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和風ヤンデレ乙女ゲームの脇役に転生しました?  作者: 千我
二章「夏は日向を、冬は木陰を」
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二十二話「長くて短いお別れを」


翌日の夜、急遽さゆちゃんのお別れ会が決定した。

主催は桧皮さん。共催は蘇芳くん。場所は女子寮の一階リビングになった。

寮母さん監督のもと、リビングだけならと許可が下りたらしい。もちろん、二階以降に上がろうとすれば、その者は寮母さんの本気を見ることになるとかないとか。

私は、あまりの怒涛の展開に、桧皮さんにべったりとひっついていた。


「卯月さん、ほらこのジュースをそっちに運んでくださいな」

「うん」

「次は、こっちですわよ」

「うん」


指示を受けて、リビングのテーブルに、ペットボトルや蘇芳くんたち男子陣が買ってきてくれた軽食やお菓子を並べていく。うん、よし。これはここでいい。そういえば、このお菓子や食料の出所は、購買――ではなく、学園の外のお店なのである。事前に外出許可を申請していれば、休日なら学園の外に出ることができるんだよね。

平日は、あれです。権力次第です。蘇芳くんとか会長とか山吹様ならあたりなら、平日でも午後八時までなら出放題ではなかろうか。

紅緋学園高等部は町のどのあたりかというと、ちょっぴり郊外よりだが、徒歩十分ほど歩けば大通りに出る。大通りの近くには駅があり、その周辺にお店やらなんやらある商店街みたいになっているのだ。多分、みんなそこの商店街で買い物してきたんだよね。

商店街かあ……ゲーム中は、文化祭の買い出しとかでちらっと出てくる程度だったけども!

気になる。すごーく、気になる。

そ、それに休日に外出届を申請しておけば、その、黎やお母さんとお父さんに会えちゃったり?たり?するのかな!

外に出る時は東子ちゃんにも相談した方がいいよね。「ほうれんそうを大事にしていきましょうね」とぴっと人差し指を立てていた妹分を思い出し、私は力強く頷いた。

よしっ、よーし! やる気がもりもり沸いてきたけど、とりあえず次は紙皿だ。

配る。次はコップ。配る。次はお箸。配る。目の前に誰かの影。避ける。目の前に誰かの腕。避ける……と思ったら、目の前の誰かは器用に私を避けつつ、行先を遮った。


「卯月」

「あっ。蘇芳くん。まだ準備中で……買い出し、ありがとうね」

「……」

 

赤い目が、なにか言いたげに見てくる。ん? なんだい? 私は今、準備で忙しい――

ちらっと周囲を見回す。あっ、いつの間にか指示をくれていた桧皮さんが居ない! そして、いつの間にか他の準備が終わって、男子生徒たちも来てる! 


「卯月」

「う、うん?」

「頑張りすぎだ。すこし休め」


そう言って、蘇芳くんは私のおでこをぴんっと弾いた。鬼である蘇芳くんは、デコピン一つで私の頭を粉砕できるほどの力を持っている筈だが、ぜんぜん痛くない。

さゆちゃんも、ううん鳩羽くんも……これを毎回、味わってたのかなあ。


「うん……、ありがと。へへ、元気出た」

「そうか」

「ちょっと張り切りすぎちゃったみたいで」

「ああ」

「蘇芳くん、寂しくなるねぇ」


ぴんっとまたおでこを弾かれた。今度は、ちょっと痛い。


「それはお前の方だろ」


……そうか。そう、だね。



常にない賑わいを見せる女子寮のリビングには、一年二組の女子生徒はほとんど来ていて、別クラスや二三年と思しき人もチラホラ居る。

対して、男子生徒はぐっと数が少ない。幸いなことに、山吹様は居なかった。

総勢、三十余名。ああ、だから私はあんなに人を避けていたのかと納得できる人数だった。

ちらりとテーブルを見渡してみると、あきらかにコップの数が多い。五十個くらいある。あとで回収しておこう……。

自らの失敗を横目で数えていると、上座の方に立つ主催の桧皮さんが口を開いた。その横にはさゆちゃん。共催の蘇芳くんが居る。あ。蘇芳くんと目が合う。さっと逸らされた。なんだ、見ちゃだめだったのか。うんうん、あっちを向いておきますよ。ごめんね。

ちらっと視線を逸らすと、さゆちゃんいや鳩羽君の――ええと、うん。さゆちゃん!

今は、さゆちゃんで押し通す!――さゆちゃんの顔が見えた。

ちょっぴり、緊張しているようである。胸の前で手を振ると、さゆちゃんはぱちくりと瞬いて、くすっと笑ってくれた。そうこうしているうちに、桧皮さんが男子生徒たちの労を労い、場所の提供をしてくれた寮母さんに礼を言い、さゆちゃんへとバトンを渡した。


「では、白鷺さん。挨拶をお願いしますわ」


桧皮さんの言葉に、みんなの視線がさゆちゃんに向く。さゆちゃんは、小さく息を吸い込んだ後、ゆっくりと口を開いた。


「本日は、私のためにこのような会を設けていただきありがとうございます。

 ……は、ちょっと固すぎるので、もうすこし楽な感じで行くね」


小さく笑いが漏れる。さゆちゃんもその笑い声で緊張が取れたようで、彼女の顔にはさっきまでなかった笑顔が浮かんでいた。


「私は、今月いっぱいで学園を辞めます。

 随分急になっちゃったけど、でも、ここが嫌でやめるんじゃありません。

 みんなと過ごした二か月は、とても楽しかったです。だから、後もう少しだけだけど、よろしくお願いします!」


さゆちゃんはそう言うと、深々と頭を下げた。


「うん!」

「さゆりっちが居なくなるって、寂しいなぁ」

「白鷺さん、ほんとに転校しちゃうんですね……!」


集まった生徒たちが口々に言う中、蘇芳くんが口を開くと、まるで皇帝が勅令を発したときに立ち会ったかのように、さっとみんな黙った。私もお口をチャックである。


「後は、話したり、食べたり、好きにしてくれていい。

 ただ、ここを貸しきれるのは夕方の十七時まで。それ以降の男子生徒の寮の立ち入りは厳禁だから」


蘇芳くんの注意事項が終わると、みんな少しの間様子を窺っていたが、次第にさゆちゃんと話したり、思い思いに食べ物を摘んだり、話したり始めた。私は、鶏肉と鶏肉とポテトを皿にとった後、さりげなくコップを片付けて、隅に寄った。

さゆちゃんは、リビングの中央で、女生徒に囲まれている。

どうやら、何人かの子に泣きつかれているようだ。困ったような顔で、曖昧に笑っている。

桧皮さんは、女子生徒たちを叱咤する役らしい。ぷりぷり怒っているのが見えた。

混じりたいなあ。さゆちゃんとはもう一緒の部屋ではないから、終わってから寮の部屋でお話ってできない。

だけど、私はみんなの中で一番、さゆちゃんと話していた自信がある。

だからちょっと遠慮すべきかなー、なんて。すみません嘘つきました、ホントはめっちゃ寂しいんです!

さゆちゃんと話したら、絶対泣く。確実に泣く。涙の洪水が止まらない自信がある。

最後の方でちらっとお別れしにいこう。泣く時間は極力少なくしたい。ひょっとしたら、時間が短ければ涙ぐむ程度で済むかもしれない。

私は鶏を貪り食った。洪水に備えて、体力をつけねばなるまい。


「……卯月、お前」


肉食獣と化した私に、蘇芳くんが心持ち、身を引きながら声をかけてくる。ちょっと待ってね、今五本目のフライドチキン噛みちぎってるから。顔の前で手を立てると、蘇芳くんがますます微妙な顔になった。


「どうしたの?」

「いや、なんでもない」

「え? そう?」

「お前、鶏好きだったのか?」

「うん? 揚げてもよし煮ても良し焼いても良し、飼っても良しだよね。あ、でも、犬とか猫も好きだよ!」

「そうか……」

「蘇芳くんは何が好き?」


鶏にちらっと視線をやって尋ねると、蘇芳くんはゆっくりと首を振った。


「とくにない」

 

あれ? 蘇芳くんって野菜の方が好きだっけ。それとも海鮮? なんだったかなーと考えていると、また赤い瞳がなにか物言いたげにこちらを見ている。


「どうかした?」

「行かないのか?」

「ん、ちょっと人多いし。あとでいいかなって」


ひらひらと手を振ると、蘇芳くんが眉間に皺を寄せる。ううん、これは蘇芳くん、私を心配してきてくれちゃった的なあれかな! いやー、蘇芳くんにここまでさせるとは私の魅力も捨てたものではないな~~。


「……形がある別れは、珍しいぞ」

「え?」

「後悔するなよってコト」


蘇芳くんの目が、さゆちゃんの方を見る。形のある別れ、かぁ。蘇芳くんが言うと絶妙に重い。――違うな、私が勝手に落ち込んでるだけだ。

だって、まだ。

体育祭の話もしてない。文化祭だって一緒にしたかった。弟妹会話ももっとしたかったし、休日にお出かけしたり、他にも、まだたくさん――

 

「うん、ありがとう。いってくるっ」


そう宣言すると、蘇芳くんが小さくふって笑う。がんばれ、と応援されているような気がして、私はぐっと親指をつきたてた。


女子寮のリビングは、そりゃあ広いと思う。たぶん二十畳くらいあるんじゃないかな?

そんな広さ抜群のリビングは、テレビが置いてある左側と、大き目のテーブルが置いてある右側に分かれる。どちらにもソファが置いてあるけれど、テレビがある左側のソファの方がふっかふっかだ。

閑話休題。

むろん、お別れ会の主な会場は、テーブルがある方である。誰かがつけたらしい、テレビの音をバッグミュージックに、私は主賓のさゆちゃんの元へと歩み寄った。こちらの方を向いていた桧皮さんが、あらと声を上げる。


「あら、卯月さん。やっと来ましたのね」

「うん、桧皮さん……さ、さゆちゃんっ。私も、混ぜて頂いてよろしいでしょうか!?」

「もちろんだよ、サヨちゃん」


にっこり笑ってのサヨちゃん呼びに、じんわりと視界がにじむのを感じる。まてー! まだまだ早いっ。早いったら! 丹田にぐーっと力を込めるけど、私の涙腺堤防は刹那、いや虚空も持たないのかーっ。左からぽろっと零れてきた涙を手の甲で拭うと、今度は右がぽろっと零れる。そして、あっという間にぼろぼろと号泣する卯月サヨリの完成である。


「サ、サヨちゃん……っ」


ああ、さゆちゃんが両手をぐるぐる回しながらおろおろしている。さゆちゃんを困らせるのはまったくもって本意ではない。はやく泣き止まねば、泣きやまねば……無理だ!

それなら、さっと言ってさっと去る方式に切り替えなければなるまい。心なしか、この場の誰よりもマジ泣きしている私から、みなさんスススッと離れているような気もするし。気のせいだよね!うん!


「さゆちゃん、あ、会えて、よかっ……よかったよ。別の学校に行っても、げ、」

「サヨちゃん、ちょっとこっち来て!」


ぐいっと手首が引っ張られて、斜め前につんのめる。さゆちゃんは、私の手首を引いて、一陣の風のようにリビングから駆けだした。



「いきなり、ごめんね」


食堂横の給湯室に飛び込んださゆちゃんは、そう言って胸の前で手を合わせた。うん、可愛い。じゃなかった。首を振り否定すると、さゆちゃんはちいさくありがとうと言った。

むしろありがとうを言うのは私の方だ。さゆちゃん、きっと私に気を遣って連れ出してくれたんだよね。パーティーの主役なのに。


「私こそ、ありがとう。さゆちゃん。涙も止まったから……」


そろそろ帰ろう、と言いかけて口を噤む。青色の瞳を見つめて、私は三本の指を立てた。


「さ、三分だけ、時間ちょうだいっ。あ、今でなくても後でもいいから! 三分貰えれば、完璧にお別れの言葉を言ってみせるから!」

「あのね、サヨちゃん」

「は、はい」


ぴしゃんと背筋を伸ばした私を、さゆちゃんが青色の瞳でじっと見つめる。な、なんだろ? そんなにじろじろ見られると恥ずかしいというか、今のわたくし大変酷い顔をしていると思うので、見ないでー!見ないでー!


「――ごめんなさい」

「へ?」


ぽかんと口を開ける私に、さゆちゃんは深々と頭を下げた。


「わたし……昨日からずっと、早くここを出なくちゃ、小百合にこれ以上迷惑かけられない。みんなをもう騙したくないって、ずっと、思ってたの」

「う、ん……」

「早く、早くって思うばかりで全然、実感がなかった。でも、……でも、っ」


さゆちゃんの感情の揺らめきに呼応するかのように、瞳の青色と菫色が混じりあう。どうしよう。さゆちゃん、今にも泣きそうだ。ハ、ハンカチ! ハンカチはどこだ! あった右ポケットー!


「みんなと、サヨちゃんと別れるの……寂し、ぃ!?」


さゆちゃんの語尾がグルンと上がる。びっくりしすぎたのか、さゆちゃんの瞳は完全に菫色になっていた。私は喋る前に顔を両手で覆った。


「ご、ごめん。さゆちゃん!いや、今、泣きやむからっ。すぐだから!」


うわーん、あんまりだよ! ノータイムで涙腺決壊、ダム崩壊って私!私! どんだけさゆちゃん好きなんだっ。正直とっても大好きです!


「さ、さよちゃ」

「こ、これは……うれし涙っ。嬉し涙なの! さ、さゆちゃんが、ここにまだ居たいって思っててくれたのかもと思ったら、嬉しくてデスネっ。だ、だからあの」


ああ、もう。私、ほんと酷い。泣きじゃくりながら、言うつもりじゃなかった。最後は泣いちゃっても、その時だけは笑顔でいたかったのに。でも、涙が止まらない。

だって、さゆちゃんが「まだここに居たい」と思ってくれていた。ここでたくさんしたいことがある、離れたくない場所だって……思ってくれた。

だから。両手を退けて、口元を上げる。今の私は、きっとハイパー満点笑顔だ。


「……さゆちゃん、今までありがとう。私、さゆちゃんと一緒に居られて、すごく、すごく楽しかった。楽しかったよ」


菫色の瞳から、ぽろりと涙がこぼれ落ちる。それに私はぎょっとすると同時に、息を呑んだ。鳩羽菫は、どんなに辛い時でも涙を流さない。流せない人なのだ。どんな辛い時にでも無理して笑う彼に――妹の話をしたときでさえ、彼は、最後には笑ってみせた――、主人公は思う。

それは鳩羽くんの優しさで強さだ。でも、人を気遣うあまり、彼は泣けなくしまっているのではないだろうか、と。

鳩羽菫が、涙を流せるのは、エンディング間近。地下に封じられた紅花に、主人公が連れ去られ、いくつもの苦難の末にようやく出会えた時だ。

だから、鳩羽菫は泣かない。私が、主人公でも――きっと、私の前では。

でも、私の前に居るのはさゆちゃんだ。優しくて、律儀で、弟(妹)が好きで。私の大好きな、さゆちゃんなのだ。


「わ、たしも……。私も、だよ。サヨちゃん」

「うん……」

「ありがとう、サヨちゃん。ありがとう」


目の端に浮かんだ涙を拭って、さゆちゃんが微笑む。


「もどろっか、さゆちゃん」

「うん、ほんとにいきなりごめんね」

「だいじょぶだいじょぶ」


濡れタオルで一緒に目や鼻を冷やしてから、私とさゆちゃんはお別れ会場に戻った。会場は変わらずに賑やかで、戻った私とさゆちゃんを見て、桧皮さんが腕組みして。蘇芳くんはちらっと一瞥してきた。横を見るとさゆちゃんは、あっという間に女子に囲まれていた。ぐぬぬ。


その翌日、火曜日。

さゆちゃんは部屋に荷物を取りに来て、そのまま寮を出て行った。

台車に乗っけたダンボール三個の荷物と共に去っていくさゆちゃんの背中を、玄関から見送る。

あ。ブレザーの男の子が走ってきて、さゆちゃんに抱きついた。ひょっとしてあれが、さゆちゃんの弟もとい妹だろうか。

肩を寄せ合って歩いていく二人が見えなくなるまで見送って、私は部屋に戻った。

荷物の引き渡しで、特別に一時間目は遅刻してもいいことになっているけれど、サササッと行こう。そうしよう。


テーブルの上に置いた鏡の前で、自分の姿をチェックしてから、私はふと室内をぐるりと見回した。左右の壁際に置かれた二つのベッド。天井につけられている電灯。二人で囲むにちょうどいいテーブル。

でも、さゆちゃんが使っていた箪笥の中身は空だし、ベッドの上の布団もシーツもない。

本当になにもなくなっちゃったんだなぁ……。ほんと、あっという間に。すぐに。


「あ」


テーブルの下に敷いてあるカーペットを見て、ちょっぴり笑いたいような、泣きたいような気持ちになる。このカーペットもさゆちゃんの私物だったけれど、せっかくだから使ってと置いて行ってくれたのだ。

私、このまま二人部屋なのかな。……一人部屋に移ったりするのかな?


「いやー、それはないね。うんうん」


だって、紅緋学園高等部の寮の一人部屋は、基本的に鬼の一族の物なのだ。だから私はこのまま二人部屋続行だろう。


「うんうん……って」


私、さっきから独り言が多いなあ。あははは。

すこしだけ、ほんのすこしだけ。自分のベッドの縁に腰かけて、天井を見上げる。そのとき、携帯電話が軽快なメロディを鳴らした。え!? なになに、なにごとというか携帯ごとというか、ど、どこだっけ!? どこー!

あわててスカートのポケットや、鞄の底をひっくり返していると、なんとテーブルの上にあった。ちょっと待って、私さっきそこを見たのに!

携帯を開いて、受信メールのボックスを開く。誰からだろう? ひょっとして父さんかな。そう思ってみてみると、メールは……ちょっとだけ意外な人からだった。


『From:白鷺菫くん

 Title:白鷺です。

 

 白鷺です。無事、家に着きました。

 ご協力、感謝します。

 それでは、また。サヨちゃん』


生真面目な文面を読むにつれ、私の頬はにまにまと……ゆるゆると!緩んでしまっていく。

そうかそうかー、菫くんはこんなメール、なんだね。当たり前だけど、「さゆちゃん」とは文面が違う。でも呼び方は一緒で、ちょっとむず痒い。これぜったい呼ばれたら恥ずかしい奴だ! でも大丈夫です。さゆちゃんは私の親友だから!

もう一度メールを読み直してから、ぱたりと携帯電話を閉じる。返信は、今日、帰ってきてからだ。


「よーしっ、がんばろう!」


ぐっとガッツポーズを作って、えーいっと立ち上がる。鞄を掴んで、私は急いで寮の自室を出た。


送別会が終わってから、私はさゆちゃんに「本当の名前」と「メールアドレス」を教えて貰った。以前の携帯電話は、学園に入る際、紅緋校長から渡されたもので、転校と同時に返却することになっているらしい。なんだか、妙な妨害を感じる気がするけど、気の所為だということにしておこう。

その時、教えて貰った名前は――鳩羽菫、ではなかった。アドレス交換の際、思い切って尋ねてみたら、「白鷺菫だよ」と返ってきた。顎が落ちるかと思うほど口を開けたけれど、同時に納得もした。

鳩羽は、父親の苗字だ。ならば、白鷺が母親の苗字で……父親に引き取られていないさゆちゃんが、「鳩羽菫」と名乗ることはないのだ。


さっき、さゆちゃんが出て行った寮の玄関口。そこもえいやっと越えて、私は校門の方を見た。もう二人の姿は見えないけども……。

 

「……さゆちゃん、またね」


一番初めに会った人。ゲーム主人公改め、攻略キャラクター。――私の友達。

白鷺小百合は、たった二か月で私の目の前から去っていったのであった。




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