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和風ヤンデレ乙女ゲームの脇役に転生しました?  作者: 千我
一章「脇役に転生しました?」
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九話「疑いと鬼の瞳」


逃げ出したくなったという、あれはその場の気の迷いでした。


「え? 山吹くんと卯月さんって知り合いなの?」


すっかり砕けた口調の白鷺ちゃんが、隣の山吹様に話しかける。山吹様の隣が、蘇芳くん。白鷺ちゃんの隣が私。私と蘇芳くんで、山吹様と白鷺ちゃんをサンドしているわけですよ。


「うん。先日、偶然神社で会ったんです。ね、卯月さん」


白鷺ちゃん越しに、向けられる爽やかな笑顔に、私は仰け反りたくなった。

こわい。ドSの爽やか笑顔怖い。

その笑顔は、君のヤンデレルートを思いだすよー!やだよー!

彼のルートでのヤンデレ好きにはたまらない、耐性のない人には、よくてヤンデレに目覚めるか、もしくはトラウマを植えつけられ、半泣きでハッピーエンドをプレイしなおすらしい。


「そ、ソウデシタネ……」


引きつりながらで笑顔で返した私に、山吹様もにっこりと笑い返してくれる。それだけでぞっと背すじに悪寒が走った。今の笑顔は大丈夫な笑顔ですか? ダメな笑顔ですか?

腕をさすさすしながら、さり気なく山吹様を観察する。

山吹様のヤンデレルート――それは私のヤンデレ好きが、まだまだだということを思い知らされたものだった。拉致監禁なら基本でしょと思ってた私が甘かった。二次元って怖い。でも二次元でよかった! 

言わずもがな、私はトラウマになったほうである。あれはゲーム、こっちの山吹様は関係ない。かんけいない……。

ああ、でもっ。ヤンデレルートといえば、蘇芳くん以外の三人もあれでそれで白鷺ちゃあああん! 

蘇芳くん以外は、どの攻略キャラのヤンデレもあれでそれであれでした。いや蘇芳くんもアレなエンドはあったけど、本人の意思じゃなかったから……! 隠しキャラは、まあ、二人が幸せならという気分にはなれたけどもっ!

バッドエンドを迎えた時に訪れる、真っ暗闇の暗転を思い出し、心胆が勝手に寒からしめられていく。だがしかし、この記憶は必ず役に立つはずだ。白鷺ちゃんの為に。世界の、為に。あと、私のためにね!

スカートポケットの中の特性お手製メモ帳のページを脳内でめくる。

ゲームを二十週やりこんでいた私は、所謂わざと好感度の上がらない選択肢や、下がる選択肢を選ぶプレイもしていた。その――膨大な選択肢から、正解から、不正解から。「傾向」が分かる。好きなもの、嫌いな物ではない。好きそうなもの、逆に好ましく思わないもの――脳内の手帳は、山吹様のページに来た。

山吹様は、従順な子は好きだ。でも、もっと好きなのは、自分を楽しませてくれる子だ。

愉しませて、楽しませて。もっと、もっと。そして、自分の手の負えない存在を愛してしまう。そんな人なのだ。

つまり、従順であれ。多少つまらなくあれ。

これが山吹様に嫌われず好かれもしない方法なのである。


「よかった。覚えててくれてたんですね」

「は、はい」


がくがく。私は頷いた。山吹様は、笑顔を崩さない。……間違えなかったようだ。よし。

好かれなかった。でも、不快に思われなかった。うん。き、嫌われるのはさすがに嫌だしね! ゲームでは蔑みボイスも楽しく聞くことが出来たけど、現実では聞きたくないしね! 


「でも入学式の後に、あそこで何してたんですか?」


急激に自分の顔色が変わったのが分かった。多分、近くの白鷺ちゃんや、今話している山吹様には気づかれる反応。

まずい。今の、反応はまずい。フォローしなければ。白鷺ちゃんも、こっちを見てる?

いや、蘇芳くんに話しかけている。大丈夫。


「お参りですよ。昨日も言いましたけど」

「そっか、そうでしたね」


何事もないように言った私に、山吹様の金の瞳が柔らかく細まる。危機は、脱したかな? 

ああ、もうほんとにひやひやした。これから山吹様に近づかないでおこう。ひやひやと、あとキリキリする。ゲームの選択肢の傾向から、その人を把握する。なんて画面の向こうではむしろ楽しんでやってたのに、なんか今は泣きそうなんですけど! どんだけメンタル弱いの、わた――


ちりちりと、ポケットが熱くなる。

これ、だめだ。危ない。熱い。頭がガンガンする。

山吹様の金色の瞳、綺麗だなあ。じっと見つめられるとなんか勘違いしてしまう。さすがイケメン。アイドルやれそう。そうそう、話さなくちゃ。

なにを? 今、やまぶきさまが、きいた……やだ! これ、嫌だ。


だって、これ、これ、は、魅了、だ――!


「朽葉!」


蘇芳くんの大きな声に、金の瞳から目を逸らして私は息をついた。あ、いや違う。息が吸えた。ああ、膝が笑っている。体も、震えて……だって、あ、はは。うん。

私、馬鹿になってるんじゃないか、馬鹿なんじゃないか。

ゲームでは何の注釈もなかった。エンディングの為のただの入手アイテムだ。


だけど、私の持っている「勾玉の欠片」はとても大きな意味を持っている。


主人公の勾玉は、主人公の前世の女性が持っていたもの。ある鬼の魂の欠片といっても過言ではないもの。そして女性の心といっていいもの。

そして、もうひとつ。三つに割れた私が持っているものも、その鬼の魂の欠片。いや、「心の欠片」といってもいいもの。

鬼の名は、紅花。読みは、くれない。全ての鬼の祖である、いずれ世界を滅ぼす鬼の名だ。

というか、あ、そうだ。そうだよ。そうだー!

私が重大な物を盗んだと気づかれたなら、その日のうちに新橋会長に討ち入りされるか、食い倒れ系男子深緑くんに、部屋を荒らされている。

そのどちらもなかった。

なぜなら、「勾玉の欠片」をあそこに隠したのは主人公の前世。彼女しか隠し物については知らない。加えて、私は犯行現場を見られたわけではないのだ。

山吹様は、まだ私を疑っているだけ。なんか様子がおかしかったし、場所が場所だったから、不審に思っているだけ、なのだろう。

だって、勾玉の欠片について、「わかる」のは、正確に把握できるのは、今は紅花を除き一人しか居ない。他は、ルートが進んだ蘇芳くんならありうるけど。ああ、そういえば、蘇芳くんには、記憶もちの疑いが……!!

ちらりと蘇芳くんを見る。彼は、厳しい目で山吹様を見ていた。

蘇芳くんは、魅了が嫌いだ。だから、それで怒ったのかもしれない。けれど、どこのものとも知らない馬の骨が、愛した人に送ったものを盗んだと知れば、真っ先に怒るのは彼だ。間違いない。……蘇芳くんの怒りは、そういう怒りに見えなかった。さいわいな、ことに。


「朽葉。こいつは一般生徒だ。……それは分かってるよな?」


睨みつける蘇芳くんに、山吹様は眉を下げた。

おろおろと白鷺ちゃんが二人と、それから私を見ている。すっかりと私たちは、廊下の真ん中で立ち止まっていた。


「ですね。すみません、茜」

「……次しようとしたら、叔母上に伝える」

「それは勘弁して欲しいですね」


山吹様が、微苦笑した。ほんとうに困ったような顔である。

そんな山吹様の珍しい顔に、蘇芳くんは「だったらするな」とぶっきらぼうに言った。蘇芳くんは、友達思いのいい奴なのだ。


「えっと、みんな。早く行こう!」


二人の不穏な空気を打ち破ろうとか、白鷺ちゃんがみんなを急かした。

そういえば、蘇芳くんと山吹様の指示に従い、先行くクラスメイトのみんなを追いかけていたのだった。ちなみに蘇芳くんと山吹様は、さりげなく「不良の溜まり場」とか「教師以外立ち入り禁止」とか言って、近づいてはいけないポイントを教えてくれている。うんうん、君らいいやつだな。

でも、蘇芳くんと山吹様がいくら遅れようとも、先生は注意して終わりだろう。

彼らは、色持ちの次期当主……だし。時計を見る。まだ九時半だった。時間が進むのが、とても遅く感じる。


「そ、そうだね。早くしないと歓迎会はじまっちゃう」


私は白鷺ちゃんに追従した。笑顔だったと思う。勾玉の欠片はさっさと、白鷺ちゃんに返してしまおう。蘇芳くんにお礼を言うのはまずいかな。山吹様に謝るくらいならいいかも――。


その後、気まずい雰囲気のままクラスメイトたちと合流して、予測したとおりほとんどお咎め無しで、私たちはクラスメイトと一緒に、校舎内を回った。

新入生歓迎会も、楽しかった。

会長の歓迎の言葉に、吹奏楽部の演奏、それから部活紹介。剣道部や弓道部、陸上部、サッカー部といった、基本的なものから、天文部、科学研究会、歴史部とかちょっとマニアックな部もあった。そして、最後は、新橋会長が締めて、お昼の後は、教科書販売会。

私は、すっかりお昼の存在を忘れていた。お昼を一緒に食べる。白鷺ちゃんと仲良くなるチャンスだ。

だけど、白鷺ちゃんは引く手数多で、新入生歓迎会が終わった途端、クラスメイトや他クラスの生徒に囲まれる。朝の心配は杞憂だったことが判明した。隣に座っていた蘇芳くんは蘇芳くんで、ちょっと遠巻きにされているけれど、これは致し方ない。

んん? なんかこういうイベント、あった気がする。大勢に囲まれて困っている主人公を見かねて、蘇芳くんが連れ出してくれるのだ。

……あはは、変な心配する必要なかったなぁ。白鷺ちゃんも、蘇芳くんも、大丈夫なのだ。


だから私は、体育館裏で両手を地面につき、膝をつく――まさに土下座、の一歩手前な態勢となった。


「もうダメだ……」


目が潤んでくる。なんかもうダメだった。

攻略情報を利用したことは後悔していない。欠片を持っているのがばれたら身の破滅だし、家族の身も危険だ。誰に疑われたって、仕方ない。攻略情報を利用して、立ち回らないとやろうとしていることはなんにもできやしない。勾玉の欠片を集めるって決めた時から、ちゃんと……覚悟していたかなあ私。そんな覚悟、してなかったかな。

でも、山吹様に魅了使われたからってなんだ。

あれ、バッドエンドの信頼度足りないときに、自白用に使わされる手法だったとか、それがなんだ。


だめだ~~っ。やっぱりキツイ! 


あのエンドでは、山吹様は主人公のことなんてちっとも信じてなくて、どんな選択肢選んでも、言葉を重ねても、魅了して喋らせたことの方を信じた。

それが、主人公の体感では一時間。実際の時間では十分程度の間、続く。これまで、築いてきた信頼や好意はなんだったのだろう。そう思わせるバッドエンドだった。

それに、蘇芳くんのことだってそうだ。彼が魅了を嫌う理由が明かされる過程は、とても辛いものだ。彼の父親は、母親に恋をした。けれど、母親は別に好きな人が居たのだ。

蘇芳くんの父親は彼女に魅了をかけた。色持ちの魅了は、とくに強力だ。蘇芳くんの母親は、蘇芳君の父親に恋をした。

そして蘇芳くんが生まれた。ここまではありきたりな話。鬼の中では、ないとは言いきれない話だ。だけど、蘇芳くんの母親の魅了は解けた。かつての好きな人――恋人が、蘇芳くんの母親を迎えに来たのだ。

しかしそのとき、母親は蘇芳くんを身ごもっていた。臨月だったそうだ。彼女は絶叫し、倒れた。目が覚めたときには、全ての記憶を失っていたらしい。

ちなみに、とても性質の悪いことに、蘇芳くんが父親と同じルートを辿るエンドもある。


これは、蘇芳くんのルートを進んだ先の「主人公」しか……白鷺ちゃんしか、知らないことだ。

私は知らないはずのことなのだ。いま、誰も――知らない、ことなのだ。なんで、私こんなこと知っているんだろうなあ……。いや知らなくちゃ困るんだけどねっ。


「どうした?」


ふいに、天から声が降ってきた。え? 何事? きょろきょろと辺りを見回すけれど、辺りには誰も居ない。


「なにか辛いことがあったのか」


優しい声だった。なんかこの声、どっかで聞き覚えがある気がする。

低くて、ちよっと甘めで。穏やかに読経でも読んで欲しい声――。どこだったかな。誰、だったかなあ。ぱっと思い出せないけど、優しい人だな。土下座半歩前の体勢の女子に話しかけてくれるなんて。姿は見えないけれど、優しくていい人だ。


「……ちょっと、自己嫌悪で」

「嫌なことがあったのか」


声は、責めていなかった。優しかった。目が、ふたたび潤んでくるのが分かる。


「じ、実は、人付き合いに悩んでいて」

「ああ」

「それから、いろいろ、なんか、いろいろしなくちゃいけなくて……」


迂闊に世界を救うとかは言えない。

私はまだ自分の身が可愛いし、家族に迷惑はかけられない。わかんないけど、かけたくない。絶対に。なんにも、知らないけれど……。


「頑張っているんだな」

「っ、まだまだ全然です……!!」


天使だ。天使が居る。堪えていた涙が零れそうな気配にぐっと唇を噛み締めて、私は身体を奮わせた。

うわああ。このままじゃ泣き喚くよ。もうすぐ二十歳なのに。いや、まだ高校生だけど! ぴちぴちの十五歳の身体ですけどー! そういえば今って身体も顔も十五の私で、懐かしいけどちょっとホラーだよね。我が身のホラーを省みると、涙が引っ込んできた。天使さん(仮)は黙っている。

もう行ってしまうのかもしれない。


「あのっ……!

 ありがとうございました。声をかけていただいて、とっっても嬉しかったです」


とりあえず、精一杯の感謝を伝える。ありがとう天使さん。ほんとうにありがとう。

だけど涙は見られたくないので、俯くのは突っ込まないで下さい。天使さんに引かれる要素はひとつでも減らしたい。いや、涙で引くことはないかもしれないけれど、天使さんだし。でも一応ね!


「いや。俺はいつでも、君を応援している。だからその、……がんばれ」


応援の言葉は、少しだけ小さかった。それを言うかどうかを、迷ったように感じられた。

だけど、がんばれって。何にも知らないのに。分かってないのに。

へへ、温かいなぁ。これが天使の真心ってやつかぁ。この天使さん、私の涙腺に狙いを定めてやがる……。ちくしょーもってけドロボー!


「はいっ。これからも精一杯がんばります!」


私は深々と頭を下げた。天使さんの声は聞こえなかった。

がさがさという音がしたから、もしかしたら立ち去ったのかもしれない。


そして。

うん。

……うん。


頭から血の気が引いていく。

体育館裏。

姿を現さない誰か。

なにより、あの聞き覚えのある声。


『常に考え、学び、喜び、楽しんで。

 これからの三年間を、有意義なものにして欲しい』

『以上、生徒会長、新橋縹。

 ……あらためてようこそ。紅緋学園高等部へ』


さっきの新橋会長、じゃないかああああ――っ。

私は、さっきと違う意味で、土下座した。


耐え切れず零れてきた、涙がしょっぱいです……。


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