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和風ヤンデレ乙女ゲームの脇役に転生しました?  作者: 千我
一章「脇役に転生しました?」
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二話「入学式と記憶喪失」



入学式の最中、私はずっと考えていた。

ここはゲームの中、というよりゲームの世界だと思う。あの子が主人公なのも、間違いない。

ただ、セーブ画面とかステータス画面でミニキャラは出ても、徹底して主人公のキャラグラは出てなかったので、一抹の不安はあるけど。

彼女以外、居ないと思う。名前さっき聞いておけばよかったなー! 

でも、このゲーム「千年の恋歌」には、デフォ名がない。名前欄空白のまま決定ボタンを押したときのビープ音は忘れられないぞ。

……だから、名前じゃ確かめようがないんだよなぁ。


体育館の檀上では、真っ白な髪の毛ときらりと輝く生え際の校長先生が長々と新入生に対して、紅緋学園の歴史を語っている。ゲームの中ではざっくり削られていた部分だ。意外や意外にこれが面白い。

元々この場所には神社があったとか、その神社の由来とか、神社と初代校長の話とか。

学園ができた表向きの経緯などなど。なかなか波乱万丈、冒険心をくすぐる話で、できることなら、隣の席の主人公さんのように聞き入りたい。

いや、でも……私には考えねばなるまいことが――あるようなないような。

と思いつつ、主人公さんをチラ見すると、ちょうど彼女が席から立ち上がるところだった。お手洗い? それか具合悪い? 彼女が通りやすいように、椅子の背に背中をくっつけて、足を椅子の下にやる。

主人公さんは、にっこりとして小声で「ありがとう」と言うと、そのまま体育館を出て行ったようだ。

可愛い。違った、大丈夫かなー。彼女が去ったパイプ椅子をちらりと見る。

……主人公さんのことばかりだけじゃなくて、自分のことも考えなくちゃいけないのだ。

私は。うう、しかし。でも、しかし。なんかね、なんか……ね?


「新入生退場!」


校長先生の話が終わり、式も終わり、ついにその時が来てしまった。

この後、新入生はそれぞれのクラスに移動し、席に着いて、担任やクラスメイトと自己紹介をしあうのだ。一年のクラスは三つあって、主人公は、二組だったか、三組だったか。

ちなみに同じクラスの攻略キャラクターももちろん居る。新入生が歩き出す。

私と、主人公な彼女は、遅刻ぎりぎりだったから、クラス関係なしに隅の席に座っていた。彼女はどこかに行ったまま戻ってきていない。彼女の横の男子生徒が歩き出し、私も歩き出す。一歩一歩が、重い。ずるずると足を引きずる気持ちだ。


だって、どうしよう、どうしよう。ほんとに、どうしよう。

私――記憶がないのだ。さっぱりない。


この体の、現世の、今の、私の名前、家族、今まで過ごしてきた記憶。さっっっぱり、ないみたい、なのだ……。

前世の記憶が戻った所為で、一時的な記憶喪失? 

それとも、実はこれは転生じゃなくて憑依なの?脇キャラとはいえ、一応主人公の友人ポジなのに……名前覚えてないなんて! 

でも、プレイしたのは、一か月くらい前の話だし、主要キャラの名前も、ちょっとあやふやなのに、個別ルートに入ると、ほとんど背景になる友人キャラの名前なんて、覚えて、ないよ……。


足をずるずると動かしながら考える。なんとかしないと。

家族、家族に会えば、わかるかな? すがるような気持ちで、保護者席を見てみるが、誰も彼も見知らぬおじさんおばさんにしか見えない。

自分で――なんとかするしかないんだ。


「ううう……とにかく、とにかく。ええと」


そう、とにかく情報。情報を手に入れないと、クラスすら分からない。

ここからどこに行けばいいのか分からな……

私は天に仰ぎたい気持ちになった。ああもう、主人公さんありがとうっ。

私が主人公の友人キャラなら、彼女と同じクラスな筈である。クラスが分かれば、座席票とか、なんとかで名前が分かるかもしれない。

ぽてぼてずるずる状態から、私はちょっとだけ抜け出して、頷いた。……いや、ついていこうにも主人公さん居ないけどね。もうあれから三十分くらい経ってるよね。


あたりを見回してみるが、どうも近くに彼女は居ないようだ。

まだ戻ってきてないって大丈夫かな。ついてったほうがよかった?

いや、そこまではさすがにお節介で……

入学式。主人公の途中退場。そうこれ、これって――


「……っ」


唐突に思い出して、私はぐっと握りこぶしした。そうか、そうだ!

確か、入学式の最中に、彼女は誰かの歌声が頭の中に響いて、体育館を抜け出してしまう描写があった。歌声に導かれるようにして、彼女は校舎の奥にある神社に向かう。

そこで、攻略キャラの一人――メイン中のメイン、鈍色の髪と赤い瞳の青年に出会うのだ。


「……ええと、私は気分が悪いのでちょっと抜けてきますね。先生によろしく!」


前の生徒が、えっというような顔で振り返る。私は、彼を拝んでから、さっと列を抜け出した。


メインキャラの彼は、不器用だけど優しい、雨の日に捨てられた子犬に傘を差してしまっちゃう系の男子だ。ヤンデレエンドも、彼のものは、全てのエンドが彼の意思とは違ったり、すれ違いによる悲哀だったりする。

つまり、いい奴なのである。物足りないとかもっとはっちゃけてほしかったとか言われるけど、周りがはっちゃけまくってるからいいのではないか。いいだろう。

まあ要するに、彼と一緒なら、主人公さんも安泰なわけ、なのだが――。


体育館の裏手に回って、校舎の奥。一見、雑木林のような場所に向かう。靴はおろしたてらしく、微妙に走り辛くて、おまけにこの身体もそれほど体力がなく、私の息はすぐに上がってしまう。

行かなくてもいい。ゲームに友人キャラが出てくるような描写はなかったし、特にこう……主人公の生命のピンチ!みたいな感じでもない。序盤からバッドエンドはあるけど。


「かわぐつはしりづらい……!」

 

そして私の足も遅い。だけど、あのイベントで、主人公ちゃん、頭痛で倒れちゃってメインキャラに、保健室まで運ばれるんだよね……!!

彼との出会いイベントは、避けられないものだとはいえ、お世話になった可愛い女の子が、痛い目にあっているのに、放置というのは――まあ、私に何が出来るってわけでもないけど!

行かなくちゃ気がすまないし、そもそも彼女が居てくれなくちゃ、どこのクラスに行けばいいのかも分からないしね!

そんなことをぐだぐだと考えながら、走っていたら、前方に人影が見えた。

人影はふたつ。

女性徒と、その横を歩く、身長高めの男子生徒だ。女性徒の方は、ややふらふらとしていて、その隣の男子生徒が、彼女を気にかけているように見える。

間違いない! 主人公ちゃんとメインだ! 赤だ! 私は最後の距離を、一気に詰めた。――そして咳き込んだ。


「げほっ、ごほっ、ごほっ……」


ワイルド系美青年の、沈黙といぶかしげな視線が胸に痛い。けれど、我らが主人公さんは違った。彼女は、私の方に近づき、私の顔を見て、あっと声を上げてくれたのだ。メインのほうは、驚きからこいつの知り合いか、みたいな顔にシフトして、既に我関せずモードに入っているのが見えた。


「あなたは、さっきの……どうしたの?」

「や、あの。帰って来るの遅いから、どうしたのかなー……って、思って」

「もしかして、わざわざ探しにきてくれたの?」

「あはは、うん、まあ」

「……ありがとう」


主人公さんが、嬉しそうにほんのり笑みを見せた。思わず胸を押さえる。きゅんとした。

か、可愛いいい! 美少女の微笑みかわいいい!! 見惚れてしまいそうになるのをぐっと堪えて、私はぶんぶんと首を振った。横に、最大速度で。


「ちょっと気分が悪くなって……こちらの蘇芳くんに、助けてもらってたの」


主人公さんの視線を受けて、メインもとい蘇芳くんが、ちらっと私に視線を向ける。

さすが乙女ゲーのメインだけあって、鉄板の美形だ。ちらっにも妙な色気があってドキドキしちゃうね。顔には出さないけど! ああ、そうそう。この蘇芳くん。蘇芳茜という、実にどっちも名前っぽくて、赤々しい名前なのだ。まあちょっとそれは置いておいて。


「あ、あの、蘇芳くん。ありがとう、ございます」


とりあえず頭を下げておく。しかし、ゲームでは主人公さん、気絶して保健室行きだったはずだけど……まさか、あれですか。主人公ちゃん。主人公さんも、転生知識持ち? 

いや、アレは、根性とか既知だからといって、避けられるイベントではないはず。だとしたら、こっちの、蘇芳茜――のほうが、可能性がある。彼は、主人公の「頭痛」に大きく関係する謎もちのキャラなのだから。


「……どうも」

 

態度も言葉もぶっきらぼうである。

うーん。これだけの接触じゃ、記憶のあるなしなんて分かりそうにもない。でも、蘇芳くんは、主人公さんの頭痛を軽減したのだ。彼にどんな記憶があろうと、それは、彼女に敵対するものじゃないだろう。

よし、とりあえず、今は棚上げしておこう。……今更気づいたけど、私棚上げ多くない?

記憶喪失だったり、ゲームだったりと腰据えて考えなくちゃいけない問題いっぱいあるよ? 


「あんたこいつの友達なら、ちょっと気をつけてやってよ。……危なっかしいったらありゃしない」

「す、蘇芳くんっ。もう、大丈夫だから!」

「アホか」


ぴし。蘇芳くんのでこぴんが、主人公さんに決まった。

額を押さえて、ジト目で蘇芳くんを見上げる主人公さん。

そんな二人を見て、私はぐっと拳を握りしめた。かわいい。なにこの二人可愛い。

というか、これこれっ。このでこぴんイベント、好感度が、友人クラスにならないと発生しないのに……!

なんだ、この二人の間にいったいなにがあった!? うわああ、見たかった、見たかったよー!! そんなこと言ってもしょうがないとはわかってるけど、できればこの目で拝んでみたかった!


「あの……」

「あ、あっ。そうだ! クラス! もうクラス移動始まってるよ!」


沈黙する私にそっと声をかけてくれた主人公ちゃんに、我に返って言葉を発した。うん、ようやく目的を果たせた。主人公さんが、びっくりして目を見開く。

……そういや主人公さんの名前、どんな名前なのかな。気になるけど、今の時点で名前は聞けない。私、名乗り返せないし。


「はあ。お前ら、こっち来い。……裏口から入った方が早い」


そう言って、蘇芳くんが校舎のほうを指した。

主人公さんが、ほんのりと笑って、ありがとうと頭を下げる。私も頭を下げて、――ちらっと蘇芳くんを見る。蘇芳くんは、視線を余所に向けて、「あっそ」と適当に頷いた。

照れちゃってるんですね、美少女の笑顔に! 可愛いっ。



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