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和風ヤンデレ乙女ゲームの脇役に転生しました?  作者: 千我
一章「脇役に転生しました?」
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十四話「体育祭の話・三」



体育祭の種目決めが終わると、桧皮さんとさゆちゃん筆頭にリレーメンバーは大盛り上がりだった。彼らは、桧皮さんとさゆちゃんの熱い友情に感動したらしい。絶対、二年にも三年にも勝とうね!と闘志を燃やし、ある者は別クラスへと情報収集へ、またある者は特訓を提案し、ある者は賛同し……。

そんなこんなで、一年生の学年別対抗リレー出場者による秘密の特訓が決定したらしい。こんなに早くクラスの枠組みを超えるなんてねぇとおじいちゃん先生は目じりに涙を浮かべていた。他のクラスメイトたちもすっかりリレー出場者を応援&協力モード。リレー組の邪魔しない・協力してやろうムードが一年二組にはさっそく漂い始めていた。

――というわけで!

さゆちゃんは放課後、桧皮さんたちとリレーの特訓に行ってしまいました!!


「はぁぁぁ……」


放課後の教室。一人ぽつねんと残っていた私の口からは、おっきなため息が漏れる。

べ、べつに、さゆちゃんを桧皮さんにとられてみたいな形で寂しいとかそういうんじゃないからねっ。ここで一人残っているのはそう――目的。目的があるのだ。

中間テストも終わり、体育祭で賑わっているこのときにしか、確かめられないことがある。二つ目の勾玉の欠片の在処、校舎一階の開かずの扉。これからのためにも、詳しい調査をしておかないと。

――べ、べつに、一人で寮の部屋に戻るのが寂しいとかそういうことではないですよ。ですよ。



探索ゲーム的な側面もあった千年の恋歌は、高等部の全景図や校舎内の教室の配置など、細かく設定されていた。例えば、紅緋学園高等部は三階建ての校舎で、一階には一年生の教室と、職員室や保健室・校長室とか。だからもちろん、その部屋ごとで起こるイベントや、キャラクターのお気に入りの場所なども設定されてたんですよ。

例えば、蘇芳くん。彼は一階の「保健室」と「裏庭」。稀に「紅花神社」。山吹様や新橋会長は「生徒会室」とか、隠しキャラは「図書室」、深緑くんは「花壇」、「裏庭」……。

時々思わぬところで意外なキャラ同士のイベントが起こって、それも楽しかったんだよね。深緑くんと隠しキャラで図書室の読書イベントとか、山吹様が高等部へ忍び込んできた妹に、生徒会と一緒に学校案内とか。

――はっ。脱線脱線。

ともかーく! 紅緋学園高等部内なら、実は私、攻略キャラとサブキャラの行動範囲や居る場所が予測できるのである。その予測が言っているのだ。体育祭でドタバタしているこの時期を逃せば、「あの部屋」は確かめづらくなる……とね!

 

「右よーし、左よーし。……保健室、たぶん誰もいない!」


保健室は一階の奥。端も端だ。

ただ保険医は常駐していない。――人間を見たがる鬼の保険医が居ないんだよね。

学園の性質上、どうしても鬼の保険医が一番だからなぁ。人間だと確実に舐められますからね。かといって鬼の保険医だと人間を舐めまくるんだけどね。

そういうわけで、保険医は居るには居るが今は居ない。保健室を開けてもらいたい時は、先生か生徒会に頼みなさいというわけだ。

念のために保健室のドアに鍵がかかっていないことを確認し、私はその扉を振り向いた。

保健室の近くには、二つ扉がある。

ひとつは、外に出られる扉だけれど、普段は閉まっている。裏はテニスコートになっていて、ショートカットなど許さんというわけだ。

もう一つは、保健室の真正面というよりは、外への扉の横あたり。

くすんだ色の古ぼけた扉がある。プレートすらかかっていないその部屋は、一般的に「倉庫」とか「用具室」とか思われているようだけど。

実は、違う。

二つ目の勾玉の欠片の在処。虚無と絶望の地獄。

――第三安置室だ。


「それにしても不気味だよね。ほんと不気味。いやぁ、まず名前の意味が分からない」


第三ってなに?校内地図見たけど、第一と第二なかったよ? いや、校内図に目の前の部屋の名前すら載ってなかった。私もゲームのアイキャッチで「第三安置室」と出なければ、一生知らないままだっただろう。

そもそも。……安置って、なに? 何を安らかに置いておく場所……

 

「……そういえば、保健室が南だから……この部屋って北で……」


ぞぞっと背筋が震える。か、考えるな。考えても誰も幸せにならない。

そういえば、ゲームでは学校での肝試しイベントがあるんだよね。夏休みの八月だったかな。夏休みはとにかく特殊イベントが起こるから、二十回の周回中に肝試しイベントを見たのは、二回くらいだったし、CGもない・続きものでもないイベントだったから、ちょっと記憶が曖昧だけど――


『この学校のどこかに、名前のない部屋があるそうです。いえ、本当は名前があるのですが、誰も、もう知らない……』

「――悪霊退散!!悪霊退散!!」


やたらめったらに両手を振り回し、山吹朽葉のセリフを打ち消す。

だけどセリフの回想は止まらない。神様は信じてるけど幽霊は信じない派の山吹様は、いっそにこにこしながら、紅緋学園高等部の怖い話をしてくるのだ。……そうだ。これ、生徒会関連のイベントで、山吹様が高等部七不思議で主人公を怖がらせるヤツじゃん!

――よし、思い出したからもう大丈夫。怖くない!


サッと第三安置室の鍵がかかっていないかを確認してから、私は外へ出る扉の方へ向かった。開いているならここから出てしまおうという魂胆である。だがしかし、こちらの鍵はしっかりとかけられており。


「……から………」

「ファイトー!」

「………小百合ちゃんー! 砂姫さーん!」


思わず引っ張った扉の固い反動で、扉にしたたか頭をぶつける。

ううう。さゆちゃんや、桧皮さんはこの向こうで、みんなと楽しく特訓してるのに……!


「……帰ろう……」


 

無言で、寮までの道を歩き、無言で自室に戻る。

特製お手製メモ帳を取り出して、最後辺りにつくった余白ページに、今日の日付けと、2番問題なしと書いた。


「……ううーん」


机の前で腕を組む。とくに何もない。しいて言うなら、先ほどぶつけた額が痛い。今の私は奇行に走りやすくなっている――ためのアレではない。

なんかこう、無性に寂しいのだ。だって。だってさ!

友達。私の友達って、さゆちゃんしか居ないのだ。記憶のない私にとっては唯一の友人。一方的にかなり重いが、そんな子が別な子と仲良くなりはじめ――

――ゲーム中の私(脇役)って、主人公の他にも友達が居たのかな。

ぐああ、思い出せない。一か月前じゃなくて、もうちょっと、こう、手前でプレイしてたら! ……たら……?

さゆちゃん以外の友人がゲーム中に居たとして。私はその子と仲良くなろうとしただろうか。

自分の考えにモヤモヤと胸を巣くうものがある。

なんというかこれは、私とさゆちゃんの友情。あるいは、さゆちゃんと桧皮さんの友情まで、チープな偽物にしてしまう考えのような気がする。

この世界は、ゲームじゃない。そう思いながら、やっぱり私には、ここは千年の恋歌を元にした世界という考えが消えない。事実、これだけいろいろ符合することが多いのだから、間違いないと思うけど。

でも、桧皮さんは単なる脇役キャラではない。ゲーム内では、山吹様ルートで登場する彼女は、歴とした「敵役」「悪役」なのである。

最後の最後で、主人公と仲良くなる可能性は示されたけれど、人間を尊重しながらも、鬼でない主人公が、山吹様の心を射止めたのが許せなかった。

けれど、私の見ている桧皮さんは違う。主人公――さゆちゃんとじゃんけんで死闘し、認め合い、体育祭に向けて特訓するほどの仲良しなのだ。

ここは、ゲームだけどゲームじゃない。

さゆちゃんと、桧皮さんはきっと良き友達になれる。

私は、握りこぶしで自分を鼓舞して立ち上がった。


そろりと寮の横手を見る。

そこは、寮母さんがお世話をする花壇になっているが、残念ながら、寮生には人気とは言えない。もしかしたら、朝とか夕方とか、花壇を鑑賞しているセーラー服もしくは私服の美少女がいるかもしれないが、私は知らない。居るなら、是非そのシーンを見てみたいけど! いやー美少女と花は鉄板だね。裏切らないね。


「……居ない、かな」


私は、ちらと辺りを見回した。花壇。寮を囲むような常緑樹。誰も居ないみたいだった。

次は、寮のリビングだ。さっき降りてきたときは居なかったけど、誰か居るはず!


「あら。卯月さん、夕飯はまだよ」


にこにこ顔の寮母さんと出会った。ピンクのエプロンが眩しい。


「はい~。夕飯楽しみにしてます」

「うん、楽しみにしててね~」


にこにこしながら別れた。次に、校庭を走るさゆちゃんと桧皮さんを遠くから眺めて、その横で美少女二人をちらちら見ている男子生徒の集団に混ざってみた。


「うわあ、桧皮やべぇ」

「いや、白鷺のほうがいいだろ」

「あの足で踏んで欲しい」

「え。お前そっちの趣味あんの。引くわー」

「……」


桧皮さんの胸と白鷺ちゃんの足を舐め回すように見ていたひょろ長い男子生徒に、膝カックンしかけて走り出した。柔軟くらいしろ!

そんな感じで体育館、体育館裏、二階校舎、三階校舎、と回ってみた一時間。結果、私は最初の地、寮横手から更に進んだ、寮裏にやってきた。


「と、友達、作るのってむずかし……」


壁に手を当てて黄昏れたい気持ちをぐっと堪える。大学時代の友人は、どう作ったっていうか、高校から一緒の子が多かった。さゆちゃんとは共通の話題はもちろんだけど、同室であるというのも大きい。

――だから、その。うん。

私、もしかして……ちょっとコミュ……乙女ゲーオタクバレするのが怖くて、上っ面だけは鍛えられてきたけど友達は作れませんとかそんなまさか。


「……はあ」


壁に背中を預けて、空を見上げて座る。

時刻は午後六時半。だけどまだ空は明るい。五月だしな。これから、梅雨で、夏で、その後は秋で――秋が終わる頃には……

かさり。

そんな草をかき分ける音に、期待してそっちを見る。いや、小動物とかかもだけどね。ちょっぴり誰かが来たとか――

……。


私はプラカードと目を合わせた。

いやプラカードというか。プラカードを持った、深緑くんというか。


「……こ、こんにちは?」


プラカードに書いてある、「こんにちは」にそう返した。読み上げたといってもいい。ていうか、え? あれ? プラカード会話って、深緑くんとの友好度が第二段階に達した時のあれだよね。蘇芳くんでいう辺りの、デコピン的な。

うぇぇええ!? 脇役がそんな、いいの!? 攻略キャラと仲良くなっちゃっていいの!?

戸惑う私の前で、さっと次のプラカードが取り出される。


『いつもありがとう』

「クッキーとかジュースのこと? いいよ、別に。それより……」


少し言葉を止めた。お節介かも、と思ったけれど、深緑くんは、いつもありがとうのプラカードを持ったまま、首を傾げている。ゲームやっている時も思ったけど、それどこから出しているんだろうか。それも鬼の能力なの?と思うと、少しだけ笑ってしまった。


「それより、ちゃんとご飯は食べてる?」

『クッキー美味しかった』

「……食べてますか?」


さっと深緑くんは目を逸らした。甘いもの以外が嫌いなのは、ゲームどおりだな……。


「そんなんだから倒れるんだよ」

『聞きたいことがあってきた』


プラカードも深緑くんも、さらっと私の質問を無視した。

このマイペース我侭ぶり。ゲーム通り過ぎて、でもそれを引き出したのは私で、笑っていいのか怒っていいのかである。でも、なんだか、胸の奥がワクワクしている。嬉しいんだ。きっと。


「聞きたいことってなに?」

『何かしてほしいことない?』


次に出されたプラカードに、私は、一瞬、思考停止したと思う。深緑千歳は、ある人物に仕える忍びのようなものだ。色持ちの家でありながら、真っ白な髪と、幼い頃、鬼の力が使えなかった所為で、無能と呼ばれ、彼は家から捨てられた。

そんな、深緑くんを救ったのが、今の主で――彼は、主に忠実で絶対だ。

だけど、なんの見返りもなく優しくしてくれる主人公へと、徐々に心惹かれていく。

深緑くんルートは、主と恋した少女の間で、揺れる物語なのである。もちろん、ハッピーエンドでは最終的には主人公を選んでくれた。ただ、彼には絶対に選ばないといけない選択肢がいくつかあって、それを正しく選んでいかなければ、どれだけ仲良くなっても、勾玉の欠片が三つ揃っても……バッドエンドから抜け出せない。

ちなみにそのバッドエンドは、カニバで学園全滅エンドだ。真っ赤に染まったゲーム画面を見ながら、私はがたがた震えたことを思い出す。部屋の室温が、一度か二度下がった。それくらい怖いエンドだった。

その彼の重要選択肢の、最初の一つが、これだ。

仲良くなり始めた彼は、今までお世話になったお礼、を主人公にしたがる、んだけど……。ここで表示される選択肢は三つ。


・何もいらないよ!

・じゃあ友達になって欲しい

・また今度


の三つだ。よく覚えている。私はここを外しまくって、涙目で五月のデータからプレイしなおしまくったので。ちなみに、一番好感度が上がる選択肢が一番上。二は少し上がって、三はまったく上がらない。

正解は、好感度が一番ある一番目だと思うよね? 私も思っていた。だけど、正解は「二」か「三」なのだ。千年の恋歌には、こういう引っ掛け選択肢がいくつもある。

あるからこその、NOT作業ゲー、だがクリックゲーと言われるのだ。

これが、私に適用されるかどうかは分からない。深緑くんと仲良くなれるのは嬉しいけれど、のちのちの為に、鬼の世界との関わりは、できるだけ少なくしておきたい。自分の身の安全もだが、家族も居るのだ。


「……うーん、そうだね」


私の頭の中はぐるぐるだ。深緑くんが、こっちを見ている。気持ちとしてはまた今度が一番だ。だけど、ここはゲームじゃなくて現実。そのまた今度を、次会った時にまで考えねばなるまい。友達にもなりたいけど、これはこっちのお願いだし。何かして欲しいこと、で友達になるって、うーーん。

深緑くんに負担がかからなくて、彼の主にもおかしく思われず、なおかつ私もハッピーな提案……。


「そ、そうだ! あのね、名前!名前教えて?」

『深緑千歳』


ぱ、とプラカードがあがった。

ほっと息をつく。けれど、深緑くんは、またあのプラカードをあげた。


『何かしてほしいことない?』

「なん……」


じ、と深緑くんが見てくる。じっと見てくる。なにかを訴えかけるように、いやプラカードの内容を訴えかけるように。

悩んだ末に、私はおそるおそるひとつの提案をした。深緑くんは、間髪入れず『うん』のプラカードをあげてくれた。

ちなみに、友達になってくれる?という問いのようなお願いにも、『うん』のプラカードをあげてくれ、私は晴れて、さゆちゃん以外の友達をゲットした。


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