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五十二話「手紙の返事と小さな進展」

前回までのあらすじ

花嫁修業を頑張っていたと思ったら、なんだか不穏なことが見え隠れしてきた。

そんなとき、サヨリの味方だというメモが出てきて…?



『私はあなたの味方です。

 あなたの願いをここに書き、ゴミ箱に捨ててください』


何度読み返しても文面は変わらない。あ……怪しすぎるんですけど!

紙の裏面をみてみる。何もない。筆跡はあからさまなゴシック体で、紙自体もただのコピー用紙みたい。気になる匂いとかもない。この謎の手紙自体から筆者を探すのは無理そうだ。


……となると、今日出会った全員が怪しいわけで……。

――手紙が私の服の袖に入ってたと考えると、一番可能性が高いのは、梅ちゃんか小豆くんかな。この服を持って来てくれた二人なら、いくらでも好きにしかけられたと思う。


――だけど、なにかしっくりこない。


そもそもこの『味方』ってどういう意味なんだろう。素直に読めば、魅了をかけられた私を助けようとしてくれてるってことでいいのかな? それとも私のご機嫌伺いてきなもの?


「そっか。文章の意図が曖昧すぎるんだ……」


どうにもこの手紙は、どちらともとれるように書いてある気がする。最悪、紅緋さんの他愛ない遊びの線もありそうだ。深緑くんとかの忍にコッソリと近づかれたら、たぶん隣にいたとしても気づけない。

紙を挟んだままぱたんと本を閉じる。私は五分ほど悩んでから、紙をゴミ箱に捨てた。



しばらく本を読んでいると部屋に蘇芳くんがやってきた。本を閉じれば、蘇芳くんは何故か首を横に振る。


「……読んでてくれ」

「え? それじゃあ茜君は何するの?

 ……これ全部、婚姻の儀に関する本なんだけど、どれか読む?」


 と聞けば、蘇芳君は一冊の本を手に取っ……たと思ったら脇に置いた。

別の本を渡せば、それもまた脇に積まれる。

んん? 本は読みたくないってこと?

けれど私が本を閉じれば、続けて本を読むように言うのだ。


……もしかしてと思って本の頁に目を向けながら、こっそりと蘇芳くんの様子を窺い見る。


蘇芳君は、穏やかで優しい眼差しをこっちに向け……ぎゃー! あの顔! ポーズ! 蘇芳君5番目のCG。タイトル「世界でいちばん可愛いもの」じゃないか……!

頬に熱が集まってゆくのが分かる。ううっ……そんな顔をされると、そんな顔をされると……。


「か、構いたくなるじゃん!」

「……? いや、サヨリは本を……」

「いーから! えっと……」


本を閉じて蘇芳くんの方を向く。やばい何も考えてなかった!

けれど次の瞬間、息が止まりかける。蘇芳くんが私の肩に寄りかかってきたのだ。


「……ん……」

「茜くん、もしかして眠い?」

「そうだな……眠いから、ちょっとこのままで居てくれ」

「膝枕とかしちゃいましょうか」


冗談めかして言うと鈍色の瞳が、試すように細められる。


「なに、してくれんの?」

「……ぅぐっ。卯月サヨリに、二言はない!」


首筋に息がかかる。蘇芳くんが笑ったようだった。


「こっちでいい」

「そ、ソウデスカ……」


そう肯定してみたけど、三秒後にはもう後悔していた。

いや、あの、近い。

蘇芳くんの綺麗なお顔が、とっても近いんですけどー!!

などと私が心の中で悶えている間に、肩からはすこやかな寝息が聞こえてくる。

――こんなにすぐ寝ちゃうなんて、よっぽど眠かったんだろうな。しかたない、このまま寝かせておいて……いや、むり!! 近い! 


頬の熱に耐えながら、私は本を膝の上に置いてページをめくった。この本は、先代の山吹家当主の花嫁――山吹様の祖母にあたる方が、自分の嫁入り前に起こった騒動についての覚え書きを本にしたものだ。

彼女は本来「鳩羽家」に嫁ぐはずだった。けれど先方がいきなり、蘇芳家の娘と婚儀をあげてしまったらしい。

自分を捨てた婚約者への愛憎と婚約者を奪った女への憎しみ。そして「山吹」より「蘇芳」が選ばれたという激しい劣等感。


『わたくしの血脈がつづくかぎり、お前たちを呪ってやる』

『許さない』


覚え書きの最後は、そう締めくくらていた。ちなみにこの本は和綴じなんだけど、ページを綴じている糸が茶色い。表紙の山吹色の和紙には、赤茶色の小さな染みがいくつもついていた。


――さ、殺人事件の証拠品とかじゃないよね、これ?


戦々恐々としながら、本を片づけて次の本へ手を伸ばそうとしたところで、意外にやわらかい鈍色の髪が頬をかすめた。


「……っ」


心臓が爆発しそうなくらい高鳴る。それと同時にすやすや眠る蘇芳くんに、ちょっぴり腹がたつ。

さっきから私ばっかり振り回されてる。蘇芳くんもちょっとくらい困ればいいのに。

たとえば、寝ている間にイタズラされる、とか――。

くぁ、と寝起きの小熊みたいな声がして、ぐりぐりと肩におでこを押しつけられる。


「こらこら、蘇芳茜くん。私は枕じゃないですよ」


真面目な顔を作って蘇芳くんをみると、額を私の肩にこすりつけたまま沈黙している。また寝ちゃったのかもしれない。


「茜くん。そろそろ肩が限界だから起きてくれると嬉しいんだけど――」


私の言葉は途中で止まった。なぜなら蘇芳くんの耳が真っ赤だったからである。

蘇芳くんは手で顔を隠してから立ち上がると、ちいさな声で「邪魔した。わるい」と言って部屋を出ていった。彼が起きてから出ていくまで五秒もなかったけど、私は気づいた。気づいてしまった。


「お、起きてから、照れるのってずるくない?!」



小豆くんと梅ちゃんが持ってきてくれた夕飯を食べて、ふたりの気配が十分に遠ざかってから、私は縁側に出た。8月とはいえ、夜の8時もすぎると街灯も他の家も近くにない紅緋さんの屋敷のあたりはすっかり暗い。

本当は外に出ちゃいけないんだけど、部屋の中に居るとどうしても昼間の蘇芳くんとのやりとりを思い返して、胸が苦しくなってしまう。


私は蘇芳くんが好きだ。好きだから距離が近いと余計に緊張するし、変に拗ねてしまうし、蘇芳くんの反応にいちいち嬉しくなる。

でも、このまま結婚してはいけない。蘇芳くんやたくさんの鬼たちを犠牲にする。

それに蘇芳くんは、私に魅了をかけた可能性があって……だめだ。

胸がくるしい。唯一絶対の正しさが二つあるみたいに、どちらを信じればいいのか分からなくなってゆく。

蘇芳くんの母親の萌黄さんが、狂ってしまった理由がわかってしまう。

これは――。


「好きなのに、こわい」


風が吹いた。同時に顔面がコピー用紙で覆われる。


「……なっ……え?」


顔からコピー用紙を引き剥がし、あわててあたりの様子を窺ったけど夜8時の紅緋屋敷は静まり返っている。

――誰かが私の顔面に押しつけたってわけじゃないみたいだけど、タイミングよすぎでは? いやいや、それよりも……この紙だ。


部屋に戻って、コピー用紙を見てみる。

つるつるの表面にはゴシック体の文字で、「夜に紅緋学園高等部へ侵入する手順」が書かれていた。



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