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タイトル一文字。 同音異字から連想する物語、あいうえお順に書いてみた。

「り」 ‐離・リ・狸‐

作者: 牧田沙有狸

ら行

服を処分する。

空っぽになったクローゼットを前に、あたしは泣いた。


一人暮らしを始めて初めての年末、大量に古着を出す。

片付け本を読んで、心に響かない服を段ボール箱にぶち込んでいく。

その服たちは、みんな同じオーラを発していた。

ファッションセンスのない貧乏性の母と自称ファッションリーダーの3つ上の姉オーラ。

その多さに愕然とする。

小さい頃、基本的に服はもらいものだった。新しい服は姉だけ買ってもらえた。

あたしにとって服ってものは工場から支給される作業着のようなものだった。

可愛いとか、流行ってるとか、似合ってるかも考えなかった。

考えていたら着るものがなくて学校に行けなくなってしまう。

小学校高学年の時に一度だけ「わたしも服を買ってほしい」と言ったら

「あんたに買ったら二人着られないじゃない。もったいない」と母に却下された。

その回答にショックを受けて、二度と服をねだることはなかった。

そんなことを覚えていないからなんだろう、誰かに「この子は服とか興味ないから」と

言っているのを聞いたことがある。都合よく決めつけられていた。

財布を母に預けている父に服の話をしても、結局母に戻ってくる。

自分のおさがりに妹は喜んでいると思い込んでいる姉に相談などできるはずがない。

服の話は自分を傷つけるだけだった。


古着の家庭内リサイクルは、自分で服を買えるようになっても続いた。

身長差がなくなっても私の方が細いからか。

姉が飽きたおさがりのブランド服。

母がどっかから貰ってきたちょっといい服。

実家のクローゼットはそれらでいっぱい。

引っ越しの時少し置いてきたが、また送られてきた。


洗濯してクローゼットにしまう作業がなによりも嫌いだった。

気に入らない服がいっぱいで、収まりのつかない引き出しにうんざりした。

ゴミだめのように目をそむけたくなる。

だけど、自分が心から求める服を選ぼうと買いに行っても、何が着たいのか分からなくて吐きそうになったことがある。

自分のために自分で服を選んで手に入れる経験をしたことがないから。

家にある服を思うと、新しい服の居場所がないから。

服ってものが、自分を幸せにしてくれるモノに思えなかったから。


段ボールいっぱいの響かない服を前に、あたしは泣いた。

今まで、なんで我慢していたんだろう。

気に入らないなら、あたしの前から離せばいいんだ。

「いらなかったら捨ててくれていいから」と送りつけてくるブランド物。

その台詞、自分で処分する責任を人に押し付けているだけだと片付け本に書いてあった。

その通りだ。

あたしを、いつまでも都合のいい古着を引き受け所にしておきたいだけだ。

捨てる勇気がなくて、人任せにしてるだけだ。

高価なものだから喜ぶと勝手に思い込んでいる。

それって、全く好みじゃない高所得者のおじさんを紹介されたようなもの。

紹介した人に義理立てしていやいやお付き合いしている。

もう、やめよう。それは相手にも悪い。

あたしは自分で出会いたい。

もう自分で選んでもいいんだ。

「あたしより必要としている人のところへ行きなさい!」

あたしは服いっぱいの段ボールをリサイクルショップに持って行った。


「婦人服36点で、うちお値段ついたもの合計650円になります」

世の中の査定はこんなもの。流行遅れの古着なんてブランドだろうが値段付かない。

小さなトレイにおかれた小銭と譲渡・領収明細の写しが、どんぐりと葉っぱに見えた。

狸の洋服たち。あたしはだまされていたような気になった。

服の価値を買った値段で換算して、手離す事はお金を捨てるような気にさせられてた。

狸が買った服の価値を、あたしが背負う必要ない。

服を処分したら、初めて自由を手にしたような気分になった。


あたしは、650円でファッション雑誌を買って帰った。

自分を幸せにしてくれる服を選べそうな気がする。






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