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和風ヤンデレ乙女ゲームの脇役に転生しました?  作者: 千我
二章「夏は日向を、冬は木陰を」
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三十三話「鬼無と勾玉」


ドキッ梅雨時ビックリ真夜中ホラーをお届けしてくれた東子ちゃんは、テーブルを挟んで正面に座るとじとっと湿っぽい目で私を見た。


「サヨリさん」

「ハ、ハイ!」

「私、怒っていませんよ」

「ハイ、スミマセン!」

「怒っていませんったら」


そう言って、つーんと唇を尖らせる。怒ってないようには見えないけど、東子ちゃんは怒りを堪えよう……としてくれているのかも知れない。それなら、よし! 私がびくびくオドオドしていたら駄目だよね。


「えっと、ごめんね。東子ちゃん。心配して、きてくれたの?」


少し迷って直球で聞くと、東子ちゃんは三秒ほど沈黙を貫いてから。


「……それもありますけど」

「し、心配掛けちゃってごめんね!でもほら、無事だしっ」

「私の考えているサヨリさんの無事と、サヨリさんの認識している無事の差異を感じます」


再び、じんめりとしたジト目!湿度に弱い私のハートに120%のダメージです!


「ご、ごめん……」

「……いいえ、私こそ。サヨリさんに八つ当たりしても仕方ありませんのにね」


そう言って、東子ちゃんが申し訳なさそうにしんなり眉尻を下げた。私は何度も首を振る。あああ、ちょっと自己嫌悪! メールで事態を知らせていたとはいえ、「鴇さんと小麦ちゃんと遭遇、目的不明です」とか「山吹系列の草王さんに七不思議に連れ込まれ、山吹様に助けられました」とかだった。

あまり詳しいことは書かないっていうのも、メールのやりとりをするときの決まりだったけれど、私が東子ちゃんからこんなメールを貰ったら、夜も眠れなくて不眠症になるかもしれない。


「こ、これから気を付けるねっ。ほら、文化祭が終われば、私の周囲もちょっとは落ち着くと思うし……」

「だといいんですけど……って、またいじわる言いましたね。ごめんなさい。今日は、サヨリさんの顔を見に来たのもあるんですけど、これからのことを相談しようと思ってきたんです」


ジト目としかめっ面のハイブリットになっていた東子ちゃんの顔が、ちょっとだけ緩む。


「これからのこと? ええと、私の持っていた勾玉や欠片を手に入れる以外……ってことだよね?」

「いいえ。勾玉のコト、です」


そう言って、東子ちゃんは眼鏡の奥の瞳をきらりと輝かせた。


「実は、……紅緋様が持っていた勾玉を、私が、触ることができたんです」


私はあんぐりと口を開けて、それから開けた口を両手で塞いだ。

って、え!? え、ええええええええーー!?

 


ひっそり静かに大きく声を上げ終わるのを待ってくれて、東子ちゃんが「まず」とぴんと人差し指を立てた。


「勾玉は、所有権のある持ち主から奪えない。もしも勾玉を手に入れる場合、所有権を所有者から譲られなければいけない……ですよね」

「うん、そうだね。たしか、強引に奪うと勾玉が強烈な熱と光を発したはず。他にも、しつこい者には、不幸が訪れる、とか」


その所為で、ゲーム主人公は家族とぎくしゃくし、周囲からもちょっと腫れ物を触る扱いを受けていた……という、ゲームでは、プロローグで語られる設定だ。そんなちょっとした呪いのアイテムにも思える勾玉だが、持ち主を守る力を持っているため、幾度となく主人公の危機を救ってくれる。故に、主人公からの勾玉の信頼は揺らぐことなく厚いのだ。


「ええ。現在の勾玉の所有者は、紅緋様。彼以外が触れると……手が焼けただれるかもしれませんねえ」

「今更ながらに、どうしてそんなことしちゃったの東子ちゃん!」


物騒なことをさらっと言った東子ちゃんに、控えめにバシバシと机を叩く。すると東子ちゃんは、しれっと。


「今日の午後に機会があったもので」

「午後ってお屋敷でもなにかあったの……?」

「サヨリさんになにかありましたから。……サヨリさんは、隠すことができないだろうと思ったので言わなかったのですが、サヨリさんは紅緋様の忍びに監視がされているんですよ」

「へ……!?」


思わず天井裏、そしてベランダの方に視線をやると、東子ちゃんが、「今は居ませんよ」と補足してくれた。


「忍の任務は、サヨリさんの昼間の行動を監視し、逐一、紅緋様に報告するだけのようです。護衛や妨害が役割ならば、そもそもサヨリさんは今日、行方不明になっていませんし……。今居ないと言えるのは、夜間はまったく見かけないんです。あの忍。

まあ、夜の学園から、外出することは難しいですから……」


衝撃だった。初耳だった。え!? 私、そんなじっとりした視線とか、誰かの人影とか見かけたことないよ? でも、言われてみればすこし納得できることもある。……日曜日に、鴇さんと小麦ちゃんの出会った時のことだ。

小麦ちゃんは「やっと見つけた!」と言っていたけれど、もしあのとっても目立つ二人組が、私たちを探してぐーるぐーると商店街を回っていたのなら、絶対目立つ。そして、千年の恋歌プレイ二十回越えの私が、立ち絵ありのサブキャラを見落とすはずがない。

すれちがっていた可能性もなきにしもあらず、だけど……小麦ちゃんと鴇さんが、喫茶店にやってきたのは、黎と喫茶店に入って十分くらい経った後だ。私たちを発見し、追いかけて入って来たにしては、ちょっと遅すぎる気もする。


だけど、あの二人が、私を監視していた紅緋様の忍から、情報提供を受けていたのなら――うううっ。今更ながらに、背筋がゾッとしてきた!


「やっぱり、そうなりますよね」

「ウン……」


多分、真っ青でカチコチーンに強張っている私の顔を見て、東子ちゃんがほんのりと苦笑い。東子ちゃんの予想は正しかった。ありがとう、今まで黙っていてくれて!

平常心……平常心……平常心。

明日も私はいつも通り……いつも通り……。

けれど、胸のうちに巣食った不安と、頭の隅にすうっと浮かび上がった嫌な予感が、消えない。

忍。

そういう設定の攻略キャラが居なかっただろうか。

そして、千年の恋歌をプレイしていた東子ちゃんなら、たとえ変装していようとそうだと分かる相手……。


「その、忍って……ふかみくん?」


音にした声は、震えていた。弱い!弱弱しいぞ、生まれたての子蟻以下の儚さをしているぞ、私!


「……だから言いたくなかった、なぁ……」


ぽつりと東子ちゃんが言った。

それがすべての、答えだった。



すーはーすーはーはー。何度か深呼吸して、ぱちん!と頬を叩く。深緑くんがちょくちょく私の前や、菫くん――さゆちゃんの前に現れていたわけが分かった。私の監視と、多分、紅緋さんと菫くんの連絡役だったのかもしれない。

深緑くんは、紅緋様の忍だ。紅緋様に与えられた任務を、忠実にこなす忍だ。でも、そんなことは出会った時から、分かっている。

そして私の大切なことも、もう決まっているのだ。

――深緑くんは、私の友達だ。


「よしっ! ごめん、復活しました」


最後にふるふると頭を振ってそう言うと、テーブルの上に手を乗せて東子ちゃんが緩やかに首を傾けた。


「サヨリさんは、いつでも前向きですね」

「ありがと! それで、どうして私が行方不明だと東子ちゃんが勾玉に触れたの? 怪我してない?」


東子ちゃんの白魚の手をじろじろと見る。うん、何度見ても爪の形まできっちりと整えられた綺麗な手です!


「圧倒的に負の感情ですけど、紅緋様はお姉さまのことを気になさらずにはいられない……ということです。それと、何も考えなしに勾玉に触ったのではないですよ」

「といいますと?」

「白鷺菫と、サヨリさんの約束のことです。サヨリさん、仰っていましたよね。「貸してあげるから、紅緋学園高等部で返してね」と約束した……と」


うんうんと頷くと、東子ちゃんが「けれど」と続ける。


「白鷺菫は、紅緋様に騙されて彼に勾玉を譲り渡した。このことから、私たちは紅緋様に勾玉の所有権が移ったと考えていましたけれど、重要なことを見逃していました。

 一つは、勾玉は所有者の意思で手放されるべきだということ。

一つは、約束に場所が明示されていること」


一本、二本。指を立てて、最後にもう一本、東子ちゃんは指を立てた。


「一つは、……サヨリさんと白鷺菫の契約は、譲渡契約ではなく、貸し借りの契約だったこと」

「ごめん、東子ちゃん。私、全然わかってない」


クエスチョンマークが頭の上で乱舞する。東子ちゃんは、自分の中の考えを分かりやすい答えにする言葉を探すように、とんっと人差し指で机を叩いた。


「つまりですね。勾玉は、まだサヨリさんのものなんです……

 という主張が、勾玉に認められたので私も触れました」

「へ!? というか勾玉って意思あるの!?」

「ありますよ。サヨリ様が持っていた勾玉、紅花の魂の一かけらなんですから」


そ、それは知っている。だからこそ、紅緋さんが欲しがっていたのだ。だけど、魂って意思――心を、持たないのではなかったっけ?


「ここで思い出してみましょう、サヨリさん。

 どうしてハッピーエンドには三つの勾玉の欠片が必要なんでしたっけ?」

「ええと、それは……

 悪鬼となり果てた紅花さんに主人公の持っていた勾玉の「魂」と、

 三つの欠片に宿っていた、「心」を紅花さんに、返すから、で……」


「魂」と「心」。

魂で元の体を思い出させ、心で自我を取り戻させる。二つが揃わなければ、紅花という鬼は救われない。

千年の恋歌のハッピーエンドを迎えるには、千年という長い時を悪鬼として封印された始まりの鬼・紅花を解放しなければならないのだ。


「学園のあちこちに隠されている勾玉が、三つの欠片に分かれたのは、それを持っていたのが紅花だから。最後の人の戦いの時、彼が懐に持っていた勾玉は、彼の心と共に飛び散ったと言われています。

 なぜ、勾玉とともに心が飛び散ったのか。彼がその勾玉を……愛した女性の魂の一かけらを、ずっと大切に持っていたから心が宿った。

それならば、紅花の魂の一かけらにも、大切に持っていた誰かの心が残っていたとしても、不思議ではないでしょう?」


ぱちん、と東子ちゃんがウィンクする。くるくる頭の上で乱舞していたクエスチョンマークが、私の頭上で燦然と煌めくエクスフラメーションマークとなった。たぶん。


「つ、つまり……東子ちゃんが凄いんだね!」

「どうしてそういう結論になるんですかっ」


今度は東子ちゃんが、ぺちぺち!とテーブルを叩いた。



つまり、勾玉の現状は、私から菫くんに貸して、菫くんが紅緋さんに貸して……みたいな又貸し状態になっているらしい。それは勾玉的にありなのだろうかと頭を抱えたら、「ギリギリアウトくらいだったから、私の主張が認められたのでしょうね」と、東子ちゃんがひょいと肩を竦めた。


「ですが、これは幸いなことです。勾玉がまだサヨリさんのもので、約束した時の条件――「紅緋学園高等部で返してね」が生きているのならば、紅緋様の屋敷に行って、サヨリさんが勾玉に触れるだけで、勾玉はサヨリさんの元に帰ってきます。

私が持ち出せればよかったのですが、私は約束とは何も関わりが無いので触れる以上のことは許してもらえなくて……」


心底残念そうな東子ちゃんの物言いにぎょっとする。

ちょ、ちょっと待って。ちょーと待って! だってそれ、東子ちゃんめちゃめちゃ危ない。東子ちゃんは、紅緋さんの屋敷で働いているから、紅緋さんの部屋に近づく機会はいくらでもあったのだろう。もしかしたら、紅緋さんの屋敷に居る「忍」の動向もある程度分かるのかもしれない。だから今回は、大丈夫だった。本当に大丈夫なのかちょっと不安だが、そこら辺の見極めは、部外者の私より東子ちゃんの方がうまいだろう。

だけど、勾玉を持ちだしたら……ダメだ。

どれだけごまかそうと、紅緋さんは絶対に気づく。気付いて、そのあとどうなるかなんて考えたくもないけれど、ある程度の予測は立てられる。

まずは持ち出した者の捕獲は絶対。次は、持ち出した者の家族、親族、親しい友人まで、紅緋さんの力が及ぶ限り連れてこられるだろう。

そして、彼ら全て……「外の人」として、扱われることになる。

これは、私にも言えることだ。けれど幸い、私の家族は遠方に住んでいるし、一番仲の良い友達であったさゆちゃんこと菫くんも、もうこの学園には居ない。

あと親しくしているヒトビトは、みな鬼だ。

東子ちゃんは、私が口を噤めている間に、逃げてくれれば……。


「東子ちゃん、今持ってきてくれた情報だけで十分だよ。

 だから、これ以上は」

「嫌です」

「東子ちゃんっ」


東子ちゃんは、キッと鋭く私を睨み付けた。


「でしたら、お姉さまも鬼無を手に入れるのを諦めてください」


断定口調の言葉に、ぽかんと口を開ける。

東子ちゃんに、鬼無のことは話していない。さすがにメールには書けないことだったし、何より危険すぎる。鬼無が祭られているのは、鬼たちの巣窟・紅花神社の本殿。摂社でさえ、あれほど怪しまれたのに、本殿にこそこそと忍び込んでいるところを見られれば、一発アウトの一撃K.O.である。たぶん命乞いも聞いて貰えない。

首尾よく鬼無を手に入れることができても、まだその刀を使うことはできないのだ。

紅花さんが封じられているのは、神社の地下。その地下への道は普段封印されており、その封印が解かれるのは九月から。

これは、ゲームでは特に明言されていなかったのだけれど、東子ちゃんが調べてくれたところによると、十月から始まる会議では、約百年前から毎年、鬼たちの厄除けの象徴として鬼無が使われているらしい。だが、鬼無は地下に居る紅花さんへの抑止力の一つでもある。

そのため、鬼無に代わる封印を施す為に、紅花さんが眠る洞窟へ続く道を開けて、結界の道具を設置するのだとかなんだとか。

……というのは建前で。

紅緋さんは、一年の四分の一だけではあるけれど、鬼無がない期間というものを作り出し、少しずつ……少しずつ……紅花さんの封印を解こうとしている。

鬼無の代わりの結界具というものは、形ばかりだけれど設置されるらしいし、そもそも鬼無は抑止力であり、本命の結界は紅緋さんでも手出しできないものらしい。

けれど、紅緋さんは気長だった。

ダムの底に、針で小さな穴をあけるような……そんな小さな穴をあけて。

百年もの間、少しずつ、少しずつ、紅花さんを目覚めさせようとした。

そしてそんな努力の甲斐あってか、見事に紅花さんを目覚めさせ、世界崩壊を早めてくれる鴨が葱を背負ってやってきてくれたというわけである。

むろん、こちらの紅緋さんにとっての鴨葱は、私と菫君だ。

話は逸れたけど、鬼無を手に取り、封印の道を通れるのは九月だけ。九月以前でも鬼無を手に入れることは可能だけど、なんの特別な力もない一般人が、結界なんてものを敗れる気もしない。一応、案は考えたけど……うまく行く可能性は、三割ほど。低すぎる。

それなら時間を置いて、準備を万全にしよう。頑張ろう。頑張らなくちゃ。

 

「どうして……」

「木刀、見ました。それに、世界を救いたいって言っていた人が、次善の策も練らないとは思えませんでしたから」


平板な調子と、落ち着いた声音。眉一つ動かさず、全てわかっていましたよと言わんばかりの冷静な顔。けれど、テーブルの上で組んだ両手が、すべてを裏切っていた。

 

「私、分かっているつもりです。サヨリさんの私への優しさも、自分がしなくてはという責任感の強さも……私たち二人とも、失敗したらすべてが終わりだからっていうことも」


でも、と少女の唇が、小さく震える。


「信頼しないでくださいと言ったのは、私です。あなたは、正しいです。でも、あなたは信じると言ってくれたじゃないですか。私は、そんなに……頼りないですか?」

「そ、そんなことないっ!」


思わず大きな声を上げた私を、じとっと東子ちゃんが見る。うっ、でも話してくれませんでしたよねというプレッシャーを、ビシバシ感じるぅ!

だけど本当にそんなことはないのだ。

東子ちゃんは、私よりずっとしっかりしていて頼りになるし、いつも励ましてくれる。信じてるって思う。でも、違う。

勾玉を手放し、現状を作り出したのはどんな理由があれ、私だ。

だから、私が――私が……。

頑張らなくちゃ。やらなくちゃ。絶対に、そうしなくちゃ。

壊したくなんてない。黎の顔が思い浮かぶ。お父さんの、お母さんの、東子ちゃんのさゆちゃんの……。蘇芳くんや、山吹様、桧皮さん、新橋会長に深緑くんの顔も、つぎつぎと浮かんでくる。

たとえそれが紅花さんを殺して、紅緋さんの心を壊すことでも。

それがすごく嫌で、嫌でたまらなくて、苦しくて、苦しくて……苦しい、ことでも。


「私が引き起こした事態だし、自分がすごく、すごく嫌なことを……東子ちゃんにもしてほしくなかったの」

「それは……やっぱり、頼りにしていないって、ことです」


潤んだ瞳で言われて、ぐっと言葉に詰まる。

私なりに考えた結果だったけれど、当の東子ちゃんにぱさっ!と切り捨てられてしまえば、それまでだよね。私の独りよがりで自分勝手な行動だ。それに、虫のいい話だけれど、やっぱりハッピーエンドを目指せる手があるのなら、諦めたくない。

なんてこんなことを紅緋さんに知られたら、「僕と兄上はあくまでついでなんですね、義姉上?」って、冷めた目で見られそうだ……。

そ、そもそも、紅緋さんが、私の勾玉をとらなければこんなことにはって思ったけど、本人からしたら、こんな世界滅びていいんだから守る価値もないんですよね!知ってます!


「だから、約束してください。

 勾玉を得るにしても、鬼無を得るにしても、どちらも危険な道です。

 もしかしたら、サヨリさんは一人で鬼無を得ることになるかもしれないし、

 私は、焼けただれた手で勾玉を掴むことになるかもしれない。

 ですから……、約束して」


そう言って、東子ちゃんが左手の小指を私に向けた。


「夏休みが終わったら、世界を救いましょう。それまで、勝手な行動はしないこと!

 ほう・れん・そうです」

 

眉を三角に釣りあげて、東子ちゃんがぴしっと言う。東子ちゃんは、やっぱり凄いや。これはもう、どっちが年上か分かったものではないね! 気持ちよく一本背負いされて負けたような気分になりながら、私は東子ちゃんの小指に自分の指を絡めた。


「うん、約束する。だから、東子ちゃんも危ないことはしないでね。

 私、東子ちゃんが怪我したり危ない目に合ったりするのも、すごく嫌だから」

「……それは私もなんですよ」


ぽそりと東子ちゃんがなにかを言ったけれど、あまりにも小さな呟きは正面に居ると言うのに聞き取れなかった。「東子ちゃん?」と声をかけると、彼女は笑って。


「ええ。ほん・れん・そういたしますよ、お姉さま」


弾むような声で言って、絡めた指を上下に振った。

 

ゆびきりげーんまん

うそついたらはりせんぼんのーます

ゆーびきった


えいっと勢いよく指が切られて、私たちはどちらともなく声を潜めて笑い出した。

ひとしきり笑ってから、すっかり普段通りの余裕のある表情に戻っている東子ちゃんに見えるように、すすす……と片手を上げる。


「あのですね、東子ちゃん。今度の土曜日に、文化祭が……」

「その日は仕事ですね」


仕方のないことだけれどあっという間に振られた! ちょっぴり肩を落としていると、東子ちゃんはくすっと笑って。


「でも、午後からは休みなので……来てみますね」

「東子ちゃん、ありがとうっ」

「サヨリさんの劇、楽しみにしていますね」

「ぐっ……た、楽しみにしててね」


眩しいっ。東子ちゃんの華やかではないけれど、口元にちょっと浮かぶ微笑が清楚で可憐で眩しいよ! テーブルの下できゅっと拳を作る。劇を頑張るのは勿論だけれど、ぜったい、二年一組のクレープ屋の食券を二枚手に入れておこう!



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