10話 河原で獣人達と宴会
スパイス料理を食いたいという獣人達と知り合い、河原でキャンプして料理を奢ってやる事になった。
「そら、パンは食い放題だ」
目の前の大皿に、山盛りになったパンを指さす。
「うひょー」「なんだ、このパン! 柔らかくて甘くて、うめぇ!」
「美味しいにゃ!」
「本当に柔らかくて美味しいね」
パンは皆に好評だ。カレー風味炒めはどうだろ?
「こっちの香辛料料理もうめぇ! 辛いけど、うめぇ!」
「なんじゃこりゃ、こんな美味いの初めて食った! このスープもうめぇ!」
「にゃー! ピリピリ来るにゃー! 美味いにゃー」
「ひゃー、こんなに美味くていいのかね。それに、銀のスプーンで食べるなんて、貴族様みたいだよ。見たこと無い野菜ばっかりで、一時はどうなることかと……」
そりゃ、ステンレスで銀じゃないんだけどな。普通の家庭では、木のスプーンを使っているようだ。皿も陶器は高いので、木の皿だったり。
シャングリ・ラでも木の皿は売ってるが、陶器の方が高く売れるからな。
ともあれ、口に合ったようでよかった。だが、えらい勢いで食ってるんだけど、全然足りないんじゃね? かなり大量に作ったつもりだったんだが……。
足りなかったら、なにか他のもので腹を満たしてもらうしかないな……。
なんて考えている間に、獣人達が料理を平らげてしまい唖然。すげぇ、食欲だな――こいつ等の家庭はエンゲル係数が凄い高いとみた。
しょうがねぇ、追加でウインナーの詰め合わせを1kg購入する。
「足りないなら、コイツを焚き火で焼いて食え」
言われた通りに、木の枝にウインナーを刺して焼く、獣人達。シュールな絵面だな……なんだか、微笑んでしまう。
「おっ! コイツも、皮がパリっとしててうめぇ!」
「こりゃなんです?」
「肉を潰した物を、動物の腸に詰めた物だ」
「ええ? 本当ですかい?」
「あたしゃ、聞いたことがあるよ。他の国で、そんな保存食があるって」
アマナがウインナーに似ている物を聞いたことがあるらしい。
「しかし、こんなのを食うと、酒が欲しくなるなぁ」
「あんた等、ちょっと遠慮しなよ。こんなの食ったら、普通は1週間分のメシ代がすっ飛ぶんだよ」
「まぁ、アマナ。せっかく皆楽しんでいるんだ、酒も出すとするよ。だが、口に合わんかもしれないぞ?」
「なぁに、酒精が入ってりゃ、なんでもいいですぜ」
シャングリ・ラで、ペットボトルに入った4Lの焼酎を買う。酒飲みが、これに手を出したら、ヤバいというやつだ。
「ほら、これだ。だけどな、ここで飲み食いした物に関しては、皆に秘密――他言無用だ」
「解ってますよ」
「この透明な入れ物何にゃ? 中は水にゃ?」
「これは、魔法で作った入れ物で、中に入っているのも酒だよ、これも秘密な」
カップを購入して渡し、手酌でやってもらう。獣人達は、味も確かめもせずに、ぐいっと一杯いった。
「ほおお! コイツは強い酒だぜ」
「水みたいな酒だな。こんなのは初めて飲んだな」
「けど、臭いのとか、酸っぱいのに比べりゃ、断然美味いぜ」
「結構いけるね」
本当に一番安い酒なんだが、皆には好評みたいだ。だが、臭いのとか、酸っぱいのってどんなのだ? 動物の乳から作った酒が酸っぱいって聞いた事があるが。
男達は皆酒を飲んでいるが、獣人の女は飲んでいない。
聞けば、不測の事態に備えて、1人はシラフの奴を残しておくそうなのだ。
皆は酒だが、俺は基本飲まない人間。ジュースを片手に飲兵衛さんに付き合う。
酒を飲んでいない女にも、ジュースを振る舞う。
「美味いにゃ~。これは、果実の汁だにゃ~」
彼等があっという間に4L飲み尽くしそうなので、追加で4Lを出す。空きのペットボトルはゴミ箱へポイ。
「旦那、甘やかし過ぎですよ」
どうも、アマナはお小言が多いタイプらしい。
「そういえば、まだ名前も聞いてなかったな。俺はケンイチだ」
「俺っちは、ニャケロ。女はミャレー、後の2人はニャルメロとニャンジーだ」
俺の所からムシロを買ったやつがリーダーでニャケロというらしい。
――既に日は落ち、周囲を漆黒が包み始めている。
俺は、後片付け中だが、アマナに手伝ってもらい、焚き火の灰を使って食器を洗ってもらっている。
ここでは、灰を使うのが定番らしい。彼女にはスポンジを貸してある。
「旦那、これって海棉ですか?」
「お、海棉って知ってるのか?」
「ええ、これでも、大きな屋敷で下働きをしてた事があるんですよ」
「そこで、海棉を使っていたのか?」
「何せ、高い食器が多かったですからねぇ」
食器を傷つけないような配慮なのだろう。試しにシャングリ・ラを覗いてみると、海棉って普通に売ってるんだな。
これは知らなかったよ。
空を見上げると、黒い空に星が出ている。空気が綺麗なのか、星の数が凄い。
「大分暗くなったな」
俺の呟きに、ニャケロが反応した。
「今日はもうダメだなぁ」
「ダメ――というと?」
「門が閉まるんでさ」
ああ、なるほど、暗くなると門が閉まるのか……。
門を閉めるのは、魔物や野盗の侵入を防ぐためだと言う。
「そういう事が多いのか?」
「ここら辺じゃ、聞かないけど――40リーグ(60km程)ほど離れた山の中に、シャガってヤバい奴らがいるんだよ」
アマナがちょっと興奮気味に話す。
「なんだ、野盗か?」
「そうなんだよ、かなりデカい野盗の集団で、なんでもアリのヤバい奴らなんだよ」
そいつ等は、森の中の朽ち果てた古城跡を根城にして、近隣の村や街を襲い略奪を繰り返していると言う。
「今日は、ここに野宿だけど、ここら辺は大丈夫なんだよな?」
「森に入らなきゃ大丈夫でさぁ」
そういえば、薪を買ったままだったな。アイテムBOXから薪を取り出す。
「薪も残ってるから使ってくれ」
「それが、アイテムBOXですか。なんでも入ってるんですねぇ」
「あまりデカい物は入らないがな」
「それでも、便利な物ですねぇ」
「ああ」
なんだ、酔っ払っているのか、喋りが緩慢になってきたな。
そのまま黙って飲んでいるかと思ったら、獣人達が服を脱ぎ始めた――勿論、女もだ。
「おいおい、何を始めるつもりだ?」
「身体を洗うんでさぁ」
何だよ、びっくりしたわ。目の前で乱交でもされたら、どうしようかと思ったぜ。彼等は、焚き火で照らされた真っ黒な川へ入ると、ゴシゴシと身体を洗い始めた。
毛皮の手入れを怠ると、ダニやノミで大変な事になるらしく、毎日身体を洗うらしい。凄い綺麗好きって事だ。
彼等獣人達は、毛皮を着ているので、服を脱いでも恥ずかしいという感覚は無いと言う。
「ほら、石鹸をかしてやるよ!」
アイテムBOXから石鹸を取り出すと、彼等に白い塊を放り投げた。
「うひょー! 石鹸を使えるなんて、マジで貴族様だぜ」
「にゃー!」
彼等は、毛皮に石鹸を塗りたくると、ゴシゴシと擦りはじめた。さすがに、盛大に泡が立って、雪だるまのようになっている。
「ケンイチ、後ろ塗ってにゃ」
ミャレーが、石鹸を持って俺のところにやって来たので、背中を石鹸でゴシゴシしてやる。
毛皮を着ているから、解らなかったが、まるで筋肉の塊だ。あれだけ速く走れるのも納得出来る。
「旦那、それは売り物でしょ? 良いんですか?」
「石鹸は俺が使ってる物だから、大丈夫だ。売る分は取ってあるし」
「よく、人が良すぎるって言われないかい?」
アマナの目には俺が浪費しているように映るようだ。
「まぁ、そう言われる事もあるが。俺自身は人も良くないし、優しくもない。自分勝手で、自己中心的な人間だ。今日のも、タダの気まぐれだしな」
「そうなんですか?」
「今日は奢るが、彼等が俺に集ってくるようだったら、俺も手のひら返すし。それに、馴れ馴れしくされるのも嫌いだしな」
「安心しましたよ」
「アマナも、川で身体を洗ったらどうだ?」
「あたしゃ、これでも女ですよ!」
「あはは、すまん」
そのまま獣人達を眺めていたのだが、男達が川で泳ぎ始めた。
「うひょー、気持ち良いぜ!」
そりゃ、酒で火照った身体に、冷たい水は気持ち良いだろうが……。
「おいおい! 酒飲んで川へ入って泳ぐとか、大丈夫なのか?」
「ははは! 大丈夫でさぁ――あ――ゴボゴボ」
返事をしていたニャケロの動きが突然止まり、ゆらゆらと川の流れに任せるままになってるようだ。そのまま暗闇の中へ消えていく。
慌ててアイテムBOXから、LEDヘッドライトを取り出して川面を照らす。
「早速、溺れてるじゃねーか!」
俺が川へ入ろうとすると、ミャレーが飛び込み、ニャケロの下へ向かい始めた。
正直俺じゃ、奴のような巨漢を川から引き上げたりする事は出来ないだろう。
ニャケロを引っ張ってきた彼女は、軽々と巨漢を担ぎあげると、河原へ放り投げてよこした。
「ふぎゃ!」
カエルを踏みつぶしたような声を上げたニャケロだが、もうデロンデロンだ――恐らく、強い酒を飲んで泳いだりしたので、一気に酒が回ったのだろう。
「こういう事が度々あるので、誰か1人はシラフなのにゃ」
「なるほどな。それにしても、この暗さで、よく見えたな」
「うち等、夜目が利くにゃ」
さすが、獣人――天然スターライトスコープってやつだ。鼻は良いし耳も良い、それに夜目も利く。だが、視力自体は人間と変わらないらしい。
「旦那、それ魔法のランプかい?」
「ああ、そんなもんだ」
「商売の上手い人は色々と持ってるんだねぇ……」
不満そうに焼酎をチビチビと飲むアマナだが、俺のヘンテコ能力については説明出来ん。
それにしても、ずぶ濡れになって、身体の線が露わになった獣人達は筋骨隆々だ。こんなのに襲われたら、絶対に助からんな。
それに、ナニもデカい。こりゃ、人間は敵わん……。
彼等は、動物と違い知能もあるし、武器も使うからな。ミャレーは弓を使った狩りが得意だと言う。それで、生計を立てているようだ。
俺から買ったムシロは、獲物を運ぶための袋を作ったらしい。
また、そういう仕事をするには、冒険者ギルドって所へ登録が必要なようだ。
まぁ、今の俺には必要ないかな……。
「それは良いが、ずぶ濡れで寝たりして風邪をひいたりしないか?」
「こんなのいつもだから、大丈夫にゃ」
そういうもんなのか。しかし、濡鼠の彼女が可哀想なので、アイテムBOXからバスタオルを取り出すと、濡れた身体を拭いてやる。
「ふにゃ~」
彼女は気持ちよさそうだが、バスタオルはあっという間にびしょ濡れ。シャングリ・ラからもう一枚バスタオルを購入した。
だが、2枚でも足りないな。こりゃ3枚か4枚必要かも。
「もう、大丈夫にゃ」
拭きが半端だが、彼女はこれで良いと言う。すぐ乾くらしい。それにしても、1回拭いただけで、バスタオルが毛だらけになってしまった。
溺れてひっくり返っているニャケロ以外の獣人達は、焚き火に当って毛皮を乾かしている。
「なるほど。こういうのが普通なのか」
まぁ、ここにはドライヤーとかが無いしな。だが、ドライヤーで乾かしてやったら、さぞかしフワフワになるに違いない。
夜もふけて、少々冷えてきたので、毛布を2枚シャングリ・ラで買う。獣人達は、そのままで無くても平気らしい。
「アマナ、毛布を貸してやるよ」
「こんな上等な物を……」
これでも、一番安いやつなんだがな。高級羽毛布団やらを売ったらどのぐらいになるんだろうか?
河原に寝転がると、ゴツゴツとして痛いので、安いコンパネを買って敷いてみた。板が小さいので、上半身しかカバー出来ないが、直接寝るより遥かにマシだ。具合が良いのでアマナにも板を敷いてやる。
毛布に包まってうつらうつらしていると、川面に大きな青い光が飛び始めた。
「おわ! なんだ?!」
「旦那、蛍ですよ」
「蛍? これがか?」
少し離れた所に止まった、それをみると、デカい甲虫のように見える――これが蛍なのか。コガネムシぐらいの大きさはあるぞ?
「それにしても、焚き火をこれだけ焚いているのに、虫が寄ってこないな」
「虫除けの魔石を持ってるにゃ」
そう言って、ミャレーが俺の毛布の中に入ってきた。まるでデカいぬいぐるみだ。
魔法の虫除けか。俺も虫除けのスプレーを使ったり、シャングリ・ラには蚊取り線香も売っているが、匂いも無く虫除けが出来るとなると――異世界方式の方に分があるかな?
「買うと値段はどのぐらいするんだ?」
「銀貨2枚(10万円)にゃ」
「銀貨2枚?!」
「にゃ」
そいつは高いな。だが、凄く便利そうだ。田舎でスローライフも良いが、虫との戦いだからな。10万円でも価値はあるかもしれない。
虫によって媒介する厄介な病気やらも多いしな。元世界だって、有名なマラリアを始め、日本脳炎やら、ツツガムシ病、リケッチア等々色々とある。
置くだけで虫が寄ってこないとかいう薬を買った事があったけど、全然効かなかったし。
「もしかして、雑草が生えなくなる魔法とかもあるのか?」
「聞いたことがあるにゃ、大きな屋敷では使ってるって言うにゃ」
だが、いくら魔法でも特定の植物だけ駆除するのは無理だろう。使ったら、花や畑の植物の成長も阻害するに違いない。
「温かいにゃー」
いや、抱きつかれた俺の方が温かいわ。ミャレーはこのまま眠るつもりらしいが、彼女は服を着てないので一応裸なのだが……いいのか?
彼女だけ石の上は可哀想なので、もう一枚コンパネを買って、彼女の下に敷いてやった。
しかし、河原でのキャンプは、増水の危険があったりで普通は拙いのだが。獣人達は何回もここでキャンプしているらしいので、危険は無いと言う。
洪水等であふれた事も無いらしい。
俺は寝転がったまま、シャングリ・ラの画面を出して、電子書籍を読んでいる。
どういう仕組なのか、白い画面が暗闇でもよく見える。だが、画面は光っているように見えるのだが、その光で周囲を照らす事は無いようだ。
――ということは、実際に存在していない?
それに、実際に目の前に表示されているのであれば、他の人からも見えるだろうし。もしかして、俺の脳内に擬似的に再現されているのか?
それとも、視神経に割り込み処理が掛かっている?
画面だけじゃなくて、荷物が何処から送られてきて、精算はどうなっているのか? 考えるほど、あまりに謎な能力だ。
ステータスオープンと言っても、名前と年齢しか乗ってないしな。スキルとか称号とかレベルとかそんなものも無いし。
どうやら、この世界にはそういった物自体が存在していないようだ。
俺は、画面を閉じて眠りに就いた。