100話 大人と子供
街道を塞ぐ土砂の撤去作業中。15mはある巨岩が土砂の中に埋もれていたのだ。
これは重機でも動かないし、発破をするにも時間が掛かるって事で――取り除くために、巨大なゴーレムを作る事にした。
巨大なゴーレムを作るためには、同じく巨大な核がいる。
それを、アイテムBOXに入っていた丸太と電動工具を使って作り上げた。
そしてその核を使い、アネモネがゴーレムの起動に成功したのだが――過大な負荷によって、彼女が倒れてしまった。
まったくもって、俺のミスだ。だが彼女の身体には異常がなく、ほっと一安心。
――次の朝。皆で起きて朝食を取る。
アネモネがパンを焼いてくれたが、身体の調子は問題ないようだ。
余り心配をすると、また反発されるかもしれないので、身体の判断は彼女に任せるとしよう。
アネモネは俺が子供扱いするのが気に入らないようである。
まぁ、この世界では12歳ぐらいから働いて、そうなれば一人前扱いされる。
どうも元世界の常識が脚を引っ張ってしまうのだが――俺も彼女を子供扱いすべきではないのかもしれない。
朝食のメニューはアネモネのパンと、プリムラのスープ。
シャングリ・ラから購入したバターを出してやったら、皆がパンに塗って食べ始めた。
アネモネの魔法で温めてもらって食べているが、メリッサだけは自前の魔法を使っている。
「ケンイチ! これはチーズとは違うのじゃな?」
「これはバターといって、同じく牛乳から作るものでございますよ」
「どうやって作るのじゃ?」
「ええと――秘匿されているので……」
「解った! 金を払えばよいのであろう?」
「それでもちょっと……」
「ぐぬぬ……」
実際は生クリームから作るらしいのだが、具体的にはやったことがない。
生クリームを冷やしながら振り回すと、固まる――みたいな事は聞いた事があるのだが……。
「アネモネ」
「……なぁに」
返事はしているのだが、こちらを向いてくれない。
「寝ながら考えたんだが――岩を動かして崖下へ落とすだけならゴーレムを人形にする必要はないと思うんだ」
「うん」
「スライムって知っているか?」
「ヌルヌルしててぐちゃぐちゃのやつでしょ?」
「そのスライムみたいなゴーレムでもいいから、岩を押せればいいんじゃないかな?」
「……解った、やってみる」
「なるほどのう。物を押すだけなら、わざわざ人形にする必要はないの」
「その通りでございます」
巨岩は、アネモネが作ったゴーレムによって引き倒されて、路上に転がっている。
こいつを、核によって制御された流れる土砂の上に載せれば、動かせるだろう――多分。
核を作った時もそうだったが、物事やってみなくちゃ解らん。
朝食を食べ終わったので、早速巨岩の除去作業に移る。
核を出して土砂の近くに置く。巨岩の近くには、アネモネが作って崩したゴーレムの成れの果てが小山を作っている。
それをそのまま使うわけだ。
「アネモネ、君に任せる」
「うん」
彼女が魔法を唱え始めると、土砂が核を包み始めて山を作る。ぐねぐねと動く土砂の山だ。
その山が巨岩に近づくと――それを包み込み、ゆっくりと押し始めた。
「おおっ! 上手くいきそうじゃな」
「はい」
「な、なるほど――こういう形でゴーレムを使った事がなかったわ……」
「正式に学問として習ってしまった事で、ゴーレムってのは人形っていう固定観念から抜け出せなくなってたんだろ」
「それは――否定出来ないわ」
「俺達の魔法は自己流で、ゴーレムに関しては素人だからな。固定観念もクソもないわけで自由な発想が可能なわけよ」
「そう言うと聞こえはいいけど、要はデタラメって事でしょ」
「結果が出せりゃいいんだよ。戦なら勝てばいい」
山津波型のゴーレムで敵兵を飲み込む戦術を王女に提案する。
「ほう! 確かにの! 人形のゴーレムを出して、岩を投げたり踏み潰すよりは効果的じゃ!」
「そ、そんな恐ろしい事をよく思いつくわね……」
そう言われれば、たしかにな。元世界で読んだ本やネットの知識を総合するとものすごい量になる。
この世界の住民達には想像も出来ない量だろう。
だが――しまった。こういう提案をすると、戦に引っ張られるじゃないか。
どんな事でも全力出してしまうという、日本人の性が悲しい。
ゆっくりと岩が少しずつ動いているが――両手を前に出して集中しているアネモネの様子に変わった所はなく、安定している。
そして岩が崖の縁までくると、ゆっくりと落ち始め――そして、あっという間に加速すると谷底へ激突して地響きを立てた。
「「「おおお~っ」」」
谷を覗きこんでいた、商人や獣人達から歓声が上がり、抱き合って小躍りをしている。
俺もアネモネの所へ行って、彼女を抱き上げる。
「凄いぞアネモネ!」
「だったら、チューして」
「おでこにチュー、ほっぺにチュー」
「もう!」
「ははは」
アネモネを連れて、テントの所へ戻ってくると、商人達に囲まれた。
「こんな小さい子が、あんな巨大なゴーレムや巨岩を?」「さぞかし、名のある魔導師に仕えておるのでは……?」
「私の師匠はケンイチ」
アネモネが短くそう答えた。
「失礼ですが、こんな凄い魔導師が今まで無名とは……」
「俺達は辺境の魔導師ですから――王都までは噂が届かないのでしょう。人前にも滅多に出ませんし」
「なんと……」
「そのアネモネの母親は『白金のアルメリア』らしいぞぇ」
遅れてやって来た王女が、商人達に種明かしをする。
「なんと、白金の?」「十数年前に行方しれずなのでは?」「儂もそう聞いたの」
「母親は亡くなったのですが、私が引き取ったのですよ」
まさか大魔導師の子が人減らしで奴隷として売られて、野盗に捕まっていたとか言えん。
しかしアネモネの名声が広まると、育ての親達がどんな行動に出るか心配だな。
まぁアネモネの意志を尊重するが……だが彼女の口から育ての親や一緒に育った弟妹の事を聞いた事がない。
本人としても触れたくない過去なのだろう。
残ったスライム型ゴーレムの残骸がうず高く小山になっているので、これをホイールローダーで除去すればいいだろう。
それに、核の周りに土砂を集めて小山を作れば、一々コ○ツさんを出して土砂の山を崩さなくても済む。
つまり土砂を集めるために、ゴーレムの核が使えるのだ。その事をアネモネに伝える。
「解った」
これで、さらに土砂を取り除く作業のスピードアップが図れるぞ。しかもコ○ツさんを動かさないので、燃料の節約にもなる。
しかし、盛り上がっている商人達を見て、プリムラが渋い顔をしている。
「プリムラどうした?」
「ケンイチやアネモネの力を利用しようとして、私もあんな顔をしていたのかと思うと……」
「なんだそんな事か。まぁ確かに俺の召喚獣を初めて見た時のプリムラの顔は――」
「はい――この人の弱みを握ったと思いました……反省いたします」
「ええ? 商人らしくてよかったと思うけど」
「そんな意地悪を言わないでください」
どうも、プリムラはそんな事を気にしている感じだ。
俺が商売相手なら、気にしなかったのであろうが、身内になってしまったからな。
「まぁ気にするな。身内なんだから利用してもいいけど」
「でも、マロウ商会金儲けの秘訣――身内に甘えるべからず……」
「確かに、同族で商売すると甘くなるよなぁ」
「そうなんです……」
同族企業ってのは社員の不満も溜まりやすい。俺も経験がある。
社員が頑張って会社が儲かっても、社長の家や車が大きくなるばかりじゃ、やってられないからな。
朝食の時にアネモネと打ち合わせた通りに、核に土砂を集めて小山を作り、それをホイールローダーで崖下へ投げ落とす。
う~ん、こりゃ作業が捗るぞ。例えば、重機で土砂を移動させようとすると――ホイールローダーで運んだり、ダンプに積み込んで移動させる必要があるが――。
スライムゴーレム状態にして土砂を小山で移動させれば、一気に作業が進む。
作業の合間、身軽さに自信がある獣人に頼んで、土砂の上を越えてもらい、頂上にある宿場町へ連絡を入れてもらう。
勿論、もうすぐ開通するって連絡だ。
――そして夕方。今日だけで、かなりの量の除去が進み、街道を覆っている土砂の残りは半分を切った。
あと、5~6日で開通するだろう。
夕食の用意をしていると、峠の下から白い馬がやって来た。
「王女殿下~!」
王女を呼ぶ声だが、聞き覚えがある女性の声が。見れば、茶色の巻き髪が美しい女騎士。
王女の護衛をしていたミレットという騎士だな。
やって来た騎士が身を翻し颯爽と馬から降りると、王女の前にひざまずいた。
「王女殿下! このミレット、居ても立ってもいられなく、命令に逆らい推参いたしました事をお許し下さい」
「おおっ、ミレット。よいところへ来た。今日はここで1泊して、明日王都へ引き返し貴族共に伝えるがよい! 後1週間も経たずに街道が開通する故、作業部隊の派遣は中止しろとな」
「は、はい?」
女騎士は下げていた頭を上げて、間抜けな返事を返した。
「だからのう、土砂の除去が完了するのだ! もう半分以上、取り除かれたのじゃぞ? そこにいる商人共にも聞いてみるがよい」
「騎士さま。畏れ多くも王女殿下の仰る通りでございまして、見たこともない巨大なゴーレムや、土砂を運ぶ鉄の召喚獣とやらで、あっという間に街道を塞ぐ邪魔物が取り除かれてしまいました」
「理解したか? ミレットよ」
「はぁ……」
どうも女騎士は、なんだかよく解らないようだ。そりゃ、いきなりそんな事を言われても理解できないかもしれない。
ここで一部始終を見ている者でなければ、妄言だと言われるだろう事も想像に難しくない。
「しかし、リリス様。貴族様達が集めた物資が無駄になりますね」
「まぁ仕方ない。普通なら国家事業になる普請が10日余りで終了してしまうのだ。貴族達の損失など微々たる物じゃ」
別に俺とて、貴族達の心配をしているわけではないのだ。はっきり言ってどうでもいい。
国王から貰った天下御免の書状で、もう付き合う事も追い回される事もなくなるのだからな。
1人人数が増えてしまったが、夕食の量的には問題ないだろう。大食らいの王女がいるから、大量に作ってある。
今日のメニューはレッサードラゴンハンバーグだ。脂身がなくてパサパサしているので、ラードを少々混ぜてある。
餃子を作った時にラードを混ぜて中々美味かったので、ハンバーグでも同じようにしてみた。
並べたカセットコンロに載った鉄板の上で、ジュージューと美味そうな音を立てて、大量のハンバーグが焼かれている。
付け合せはフライドポテトにした。これは温めればOKなやつだ。アネモネの魔法で加熱してもらうと、すぐに食べられるようになる。
「肉も柔らかくて、肉汁がたっぷりだが、この付け合せは?」
「それは、芋を切って油で揚げた物でございます」
「これは美味い! これの付け合せをもっとたもれ!」
王女はハンバーグより、フライドポテトの方が気に入ったようだ。
しかし、よくこんなに食って太らないな。
「うめー! 前にも食ったけど、ドラゴンの肉でも同じ料理が出来るんだな」「これ芋なのきゃ? カリカリしてて甘くて美味いにゃ!」
「おおっ! うめー!」「お前等いつもこんな美味いもんばっかり食ってるのかよ!」「美味しいね!」
商隊の獣人達の「食わせろ」コールがうるさいので一緒に食わせている。勿論、いつまでもタダ飯ってわけにはいかないから、金を取っている。
獣人達にもフライドポテトが人気だ。
「はう……肉を叩き潰して焼いただけの料理なのに美味しい。そして、それをワインで流し込むと――はぁぁ、悔しい!」
メリッサは悔しがりながら、ハンバーグを食べている。こういう人間も珍しい。
「これは――食べたことがない料理です。一旦バラバラにした肉をまとめて、焼くなんて……」
騎士のミレットも、唸りながら食べている。まぁ、ハンバーグは形を少々弄った肉なので、警戒はされていないようだ。
「ほんにのう。これは王宮料理でも作らせねば。それとケンイチ!」
「はい、何か?」
「風呂に入れるだけの水はあるのかの? 早駆けをしてきたミレットを、風呂に入れてやりたい」
「大丈夫でございます」
――とはいえ、アイテムBOXに入れてあった川から汲んだ水はすでに品切れ。
ここには水はない。谷底には水は流れているが、水を汲むだけに危険な崖下りをするのはちょっと……。
それで予てからの予定どおりにシャングリ・ラから水を買う。試算では浴槽一杯分が1万2千円。
浴槽2つで2万4千円、これが後5日続いたとしても、12万円――少々高い風呂だが、金額的には余裕だ。
金ならアンティーク家具でもらっているからな。それに、俺が殺ったレッサードラゴンも金になる。
何せ鱗が一枚5000円だ。この鱗だけでも一財産になる。
しかし、ペットボトルの水で風呂なんて贅沢だな。牛乳風呂とかワイン風呂に匹敵するんじゃないのか?
飯を食い終わったので、早速風呂の準備をする。
小屋に置いてある浴槽にシャングリ・ラで買った水を入れる。プラキャップを取ってチマチマ入れている場合ではないので、刃物でペットボトルを真っ二つにして豪快に入れる。
何せ浴槽が250Lなので、2Lのペットボトルが125本だ。だが、皆で協力していれれば、そんなに大変でもない。
「ほぅ! この透明な入れ物は何なのじゃ? 軽くて素晴らしい! 水筒として十分に使える」
「私が魔法で作った物なので、譲渡不可でございます」
「これも金を積んでもダメなのかぇ?」
まぁ、ペットボトルぐらいならいいかな? 消耗品だし。
だが、切ってしまったペットボトルは使えないので、ゴミ箱行き。
「しかし、高い金を出されても、いずれ壊れて穴が開く代物ですし」
「ふむ……そう言われれば、そうであるが……其方が使っていた透明な盾と似たような素材であろう?」
「さすが、リリス様。その通りでございます」
アネモネの魔法で風呂が沸く。プラ容器に予備の水も出す。入浴準備完了だ。
そしてここは、一糸纏わぬ乙女達のキャッキャウフフの場となる。
俺のようなオッサンは退散しよう。眩しすぎる――だが、アネモネも一緒に出てくる。
「アネモネは入らないのか?」
「ケンイチと一緒に入るからいらない」
「もう大人なら、風呂は1人で入るべきだと思うんだが……」
「……いいの!」
「それはズルくないか?」
「ズルくていいの! 大人はズルいんだから!」
その通りだ。大人はズルい。本音と建前を取っ替え引っ替えする。
テントから、ちょっと離れた所に、商人達のキャラバンが並んでいる。
今や、その数は増えて30台程になった。プリムラの作っているスープも作っただけ売れている。
そして俺の所からワインを買って、皆で飲んでいる。
絶体絶命状態のどん底から、後5日もすれば開通するってんだから、そりゃ浮かれるのも無理もない。
そして、俺達がテントに戻ってくると、ここで風呂に入ろうという事になった。
プラ浴槽はキャッキャウフフで使っているので、前に使っていたドラム缶風呂を出した。
シャングリ・ラからペットボトルの水を買って、皆で容器をぶった切って風呂を満たす。
そして、アネモネの魔法でお湯を沸かす。最初はドラム缶風呂に入るのにも苦労していたのだが、今や簡単に入浴出来るようになった。
ドラム缶風呂の足場を出すのは面倒なので、脚立を使った。
俺が1人で風呂に入っていると、裸のアネモネがドラム缶の縁を跨いで入ってくる。
「アネ嬢、大人だったら1人で入るんじゃねぇの?」「そうだにゃ」
「いいの!」
皆からツッコミが入るので、アネモネは不機嫌だ。
皆で身体を洗った後、獣人達にお湯をぶっかけて終了。
濡れてしまったテントの中は、アネモネの魔法で乾かす。
テントの脇を開けて――。
「乾燥!」
濡れていた足下が白い蒸気となって、一瞬で乾く。凄い便利。
だが熱を加えて水蒸気になっているわけではない、ココらへんが法理を端折っている魔法っぽい。
だが、ジェットヒーターが向こうのキャッキャウフフで使用中だ。
あ~どうしよう……もう1個買うか。シャングリ・ラからジェットヒーターを追加で購入すると、テーブルを出してセッティング。
燃料を入れて点火すると、轟々と青い炎が吹き出す。
ドラム缶はアイテムBOXへ入れて、中の水をゴミ箱へ投入すれば、綺麗になくなる。
服を着ると、向こうのキャッキャウフフも終了したようなので、アネモネと一緒に風呂を片付ける。
そして濡れた床を再び魔法で乾燥させる。
「乾燥!」
「アネモネ、ありがとうな」
「うん」
後は寝るだけだ。巨大なスライムゴーレムを使ったアネモネだが、二足歩行ロボットを作るよりは負担が少ないと言う。
そんなに集中やコントロールをする必要がないのだろう。
そのまま皆で就寝。
寝袋でアネモネと一緒に寝る。俺はまたタブレットで読書だ。
だが、テントの外から足音がする。テントは薄いので、地面を歩く音がよく聞こえるのだ。
テントの出口が開くと、月明かりをバックに姿を見せたのは、薄ピンク色の寝間着に身を包んだプリムラ。
「プリムラ、どうしたんだ?」
「あら? 用がなくて来てはいけないんですか?」
「そ、そんな事はないけど……」
2人用の寝袋でも3人は入れない。シャングリ・ラで新しい2人用の寝袋を購入して、プリムラと一緒に入る。
「これ、凄く暖かいですね……」
そう言いながら、プリムラが俺に抱きついてきた。
「ちょっと待てプリムラ、もしかして、ここでするのか?」
「あら? ダメですか?」
「ダメって言うか――多分、ニャメナとミャレーも気がついてるぞ?」
「構いません。彼女達とする時に私が我慢しているのに、逆はダメだと言うのですか?」
「そうは言わないけどさ……」
そりゃ、この寝袋なら、出来ない事もないが……。
だが、結局やってしまった。
------◇◇◇------
――次の朝。
目が覚めたアネモネが怒っている。
「なんで、私と寝てたのに、プリムラと一緒に寝ているの?!」
「あらアネモネ――貴方は大人なんだから、1人で寝た方がいいでしょう?」
プリムラはそう言って、俺に裸のまま抱きついてきた。2人して、この格好で寝袋に入っていたら、そりゃ怒るかも。
「それじゃ、私も大人だから、裸でそれをする!」
「それは、もうちょっと大きくなってからな」
「ズルい!」
「だって、大人はズルいんだろ?」
「むむむむ!」
一応、アネモネにも謝る。あまり弄ってグレてしまったら困るからな。
「ふぁぁぁ~全く、2人がやっている横で寝ているのはキツイぜ」「全くにゃ」
耳の良い獣人達は、やはり気がついていたようだ。
「にゃー」
テントの入り口からベルが入ってきて、俺の身体にスリスリをしてくる。
「はいはい、腹が減ったんだな。わかったよ」
朝の準備はしてないので、またシリアルとシャングリ・ラのパンで良いか。
スープは――プリムラの売り物の残りがある。なんといっても、レッサードラゴンの肉が腐るほどあるからな。
この死体も、どこかで内臓を抜いて冷やしたいんだがなぁ。
まぁ、アイテムBOXへ入れておけば、時間はほぼ停止しているんだから、傷むことはないのだが……。
皆で朝食の準備をして、食事を始める。
騎士のミレットは、このままトンボ返りするらしい。
「ミレットよ。大変だと思うが、頼むぞ。連絡が遅れれば、貴族共が出立してしまう」
「承知いたしました」
「それから、街道が開通した場合、妾はそのままケンイチ達と一緒にソバナの街へ行くと、陛下に伝えるがよい」
「え?! 王女殿下それは?」
「其方の意見は聞かぬぞ?」
「し、承知いたしました……」
多分、帰ったらミレットが怒られるんだろうな。全く、すまじきものは宮仕え――大変そうだ。
メイドさんが、王女の荷物から紙とペン――そして印を持ってきた。
王女は陛下へ手紙を書くようだ。ソバナへ向かう理由も詳しく記さないと拙いだろう。
そして、書き終わるとクルクルと丸められて、赤い封蝋がされた。
王女の手紙を携えたミレットの出発を見送り――そのまま午前中は、順調に土砂の除去が進む。何の問題もない。
このまますんなりと開通してしまうのか。
昼飯を食べて、午後の作業を開始する。
峠の直角コーナーに溜まっていた土砂を、ホイールローダーの巨大なバケットで崖の下へ押し落とすと――先が見えてきた。
峠の頂上らしき場所には小さな宿場町が見え、土砂の向こうには――こちらと同じように10台程の馬車が並んでいる。
おそらく、開通するのを待っている馬車だろう。
宿場町には連絡を入れたので、開通する事は知っているはずだ。
――そして、3時の休み時。
皆で雑談をしながら、お菓子を食べて飲み物を飲む。何事もなく開通しそうだというので、皆の表情も明るい。
俺は、この作業が終わったら、国境の街ソバナまで行くつもりなので、そのことに思いを馳せていた。
だが、上を見ると――何かが飛んでいる。
「おい、何か黒い物が空を飛んでいるぞ? 前にいた、告死鳥かな?」
「んぁ? ――旦那、あれは告死鳥じゃないぞ、大体長い尻尾も形が違うじゃないか」
「なんか、ずいぶんとデカくないかにゃ?」
「そう言われれば……」
俺にはさっぱりと解らないが、ニャメナが叫んだ。
「あ、ありゃワイバーンだ!!」
彼女が叫ぶと同時に、その巨大な何かは俺達に向かって急降下を開始した。