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和風ヤンデレ乙女ゲームの脇役に転生しました?  作者: 千我
一章「脇役に転生しました?」
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四話「この世界と勾玉の歌」


ぐるぐる悩む挙句、聞き逃してはいけないいろんなことを、聞き逃してしまった感のある私だが立ち直りは早かった。

いや、三十分あまりぐるぐるしていたから遅いかもしんないけど。要するに、わからないものはわからないのだ。

私の立ち位置は、主人公の友人キャラのひとりである少女っぽい。

彼女は、貴重なオープニングイベントにも立ち会うし、主人公――白鷺ちゃんと、同じクラスで、近くの席なのだ。でも、私は私の名前で、私の顔だ(おそらく)。とりあえず、顔を触ってみた感じは、とくに変わったところもなさそうである。


「はあ……」


ゲームの脇役キャラは、私に似ていなかったと思う。主人公の友人ポジで貴重な女の子枠だからね! それはもう和風美人でしたことよ。

あと、それから……前世。そう思って、なにか不思議な気がする。なにが好きだったとか、こうなる前まで、なにしていたとか。そういうのはよく覚えている。大学二回生で、あと、隠れオタクの乙女ゲーマー。そんでもって、主人公目当てで乙女ゲーを買うこともあるやつというのは私だよ!


可愛い子が好きです。

美少女は目の保養です。

プレイしている間は、姉か母親のような気分です。ときめくのは、攻略キャラ×主人公のカップリングです。


――そうじゃないから! ほんとそうじゃなくてだね。

私は、ぐっと拳を握り締めた。その拳は震えています、ほんとにとっても。ここは、乙女ゲーム「千年の恋歌」の世界だ。

ラスボスもヤンデレ、関係者はみなヤンデレの素質有。バッドエンドでは世界が滅ぶ。

そして、私は……今の、自分のことがよく分からない。

何故こうなったのか? 私はどうすればいいのか?幾ら考えても、わからないことは、わからないのだ。

だったら、これからやることを決めた方がずっといいと思う。私が、この学園で、やりたいこと……。


先生の話を、興味深そうに聞いている白鷺ちゃんと、つまらなさそうにそっぽを向いている蘇芳くんをチラ見する。ルートの決定権は、白鷺ちゃんにある。

彼女が誰とどんな物語を紡ぐかによって、鬼の世界は様変わりしていく。そして、それに引きずられるように、人の世も。

 

握りしめた拳を解いて、私はお祈りポーズになった。物語の主人公は、白鷺ちゃんだ。彼女にしか、世界は変えられない。世界の崩壊をとめることも、彼女しかできない。

だったら、そう、関わらなくていいのだ。実際、友人ポジの彼女の出番は、ほぼ共通ルートだけ。どうして記憶を無くしてしまったのかを探しながら、私は、私の物語をつづればいい。

だけど。

もし、世界が崩壊してしまったら。

……ここが、もし「一週目」に類する世界なら。


全部もしだけど。私が、しなくてもいいことだろうけど。

落とし穴があると知っていて、落とし穴を埋めるスコップと土を持てていたら。

主人公がバッドエンドに踏み出すその時、袖を引っ張れる存在になれるかもしれない。

世界を救っちゃったり……できるかも?

なんて思って、ちょっと笑ってしまい、慌てて唇を引き締める。笑い事じゃないんだ。しようと思うだけなら、簡単なことなんだ。そして、きっと。現実にはものすごく難しいことなんだ。でも。私は――世界を救いたい。いや、救う手助け、かな。だって、ゲームの知識を持っている私にしかできない事だって、あるのだから。


……そんな風に調子こいていた時期が、一時間ほど、私にもありました。


実は、千年の恋歌という乙女ゲームは、一回目は誰のルートを通っても、ベストエンドにはならない。グッドエンド、もしくはノーマルエンドなのだ。で、二週目からは、オープニングが追加される。

そのオープニングの中で、意味あり気に映るいくつかの場所。

紅花くれない神社、校舎の一室、石碑の下。

そこに、断片となってあるのだ。タイトルにもなっている、「千年の恋歌」が。

――千年の恋歌の歌詞を主人公がすべて手に入れることによって、世界の破滅を防ぎ、各キャラのベストエンドにたどり着くことが可能になる。


そして、「神社の歌」は、今日しかとることができない。

理由は単純明快。紅花神社には、常にメインキャラクターやモブキャラが居るから。おまけに、神社は鬼にとってかなり重要な場所なので……なんかやってるのが見つかるとあれでそれだよ! ちなみに、序盤のバッドエンドというのが、初日以外に神社を調べることだよ!

初見殺しと呼ばれたイベントを思い出しながら(ちなみにここで、現段階ではまだ出会っていないキャラのCGがゲットできる)、ぶるぶると震える。行くなら今しかない。文字通り、今日しかないのである。よって、私は、寮へ移動する際にこっそりと抜け出した。寮への道が分からなくなる? 大丈夫大丈夫。

なにせ私は、千年の恋歌を二十回以上クリアした猛者だ。たとえ、サブキャラクターの名前を覚えていなくても、全体マップで周囲の建物の位置関係は、しっかりと覚えている。

セーブロード繰り返しましたからね。血眼になって、イベントアイコンを探しましたからね。

なにより、今の私はやる気に満ち溢れていた。使命なんて言い方すると照れくさいけど、なぜか、前世というか「私」の記憶だけあるんだし。ひょっとしたら、「私」の記憶があるのも、記憶喪失に関係しているのかなと関連付けずにはいられない。


「白鷺ちゃん、暫しのお別れですっ」

「え、うん? お手洗い? 気を付けてね、卯月さん」


白鷺ちゃんは、手を振って見送ってくれた。とても眼福でした、ありがとうございます。あ、一緒に居た蘇芳くんもチラ見してくれたよ! 白鷺ちゃんは頼んだからね、蘇芳くん!!


そんなこんなでさっき途中まで行った道を今度は校舎から歩いていき、私は神社にたどり着いた。百段近い石段の後、石でできた鳥居をくぐる。

辺りを囲む木々。石畳。端から端にかけられた竹のうえに、ひしゃくが置いてある、手水舎。社務所はなく、摂社はひとつだけ。

両側に石灯籠がある参道は、まっすぐに拝殿へと向かっている。

拝殿の奥にあるのは、瑞垣に囲まれた本殿。ラスボスその一が眠る場所である。


「はあ、雰囲気あるな……」


大きく息をついて、私は神社の清澄な空気を肺に取り込んだ。

それから手水舎に向かい、手と口の中を清めて、財布から迷いに迷った末、五百円玉を入れて、二礼二拍手一礼しておいた。お祈りして目を開け、ごくりと唾を飲み込む。

指先がちょっとだけ震えているのだ。

……や、やれるんだろうか。私に。主人公じゃないのに、とることはできるんだろうか?

私は、油の切れたロボットのような動きで、境内の端にある、摂社へと向かった。

そこにも賽銭箱に五百円玉を入れて、お祈りする。

目を開けて、覚悟を決める。やるしかない。ここまできたのだ。……白鷺ちゃんは居ない。そして、記憶持ちかと疑った、蘇芳くんもここには居ない。多分彼らは知らないのだろう。知っているのは、私だけ。


「……わたしはうたう、きみにせんねんのうたを」


パンパンと二回、拍手を打って、息をのみこみ、耳を澄ます。

けれど、一秒たっても、三十秒経っても、辺りはシーンとしている。

……何も起こらない。他になにかあったっけ? なにか必要だったっけ? やっぱり主人公じゃない私には無理なのだろうか。


不意に、カチ、と何かが嵌めあう音がした。


私は急いで、摂社の扉に手をかけた。

扉は、きぃと音を立てて開いた。扉の奥は簡素で、ただ、小さな石が置いてある。一見するとただのゴミに見えなくもないソレに、私はごくりと唾を飲みこんだ。

勾玉の……欠片だ。色は、緑。白鷺ちゃんの勾玉と同じ色だ。


「……っっ」


ガクガクブルブルと震える指先で、勾玉の欠片を摘み上げる。

その途端、頭の中に、歌声が流れる。女の人の、密やかな声。だれかを想う歌の一節。ゲーム的に言うと、オープニングの歌詞の一部である。私は、勾玉の欠片を、財布の中にあったレシートに包んで、慎重に財布の中に入れた。

そしてこれまた慎重に扉を閉めて、カチッと音がなるのを聞く。

よしよーし。第一段階クリア! やったよ私、よくやったぁああ!! 前世の記憶ありがとう! 残っててくれてありがとう!


「ねえ、そこの君。いったい何してたんですか?」


後ろから聞こえた声に、私はぴしんと固まった。

あれー、今日一日、人って来なかったんじゃないかなー?

入学式が終わって、寮に着いて、それで、自由こうど…………。

やってしまった……!!!


「ん。聞こえてないのかな」


とんとん。肩を叩かれる。思わず振り向いてしまった。

神社の境内。さやさやと梢の囁く音が聞こえる静寂の場所。そこには、金髪金眼のきんきらきんな美青年が、にっこりとしていました。


「あ、えーと……き、聞こえてます……」


私は、目を反らしたくなるのを堪えながら、がくがくと首を縦に振った。

さらさらな金髪は、肩より少し上。おかっぱより短いくらい。金色の瞳は、猫の目のようであり、琥珀のような鈍い色にも見える。そしてなにより、美形だ。蘇芳くんがワイルド系イケメンだとしたら、こっちは拝みたくなるタイプの美形だった。

うん。攻略キャラですね。知っています、見覚えあります、聞き覚えあります。


「それはよかった。ところで君、新入生ですよね?

 こんなところで何してるのかな」


美形さんは、新入生を怯えさせないようになのか、柔らかく優しく微笑んだ。

私の頭は、高速フル回転する。

さっきの見られた? ……どうだろう、いつ頃から彼が来ていたのか、さっぱり思い出せない。見られていたなら、一巻の終わりだ。多分、勾玉はとりあげられ、よくて記憶末梢。悪くてシャバからおさらばである。でも、もしかしたら、カマかけられている可能性もある……。うう、わからん!


「えと、じ、神社が見えたので、お参りを……」

「あ、そうなんですか。ありがとうございます。神様に代わってお礼を言わせてくださいね」


ぼく、ここの掃除とかよくしてるので、と金髪美形が、きらめく笑顔で続ける。

私はがくがくと頷いた。コメツキバッタ、いやちがった。がくがく動くあれがあるよね。首ふり人形。あんな感じがさっと頭の中をよぎる。


「あ、イエソレホドデモ! あ、あの、私、この辺で……!」

「はい。あ、寮までの道は分かりますか?」

「だだだだいじょうぶです!」


勢いよく頷くと、そうですか、と彼は微笑んだ。

……ちょっと不審に思われているかも知れないけど、確信までは持たれていないんじゃないかな? よし、よしっ。一刻も早くここから逃げよう。

お辞儀をして、別れの挨拶を済ませて、私は彼に背を向けた。彼は、とくに引き止めることもせず……


「ああ。でも、摂社の扉を開けようとはしないで下さいね」


がくがくこくこく。

背を向けたまま全力で頷いた後、私は走り去った。前途多難である。



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