三話「座席とささいな謎」
さて、青赤メインキャラ二名と、主人公さんと接触した私ですが。
残念なことに、とても、残念なことに今更気づいてしまいました。紅緋学園高等部の女子制服は、古式ゆかしくセーラー服。白いセーラーをしっかりと結んで、黒いブリーツスカートをたなびかせるのです。
……スカートにはポケットがある。
そして、そのポケットから出てきたのは、ちいさな財布と、個人情報の固まりである「携帯電話」。ちなみにスマフォではなくガラケーである。未来のフォンである。
機種も、私が向こうといっていいのか、前世――といっていいのかで、使っていたそれだった。
この、衝撃かつ私の知能指数を疑うべきことに、主人公さんと蘇芳くんと一緒に教室にたどり着いて席についた時、私はようやく気づいた。膝から崩れ落ちそうになったね……!
けれどどうにかそれは免れて、私は初老の優しそうな男の先生が示した廊下側の四つの席のうち、主人公さんの後ろの席に座った。ちなみに、主人公さんの隣の席は、蘇芳くんである。
メインヒーローで、主人公さんの隣の席なんて、もう妬けるね!
ところで私の隣の席も空いているんだけど、これはどういうことだろうか。
「おい、そこ俺の席だ」
「……え」
蘇芳くんの言葉に、私は自分の席を見た。
ここが蘇芳くんの席? ……ひょっとして、この隣が、主人公さんの席?
前に居る主人公さんを見ていると、彼女はきょとんとこっちを見ている。その隣の席には、誰も居ない。
ど、どういうことだろう。主人公さんと私が席を間違っているのか?
いや、待て。ちょっと待って。席を立ち上がりながら、私は心の中で呻いた。
千年の恋歌の主人公には、ユーザーネームすらない。昨今では主人公が可愛い!主人公目当て!という層も居るのに、専用キャラグラフィックは、ステータス画面のミニキャラのみ。徹底した主人公と言う色を薄めているのだ。
つまりなにが言いたいかといいますと、名前……!
そうか、そうだよね。
デフォルトネームがないのなら、どんな名前になるかわからないんだ。ゲームでは当たり前のように隣の席になっていた蘇芳くんだが、現実世界では、新入生とか、クラス替え直後とかは、席は名前番号順。そういうあれなのだ、きっと。
と思ったところで、私は頭を抱えた。その横で、さっさと蘇芳くんが席に着く。
空いている席はふたつ。
立っている人間は一人。
私は、救いを求めて担任の教師を見た。
にこにこしている。おじいちゃん教師の笑顔は癒しだった。
ど、どうしよう。ここで携帯電話を取り出してプロフィール確認したら、さすがに没収されるよね。むしろ不審だよね。
かといって、二分の一にかけるのも、もし、また蘇芳くんの時のように間違ったら……。
ぐるぐる悩む私の目に、ふと、蘇芳くんの机の上に投げ出されるようにして置かれている座席表が目に入った。
もちろん、それは蘇芳くんの隣の席や、主人公さんの隣の席にもある。蘇芳くんも主人公さんも、この四つ空いた席から、コレで自分の席を割り出したのだろう。
おねがいします、どうかお願いします何かヒントくださいヒントっ。
困ったときの神様頼みをしながら、座席表をちら見する。
主人公さんが座っている席の名前は――白鷺小百合。これが主人公さんの名前か。
さゆちゃんって呼んじゃだめかな。隣は、井上東子……これが、私の名前?
続いて、蘇芳くんの隣を見てみる。卯月サヨリ。私はその名前を二度見してしまった。
「どうかしましたか?」
「あ、す、すみませんっ」
ばたばたと頭を下げてから、蘇芳くんの隣の席に座る。卯月サヨリ。
……それは、私の名前だった。
これ、転生でも憑依でもなく、異世界トリップなの?
けれど困惑する私をよそに、携帯電話のプロフィール欄には、しかと「卯月サヨリ」と載っていた。配られた生徒証の写真も、名前も私の物で。
なんともお腹の中でなにかが、ぐるぐるとうずまくような、妙な心地になったのだった。