103話 峠の宿場町
地方都市と王都を結ぶ動脈ともいえる街道。そこを埋めていた土砂は取り除かれた。
早速、商人達は目的地へ急いで出発した。儲けるチャンスなのだ。
重機を使って土砂を取り除いたのだが、王女から偉業だと言われて、王家秘伝の祝福を貰う。
防御力が上がったり治癒能力が内外に使えるようになったりと――何やら簡単には死ななくなる魔法? ――らしい。
医者や医学などがなく、簡単な怪我や病気で命を落とすことも多いこの世界で、この能力はありがたい。
だが、『聖騎士』などという、俺らしくない大層な肩書を貰ってしまって、これからどうすればいいのだろうか?
巨大なロボットに乗って、大魔王とか大宇宙の悪の根源とかいう得体のしれない物と戦う羽目になるのだろうか?
不安は尽きないが、人々に聞いても大魔王はいないようだし、勇者もいない。
この世界の生物界の頂点は『ドラゴン』のようだ。
そのドラゴンの亜種である、レッサードラゴンとワイバーンを倒して、俺は『ドラゴン殺し』となった。
元世界風にいえばドラゴンスレイヤーだろうが、爆薬と重機で倒したというインチキだ。
――現在は昼を過ぎている。このまま出発しても、俺のハ○エースであれば、峠下までたどり着けるかもしれない。
だが、途中で暗くなる可能性もあるし、街道が開通したばかりで商人達が殺気立っている。
無茶な奴らに巻き込まれたくない。
峠の頂上にある宿場町で1泊する事になった。
宿場町がある周辺はちょっとした広場になっており、町は木の塀で囲まれている。
だが、塀からはみ出した所の段差にも家が建っている。スペースがないので仕方ないのだろう。
簡単な塀だけだが、ここでは魔物も野盗も出ないらしい。周りは崖だからな、隠れる場所も逃げる場所もない。
魔物といえば空飛ぶワイバーンだけだったが、飛竜相手では、いくら塀を高くしても無意味。
そのワイバーンも俺によって討伐された。
アイテムBOXから家と小屋を出して、宿泊の準備をする。
だが目の前に宿屋があるのだから、王女もそちらへ泊まれば良いと思うのだが……。
「妾を追い出すのかぇ?」
そんな言葉を返してくる。まぁ俺の家がテント代わりとすれば、それほど不便ではないだろう。
美味い飯も出るし、ベッドは柔らかで、シーツは見たこともないぐらいに真っ白で清潔。
そして風呂もある。かなり高級な宿屋でもこうはいかないらしい。
準備をしている俺達の横を、商人達の馬車が通りすぎて、峠を下っていく。
「ほんじゃなぁ~旦那ぁ!」「また、抱いてくれよな!」「お元気で~!」
当然、商人達に雇われている獣人達ともお別れだ。
多分、俺達が明日出発しても、途中で追い越すと思うけどな。
一緒に土砂の除去作業をしていた魔導師のメリッサは、明日王都へ帰る予定。
宿場町に泊まっている商人の馬車に乗せてもらう交渉をするようだ。
まぁ仕事は終わったからな。俺達はソバナへ向かうが、彼女は国境まで行く用事がない。
それに――。
「王都へ帰ったら、大学の昔の卒業生を訪ねてみるつもり」
「婆さんの事を聞いて回るのか?」
「ええ、祖母から父を取り上げた連中は全て死んでしまったし、貴方の言う事が本当なら、アストランティアまで行って、祖母に謝罪しなくては……」
「君の父上はどうなんだ? やっぱり婆さんの事を恨んでいるのか?」
「恨むというよりは――母に捨てられた悲しさが尾を引いているとは思う」
「それじゃ、やっぱり真相を明らかにする必要があると思うな」
「ええ……」
あの婆さんが嘘をついているとは思えんしな。メリッサ自身も俺の言う事の方が信ぴょう性が高いと思っているのだろう。
婆さんも死ぬまでには――立派になった自分の息子と、孫に会いたいはず。
なんだか婆さんが家族と再会しているシーンを思い浮かべると、うるうるきてしまうのは歳のせいだな……。
久々にちょっと広い場所に来たので、ベルがパトロールをしている。
調教して鑑札をつけている動物が襲われる事はないだろうが、あまり人前には行かないように、彼女にお願いする。
「にゃー」
一応、返事はしてくれるのだが、解ってもらえているのだろうか?
そうしている間にも、宿場町から慌ただしく馬車が出ていく。
「おっ! 女の商人だ」
「本当ですね」
馬車に乗り、馬の手綱を握っているのが女性だ。それに12歳前後の子供が乗っている。
子供の顔はよく解らなかったが、姿格好から男の子ではなかろうか。
街の露店なら女の商人も珍しくないのだが、馬車に乗って手綱を持っているのは珍しい。
だが、その光景を見ているプリムラは渋い顔をしている。
「プリムラさん的には、あまり賛成出来ない光景か?」
「ええ……こんな危険な商売に子供を巻き込むなんて……」
しかし、マロウさんも娘のプリムラと一緒に買い付けの旅行をしていたはずだ。
「本当に危険な場所へ訪れるには護衛もついていましたし、一か八か――という商売はしていません」
「まぁ彼女達にも、何か理由があるのかもしれないし」
「そうですが……」
「王都の周りにも土地はあるし、開墾されていない所も結構ある。王都側で食料の増産をした方が良いと思うんだがなぁ」
「それには理由がある」
俺とプリムラの会話に王女が加わった。
「この地は東から西へ風が吹く事が多いのだが、この峠を含む山脈にぶつかって、ソバナ側に雨が多いのじゃ」
そう言われれば、この世界へやって来てから、あまり雨に降られた事がない。
土砂降りは、この前の橋が落ちた時が初めてだ。
帝国で出来た雨雲が、ソバナと王都を隔てる山脈にぶつかって雨を降らせる。
山脈の反対側は川の水量も多いし、山からの伏流で井戸も掘りやすい。結果、ソバナ側に大穀倉地帯が広がっているらしい。
「へぇ~、そりゃ帝国にソバナを落とされたら、王国が瀕死になるわけだな」
「であろ。それ故、其方が王国を救ったというのも、当然なのじゃ」
「そもそも大雨というのも、珍しいのでございますか?」
「橋が落ちたり峠が崩れる程の大雨というのは、あまり記憶にないが、稀に大雨は降る。原因となるのはこの峠がある谷じゃ」
「ここですか?」
「うむ」
しばし考える……。そういえば地理の授業で似たようなサンプルがあったな。
谷に沿って空気が流れるので、そこだけ気候が違うと。つまり、山にぶつかるはずの湿った空気が谷を伝って、反対側まで降りてきてしまうのだ。
「谷があるということは、山脈がここだけ低い。つまり――ここを雨雲が通りすぎてしまうのでしょう?」
「その通りじゃ! やはり其方は博学じゃのう! こんな話は大臣や宰相でも知らぬ」
何の事だか解らず、キョトンとしているプリムラに地理と気候の説明をしてやる。
「それでは地理である程度の気候が決まってくるという事でしょうか?」
「そうだね。例えば――大陸が大きくなるほど、海からの湿った空気は届かなくなり、中心は乾燥して砂漠になってしまう」
「まさに、その通りじゃ、帝国と共和国の間の北側には砂漠が広がっておる」
フェンネル大砂漠というらしい。その北にはまた森が広がり、そして海になる。
「ケンイチは、やっぱり凄いです」
プリムラの目がキラキラしていて眩しい。
「リリス様も博学でございますねぇ」
「うむ! 暇な時は、王家の書庫へ通っておったからの! 本の知識ならあるぞ! ははは!」
さて、家を出して宿泊の準備は整ったが、やる事がない。
暇なので宿場町を見学する。
雑多な感じでごちゃごちゃしている町。人口が多いように見えるが、殆どが泊まっている商人と従者、そしてその護衛の連中で、ここに住んでいるのは200人ぐらいらしい。
ここで生まれて、ここで死んでいく人もいる。住めば都なのか。
物価は凄く高いが物はある。ここまでやって来る運送代が含まれているし、他に買う場所がないので、高くても売れるわけだ。
富士山の頂上の缶ジュースが高いのと一緒だな。
王女がやって来ているという噂を聞いて、ここの責任者が慌ててやって来た。彼は町長というべきか。
緑色の上着に白いシャツ。黒いズボンを履いている。白髪が混じった頭、口にはちょびひげが生えている。
「ハァハァ……お、王女殿下であらせられますか?」
男は走ってきたので肩で息をしている。
「うむ! カダン王国王女。リリス・ララ・カダンである!」
「「「はは~っ!」」」
周りにいた連中が一斉に、膝をつく。
「よいよい! 其方達には迷惑は掛けぬから、放置してよいぞぇ?」
「あの、本陣へのお泊りは……?」
「いや、宿場の前に家を設置したからの! その心配は要らぬ」
「い、家でございますか?」
「この者がアイテムBOX持ち故、そこに天幕のような小さな家が入っておる」
なんの事だか、よく解らない男たちは皆で顔を見合わせている。そりゃ、アイテムBOXに家が入っていると言っても、信じられないのかもしれない。
「あ、あの、しかし王女殿下。最近、ここら辺をワイバーンが徘徊しておりまして……」
「おう、ここには連絡が来ておらぬのか? ワイバーンなら、この者――聖騎士が退治したぞぇ?」
「え? 聖騎士様――でございますか?」
やはり、知っている人はいないようだ。
「リリス様、やはり知っている方がいらっしゃらないようですね……」
「まぁ、門外不出の御業じゃからの」
王家が故意に知らせないようにしている感じがするが……。
「リリス様。先に聖騎士となられた方の武勲は何だったのでしょうか? 王国の危機を救ったのは当然でしょうけど」
「妾も詳しくは知らぬが――共和国、かつてのセロベキア王国戦で武勲を上げたとかなんとか……」
すごく微妙……。
ドラゴンを倒したとかじゃなくてか。だが、本物のドラゴンを倒したのは、帝国にいるらしい転移者が初めてらしいからな。
そいつの噂なら、王国まで鳴り響いているぐらいに有名だ。
「確かにそれならば――俺がやった事の方が凄いかな……?」
「であろ? 妾もそう思ったから、其方に祝福を授けたのじゃ!」
しかし、聖騎士はその後どうなったのだろう? 王女に聞いてみる。
「王族から娘を娶り、慎ましやかに暮らしたそうじゃ」
「え? 聖騎士になると、王族と結婚が出来るんですか?」
「……」
俺の質問に、王女が明後日方向を向いて、聞こえないふりをしている。
聖騎士の説明で、何かを言おうとして止めていたが――これの事だろうか?
その後の聖騎士は、子宝に恵まれる事もなく血は途切れ、時代の中へ埋もれてしまったようだ。
――う~ん、凄い地味な話だな。こりゃ広めるわけじゃなくても誰も覚えてないわ。
だが話は地味だが、この能力は凄い。
先代聖騎士も――この能力を使い、無料で貧民を治療しまくって人々から崇められた――とかなら民の記憶にも残ったかもしれないが……。
そんな話でもないようだ――隠居という隔離をされて慎ましやかに暮らしたって感じか。
「おおっ! そうじゃ! こやつらにも、其方が仕留めたワイバーンを見せてやるがよい!」
「承知いたしました」
目の前に現れたワイバーンに、宿場町の面々は驚きの声を上げた。
「「「おおお~っ!」」」
「こ、これは確かに、この一帯を我が物顔で飛び回っていたワイバーン! 峠が埋まる前も、何台かの馬車が犠牲になっておりました」
「そうであろう! 皆、この者に感謝するがよいぞ!」
「「「はは~っ! ありがとうございます!」」」
あ~もう、恥ずかしくてケツがムズムズするわ。
その後、王女とプリムラと一緒に町を視察。町長に宿場町を案内してもらう。
他の連中は家でお留守番している。メリッサは王都まで乗せてもらうために、商人と交渉中。
一応、町には必要な物は全部揃っているようだ。宿屋もあれば娼館もある。馬車の修繕をする鍛冶屋なんかもある。
変わっているのは風呂屋か。風呂といっても湯船がある風呂ではない。
魔法で加熱した石に水をかけ、水蒸気を起こす――蒸し風呂、サウナだ。
汗を流した後は、冷水をドバッと被って一丁上がり。
水が貴重らしいので、こういう風呂らしい。
「水はどこから?」
「谷底から汲んでおります」
その水汲み場を見せてもらう。確かに崖の上に突き出た小屋から縄が下まで垂れている。
小屋は3m程突き出ているだろうか。先端からは、崖まで斜めにつっかえ棒が伸びて戻ってきている。
これで果たして大丈夫なのだろうか? 毎日使っているのだろうが、俺は先端には行きたくはない。
「高さはどのぐらいですか?」
「10カン(20m弱)程ですな。毎日の水汲みが大変なので、あれを取り寄せたのですが……」
小屋の横には、鋳物で出来た鉄製のガチャポンプ。
「ああ、あれは3カン(5~6m)ちょっとの高さまでしか水が上がりませんから」
「そうなのかぇ?」
「知ってて売ったのか、それとも、知らないで売ったのか……それに、ここは高地なので、さらにポンプの能力は落ちます」
まぁ、そんなに高地ではないので、さほど違わないと思うが……。
「どういう事なのでしょう?」
プリムラが聞いてくるのだが、この世界に大気圧などという概念はないので、説明しようがない。
「それは、空気の重さが関係してくるんだが――説明が難しいなぁ」
「空気の重さとな」
「例えば、高地では水が沸騰する温度が低いんだが、それにも関係している――とは、言ってもここら辺だとそんなには変わらないと思うけど」
富士山の頂上だと沸点は90度弱になるから、カップ麺を作るのに時間がかかる。
まぁ、この世界には山登りをする酔狂もいないだろうし……。
しかし、このポンプはどうしようも出来ないな。まさか、加圧ポンプを出すわけにもいくまい。
「どういう事か説明するがよい!」
「ええ~っ? 説明して、異端とか言われて迫害されたりしませんか?」
「純粋なこの世界の理についてなのだろう? 心配するでない」
王女の言葉を信じて、俺は水で満たしたボウルと、シャングリ・ラから試験管を買った。
「ほう、その細いガラスの管は、錬金術で使う物じゃな?」
王女の言葉から、この世界にも試験管があるらしい事が解る。
そして試験管の内部を水で満たし、逆さにして水面で立てると、当然の如く水が持ち上がる。
「ポンプの原理はこれです」
「何故、水が落ちてこないのじゃ?」
「それは水面を空気の重みで押しているからでございます。空気の重み――これを大気圧といいますが」
「ほう、大気圧とな……それでは、管を長くすればもっと高い所に水を上げられるのではないのか?」
「いいえ、このまま管を伸ばしても、5~6カン(約10m)で止まってしまいます。空気の重みが限界にくるためです。そして高地などでは空気の重みも少なくなるので、水を上げられる高さも低くなります」
だが説明を聞いていたプリムラが何かに気がついたようだ。
「それでは、その容器に蓋をして水面を重石で押せば、もっと高い場所に水を上げられるのでは?」
「プリムラ、その通りだよ」
それが加圧ポンプの原理って事になる。
「なんと! それは鉱山などの水汲みに使えるではないか! 城に帰ったら、早速カールドンに研究させよう!」
鉱山で問題となるのが地下水の流入だ。せっかく穴を掘っても、地下水等で水没してしまっては採掘作業が出来なくなってしまう。
それ故、水の排出が大きな課題なのだ。だが加圧ポンプの開発なんて上手くいくだろうか?
視察が終わったので、家に戻る。一緒に町長もやって来たのだが、俺の家を見て驚いていた。
食事の準備をするので、町長にも同席を勧めたのだが――王族と同席など、心臓に悪いと断られてしまった。
普通の民の感覚はこんな感じなのだろう。遠慮のない俺達が少々おかしいのかもしれない。
大仕事が終わった祝に、ワイバーンを食べてみようかと思う。レッサードラゴンが食えるなら、ワイバーンも食えるだろう。
アイテムBOXから巨大な魔物を取り出すと、鱗を剥いで肉を大きめに切り出す。
改めてみると、竜というよりは古代のプテラノドンのような翼竜に見える。
翼を含めたデカさの割には胴体は小さい。食いごたえはレッサードラゴンの方がありそうだが……。
血抜きをしていないので、レッサードラゴンと同じように煮こぼしてから、スープに入れたり、焼いたりしてみる。
タレは焼き肉のタレでいいだろう。
飛竜を解体していると、またぞろ商人達が「売ってくれ!」とうるさいが、勿論売るつもりはない。
いざとなれば、「王家と交渉中だから売れない」と言えば、すぐに引き下がる。
料理が完成、メニューはアネモネのパンとプリムラのワイバーンスープ。
準備は王女のメイドさん達にも手伝ってもらった。
そして、ワイバーンの焼き肉だ。最初に煮てから焼いているので、少々肉が固い。
真っ先に、地べたに座っているミャレーとニャメナが食いついた。
ベルの皿にもワイバーンの肉を盛ってやったら、美味そうに食べている。
「おおっ! うめぇ! こりゃレッサードラゴンよりうめぇんじゃねぇか?」「そうだにゃ!」
「本当か? 俺も食ってみるか……」
タレの掛かった焼き肉を口に放り込んでみる――ん? 確かに美味い。
レッサードラゴンと同じように脂身のない肉だが、鼻に抜ける風味がよい。
「なるほどのう、これがワイバーンの肉か」
「リリス様も初めてお食べになった?」
「無論じゃ!」
「こりゃ、ちゃんと血抜きをしてから、ミディアムレアとかで食ったら、もっと美味いだろうな。ビフテキならぬドラテキか」
しかし最近はビフテキって言葉も使わんなぁ――死語か。
それにしても美味い。こりゃ禁断の刺し身もいけるかもしれん――ってやらないけどな。
どんな病気や寄生虫がいるか解らんし。
ワイバーンの肉は皆に好評で、メリッサも舌鼓を打っていた。
「メリッサ、帰りの算段は付いたのか?」
「ええ――明日の朝、王都まで行く商人の馬車へ乗せてもらうわ」
「それじゃ、君の荷物は今のうちに渡した方がいいかな?」
「ええ、お願い」
そういえば、忘れていた事がある。
「そうそう、ワイバーンの分前はどうする?」
「私のゴーレムは立ってただけじゃない。分前なんてもらえないわ。討伐の実績に加えてもらえるだけで万々歳よ」
「それじゃ、美味しくいただかせてもらうぜ」
だが、ワイバーンの肉を食べながら、彼女は何か考え事をしている。
「どうした?」
「いいえ、いつも美味しい食事と、柔らかいベッドを用意してくれてありがとう。貴方がいない遠征に付き合わされていたら、ズタボロになっていたでしょうね」
まぁ、食事は固いパンと干し肉、そしてワイン。地面に寝転がって、風呂なんて夢のまた夢だ。
「なんだ、急にしおらしくなって。そういう台詞を吐くなんて、らしくないな」
「私だって! 礼儀ぐらい心得ているわよ! それに、王家の命令とはいえ、貴方の家族を危険に巻き込んでしまってごめんなさい」
「ああ、それはあの王妃のせいだから」
「貴方、余程王妃様に好かれたか、嫌われたかのどちらかね」
「どちらもぞっとするから、止めてくれ」
「それに、この偉業を成し得た事で、私の名声も一緒に上がる。感謝して当然よ」
まぁそういう事になるか。例えば――魔王討伐に成功した勇者パーティに入っていれば、大した活躍をしなくても歌には残る。
「それはそうと、商人と一緒に谷底へ落ちるなよ」
「そ、それは商人に言って! 私だって乗りたくないんだから……」
彼女の表情を見ると、本当にやむを得ず乗るって感じだな。
「馬を買って、1人で帰るとか……貴族なら乗れるんだろ?」
「この格好で馬に乗るの?」
まぁ、そうか。色っぽい脚が剥き出しになってしまうし、どう見ても馬に乗る格好じゃない。
それに、ちょっと金を持っている商人なら、護衛もついているしな。
この峠には敵は少ないようだが、平地になれば魔物や盗賊の心配が出てくる。
いくら大魔導師とは言え女性だ。やはり心細さはあるのだろう。
それに魔法は強力だが、接近戦や乱戦になると大変だ。ウチのパーティでもアネモネの魔法を効果的に使うためには、ミャレーとニャメナという強力な前衛が必須だ。
食事の後――辺りが暗くなったので、火を焚いて暖と明かりを取る。
メリッサの黒いドレスのスリットから白い脚が覗き、焚き火でオレンジ色に染まっている。
焚き火の前で彼女と話をしていると、アネモネがやってきて、俺の胡座の上にドスンと座った。
「はい!」
そう言って、自分の青いスカートを捲って白い脚を出した。
「そんな、はしたない事をしちゃいけません」
「そんなに脚が見たいのなら、私のを見れば?」
アネモネは――俺が、女の脚を見たくてメリッサと話していると思っているようだ。
「う~ん、アネモネの脚も綺麗だけど、もっと背が伸びて脚も伸びたら、あのお姉さんより綺麗な脚になるだろうなぁ」
とりあえず、お世辞を言っとく。
俺に変な能力が備わってしまったために、アネモネにも迂闊に触れない。
「触ってもいいよ」
「だめだめ」
「ぷう」
アネモネがむくれているのだが、仕方ない。
「でも、綺麗な脚だから、ちょっとだけ触ろうかなぁ」
アネモネの脚をナデナデすると、彼女の表情が途端に変わる。
「ふぁぁぁ……」
「はい、おしまい」
「もっとぉ!」
そう言って彼女が俺に抱きついてきた。
「ふぁぁぁ……」
「こら! だめだめ」
俺にそう言われて、アネモネは身体を離したのだが、彼女はチラ見でメリッサを警戒しているよう。
「心配しなくても、そんな男を取ったりしないから……」
アネモネの様子を、メリッサは苦笑いしながら呆れている。
「スノーフレーク婆さんは俺の事を気に入ってたようなんだが、孫の君は好みが違うのか?」
「は、冗談」
彼女は一言吐き捨てて両手を広げる。どうやら、俺には全く興味がないようだ。
辺りは、すっかりと暗くなり、門が閉じてしまった町にぼんやりとオレンジ色の明かりが灯る。
だが暗くなって何も見えなくなった峠を見て、獣人達が耳を立ててクルクルと回している。
ベルも起き上がって、峠の王都側の方を見つめている。
「ミャレー、ニャメナどうした?」
「何か聞こえるにゃ」
そう言われれば、何やら声が聞こえるような……。
「お~い! 助けてくれ!」
暗闇の街道に光る目が4つ浮かぶ。それは人を担いだ獣人の男達だった。
「どうした?!」
「街道で馬車の事故だ!」
あんなに慌てていたし、スピードも出していたので、事故る可能性があると思っていたが――案の定。
「俺の所に、回復を使える魔導師が数人いるので、任せろ」
「そいつはありがてぇ!」
地面に、アイテムBOXから出したエアマットを広げると、怪我人を載せた。
男女に、子供が1人――この子供は、女の商人の馬車に乗っていた子供じゃないのか?
商人が損をするのはどうでもいいが、人の命が懸かっている。放置してはおけない。
俺達は治療にとりかかった。