が訪れているらしい。

 そいつに会いに行く予定だ。上手く行けば、こちら側へ引き込みたい。

 忠実な皇帝の犬と化している可能性もあるが、魔導師として徴発されて、討伐したドラゴンも取り上げられているという話。

 これが本当なら、帝国に不満を抱いている可能性大で、こちらの話に乗ってくる脈があるかもしれない。


 仕事は済んだが、すぐに出発すると峠の途中で暗くなりそうであるし、開通を待ちに待った商人達が殺気立っている。

 事故にでも巻き込まれたら大変だ。俺達は峠頂上の宿場町で一泊する事にした。

 だが、食事も済んでまったりしていると、暗くなった峠から、怪我人を担いだ獣人がやって来た。

 案の定――馬車の事故だと言う。


 俺達は治療に取り掛かった。


 怪我人は中年の男と、30歳ぐらいの女性、そして12歳ぐらいの男の子。

 男と女の意識はあるようだが、男の子は意識不明。女性はおそらく、男の子の母親であろう。


 パッと見、男の子の怪我が一番酷い。左手前腕が完全に折れ曲がっている。

 俺はとりあえず、男の子を診よう。緑色の上着に黒いズボン、頭にはバンダナみたいな布を巻いている。

 そのバンダナは綺麗な状態なので、頭部からの出血はないようだ。


「メリッサ、手伝ってもらっていいか?」

「もちろんよ」

「アネモネは、その女の人を見てやってくれ」

「解った」

 俺も『聖騎士』とやらになって、回復ヒールが使えるはずなのだが、使い方がイマイチ解らん。手探り状態だ。

 手をゆっくりと、かざしていくと――怪我の場所で磁石が吸い付くような感覚がある。

 なるほど、こうやって俺の生体エネルギーみたいな物を治療に使うのか。

 

 だが、そうと解れば、俺の手がセンサー代わりに使えるって事だ。

 怪我人の全身に手をかざして、怪我や病気の場所があれば、手が引き込まれるような反応がある。

 男の子の身体を全身くまなく調べる。小さな擦り傷や打ち身はあるようだが、大きな怪我は左腕だけのようだ。


 暗くなっての騒ぎに、町の門が開いて慌てて町長がやって来た。


「何事ですか?」

「馬車の事故だ、多分――衝突じゃないだろうか? 町長、悪いが治療が済んだら町へ入れてやってくれ」

勿論もちろんでございます」

「この分だと、怪我人がまだ来るかもしれないし……」


 さて、男の子の腕を何とかしないとな。

 前腕には腕を回転させるために2本の骨がある。橈骨と尺骨だ。

 俺は絵を描くのに必要なために、ちょいと解剖学を齧った。無論、医者ではないので内臓は解らないが、骨と筋肉なら少々解る。

 男の子の前腕が完全に折れ曲がっているという事は、骨が2本とも折れているのだろう。

 

 だが、このまま回復ヒールの力を使ってもよいのだろうか? この世界の回復ヒールはなくなった腕が生えてきたりはしない。

 ――となれば、このまま回復ヒールを使えば、曲がったままくっついてしまうのではないだろうか?

 やはり固定する必要があると思う。


「ニャメナ、ちょっと手伝ってくれ!」

「はいよ~!」

 ニャメナに男の子の腕を引っ張ってもらう。


「うぐうう……」

 男の子の顔が苦痛で歪む。多分、意識はないようだが痛いんだろうな。

 思わず、彼のおでこに手をかざす――すると、男の子の表情がスッと穏やかになった。俺の力で痛みを中和出来るようだ。


「すげぇな旦那。それって男にも効くんだな」

「そんな事より、ちゃんと押さえててくれよ」

「はいよ~」

 男の子の腕を掌を上にして伸ばす。その下にアイテムBOXから出した板を敷き、手探りで骨を真っ直ぐにする。

 上手くいかないようなら、切開をする必要があったのだが、なんとか真っ直ぐになったようだ。

 そこで力を最大に使う。


「おっ! 上手くくっついたようだ」

 とりあえずでも、くっつけばなんとかなる。もう一枚板を載せて、前腕をサンドイッチ。

 そしてシャングリ・ラで買ったガムテープでぐるぐる巻きにする。本当のギプスなら、石膏で固めたりするんだろうが、魔法ならすぐに治るんだろう――おそらく。


『闇夜を統べる三千世界の鴉よ我の求めに応じ、ここに治癒の聖なる奇跡を起こし給え――聖なる回復(セイクリッドヒール)

 勿論もちろん、呪文は大嘘だ。だが、オレンジ色の光が集まって、男の子の前腕に染みこんでいく。

 マジで、魔法使いになった気分――っていうか、俺が本当に使っているんだが。


「「「おおお~っ!」」」

 周りから歓声があがる。


「ほう! 回復ヒールで骨折を治療すると曲がってくっついたりするものだが、真っ直ぐに固定してから回復ヒールを使ったのか」

 王女の言葉からすると、やはり派手に骨折したまま回復ヒールを使うと曲がったまま固定されてしまうようだ。

 せめて、真っ直ぐに直す努力ぐらいはしないのか?

 だが医学が殆どない世界だ。複雑骨折等だと治しようがないのかもしれない。

 王女に聞くと――そういう場合は切断してから、回復ヒールを使って傷口を塞ぐらしい。

 しかし、骨折の破片等が残っている場合はどうするのだろうか?

 外科手術などはないようなので、下手に行ったりすると、異端のレッテルを貼られる事になる。

 注意しなければ。


 だが、俺の身体にもナチュラル回復ヒールが備わったということは、骨折した際には自分で真っ直ぐにしておかないと曲がって固定される可能性が――。

 自分で自分の身体を治療するのか――ブラ○クジャ○クかよ。あまり遭遇したくない場面だな。

 どのぐらいで腕がくっつくか解らないので、しばらくそのままにしてもらおう。


 男の子の母親らしい女性と、商人の男性の治療も終わったようだ。

 治療が終わった男と親子を、町へ運んでもらう。一緒に痛み止めの薬を渡した。


「プリムラ、怪我人を運んできた獣人達に、食事と酒を用意してやってくれ。ここまで走ってきたんだ、腹が減ったろう」

「解りました」

 アイテムBOXから、鍋とパン、そしてワインを取り出す。


「だ、旦那、いいんで?」

勿論もちろんだよ」

 獣人は黒白の男と虎柄の男。黒白の男は顔が黒いのに、鼻が白くて変わっている。

 プリムラが手際よく食事の準備をしてくれた。

 テーブルに並んだ美味そうな料理に、獣人達はゴクリと喉を鳴らすと、一斉にかぶりついた。


「うんめぇ! なんじゃこりゃ」「このワインも飲んだ事ないぐらい美味いぞ!」

「旦那、これは何の肉で? こんなの食ったことねぇ!」

「そりゃ、ワイバーンの肉だよ」

「へ? ワイバーンっすか?」

 獣人達が顔を見合わせている。


「この者が申しておるのは本当じゃぞ」

「……」

 目の前に出てきた少女が何者か、獣人達は不思議そうな顔をしている。


「この方は、この国の王女、リリス・ララ・カダン様だよ」

「お、お前たち頭が高いよ!」

 町長が、必死に何かをアピールしている。


「お、お姫さま?!」「王族ですか?!」

 2人共、椅子から転げ落ちて、地面へ這いつくばった。


「よいよい! 暗い中、怪我人を運んでくれた勇者じゃ。タップリと食べるがよい」

「「へへ~っ! ありがとうごぜぇます!」」

 獣人達は地面に座って、食事を食べ始めた。


「おい、ワイバーンの肉だってよ!」「こりゃ、自慢が出来るぜ!」

 騒ぎを聞きつけて、町の住民や泊まっている商人達も、外へ出てきて野次馬になっている。


「リリス様、まだ怪我人がやって来るかもしれませんね」

「うむ」

 それじゃ、俺も腹ごしらえといくか。この聖騎士とやらの能力を使うと腹がへる。

 とりあえずゼリータイプの栄養食を流し込む。後は――手軽で栄養があるといったら、バナナだろ。

 シャングリ・ラでバナナを検索すると、16kgが4800円で売っている。

 そんなにイラネー! って思うが、まとめ買いオンリーで少量は売ってないようだ。

 まぁ安い生鮮食料品をチマチマと販売するのは難しいのかもしれない。大量に買っても、アイテムBOXへ入れておけばいいのだ。

 珍しい果物だから、高く売れるかもしれない。


「ポチッとな」

 ドサドサと、ちょっと青いバナナが落ちてきた。だが落ちて当たった所は黒くなるかもな。

 全部で8房。16kgで8房って事は1房2kgで600円か。スーパーで買ってもこんなもんじゃなかったかと思う。

 黒い斑点が出てきたら食い頃と言われているが――俺は青いバナナが好き。

 1房だけ残し、全部アイテムBOXへ入れる。そして皮を剥いて食べ始めた。


「ケンイチ! なんじゃ、その珍妙な物は?」

「果物ですけど――あまり美味しくありませんが、すごい栄養があります。食べてみます?」

 王女が食べてみたいようなので渡す。他の皆は警戒している。

 そんなに警戒しなくても良いと思うんだがなぁ……また虫の卵か何かと思われているのだろうか?

 手渡された王女が固まっているので、皮の剥き方を教える。


「むっ! これは! 確かに、あまり美味くはないが、ねっとりしていてなんと珍妙な味わい。今まで食べたことがない味わいじゃ!」

 ウチの親父が昔――外国映画で見たバナナに憧れて、輸入された高いバナナを買った。

 そして初めて食べた時の事を語ってくれたのを思い出した。どんなに美味い物かと期待して食べて、その味にガッカリしたそうだ。


「簡単に皮が剥けるので、食べやすいでしょう?」

「それに、これには種がないの!」

「そう、種なしの果実なのです」

「なんと! 種がなくてどうやって増やすのじゃ?」

「それは、株分けで増やします」

「ほう! それもまた、珍妙じゃな」

 原種のバナナには種があるのだが、売っているバナナには種がない。株分けで増える――つまりコピーである。

 同様なものに、ソメイヨシノがある。ソメイヨシノも実がならないので種で増えない。

 それ故、挿し木や接ぎ木で増やす。日本にあるソメイヨシノが全部クローンなのだ。

 クローンが故、一斉に咲いて一斉に散る。


「う、売ってくれ! いくらなら売る?」

 俺の所に商人達が殺到した。


「ここで買っても、アイテムBOXがなけりゃ、5~6日しか持たないぜ? それに、あんまり美味くない」

「構わん!」

「それじゃ、1房、小四角銀貨2枚(1万円)だな」

「買った!」

 残りの7房を全部売った――7万円である。1房600円が1万円、中々良い稼ぎだな。

 バナナは種がないから増やせないし。

 

 俺達のその横で――味はイマイチと言った王女であったが、バナナを気に入ったのか、2本3本と食べていく。

 晩飯食ったばかりなのに、一体どこへはいるのか? だが、その様子を見ていた男達の様子が変だ。

 なんだか、もぞもぞしている。彼等の視線は、王女の口元に集まっているようだ。俺はピンときた。

 どうやら、王女の口元を見てエロい想像を巡らせているらしい――笑ってしまうが、すごく不敬だ。

 その様子に気がついた奴が俺の他にもいた――ニャメナだ。


「旦那、俺にもくれ」

「食うのか?」

 彼女はこういう物は警戒して食わない。珍しい事もあるもんだ――と、バナナの皮を剥いてニャメナに渡すと、彼女は長い舌を出してバナナをねぶり始めた。

 白いバナナにねっとり絡みつく――ニャメナのピンク色の長い舌。当然、彼女は解っていて挑発しているのだ。

 この光景に我慢出来なくなったのか、男達の何人かが股間を押さえて町へ帰り始めた。


「あははは!」

 ニャメナはバナナを食いながら、腹を抱えて笑っている。


「ニャメナ、そういう挑発をして、襲われてもしらんぞ」

「はは、大丈夫だよ旦那。もうアレは、完全に過ぎたからな」

「しかし――獣人は牙があるから、口じゃ出来ないって言ってたけど、そういう風にやるんだな」

「へへ、旦那にもやってやろうか?」

「何言ってんだ、散々やったじゃないか。咥えて離さないし、いつ食いちぎられるかビクビクしてたけどな」

「ちょ、ちょっと旦那、それって本当かい?」

「もちろん」

 ニャメナは右手を差し出し、左手で自分の顔を押さえて固まってしまった。


「だ、旦那――ちょっと、それは忘れてくれ……」

「ええ? 凄い良かったんで、また頼むよ」

「にゃぁぁぁ!」

 ニャメナは可愛い叫び声を上げると、暗闇の中へ走りだして見えなくなった。まぁ獣人なら暗くても心配いらないと思うが。


「トラ公の自爆にゃ」

「おう! なるほど! マイレン! 来るが良い!」

「はい、姫様」

 俺達の会話を理解したのか、王女がマイレンさんを呼び寄せた。


「マイレンも、その果物を食べてみるがよい!」

「はい、マイレンさん。あまり美味しくないかもしれませんが」

 皮を剥いて、マイレンさんにバナナを渡すと、彼女も恐る恐る食べ始めた。王女の命令は絶対だ。

「違うぞマイレン! もっと舌でねぶるように食べるのじゃ!」

 マイレンさんが泣きそうな顔でバナナにしゃぶりつくと、残っていた男達も、股間を押さえて町へ駆け込んでしまった。

 これは中々強烈だ。


「ははは、これは面白いのう!」

 そんな、しょーもない事をやりつつ時間を過ごしていると、ソバナ側の暗闇からニャメナが戻ってきた。

 だが彼女と一緒に、人を担いだ獣人がいる。やっぱり追加の急患が来たか。

 怪我人を降ろしてもらい、治療をする――見れば、俺達の作業の後ろで並んでいた商人みたいだな。

 怪我人を運んできた男の獣人だが、毛皮の色に見覚えがある。

 男の商人は、右足が折れているようだ。暗闇で馬車が崖に接触して、投げ出されたらしい。

 無茶しすぎだ。


 しかし完全に折れているわけではないので、男の子よりは軽傷に見える。

 一応、添え木をして固定してから、回復ヒールを使う。ついでに痛みも取ってやる。


「妾が与えた物だが、その力は便利じゃのう」

「全くでございます。これで多くの人々を助けられれば良いのですが」

「そのような台詞は中々言えるものではないの。普通は金儲けに使う事を第一に考えるはずじゃ」

「そりゃ、金を持ってる連中からは取りますけどね」

「はは、なるほどのう」

 それから1時間程待っていたが、追加の怪我人はやって来ないようなので、寝ることにした。

 テントを出して、獣人達と寝る。家には女性達だ。


「もう、アネモネは1人で寝ないとな」

「む~」

「だって、迂闊に触れなくなってしまったし」

「触ってもいいよ」

「だめだめ」

 さすがに、もう拙いので、アネモネと寝袋を別にした。むくれてはいるが、アネモネも納得したようだ。

 俺が1人で寝ていると、寝袋の上にベルが乗ってくる。


「ベル、重いんだけど……」

「にゃー」

 寝袋から手を出して、ベルの首の辺りを撫でてやる。だが、しばらくすると、ベルがテントの床に身体を擦り付けゴロゴロと転がり始めた。

 前にでた時にも、様子がちょっとおかしかったが――。


「ええ~っ! 森猫にも効き目があるのかよ」

「ケンイチの能力は危険にゃ」

「だって、あんなの使われたら、どんな女でもイチコロだぜ」

「気をつけないと、今まで以上に女が寄ってくるにゃ」

「そうだな!」

 もう、ベルにも触れないのかよ。なんてこったい。


 ------◇◇◇------


 ――次の朝。

 起きて、皆と一緒に食事を取る。飯を食べていると、町の門が開き、慌ただしく馬車で男たちが出ていく。

 朝一で出発する商人達もいるが、ゴツイ男達もいる。

 通りすがりに聞くと、鍛冶屋の連中らしい。事故って破損した馬車をその場で修理をして、宿場町まで持ってくるようだ。

 幸い、衝突して壊れただけで、谷底へは落下しなかったらしい。

 なるほどな~そういう仕事もあるのか。


 朝飯を食い終わったので、治療した親子の所へ向かう。宿場町の宿屋に寝かされているらしい。

 だが宿屋に行く途中で女達に囲まれる。白や赤の派手なドレスを着て、胸の谷間を強調している。

 こいつらは娼婦だ。


「ねぇ! 外で野宿してる物好きって旦那だろ?」

「ああ、まぁな――」

「旦那の連れを見たって連中が――昨日の夜にドッと押し寄せてさぁ」

「そうそう、昨日は大繁盛だったよ!」

 娼婦達は夜の仕事を終えて、これから宿舎に帰って寝るところだと言う。


「こらこら、お前等俺に触るな」

「え~なんでぇ? 旦那も来たらご奉仕しちゃうからさぁ」

「まさか、その歳で女に触った事ないとか?」

「そんなんじゃねぇけど。触るなっての」

 だが、俺の言葉もお構いなし、抱きついてきた女が妙な声をあげる。


「ふぁぁぁぁ!」

「ちょっと、どうしたのさ!」

「はぁぁ――何これ凄い気持ちいいんだけどぉ」

「ほんとにぃ?」「マジで?」

 次々に抱きついてきた女達が吐息を漏らす。


「ふぁぁぁ!」「なにこれぇぇ」

「お母さん……」

 だが、1人の女が呟いた言葉に女達がパッと離れて、ゲラゲラと笑いだした。


「ぶっ! なんだよ、お母さんって!」

「だ、だって、そんな感じがしたんだもん!」

「まぁ、確かに……」

 女達が顔を見合わせている。


「こら、お前等いい加減にしろ。これは回復ヒールだからな、金を取るぞ」

 彼女達は夜勤明けなので、癒やしの効果があったんだろうと思われる。

 回復ヒールの魔法だと言われて、彼女達も納得したようだ。


「昨日の稼ぎ全部渡すから、もっとしてぇ!」

「あたしもぉ!」

「うちも、うちもぉ!」

「離れろっての!」

 娼婦たちを振り切ると、宿屋の前まで逃げてきた。

 くそ、また腹が減ったじゃないか。えらい燃費悪いぞこれ。

 バナナを2本食ってから、宿屋の主人に事情を話して、怪我人の所へ案内してもらう。

 

 最初に親子を訪ねると、2階の部屋に2人一緒に寝かされていた。母親の方は起きていたが、息子はまだ寝ているようだ。

 女は白い寝間着に、ボサボサの赤い髪を三つ編みしている。


「やぁ、お早う。昨日、治療した魔導師だ」

「ありがとうございます。凄い魔導師様がいらっしゃって、不幸中の幸いでした」

「まぁ、息子の方は腕がなくなってもおかしくない怪我だったからな――ちょっと子供の方を見せてもらうよ」

 毛布を捲り、板とガムテープで固定した緊急のギプスを見るが、問題はなさそう。


「真っ直ぐにくっついたようだし、腫れもない。あんたはどうだ?」

「まだ、痛みはありますが、大丈夫です」

「痛み止めの薬をやる。食後に飲むように。内臓はやられてなかったから、飯も大丈夫だろ」

「ありがとうございます」

「料金は、息子と合わせて金貨1枚だな。持ち合わせがないなら相談にのるぞ」

「いえ、大丈夫です」

 母親から金貨1枚をもらう。腕が折れ曲がったのに、綺麗にくっついて治るんだから、金貨1枚は安いだろう。

 相手は商人だ、遠慮する事はない。こうなる事も覚悟でこの仕事をしているのだからな。

 それに、プリムラに聞いても相場はもっと高いようだ。母親の方はアネモネが診たが会計は一緒にもらう。


 この母親の話では――馬車を回収してもらい、養生したらすぐに王都へ出発するという。

 まぁ急ぐ理由があるのだろう。


「息子はちょっと時間がかかるかもしれないが……」

「息子をここで預かってもらい、1人で王都へ向かう事も考えております」

 聞けば、夫が病で倒れて代わりに王都へ向かうのだという。


「そりゃ、大変だな。旦那は卒中か何かか?」

「はい……」

「それじゃ、子供の面倒も見れないだろうしな……」

 悲喜交交、かわいそうであるが、どうしようも出来ん。せいぜい、追加で回復ヒールを使ってやるぐらいだ。


「あの――街道を埋めてた土砂を取り除いた魔導師という方は……」

「それが、俺だ」

「ありがとうございます。このまま街道が開通しなければ、一家で心中するところでした」

 その後、他の怪我人2人から銀貨を回収して、皆の所へ戻る。



「あ、ケンイチが帰ってきたにゃ」

 俺が戻ると、家の前に商人の馬車が止まり、メリッサが王女に挨拶をしている。


「おおっ、メリッサは今出発か?」

「ええ、一足早く王都へ帰っているわ」

「道中気をつけてな。作業を手伝ってくれて感謝している」

「名誉に相乗りするんだから、感謝するのはこっちよ」

「はは」

 メリッサが馬車の後ろへ乗り込むと、荷物の間の狭いスペースに身体を入れた。

 荷崩れしたら挟まりそうなんだが、大丈夫なのだろうか?


「はい、アネモネの稼ぎ」

「ケンイチのアイテムBOXへ入れておいて」

 アイテムBOXのアネモネフォルダへストックする。


「其方と一緒にいて、アネモネが金を使う事があるのかぇ?」

「あまり使う事はありませんが――金はギルドへ預けて、私の身に何かあった時に使うように言ってあります」

「ほう、なるほどのう……」

 ちょっと、王女の様子がおかしい。


「いかがなさいました?」

「すまぬのう、ケンイチ。辺境で仲良く暮らしておったのに、王家のゴタゴタに巻き込んでしまい」

「こうならぬように、なるべく力は見せぬようにしていたのですが、私も調子に乗りすぎました。それに、リリス様の味方になると口に出したのですから、その言葉が偽りにならぬように致しますよ」

「其方に感謝する」

 そもそも力を見せすぎて王侯貴族の興味を引いてしまった俺が悪いのだが、こうなってしまったのは仕方ない。

 だが、このまま王都へ戻ると、王家の力を使ったという事で、また揉めそうだな……。


 荷物と家、そしてテントを全部アイテムBOXへ突っ込むと、ハ○エースを召喚する。


「さぁ、ソバナへ行くぞ! 皆乗り込め!」

「いくぜ~!」「山脈の向こうへ行けるなんて思ってみなかったにゃ」

「こんなに長大な旅をするなんて、父でもなかったでしょう」

「わ~い!」

 王女は助手席に、メイドさん2人は後ろへ乗り込む。


「マイレンさんも大変ですねぇ」

「こ、これも仕事ですから……」

「マイレンの事なら心配するな。妾に酷使されると喜ぶ奴じゃからな」

 彼女が頬を赤らめているが――まぁ、うすうすそんな感じはしてた。

 最後にベルが乗り込んだのを確認して、スライドドアをしめる。


「それじゃ、出発~っ!」

「「お~っ!」」

 聞こえてきたのは獣人とアネモネの元気な声だ。

 だが、この先は地獄街道の下り。

 安全運転を心掛けよう。

 

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