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四十八話「双子への罰と確かな恋心」


蘇芳くんのご両親との面会は、鴇さんの「奥さんの看病をしたいから」の一言により三秒で終わった。おまけにここは、鴇さんが待っていた本邸ではなく、同じ敷地内にある別邸らしい。なんでも鴇さん夫婦は別邸で暮らしているんだって。でも蘇芳くんの部屋は、本邸にあるらしいね。ハハハ、ナンデダロウネ……。

立派な日本家屋(こっちが本邸らしい)に案内され、客間に通される。

またもうこの客間も立派で、床の間に高そうな掛け軸、そもそも襖の柄からして豪華絢爛、畳もつるつるぺかぺか。そんな中で出される、水まんじゅうと御抹茶。


「は~……」


御抹茶をひと口いただく。とろっと濃厚だ。

水まんじゅうを黒文字で切り分け――

 

「サヨリ様っ!」


素早く襖が開かれ、小豆くんが膝をついた。水まんじゅうを口に運んだままの体勢で固まる。三つ指揃えて、頭を深く下げて……じつに綺麗な土下座である。


「ちょまっ!? 顔あげてどうしたの!?」

「愚妹の不始末、誠に申し訳ありません。……どのような処罰でも受けます。ただ、もしも私どもに言の葉をお許しいただけるなら――」


小豆くんのつむじを、ボケッと見る。開いた口が塞がらない。

え? ワッツ? 謝られ……ん? ん? 小豆くんの口調がめっちゃ違う!!

 

「と、とりあえず中に入って。話、聞くから!めっちゃ聞くから!」


しかし小豆くんが顔を上げる前に、襖に手がかかる。きしと微かな音がして、私はまたも顎を落とした。彼は小豆くんのつむじをぎゅむっと手の平で押し、優しく叩く。


「……ったく。先行くなっつたろ。

卯月、無事でよかった」

「あ……う、うん」


カッと顔が熱くなる。私はいつから阿吽の狛犬になったのか。両手で頬を仰ぎ、急いで熱を追い払う。今そういうのいいから!

ハタハタする私を見て、蘇芳くんが眉を寄せた。ついで、のしっと室内に入ってきて、ぐいっと手首を掴まれた。


「なんぞ!?」

「わりぃ。怪我、してるんだよな」

「あ、へぇ。指をちょっとへへへ」


なんだー、怪我の心配かぁ。

それならまあ、変わったことではない。掴まれた手首は全然痛くないし、むしろ優しい、し。自分の頭が茹っているのが分かる。なにせ近い。うわー、蘇芳くんのまつ毛バシバシ、肌きめこまやかとかそんな無駄な観察力を発揮してしまう。

でも、蘇芳くんが部屋に入ってきてくれたのはありがたい。小豆くんも入っちゃいなYO!みたいなテンションで……

赤色の瞳が、一瞬き分閉じられる。その直後、空気が変わった。

肌が粟立つ。空気が重い。寒気がする。――ひとの私でも直感できた。これは、ヤバイ。


「小豆」

「……はい。茜様」

「お前たちは俺の許嫁を傷つけた。それは分かってるな?」

「ちょ、ちょっと待って!だから待って!お待ちになってー!」


言葉を遮られた、蘇芳くんがポカンとする。しかし構うものか。私は逆に彼の手を握った。


「なにかを決定する前に、小豆くんも蘇芳くんも私に説明する義務があると思うのですが!」

「……いや、卯月」

「あとこの傷は、自業自得です。小豆くん梅ちゃん蘇芳くんのご両親関係ないので!」

「だからな」

「事情説明以外聞きませんので!」


はぁだかふぅだか。

大きなため息が、ぽっかり開けられた口から漏れる。蘇芳くんは空いている手で、私のおでこを弾いた。


「たしかに俺は、小豆と梅に罰を与えようとしたけどな……

早とちりしすぎだ。バカ」

「まことですか!?」

「あとさっきからなんだよ、その面白口調」

「セーフティネットでございます!」


見開かれた赤い目に、やや開いた口。ちょっぴり間抜けな顔でも、蘇芳くんはびっくりするくらい美人だ。……やっぱり、萌黄さんと目の形が似ているなぁ。絶対地雷なので、本人には言わないけれど。

とにかく。

さきほどまでのヤバイ空気は吹き飛び、私は改めて二人に声をかけた。


「蘇芳くん、小豆くん。今回の事故について、詳しく教えてくれませんか?」



長机を挟んで、右に蘇芳くん。左に小豆くんが座る。二人の前には、私と同じ水まんじゅうと御抹茶。蘇芳くんが、お手伝いさんに頼んで持ってきてもらったものだ。いやー、同級生が「若様」って呼ばれているのを見るのって、ドキドキしちゃうね!

眉間にシワを寄せ、蘇芳くんがぐいっと御抹茶をひと口のんだ。


「まずお前の言う通り、あれは事故だ。

 転霊石は、転移先に「行く」ことを考えながら、石に触る必要があるんだが……」

「梅が、サヨリ様の手を離しちゃった、から」

「転移失敗して、別の場所に出ちゃった?

 梅ちゃんは……?」

「梅は、俺が中断させたから……」

「無事だったんだね、よかった」


しっかし、まるでゲームのバグみたいだ。下手したら、「*いしのなかにいる*」になるかも知れなかったのか。ワープっておっそろしい。一応聞いてみると、そういう事例はないのだとか。よかったよかった。


「うん、やっぱり事故だったんだね。解決解決!」

「そうもいかないんだよ。

 ……お前は俺の、……許嫁だからな」


許嫁のところが、ちょっぴり声音が下がる。ホラーはこれ以上ご勘弁願いたいのだが、蘇芳くんの目はマジだった。


「通例で行くと、首が二つ飛ぶ」

「つうれい」

「鬼の世界は、序列がなんでも優先されんだよ。

 色持ちの奴らは王様貴族、下位の奴らはその奴隷だ。21世紀だっていうのにな」


つまり。

自然と、小豆くんに目がいってしまう。小豆くんと梅ちゃんは、私を危ない目にあわせたとかいう、危機管理的な――。


「ま……ちょ!? だ……!」

「まて」


おでこが遠隔から弾かれる。あいたぁ!


「だから早とちりだ。俺はどっちかっていうと、お前に頼もうと思ってたんだよ。

 ……小豆と梅じゃなくて、俺に怒れって。必要なかったみたいだけどな」


ぽつんと言葉を零して、蘇芳くんが私の手を見た。正確には、指を。


「……悪い」

「ぜんっぜん、自業自得なので!」

「ほんっとに、お前……」


じとーっと睨まれた。どうやら、蘇芳の若様は何かしらの謝罪が必要だと思っているらしい。たしかになぁ。私これから、四色お屋敷行脚をしなくちゃいけなかったのに、ひょっとしたらケガで一回休み……あれ?私、反省の意を示して、謝罪文30枚くらい書くべきなのではないかな……?


「それじゃあ、お土産に水まんじゅうをください。六つくらい」

「わかった。他には?」

「他? えーと……んーと……」


思いつかない。けれど小豆くんは、まるで死刑宣告を受けるかのようにゴクリと唾を飲み、蘇芳くんも真剣な表情のままだ。ここは勇気をもって、私は胸を張った。


「ありません!」


蘇芳くんの遠隔デコピンが飛んできた。


 

ワープで紅緋さんのお屋敷に帰った小豆くんを見送って、私は黒塗りのリム……リムジンに乗り込んだ。一生に一度だと思ってたんだけどね!簡単に二度目になったね!

もっと目立たない車が小市民的にはありがたいのだが、そうはいくまい。何せ、蘇芳の若様が乗る車だからね。

そう。今回は山吹様ではなく、蘇芳くんと一緒なのだ。滑らかに音もなく動き出した、ラグジュアリーな密室でゴクリと喉を鳴らす。ふたりきり。いや運転手さんも入れて三人、三人だから……ひ、ひぇっ。やっぱり緊張する!


「他の家の挨拶周りだけど、次からは俺も着いてく」

「エ、お構いなく!?」

「……べつに、無理して行かなくてもいいんだからな。

 こーいうのは、こっちに任せてくれればいい」

「そ、それは、違うと思いますですね。やっぱりその、私のことで、ふ二人のことでもある、わけでございまして……」


ジッと。こっちを見ていた赤い目が、炎のように揺らめいた。

努めて感情を浮かべまいとしていたのに、なにかに、揺れてしまったような……。

――綺麗、だなぁ。

蘇芳くんが、微笑んだ。彼の綺麗な部分を集めて、冷たいところをそぎ落としたようなふしぎな笑みだった。

手が伸びてきて、私の髪の一房に触れる。


「だからなんだその面白口調」

「自己防衛です!」

「くっ……」


笑いを噛みしめる声に、自然と頬が赤くなる。でも、嫌じゃない。

制服のポケットで、黒文字の乗っていた紙がくしゃりと音を立てた。

私はこの紙に、【千年の恋歌 50】と書いた。

……これがあれば、何度も。何度も、思い出せる。忘れていることがあることを。そうしてそれができるのは、鬼だけだということを。

――蘇芳くんのこと、信じていいんだよね。

うん。そうだ、だって……

――蘇芳くんのこと、

でも。

――好きな

だから……


「卯月。名前で呼んでもいいか?」

「えっ。そそれではわ私も……茜様と?」

「あのなぁ」


軽く額が弾かれる。

信じてもいいんだよね。……自分の気持ちを。


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