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和風ヤンデレ乙女ゲームの脇役に転生しました?  作者: 千我
二章「夏は日向を、冬は木陰を」
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二十話「未来対策会議・一」



足音はすぐに保健室の前にやったきた。

控えめなノックの後、静かに扉を開く音がする。

足音を忍ばせてカーテンを開ける。保健室に入ってきたのは、蘇芳くんだった。


「……卯月」


小さく目を見開いたと思ったら、蘇芳くんはほっとしたようにため息をつく。

なんだろ、この反応。鳩羽くんを見て安堵するのは分からないでもないけど、私に安心要素は、あ――ったぁぁ!

浮かんだヤンデレ義弟の顔にいくぶん青ざめる。

蘇芳君の立場なら、私が紅緋さんのお屋敷に連れて行かれたのを知っていてもおかしくない。だから私の顔を見てほっとしたんだね。よかった無事に戻ってきたんだ……って蘇芳くん優しすぎかっ!


「何かあったのか?」

「ううん、なんにも。

白鷺さん、さっきちょっと起きてたけど、今は寝てるよ」

「……そうか」


軽く頷いて、蘇芳くんはさゆちゃんもとい鳩羽くんの居るベッドのカーテンの裾をつまみあげ、少しだけ中を覗き込んだ。


「よく寝てる」

「うん。さっき、寝ちゃって――」


言葉が宙に浮く。

私はパクパクと口を開け閉めしながら、無駄に自分の頬をつねった。

やさしい。蘇芳くんの眼差しが、優しい。

蘇芳くんって、普段はこう気だるげというか、やる気が薄いと言うか、なんにでも、斜に構えているところがあるんだけど――今は、そういうのが一切ない。

――こ、これって、もしかして……蘇芳くんってば、さゆちゃんじゃなかった鳩羽くんいやさゆちゃんのこと――好き、だったり……

さゆちゃんを女の子だと思っている蘇芳くん。

かたや、転校するというさゆちゃんもとい鳩羽くん。

蘇芳くんに真実を告げるべき? でも、それは鳩羽くんの役目だろう。

何より一番大事なのは、二人の気持ち。そういえば、鳩羽くんの気になっている人って誰――でもあれを言っていたのも妹さんだったのかな? 


「起こしてもいいけど……とりあえず、このまま連れて帰るか」

「う、うん。私、背負うよ! 同室だし」

「……は」

 

軽く言葉を途切れさせたあと、蘇芳くんが沈黙する。


「……」

「蘇芳君?」


返事がない。どころか、眉間にシワまで寄ってきた。

蘇芳君に限ってそんなことはないだろうけど、私が一緒に居ると不都合なことが――ないよね、蘇芳くんだもの。

厳しい顔でさゆちゃんを眺めてから、蘇芳くんはやけにきっぱりと言い切った。


「白鷺を起こす」

「う、うん……?」


蘇芳くんが、さゆちゃんの肩を揺らす。けれどそれは、ゆっさゆっさという優しいものではなく、ゆさゆさゆさ!という、なかなかハードなものである。さゆちゃんがやや苦しげな寝言を上げた。


「蘇芳くん。もうちょっと優しく……」

「うぅ……。サヨちゃんと蘇芳くん?」


止める前にさゆちゃんもとい鳩羽くんが起きて、額に手をやる。頭痛い、とぼやくさゆちゃんに、蘇芳くんは「もう放課後だから起きろ」と言った。その声音は、なぜだかちょっぴり冷たい。


「うん、おはよう」


目蓋をこすってから、さゆちゃんが起き上がる。ふわふわの黒髪は揺れるけど、エクステは取れなかった。よかったー!

ほっと一息ついていると、さゆちゃんがジッと蘇芳くんと私を交互に見る。


「どうしたの、さゆちゃん?」

「えっ……えと、サヨちゃん、さっき……

 やっぱりなんでもない! なんでも、ないです!」

「ふーん」

「……へぇ」


いつぞやの弟のような返答をした私の後に、蘇芳くんが据わった目でさゆちゃんを見据えた。視線を受けたさゆちゃんが、蛇に睨まれたカエルのように固まる。

まるで魔眼だ。蘇芳くん、いつのまに魔眼なんて使えるようになったんだろう。

だけど、ね。

ここまでのことがあれば、さすがの私も気づいた。

さゆちゃんと、蘇芳くんが、ドキドキの甘酸っぱい関係とはちょっと違うんじゃないかってことに!

だって乙女ゲームの主人公(偽)と乙女ゲームの攻略キャラクターだよ!?

泣きはらした目で眠る主人公を眠ったままにするどころか起こし、あまつさえ向けるのはなんか冷たい視線。普段の二人を知らなければ、不仲なのでは?と思うよね。

――これ、二人の間に何か誤解があるってことなのかな。はてさて、聞いてみてもいいものか。


「卯月。先、帰ってて。白鷺と話があるから」

「わ、わかった」


密室の美少女美少年。

どきどきする組み合わせだが、この二人に限ってそれはなさそう。

さゆちゃんが何度も首を縦に振っているし、何より相手が蘇芳くんというのもある。私の蘇芳くんに対する好感度は、ゲーム時のキャラクターへの信頼もあるけれど、ここ二か月ほどで着実に積み上がっているのだ。


「なにか用事があったら、すぐに呼んでね」


二人の了解の返事を聞きながら、寮に向かう。

とりあえず私は自分の部屋に帰って、さゆちゃんを出迎える準備をしよう。

まずはお菓子とお茶かな。いや、一刻も早く寝たいかも。


「さゆちゃん、お風呂に入れるかなぁ。

 一応、準備だけはしと……」


がらりと保健室の扉が開く。すると仏頂面の蘇芳くんと、ブルブル震えるさゆちゃんが顔を出した。


「え? どうしたの、二人とも、」

「お風呂! お風呂の準備はいいから!」

「わかった。シャワーだね。

 何かほかに準備しておくこと……って……

 あの、蘇芳くん?」

「卯月」


蘇芳くんの目が冷えていた。

熱く打たれた直後に、急激に冷やされた鉄のように目が、冷え冷えとした視線をさゆちゃんに向けている。


「白鷺は帰らない」

「え!?」

「今日から寮母さんの預かりになる」

「そ、そうなの……?」

「う、うん。そう……みたい……」


こくりと頷くさゆちゃんは、スライムとか小鹿のごとく小刻みに震えている。

怖がってる……! どう見ても、さゆちゃん怖がってるよ……!

さゆちゃんの怖がっている姿を見た瞬間、私の心に火が付いた。保健室まで引き返して、二人の前に仁王立ちする。


「だ、だめ!

 さゆちゃん……一緒に、帰ろう!」

「えっ……あの……ぅぅ」

「卯月」


焦げた鉄のような瞳が、こっちにも向く。正直言うと怖いです。いくら蘇芳くんといえど、鬼相手って常に魅了を使われる危険性があるしね。

――でも、怖がってるさゆちゃんを放っていけない!


「何があったのか分からないけど、こんなに怖がらせるのはよくないと思う! あと、同室の寮生としても、いきなり同じ部屋の子が説明もなく移動なんて納得できない!」

「……男」


なぜだか、蘇芳くんがさゆちゃんを見ながらそう言う。

なんでそんな当たり前のことを言ってるんだろう、蘇芳くんは。

……ん? あれ? どうして蘇芳くんがさゆちゃんの性別を知って――あっ。

ぽかんと口を開けた私に対し、さゆちゃんもとい鳩羽くんは、今にも倒れそうな顔でぺこぺこ頭をさげた。


「す、蘇芳くんには、入学式の時に気づかれて……そ、それから、ずっと協力してもらっててっ」

「あ、ああ。う、うん。そうなんだ……? えっと、その……」

「バラしたんなら、これ以上女子寮には置いとけない」


端的に言う蘇芳くんに、頷くしかない。

何より私は顔を赤くして黙るしかなかった。さっき……!さゆちゃんから男だと教えてもらったのに……!なんでなんの違和感もなく、一緒の部屋で過ごせると思ってたの私!?

 

「あ。え。あ……っと。す、蘇芳君、ごめん……」

「コイツがややこしいのが悪い」


さゆちゃんをでこぴんしてから、蘇芳くんはひらひらと手を振った。でこぴんされたさゆちゃんは、文句を言いつつも怯えた様子はない。

――こ、これって、完璧に確実に、私の勘違い……!

恥ずかしい。スコップがこの場にあったら穴を掘って埋まるレベルの恥ずかしさ。


「そ、それじゃ、あの……

 二人とも、さよなら!」

 

頭を下げて走り出す。今度は二人とも、声はかけてこなかった。

ぷるぷる震えながら、私は寮の自分の部屋に帰った。さゆちゃんもとい鳩羽くんは、寮母室に泊まることになったらしい。桧皮さんが、眉を寄せて腕組しながら教えてくれた。



夜。私は、ベッドの上で天井に向かって、憂鬱なためいきをついた。

一人きりの夜なんて初めてだ。ほんとは初めてじゃないんだろうけど、どうも初めてな気がしてしまう。前世はともかく、今世のこの十一年。勾玉を手放してからの長い間は、どうも自分の記憶として受け入れがたい。

写真や動画を見ているのとは、また違うんだよね。写真や動画には、撮った人の気持ちが映る。何があったのか。どうして撮ったのか。そういうのが残り、映る。

だけど、私の十一年にはそれがない。定点カメラで撮影した映像を、ひたすら見ている気分なのだ。

実感がない。主観もない。気持ちも、感情も、どこにもない……。


「前世を思い出す前って、どんな子だったんだろ」


まあ、勾玉を手放してからも特に不審に思われていなかったから、自我の薄い子供だったのかもしれない。前世の記憶が塗りつぶしちゃった可能性もある、けど――


「……なんかしよう!」


私はカッと目を見開いた。

今まで、さゆちゃんに遠慮してできなかったあんなことやこんなことができるのだ。

具体的に言うと、特性お手製メモ帳バージョンアップとか。今夜は寝かせないぞーオールナイトだぞー!


「ん?」


ベッドから起き上がり、ぱちっと明かりをつける。かちっという軽い音と共に、二色光が辺りを照らす。

そこまではいい。いつも通りだ。さゆちゃんが居ない以外は。

ただ、なにかが聞こえる、ような……?


こん! こつん……こんこん!


私は、テーブルの上にあった消臭剤をにぎった。武器になりそうなものは他にはなかった。窓際に姿を映さぬよう、壁に背中をくっつけながら移動して、ベランダに出る窓の見える位置にくる。

こつん。

窓に、小石が当ってベランダに跳ねた。

私は、消臭剤を構えながら、窓を開けてベランダを見た。


ベランダには誰も居ない。ただ小石が数個落ちている。ええと、それなら……あれ?

暗闇の向こう、寮より少し離れた位置の地面。

腕組して仁王立ちしている、黒いライダースーツの眼鏡美女が立っていた。



眼鏡美女の指示に従って、ぶんなげられた縄を受け取り、ベランダの手すりに結ぶと、彼女がするすると縄を上って二階にやってくる。その様は、まるでくのいちだ。黒いライダースーツの忍。なんかかっこいい。

じゃなくて!!

私は、縄はそのままでいいという彼女を押し切って縄を回収し、ベランダの隅にまとめておいた後、彼女を部屋の中に連れ込んだ。


「あの、何の御用ですか? というかなんでこんなところから」

「いきなり悪かったわね。呼び出しも考えたんだけど、こっちの方が手っ取り早いと思って」

「は、はあ」


眼鏡美女もとい、紅緋さんちの女中さんは、黒髪をふぁさとなびかせながら、最近、さゆちゃんの実家から送ってきたカーペットの上に座った。

私は、机を挟んで反対側に座る。

いきなりの展開でついていけない。何故こうなる。何故こうなった。

だけど、彼女の姿を見ていると、私はやっぱり彼女に見覚えがあるような気がする。


「突然だけど、私の名前、分かる?」

「いえさっぱり」

「……そう。そっちは思い出してないのね」


眼鏡美女さんは、眉を寄せて考え込んだ。その言葉に、私はぴんと来た。まさか、もしかして。いや、でも私がそうなのだから、可能性はある。それなら彼女に見覚えがある理由も分かる。


「もしかして、千年の恋歌をご存じですか?」

「……あたり」


眼鏡美女は、大きく目を見開いた。それから、口の端をあげて小さく笑う。なんとなく嬉しそうな感じだ。うん、私も嬉しい。やっと会えた同郷の……いいや、同じ世界の人だ……!


「ただ、名前や姿には多少の差異があるんだけどね。あなたは?」

「え、ええと。まったく、なんの……」


違いもない。私はもう一回、彼女を上から下まで見た。無礼千万ではあるが、どうにも気になる。ただ、私の知り合いに夜中にくのいちばりに縄を駆使して壁を登る人は居ない。無論、彼女がこちらに来てから身に着けたものかもしれないけど……。


「私の名前は井上東子。

 ポジション、いえゲームの役割は、「主人公の友人役で情報キャラ」ね」


ぴっと人差し指を立てて言った眼鏡美女もとい井上さんに、私はあんぐりと口を開けた。

どうみても、同年代には見えない。大人の色香が漂っていますもの。

それに、井上東子さんって、「幻の同級生」だ……!!

外部受験枠で、二位の成績を収めて合格したのに、入学式直前になって辞退してきた。

私が初日でうっかり座ろうとした席の持ち主でもある。あと、その……主人公の友人……って。友人って!!


「私、自分のこと井上さんだと思ってました」


がくっと項垂れる私に、井上さんが、ちょっと言葉を詰まらせた。


「ま、まあ、記憶がなかったんだし、仕方ないんじゃないかしら」

「そう……ですね」


主人公の友人……さゆちゃんの友人……じゃなかった。私は顔を覆った。

あんまりだ。この事実は、あんまりだ。これからも頑張り続けるのは間違いないけれど、さゆちゃんの友人じゃないなんて。

いいや、そんなゲーム設定なくても、私とさゆちゃんは友人だよね? 最近、桧皮さんとの方が一緒だったけど……私もまだ友人、だよね? あれ? そもそもさゆちゃんは鳩羽くんだから、ゲームの友人設定云々は適用されないのかな。


「あの、そんなに落ち込まなくてもいいんじゃないかしら。

 誰にでも間違いはあるし、ここはゲームと似た様な世界だけれど、現実なのだから。

 ゲームの通りに行かないことなんて、いっぱいあるわよ」


井上さんの優しい声が、私の上に降り注いだ。優しい雨のように。天から降るマナのように。私は、ぱっと顔を上げる。


「そ、そうですよねっ。私、今までの通りでいいんですよね!」

「ええ、そうよ。元々、私もかなり逸脱しちゃってるしね」


だから気にすることないという風に、井上さんが笑う。同じ十六歳と思えない、大人びた彼女の少女めいた笑み。そうだ。そうなのだ。この世界はゲームに似ているが、ここに居る私にとってはもう現実なのだ。

私は、主人公の友人という立場ではなかったかもしれない。でも、さゆちゃんもとい鳩羽くんの友人でいたいという心には、なんの変わりもない。大事なのはそこだ。私は深く頷いた。


「そういえば、井上さんはどうして紅緋さんのところに?

 あと、急にどうして私のところへ?」


私は紅緋さんによく思われていないし、そもそも私が深緑くんという突拍子もないことをする忍の前例を知らなかったら、ベランダの様子を窺わずに110番していた可能性も高い。加えて、井上さんは、紅緋さんに仕えている。それも、かなり信頼されているようたった。あの場で私のことを知らない振りしたのは、紅緋さんに私と自分に何らかの繋がりがあることを、知られるのを避けるためだったと思うのだけど……。


「あなたもゲームをプレイしていたなら分かると思うけれど、一番気をつけるべきは、紅緋様。だから、私は、紅緋様の行動を察知できる位置にいるために、あの屋敷の奉公に上がったの。

 中等部から入れば、外部のものでも推薦されるから。高等部も入るつもりだったんだけど、ちょっとあなたの反応がみたかったのよね」

「記憶があるかどうか、ですか?」

「ええ。あったら、私が居ないことを不思議に思って、調べるとかなんらかのアクションを起こすと思っていたの。

 でも、あなたはどっちつかずだったから、迷ってたんだけど……」


井上さんが眉を下げる。私も眉を下げた。


「今日、確信したから、私にも手伝いをさせてほしい。

 紅緋様から、あなたの勾玉を取り戻す。その手伝いを」


そう言って、井上さんは私に向かって手を差し出した。真剣な眼差しだった。

少し、考える。井上さんの言っていることは、全部納得できる。信じたいとも思う。

けれど、彼女が自分も知らないところで紅緋さんに魅了されている可能性は、否定できない。紅緋さんならそれをやれるし、躊躇なくやるだろう。


「……お願いします」

「ありがとう」


手を握り返すと、井上さんが笑った。今日見た彼女の笑顔の中で、一番自然で、一番、嬉しそうな笑顔だった。


「でも、私のことは信頼しないでね。

 特に、私に勾玉を預けたり、在り処を教えたりしないで。

 私に見つかるところに置くのもね」

「信頼、はちょっと難しいですけど。後者は分かりました」


井上さんは、肩を竦めた。


「しっかりしてるんだか、してないんだか分からないわ」

「これでも中身は女子大生ですから」

「……私、中学生なんだけど」


胸を張る私に、井上さんがとんでもない爆弾を落としてきた。


「えっ」

「頼りにしてますわ、お姉さま」

「え!」


ぱちんと井上さんはウィンクまでしてくれる。お姉さまは正直言ってめちゃくちゃう嬉しいです。黎の時も思ったが、私はおねえちゃんと言う呼称にとても弱いと思う。弱点だ。ダメージ二倍のウィークポイントである。だけど、私よりお姉さまっぽい子に言われた時はどうすればいいのか……!!


「お、お姉さまに、ま、任せなさい!」


とりあえず胸を張りなおした私に、井上さんはくすくすと笑った。




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