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五十四話「利益と友情」


山吹様が用意してくれていた折りたたみ椅子に座って、私はまじまじと彼の顔を見た。

彼が手紙の主じゃないかと思ってきたけど、いざその通りですって言われると驚きが先に来てしまう。

どうして。どうして、彼は――。


「山吹さんって、勾玉の欠片がある場所を知っていたんですね」


私の言葉に山吹様は顎に手を添え、考える素振りを見せた。


「誰に聞いたんですか?」


彼の挙動をひとつも見逃すまいと、じっと目を凝らす。

始業式の紅花神社。6月初めの開かずの扉。

ゲーム内容に沿っていたから、あまり気にしてなかったけど、ちょっと考えてみるとおかしい。

なんで、勾玉の欠片が隠されている場所で、私が勾玉を手に入れた直後に、いつも彼と出会っていたのだろう?

疑問への決定打は、今回の手紙だった。


――山吹朽葉は、勾玉の欠片の場所を知っている。


そして探していたのだ。だから私と妙にかち合った。私も勾玉の欠片を探していたから。

私の探るような視線に、山吹様はくすりと笑った。


「そんなに怖い顔をしないでください。手紙に書きましたよね、あなたの味方だって。……信じてくれたから、ここに来たんですよね?」


柔らかな笑みを浮かべる山吹様。こうして向かい合っていても、彼は魅了を使ってこない。だから山吹様なりに誠実に接してくれてる、とは思うんだけど……!


「すこし前、私には味方が居ました。私と彼女はある目的のために、お互いを信頼して頑張っている……って、思っていました」


とつぜん始まった私の過去話を、山吹様は聞いてくれるようだ。


「でも彼女は去りました。私たちの計画を台無しにして……多くの方をあえて傷つけて」

「彼女のことを恨んでいますか?」

「いいえ」


山吹様の金色の瞳を見て、きっぱりと言う。恨んではいない、東子ちゃんのことを。ただ……。


「もっと話したかった。話して欲しかった。たとえ彼女の目的が、私にはとうてい理解できないものでも……うん。こういうところが合わなかったのかもしれません。

 だけど、私は話したいです。力になってほしいし、力になりたい。

 それが私の思う味方です。これを踏まえたうえで、もう一度きかせてください」


山吹様はなにも言わない。唇を湿らせて、私は言葉を続けた。


「……あなたは、どうして勾玉の欠片を必要としているんですか? 誰から勾玉の場所を聞いたんですか?」


私の言葉に山吹様は、私の瞳をじっと見てから言った。


「僕が東子さんに協力して、あなたの弟を誘拐したとしてもですか?」

「そうだとしたら、私は山吹さんを三回回ってワンって言わせなきゃいけないですけど、違いますよね?」


あの時は何がなんだかわからなかったけど、黎は自分で東子ちゃんについていった。

事前に黎を魅了していたのだ!なーんて突飛な言い訳も無理だ。なにせ黎は外部の人間だし、学校に着いてからは私とほとんど一緒だった。黎が鬼に魅了される隙はなかったと思う。そう言えば、山吹様はうんうんと頷いた。


「でも東子さんの協力者というのは本当ですよ。鬼無を彼女に渡しましたから。見返りは、紅花神社の下に眠る狂った鬼を操るモノ……勾玉の欠片のあるおおよその場所です。全部あなたのものになっちゃいましたけどね」


私はポカンと口を開けた。

勾玉の欠片が紅花さんを操るなんていう設定、千年の恋歌では出てきていない。こっちに転生してから東子ちゃんが独自に手にした情報ってセンもあるけど、なんとも怪しい。訝しげな顔をする私に、山吹様はあっけらからんと言った。


「まあ、嘘でしたけれど。勾玉の欠片にあるのは、持ち主を守る力ですよね。卯月さん?」

「は、はぁ……」


頷きながら、私は冷や汗をかいた。

鬼無と引き換えの情報だ。山吹様が怒っていないはずがない!……はずなんだけれど、どうにもそんな感じじゃない。

ニコニコ機嫌よさそうとまではいかないけれど、騙されけどまあいいかみたいな。

……文化祭のあとで会った紅緋さんの顔に、ちょっと似てる。


「紅花神社の鬼を操る力が欲しかった、わけじゃないんですね?」

「もちろん。

 僕が望むのは……鬼の世界の混乱です」


山吹様はうっそりと笑った。

午睡のように退廃的で、煮つめた蜂蜜みたいに甘い笑顔に、背筋がぞっとする。


「東子さんと黎くんが見せてくれた光景は、じつに胸が躍りました。卯月さんの味方をするのは、そのお礼です。見物料と言い変えてもいいかな」


なるほど。私は黎と東子ちゃんに助けられたわけか。

何故今になって助けてくれたのかと聞くと、山吹家を訪ねたときの私の様子が気になったのだという。

なるほど、と私はもう一度頷いて。

――山吹朽葉を睨みつけた。


「ご機嫌を損ねてしまいましたか」

「うん。だいぶそこなった。

 ――あなたのその笑顔、嫌いなので」


なにせその笑顔、バッドエンドでしか見せないやつだからネ! ヤンデレルートの精神崩壊した主人公や蘇芳くんノーマルルートのバッドエンドにだけ向けてくるヤツ!


「なので、いまからあなたを笑わせます!」


こてんと山吹様が首をかしげた。


「……大笑いさせてやります!」

「はぁ。がんばってください……?」


山吹様の困惑しきった応援に、私は腕まくりして話はじめた。


「まずは鬼世界の混乱ですが、当方にもご用意できるものがございます。それも東子ちゃんの案よりも安全・確実に!」

「なるほど?」


山吹様の反応は鈍い。まあまだ軽めのジャブというやつですとも!


「鬼の世界は、純血の鬼である紅緋さんが頂点の絶対王制。千年の間、どの色の家が潰れようと、栄えようともこれは変わらなかった……」

「よく勉強されていますね」

「ありがとうございます!……つまり、鬼世界に混乱をもたらしたいなら、純血の鬼を増やせばいいのです!」


山吹様がいまいちピンと来ていない顔で首を捻っている。そうだよね。鬼にとっては純血の鬼というものは、紅緋さん以外滅んでいるという認識なのだ。

でも、そうじゃない。

純血の鬼はもうひとり居る。千年も前からずっと……紅花神社の地下に。


「紅花さんを正気に戻して、封印を解く!

 そうすれば、紅緋さんのやばい感謝と背の高い優しいお兄ちゃん純血の鬼・紅花さんの信頼も得られるでしょう!

 その後の鬼の世界は、山吹様の思うがままですが……山吹様?」

「とんでもない話だというのはわかるのですが、なにから信じたらいいのか……」


こめかみを押さえた山吹様がうめく。

そっか。紅花さん関係の話って、四色の家でも伝わってないのかな。

それならと山吹様の金の瞳をまっすぐ見て、私は言った。


「魅了のかけられすぎで、頭がおかしくなったと思わないでほしいのですが……じつは私、前世の記憶があるんです」


案の定、山吹様は鳩が豆鉄砲をくらったような顔をした。



ゲームのことはまるっと省いて、私は私の知っていることを語った。

紅花さんとある人間の娘の恋。

愛した人と同じ人に害をなす鬼を退治した紅花さん。鬼のほとんどを根絶やしにして訪れたつかの間の平穏としあわせな日々。

けれど救ったはずの人間と生き残りの鬼たちに封印され、紅花さんは悪鬼となった。

人間の娘は、紅花さんとの子どもを連れて、ひっそりと身を隠す……。

その子どもたちは母親の死後、紅緋さんのもとを訪れた。甥や姪に担がれて、紅緋さんは鬼の頭目となり……。

そこで山吹様がすっと手をあげた。


「待ってください。もしも本当に僕たちが紅花の子孫だとしたら、なぜ彼を封じているんですか? ……それこそ千年前に封印を解いたっていいはずだ」 

「それは……」


山吹様の問いに、私はしばし考えこんだ。

実はこれ、ゲーム本編でも語られずじまいの謎なんだよね!

なんで紅花さんの子孫が紅花さんを封じることに協力したのか? 紅緋さんはそれを傍観することにしたのか?

……わからない。紅緋さんはなにも語らないから。紅緋さん以外知ることのない過去なのに。

でもゲームの設定や、紅緋さんとの会話を繋ぎ合わせるとかすかな推測ができた。


「結託した人間と生き残りの鬼たちを怖れたのかも知れませんが、たぶん違います。 紅花さんが世界を壊すほどの力を持っていることがわかったからだと思います。だからあなたたちの祖先は、に加えて自分たちも封印を重ねた。……紅緋さんも、すこしだけ耐えることにした」

「あなたはそんなモノを解き放てというんですね?」

「正気に戻すことができれば、十分に勝算はあります」

「たとえ世界を壊すとしても?」 

「壊させません。そのために、あなたたち鬼の手で紅花さんを正気に戻してほしいんです」


言葉にしながら、それがどれだけ大変な道なのかに思いを馳せる。なにせ千恋の各攻略キャラたちのベストエンドでは、自分の魂と心を取り戻した紅花さんは、妻からの恋歌を聞いて、自分の「人間を守りたい」という気持ちを思い出し、深く眠りにつくことを選ぶ。

どれだけ強大な力を持ってていても、なにもできないほど深く――ゲーム中ではこれは、「死」と同義だと描写された。

……要は紅花さんを殺さなかったけど、彼はこの時代では生きていけないよというワケなのだ。

それがゲームのシナリオ。千年の恋歌における紅花さんの最善の終わり方。

私は当初、この終わり方を目指すつもりでいた。だって、方法や道筋がわかっている一番確実な世界の救い方なのだ。


――でもねっ。それヤンデレ義弟の所為で無理になったし!


くっと酸っぱい梅干しを食べた顔になる。

それならばと考えたのがこちらの案である。

私は勝負師がいかさまをしかける時のごとく、にやりと口の端をあげた。

鬼の花嫁なんていう立場になってしまったのだ。もうこうなれば鬼の一族とは一蓮托生。お互いの最善のエンドは迎えられなくとも、お互いの最良の利益を目指してやる!


それにゲームプレイ中から、あっさり眠りについた紅花さんには一言言いたかったのだ。


紅緋さんは?……って。


あなたのことが大好きなヤンデレ弟と、どれだけ苦しくても、数多の困難があっても、今を生きるって選択肢はどこにもなかったのかな?


――まあ、乙女ゲームだし。ヒロインより家族が選ばれるわけはない。


ないんだけどさ……。

あなたの魂の欠片を食べちゃうくらい、寂しがり屋のヤンデレ弟を放っていかないで……! どうにか……どうにかして!

私もなんとか他の鬼たちと一緒に手伝うからぁ!という気持ちで、私の胸はいっぱいなのである。


「あなたには、純血の鬼と鬼の世界の混乱を。

 もちろん私にも利益はあります」

「なんです?」

「世界が滅びません」


山吹様は軽く目を見張ってから、喉奥で小さな笑い声をあげた。


「強欲ですね」

「ありがとうございます」


山吹様と視線を交わし、ひそやかに笑いあう。気分は悪事をたくらむ越後屋とお代官さまだ。


「では、山吹さん。さっそく詳しい話を……」

「あ、戻った」 

「はい?」

「お互いにもっと気楽に話しませんか? ほら、僕も卯月さんもこうですし」


自分の口を指して肩が凝りますよね、なんて山吹様は言った。これは、山吹様なりに私と仲良くなろうと歩み寄ってくれているのでは!?


「え、えと。うん、そうです……そうだね、山吹くん!」

「どうして名前で呼んでくれないんですか? 小麦のことは小麦ちゃん……ですよね?」


圧力をかんじる笑顔に顔がひきつる。

そっちだって丁寧語じゃないかー! いや、タメ口の崩し加減って人にもよるか~!

私はちょっぴり悩んでから、まあおいおいやっていくことにした。世界破滅までの間、山吹様とは一蓮托生。同じ船に乗る同志なのだから、これからも機会が……。


「朽葉くん」


太股の上で拳を握り、かっと目を見開く私に山吹様は若干引いていた。


「急にどうしたんですか?」

「先制パンチです。あ、違った。……ただ、後回しにしたくなかったの」


しばらく山吹様は私を眺めてから、実はひとつ気になることがあると切り出してきた。


「どうやって僕を大笑いさせるつもりだったんですか?」

「あ~。小笑いくらいでしたもんね。力不足です」

「……?」

「陰謀とか影の操り主とか、一見うまくいってることをぜんぶひっくり返す系、朽葉くん好きじゃないですか。

だからこう、私の計画を知れば、ワクワクしてお主も悪よのうってかんじに、高笑いしてくれるかなって思ってたんですけど……」


考えが外れた。たぶんだけど、まだ私と山吹様の間には心理的な距離があるのだろう。


「これからお代官様なみに高笑いしてもらえるように、頑張らせといただくということでひとつ――」

「くっ……ふ……ちょっと離れ……」

「ポテチの食べ過ぎでは? 飲み物は……」


地面に置かれたビニール袋から、炭酸飲料のペットボトルがいくつも見える。とりあえずこれを渡してみようかと山吹様を振り返れば、山吹様は腹を抱えて笑っていた。


「いまコーラもペプシもペッパーも禁止で!」

「は、はぁ……」


思い出し笑いなのかな? いや私の言動がツボに入ってるのか、入ってないのか、

よくわからないんだよね!この鬼、いつも突然笑い出すから。

山吹様の笑い声で誰かがやってこないか心配だったけど、山吹家の屋敷は静まり返っている。

それなら思う存分笑ってもらおう。笑いってストレスにも効くていうし。

私がそんな風に考えていると、大笑いから立ち直った山吹様は私の顔を見て真摯に謝ってくれた。


「すみません。あなたの言葉や考え方が、僕にはとてもユニークで面白くて。でも、急に笑い出して……困りましたよね」

「えーと。びっくりはするけど、朽葉くんが笑っているのを見て、困ったとか嫌な気持ちになったことはないよ。それに……」


私はにやりと笑った。風呂敷にくるんだ小判をお代官さまに見せる越後屋の笑みである。


「山吹様を大笑いさせられたので!」

「……強欲で寛容。俗物的で勉強熱心」

「はい?」

「変わった方ですね、サヨリは」


名前で呼ばれたという高揚が、すぐに動揺に変わる。前髪をくしゃっとかき上げて笑う彼は、無邪気な子どものようにも、重たい罪を背負うくたびれきった罪人のようにも見えた。

そ、それは……その顔は山吹朽葉のノーマルルートのベストエンド付近で、主人公に初めて見せてくれた顔!

ゲーム内ではたったのワンシーンしか表示されない立ち絵には、こんか名前がついていた。

『素の表情』。


――な、なんてものを見てしまったんだ、私は!


どっと冷や汗が背中を流れたけど、いい方に考えるとこれは私が山吹様に信頼されている証でもある。

どきどきする胸を押さえて、私はおずおずと切り出した。


「と、ともだちになりませんか? いえ、私たちってひょっとしてもうともだち?」

「サヨリさんの発言って、最初はいつも難解に聞こえますよね……」


なにやらブツブツと呟いてから、ニコッと笑った。背中に金ののべ棒を10本背負っているんじゃないかってくらいに、彼の笑顔がまぶしい。


「いいですよ、サヨリさん。味方で友だちですね」

「もちろんですとも!友情を育みながら、お互いの利益を追求しましょうね!」


私たちは、ギリギリと骨の音が聞こえてきそうなほど、強く握手を交わす。


こうして私と山吹様は、友だちにして味方になったのだった。



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