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和風ヤンデレ乙女ゲームの脇役に転生しました?  作者: 千我
二章「夏は日向を、冬は木陰を」
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三十四話「文化祭本番・一」


六月二十二日、土曜日。

天気は幸いにもいい感じに、青空に日陰の雲がふよふよと漂っている。

校庭には体育祭の時も使用されたテントがいくつも立ち並び、けれど体育祭の時と違って、テントには生徒たちの手作り看板が下がっているのだ。

射的に、たこ焼きに、かき氷に焼きそばに、クレープ、カレー専門店、綿あめ……。

クラスごとの出店は勿論、部活や委員会での出店も認められているので、なんかもういっぱいいっぱいだった。すごい。我々一年生は、劇だけで手一杯だったというのに、先輩たち凄い。合同じゃない、分割だ!一人一つじゃない、三つ受け持ちだ!という声が聞こえてきそうな出店数である。

だがしかし。見事に食べ物系の出店ばかりだった。紅緋学園高等部の文化祭は、食の祭典といっても過言ではないかもしれない。あ、フリーマーケットもある! 

無論、演劇部や吹奏楽部など屋内での劇や演奏の出し物を行うところもあって、それは私たち、一年一組・二組の合同クラスもなのだけれど……。

私は、体育館で行われる出し物をまとめたプログラムを隅から隅まで読んで、きっちり真四角に折り畳んだ。

そして、自分のやや上――舞台を覆う緞帳を見る。

たぶん、そうしてジッと緞帳を見ているのは私だけではない。今この体育館に居る紅緋学園高等部の全校生徒、三百余人……の九割ほどが緞帳を見て首をひねっている筈だ。

いったいこれから、何が起こるのだろう?

あのくすんだ赤色の緞帳の後ろは、どうなっているのだろう?

そんなざわざわとしたざわめきを聞きながら、私は……必死で渋面を作っていた。


だ、だって、だって。あれですよ文化祭の開会式っていったら、あれでそれでどれ――。

というか本当にやるのかな!? やっちゃうのかな!? やってくれたら嬉しいけれど、でも、いや、いや……。


その時、ぴー!と甲高い音が鳴った。ざわめきがぴたりと止んで、緞帳がゆるゆると、上がっていく……。

舞台に並んでいたのは、生徒会メンバーだった。あ、爽やかな笑顔の山吹様と仏頂面の蘇芳くんも居る。しょっちゅう生徒会に出入りしていて、九月から生徒会入りする山吹様はともかく、蘇芳くんは生徒会に全く関係ないのに。

だけど、重要なのはそこじゃない。生徒会メンバー+蘇芳くん・山吹様コンビは、和服と学生服を混ぜた大正時代風の衣装を身にまとい、皆が皆、楽器の前に立っていた。

山吹様はベース、蘇芳くんはドラム、副会長くんがギターで、会計の女の子がキーボード。……そして我らが、新橋生徒会長が、マイクの前に立つ――ボーカルである。


「これから生徒会の出し物を開始する。皆、暫しの間よろしく頼む!」


新橋生徒会長が、いつもより声を張り上げた。周りの主に女子生徒たちが、「え?え?」と戸惑っているけど、皆きらきらと目が輝いている。うん、分かる。その反応、分かるよ。

もしかして、ひょっとして、これは――。

そんな気持ちに応えるように、あるいはぶったぎるように。始まりの音は、やけくそ気味な蘇芳くんだった。力強いドラムの音に、引っ張られるようにギター、ベース、キーボード……。

そして、会長が歌い始める。

低くて、甘い声が力強く。時に激しく、小気味よく。正直言うと、めっちゃうまい。びっくりするほどうまい。

さっきまで、ややつまらなさそうにしていた私の斜め前の男子生徒が、「え? 会長めっちゃ歌うま……」と言わんばかりに、ぽかんと口を開けている。ふふふ、驚きでしょう。さすが会長、マイゴッド! 無関心もイチコロだよ。だけど、実は驚くのはまだ早いのだ。


ボーカルが会長から、山吹様に変わる。こっちは会長と比べると歌の技術はちょっと下がるらしいが――といっても私の耳の性能が良いわけではなく、ゲーム中の主人公ちゃんの解説である!――、甘く囁くような声は切ない片思いの歌詞に見事にマッチしていた。


「や、やま、やまぶきさまーーー!!」


ついに女子から歓声が上がる。するとまるで堰が切れたように、「きゃー!」「わー!」「会長ー!」などと、時々野太い声が混ざりつつ、生徒たちが歓声を上げ始める。


「……くっ」


私は、くぅっと奥歯を噛みしめた。私も!私も、歓声を上げたいっ。めっちゃ応援したい! いや別に誰かに止められているわけでもないし、ゲームのプレイ中は、すごく画面の前で「きゃーっ」て言ってたよ! 

なんとこの「文化祭開会式」は、ゲーム中ではムービーが流れるのだ。オープニングかな? それともエンディングかな?というくらい、ぐりぐり動くムービーは、某動画再生サイトでオープニング以上の再生数を誇っていたと記憶している。

噂では、深緑くんと鳩羽君……攻略キャラクター五名が歌うボーカルCDも発売させる予定だったとか。発売されていたら、絶対に買っていた。その前に、私転生しちゃったけどねっ。

うん。だから、その応援すること自体に、抵抗は、ないのだけれど……。

私の隣で、蘇芳くんとよく話す男子生徒が、同じようにくっと唇を噛んでいた。

同志を見つけた気分で、彼に向かってぐっと拳を握る。けれど同志は気づいてくれなかった。残念至極!

 

私と、彼は……照れてしまっているのだ。

だって蘇芳くんと山吹様が居るんだよ!? マイゴッド会長と生徒会のみなさんがいらっしゃるんですよ!

声を上げたい。応援したい。だけど、みんなのように「きゃー!」や「わー!」が口から出てこない……主に気恥ずかしさのせいで!


せめて、拍手をタイミングよく!そして顔で嬉しさを表現しよう、いわゆる顔芸だっ!

そう思い、時に鋭く拍手を、そして常時笑顔でいると壇上の山吹様と目が合った気がした。うん、たぶん気の所為だけど、なんだかちょっと嬉しいような? なるほどこれがファン心理! あ、副会長くんとも合った……気がする。ん? 今、睨まれたような、いやいや気の所為だよねっ。

蘇芳くんは変わらず仏頂面で、けれどドラムを叩く目は真剣だ。会長は、いつの間にかベースを弾いている。会長、なんでもできますね会長……。あ、キーボードの女の子がそんな会長をきらきらした目で見ています。

そして再び、山吹様に視線を戻すと――山吹様は、ぱちんと片目を閉じた。ウィンクである。

 

「「「「きゃああああ!!」」」」


ひ、ひぇぇぇぇぇっ! すごい歓声、地響き! 地響きがする! この体育館で、局所的に地震が起こってないよね!? 女子の人気ではナンバーワンだよ、このイケメン、女たらし、イケメエエエン!

 

イケメンイケメンと心の中で叫んでいると、次の歌い手は蘇芳くんだった。蘇芳くんは、どちらかというと男子人気が高いし、ちょっとは静かかもしれない。

歌詞の内容は、切ない片思いから前向きな決意に移り変わっている。うん、これなら……。

ばん!

後ろで物凄い音がして飛び跳ねる。

ばん、ばん、ばん!

えっ。なにこれ、物が破裂している音?じゃなくて、もしかして……拍手!?


「蘇芳くーん!」

「蘇芳さまー!」

「ファイ!ファイ!ファイ!」


さきほどの女子より控えめに、だけど野太い応援が続く。あっ、同志もいつの間にか「蘇芳くんー!」って叫んでいる。くっ、くぅ……ここは恥ずかしさを捨てるべきなのか、ライブでの恥はかき捨て――そう、これは、ライブだ! マナーを守って楽しく観劇する分には、何の問題もないはず!


「っ、しゅおうく、が、がんばれ……!」


ひっ。

ひぎゃーーー! 噛んだ! 噛んだぁーー!!

顔がかぁっと赤くなる。だけど、この体育館で顔を赤くしていないものの方が珍しい。よって大丈夫、何の問題もなし。


「す、すおうくんがんばれ、やまぶきさんふぁいと、会長サイコー! 会計さん、副会長、ふぁいとー……」


しかし続けての応援は、とっても小さいものになった。顔の熱も未だに引かない。ぐぬぬ! そのうちにボーカルは、会長に戻り、歌と演奏は終わった。万雷の拍手が鳴り響き、体育館中のみんなの顔を眺めるように、新橋会長はぐるっと体育館を見回した。


「第百三回紅緋学園文化祭……みな、一緒に楽しもう。

 そして、最後まで聞いてくれて――ありがとう!」


そのとき。

私は、時が止まる音を聞いた。

覚悟していた筈なのに……分かっていた、筈なのに。

ここで、こう、くることは……!

覚悟が甘かった。ううん、覚悟なんてほんとうは出来ていなかったのかもしれないっ。


新橋会長の、満面笑顔――ごちそうさまです!


私の右横の女子生徒が「はひゃわぁ!?」と声を上げたことによって、私の時も戻る。

新橋会長の笑顔は、いつも淡い。微笑という言葉がぴったりで、それが会長に似合っているのだけれど、今日この時の笑顔は違う。こっそりと生徒会メンバーと山吹様・蘇芳くんと練習を積み重ね、その努力の成果をみんなの前で披露し、受け入れられて――。


『やってみようと提案された時は、驚いたが……なんにでも挑戦してみるものだな』


そう後に述懐する会長は、「楽しかった」と口にする。その豪華さと後日談つきという新鮮さで、会長イベント屈指の人気を誇るイベントなのだ。私も大好きでした。むしろ普段の完璧会長っぷりから、バンドというギャップに惚れ込みました。

だけど、ほんとうに凄いなあ。だって、ゲームの設定通りならば、会長は体育祭の辺りまでバンド経験はゼロだ。山吹様と蘇芳くんはちょっとかじったことはあったらしいし、出ている他の生徒会メンバーも多かれ少なかれ楽器の経験があったらしい。

でも、会長だけはゼロ。歌のうまさは元からなので、まったくのゼロというわけではないだろうけど……。

未知の分野でも全力で取り組んでマスターする、それが我らの会長だ。

さらに信仰が深まりました。これからも信仰心を高めてまいります!

歓声についで一緒に拍手も巻き起こる。ぐるりとあたりを見回してみれば……


「……尊敬します、会長」


鬼も人も。体育館中の誰もが、拍手していた。

鬼は人を見下していて、だけど人間は鬼の存在そのものを知らない。

そんな中で、どちらからも喝采を受ける会長は……ほんとうに、とても凄かった。

なりたいな。

ふっと浮かんだ思いに、自分でもびくっとする。だけど、同時にくすぐったくて、うーん変な感じ。

遠回りでもいい、砂利道でも山道でもいばらの道でも。

会長みたいに、鬼と人の橋渡しができる人に、……なりたい。

もう拍手のし過ぎで手がじんじんと痛いくらいなのに、私の拍手の速度は天井知らずに上がっていく。それは体育館内の誰もかれもが同じようで、天井が割れんばかりのみんなの拍手の音が響く。会長が驚きに目を瞠った後、再びマイクに顔を近づける。


「ありが……む?」


こ、声が聞こえてない。いや聞こえているんだけど、会長!かいちょー! 多分そのマイク、切れてます。切れてますー!

はらはらと見守っていると、スッと副会長くんがどこからともなく別のマイクを差しだした。ナイスです、流石です! 普段はツンドラでも、こういう時のフォローの速さと的確さは、流石です!

この間、およそ二秒である。副会長くんは迅速、というよりは神速だった。

新橋会長は、副会長くんに目礼してから、彼から貰ったマイクを口元に近づける。


「ありがとう、みんな!」


最後、またわー!と歓声が上がり、こうして紅緋学園高等部の文化祭は始まった。



熱気に包まれた会場もとい体育館を後にして、今度はガラケーを開く。

現在時刻は、十時二十分……ってあれたった十分足らずの出来事だったんだ。ううん、時間の密度が違った。ライブって凄い。

ええと体育館で行われる出し物は、十一時から、演劇部の劇。ホラーらしい。お昼の一時から、吹奏楽部の演奏会。その後の二時半から一時間、一組・二組合同の「かぐや姫」である。次の出し物は……ない。

これってトリじゃないかなって委員長に聞いたら、「新橋会長は二年連続だったらしいよ?」とさらっと言われた。それから、「まあ、二人がまとまってくれてよかったよねー」と頬杖つきながら、文化祭のプログラムで紙飛行機を折りながら言っていた。

 

「メール……は、」


私は、ガラケーの画面を見てぴたりと動きを停止した。し、新着メールが一件あらせられるっ。こ、これはもしや、もしや? ぷるぷると期待と不安に胸が震えてくる。でも、一般の人が入場できるのは十一時からだ。それは、昨日ちゃんと連絡してあるし、家から紅緋学園高等部まで来るには、車だと一時間以上かかる。

だから……ええい!もう開いちゃう! 広告メールだとしても、私はこのメールを開いて、読んじゃうからっ!


「From:黎

 Title:RE:

 着いた、駐車場。十一時になったら待ち合わせの場所に行くから」


そのメールを見た瞬間、私は風となった。



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