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和風ヤンデレ乙女ゲームの脇役に転生しました?  作者: 千我
二章「夏は日向を、冬は木陰を」
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三十話「文化祭の話・四」


私が買った木刀の重さは、たぶん一キロもない。だけど天井ぎりぎりまで持ち上げて、下に振り下ろすという動作を十度ほど繰り返すと、あっという間に腕が震え、息が上がった。


「う、うそぉ」


それでもなんとか、あと十度ほど振って、床に座り込む。せ、拙者、もうこれまででござる。この腕は、もはや木刀を振るうことも叶わず……。

だが、しかし。日本刀は、木刀の倍以上の重さらしい。慣れない人が振るだけで、腕がパンパンに膨れ上がるとも聞いたことがある。

夏休みに剣道教室へ通おうかな。刀を扱うなら、居合術のほうがいいんだっけ? ……あ

とでちゃんと調べてみよう。

木刀の柄を撫でて、すぅっと息を吸い込む。

いつものことながら、前途多難である。だがしかし、私も慣れてきたのだ。もうこの程度の困難では挫けないぞ。

もう一度、木刀の刀身を撫でて立ち上がる。お風呂に入ってさっぱりしつつ、腕もしっかりマッサージだ!



「あ、いたたた……いたたた……」


腕をぷるぷると震わせ、私は机の上でごろごろんと転げまわる。案の定、翌日の私は筋肉痛だった。ボタンを留めるのにも一苦労するほどの筋肉痛に転げまわる私を、隣の席の蘇芳くんが、ちょっぴり気遣わしげに見てくれる。

やめて蘇芳くんっ。その「なにか悪いものでも食べたのか?」的な視線! ただの筋肉痛、筋肉痛なのです!


「卯月、今日大丈夫か?」

「だ、大丈夫っ。練習も授業も問題なくぬかりなくいけますからっ」

「や、そっちじゃなくて」

「ん? そっち……」


他に何かあったっけと黒板の方を見る。その時、黒板近くの扉がゆっくりと引かれた。


「失礼します。一組の山吹朽葉です」


涼やかな声が朝の教室に響き渡り、あんぐりと口を開けた私に、蘇芳くんが頬杖をついて「こっちな」と軽く目を伏せた。



ところで紅緋学園高等部では、文化祭の約一週間前から、ちょっと授業形態が変わるのだ。いつもの授業は午前中で終わり、午後はまるまる文化祭の準備に当てていいことになっている。事前に届け出をしておけば、商店街のみだが外出の許可も出る。

ただし。一日に外出の許可が下りるのは、二クラスまで。そして出かけられるのも、クラス全員ではなく、一クラスにつき最大十名までだ。

制服着用や、私費での買い物の原則禁止などその他にもいろいろと細かいルールはある。だが、今の私の前に立ちはだかる、最重要なコトは最初の二つなのだ。

一日に外出の許可が下りるのは、ふたくみまで……。

外出できるのは、一クラスにつき最大十名まで……。


まさか。まさか、まさかだよね? 祈るような気持ちで、山吹様の方を見ると、私の視線に気づいたのか山吹様はにっこり笑って、黒板にマグネットで一枚の用紙を張り付けた。


「蘇芳くん、桧皮さん、三葉くん、卯月さん。今日はよろしくお願いします。

 他六名の方も、三葉委員長と相談してこちらで決めてしまいましたが、参加は強制ではないので、他に用事がある場合はそちらを優先してくださいね」


そう言って、涼しげな笑顔のまま山吹様は「失礼しました」の声と共に出ていく。一瞬後、女子たちが飛び跳ねるように黒板に向かい、男子も「まー一応見ておくか」という感じで、黒板の前に集まっていく。


「ねえ、蘇芳くん。私たちの参加って……じゆうさんかでは……?」


念のため、こっそり小声で尋ねてみると、蘇芳くんはごく自然に頷いた。


「諦めろ」


なるほど、自由はないんだね!



指名された十人のメンバーのうち、七人が鬼で三人が人間だった。男女比は男子がちょっと多いかな。

ちなみに、私には誰が鬼であると分かる検知機能はついていないが、二か月も共に過ごせば、なんとなーく分かってくることもある。この人、普段は先生にすらタメ口なのに、蘇芳くんには敬語なんだな、とか。蘇芳くんが近くに来ると、顔を真っ青にする子もいるなあとか。

そういうもろもろの積み重ねと、あとひとつ。

鬼は苗字で分かるのだ。

色持ちである蘇芳くんと山吹様は分かりやすいよね。名前も苗字も、色の名前。これは、桧皮さんにも苗字のみだがあてはまる。

桧皮は、桧皮色――暗い灰みの黄赤色だ。

これは、色持ちと呼ばれる鬼の中で強い力を持つ一族と、その分家筋にあたる家のみにあてはまる法則だが、実は鬼全体が「色」に関する苗字を持つのだ。

単なる色は、色持ちではない一族は家名にすることはできない。

ならばとつけられたのが、花や石の名前。

例えば、新橋の家の傘下ならば、青色の石や青色の花の名前を苗字にする……といった具合だ。

委員長は確実に鬼なのに苗字で惑わされたが、名前まで入れてみると納得した。委員長の名前は、三葉木通(みつばあけび)。三葉木通の実は紫色なので、たぶん紫の鳩羽――菫くんの実家に関係するお家なのだろう。ちょっと分かり辛いけどね。

とまあこんな風に、苗字の法則を知っていれば、鬼は鬼だとわかりやすい。

ゲーム知識に基づく法則とはいえ、判断するのが私なのでちょっと間違いはあるかもしれないし、過剰に警戒するのも逆に警戒されそうである。

だがしかし。さすがの私ものほほんとしてはいられない。

鴇さんと小麦ちゃんが、本当に私の顔を見に来ただけなのか、それとも別の用があったのか分からない。けれど、私は親しみを感じる庶民な鬼さんたちではなく、山吹の長女と、蘇芳の当主を、一日で一本釣りしてしまったのである。

昨夜、鴇さんと小麦ちゃんのことをメールしたら、夕飯の支度の時間だというのに、東子ちゃんはすぐに返信をくれた。

 

『お姉さまの宝を、絶対に手放さないように』


短く、端的に。最大級に、警戒すべしの意味だ。木刀を振る前に、私はガラケーの前で深々とお辞儀してから頷いた。

学園から出なければ、たぶん二人との接触はないだろう。こういう時、人間との融和を歌う紅緋学園はありがたいです。いろいろ抜け道はあるんだろうけど、紅緋さんの御膝元だしね!

こちらからの接触はできるはずもない。だから相手の出方を待って――そう思っていたのに、昨日の今日でバック・トゥー・ザ・商店街である。山吹様と蘇芳くんが居る一年一組と二組の合同チームより先に、外出許可が下りるところがあるとは思えなかったけど、けどねっ。


「私、ラッキーカラーは黒にする……」


のっぺりと机に張り付き、ひとり決意する。隣の蘇芳くんが眠たそうにくぁと欠伸をもらした。



そんなこんなで午後。一組、二組ともきっちり十名ずつ、計二十名で学園の門をくぐる。一クラスにはなろうかという集団の中心に居るのは、無論、山吹様と蘇芳くんである。

山吹様の周りには主に女子が、お付の侍女のように侍り、蘇芳くんの周りには主に男子が、武士団の頭領の周りを固めるように囲んでいる。


「うわあ、どっちも近づきたくない」


と、斜め前で委員長があっけらからんと毒づく。うん、その意見にはこっそり賛成したいけど、私には口に出して言う勇気はないよっ。桧皮さんがめっちゃこっち見てるから! 「今なにか仰いまして?」みたいな眼力を感じませんか、委員長ー!

しかし委員長は、桧皮さんの視線を全部まるごとスルーして、くるりと私の方を向いた。


「卯月さんは行かなくていいの?」

「えーと、委員長。どこへ?」

「あそこ」


と言いながら、委員長が侍女軍団と武士団を指さす。


「たまには友人と離れたい時もある……委員長もそんな時ない?」

「え? 君、あの二人と友人のつもりなの?」


ざくっ!と委員長の何気ないツッコミが胸に刺さる。委員長、ちょっとその凶器と書いて毒舌と読むを仕舞って!お願いだから片付けて!


「私が一方的にそうなれたらいいなあと思ってるだけだけどね」

「ああ、そっち。それでも随分と思い切りがいいなあ」

「それって褒められてる?」

「無謀と勇気を履き違えてないように祈ってるってトコ。

 ――でもあの二人は止めといたほうがいいと思う。

 これは僕にしては珍しく、親切心からの忠告」


委員長が少しだけ立ち止まって、私の方を振り返る。眼鏡の奥の瞳は、よくよく見てみると黒ではなく暗い紫色だ。私はまじまじと委員長の顔を見た。

もしかして、委員長。まさか委員長……。


「三葉くんって、優しいねえ……」

「ちょっといきなり名前呼びになって距離近づけてこないでくれる? 見て、鳥肌立ったんだけど」


そう言って、委員長がぷつぷつと粟立つ腕を擦る。前言撤回、委員長はやっぱり委員長だ。



委員長と話しているうちに、いつの間にか商店街についていた。前の方を見てみると、山吹様と1組の委員長が、どうやら班分けをしているようだ。こちらの2組の委員長は行かなくてもいいのかと思って斜め前を見ると、委員長は私が目を離した一瞬で、蘇芳くんと合流していた。委員長は鬼の一族ではなく忍者なのだろうか。そんな疑惑がふつふつとわき上がる。

そして五分後。山吹様と1組の委員長は、さっささと20名の学生を4つのグループに分けた。ええと、あそこの桧皮さんがリーダーしているグループは、衣装係から頼まれた服飾関係を回るグループかな。1組の委員長がリーダーのグループは、男子ばっかりだ。なんだろう、「竹」って言っている気がする。その隣のグループも男子で固められており、やはり「竹」と言っている気がする。

まさか当日は、体育館の舞台に竹林が出来るんだろうか。あはは、まっさかー……と笑い飛ばせない。できそう。ものすごく青々とした竹林を舞台に、おじいさんが竹を切っているのが見える気がする。今から覚悟だけはしておこう。

あと、板とか、うんうん。男子は主に大道具で……。あとに、残るのは……。


私と、私と、私だけだ!


気づけば、ひとりぽつねんと立っていて私は戦慄した。

私、余り? 偶数なのにボッチ!?

視線をぐるぐる彷徨わせていると、桧皮さんと目が合った。桧皮さんは青い目を丸くした後、はあとため息をついて、ちょいちょいと私を手招く。

手招いて、くれた……!

桧皮さんは女神か! うん、ボッチに手を差し伸べし、ちょっとツンデレお嬢様口調の女神だ!


「ひ、ひわださああああんー!」

「ちょっとひっつくんじゃありませんわよっ」


しゅたたっと側に寄ると、しっしっと追い払われる。うん、分かってます。腕一本分はきちんと離れるよ!と思って離れると、桧皮さんが「なんでそんなに離れますの?」みたいな顔をした。ちょこっと側に寄ると、満足げに金髪ふわふわウェーブが揺れる。かわいい。


「山吹様、卯月さんはこちらでよろしいのですよね?」


桧皮さんが自分のグループを振り返り、山吹様を振り返る。あれ? 山吹様の周りに居るのって、蘇芳くんと、委員長だけだ。ひょっとしてあそこが奇数だったから、私が残っちゃったのかな。

うーん。それにしては、なにかちょっと引っかかるような……?


「ええ、そうです。桧皮さん、よろしくお願いします」


山吹様が、薔薇の花束を差しだしているかのように、とっても華やかな笑みを浮かべる。

それに、ぽっと頬を染める桧皮さん。二人の会話が終わると、みんなグループごとに行動を始めた。……うーん、私の気の所為だったのかな? うーんと腕組みしていると、桧皮さんからぺちりと腕を叩かれる。


「いきますわよ、卯月さん」


青い瞳が、ごごごと静かに燃えていた。桧皮さん、めっちゃやる気に満ち溢れてる……!

こんな彼女の前で、ぽやぽやすることは許されない。私が「うっす!」と声を上げると、桧皮さんが、ナマケモノが動いた瞬間を見たような顔になった。

ごめん、姉御に付き従う舎弟の気分だったんだよ……!



そして……。

それから……。

ここは……。


「どこ……?」


商店街の片隅(希望)で、私は、ふたたび一人ぽつねんとしていた。




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