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和風ヤンデレ乙女ゲームの脇役に転生しました?  作者: 千我
一章「脇役に転生しました?」
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十話「金銭的問題」



しょっぱい涙から早五日。入学してからの初めての日曜日。

私は、とても心穏やかではなく過ごしていた。


「……」


ベッドの上でお財布を逆さに振っても、縦に振っても、出てくるのは残り三千百五十二円だけ。お金が、ない。


「……うう」


最大の敵、教科書代を払い終わった私に敵はない。

だから、節制すれば、一か月くらいは持つかなーと思っていた。

だって昼食代が一日三百円でしょ。それに、別にお弁当じゃなくて購買でパンを買ってもいいわけだ。

土日は休みだから、最高、300×22=6600円。ちょいオーバー。

だけど、パンは一個百円で、紙パックの飲み物も、一個百円。時々パン食にすればいいのだ。とりあえず、ご飯が食べられれば、それはそれで。ゲームとかは買えないしね、我慢我慢。


――そう、思っていた。いました。


ところで話は変わるが、紅緋学園の文化祭は六月なのだ。梅雨の時期に、と思っていたけれど、ちゃんと物語後半で理由が示される。

十月から十二月。特に十月――神無月は、鬼の一族にとって特別な月なのだ。

神無月は、千年の恋歌のゲーム中クライマックスでもあり、鬼の世界でも、今年一年の総決算と、来年の展望を話し合う三か月にも及ぶ会議が始まるのだ。

この紅緋学園は、通う生徒の大半が鬼の一族だ。高校生とはいえ、家の当主をしているものや、次期当主が多い。代表的なところでいえば、それこそ攻略キャラクターの赤青黄様である。

それ故に、十月から十二月は、学園の大規模イベントは避けられている。体育祭も五月だしね。ただ、理事長の方針で、「外部からの」人間の生徒も招かれている為、普通の高校でのイベントのようなものがあるのだ。


人間と、鬼。


本来なら、交わってはいけない二つの種族。

そもそも鬼の大多数は、人間に魅了をかけることも、声色を変えたり、姿を変えて騙したりすることをちっとも悪いことだと思っていない。

鬼相手ですら罪悪感がないのだから、なんの能力ももたない人間相手なんて尚更である。大抵の鬼は多かれ少なかれ、人間を下に見ているところがあるのだ。

ただ、この学園の目的は、「人間との融和」。

人間社会で生きていくための自制や、人間との友情を築くためである……らしい。

この学園の鬼たちは、理事長の崇高な理念に賛同うんたらかんたら。

とりあえず、お金がない。

一週間で二千円も使ってしまったのもあるし(ノートやその他諸々、やっぱり足りないものがボロボロ出てきた)、来週、体操服やジャージの費用が徴収される。

その額、いちまんにせんえん。

いちまんにせんえん。

つまり私は、この一日で、一万二千円以上を稼がねばならんのだ。

コワイヨ私立! 高いよ私立! それとも、ここが高いだけなの!? 前世の高校どうだったっけ? 最早記憶の彼方だよ!


「電話、いやメールしてみるしかないよね」


幸いにして、私の手元には銀行のカードがある。財布の中に入っていた。

そして寮には現金が引き出せるATMがあった。ただし。男子寮のロビーまで行かなくてはならない。女子寮にもつけてほしい。男子寮だけずるい!

そうじゃなくてですね。

まあぶっちゃけると私、記憶がないのでパスワードなんてわからないですよ。

たった四桁。されど四桁。四つの数字が私を阻むのだ。

通帳と印鑑も探してみたけれど、それはなかった。印鑑くらいは入れておいて!お願い!


「ええと、電話帳にはいってた、よねえ」

 

十数分の格闘の末、観念して、私は携帯電話を開いた。

現在、白鷺ちゃんは居ない。何故なら、彼女は無事に深緑くんに餌付け成功したようなのだ。今日のお昼、こそこそと自分の分を取り分けているのを見てしまった。多分、ハンカチの中身を寮裏で忠犬の如く待っている深緑くんに届けに行ったのだろう。

がんばれ、白鷺ちゃん。あとで昨日手に入れた、購買限定ふわふわクッキー(100円)食べようね!

気合を入れて、電話帳欄を見てみる。父、母、それから、「黎」という人物の携帯番号とメールアドレスだけが、卯月サヨリの携帯電話には記憶されている、のだけど。


「やっぱり。お、お母さんだよね」


この一週間。朝、出勤する前だろうか――毎日のように、メールをくれていたのは母だけだ。父は一回くれたけど、なんか時間がおかしかった。夜の二時にメールが来た。

黎という人物からは、一回も来ていない。誰なのだろうか。父、母、ときたら、後は私の、兄弟かな?

けど、この黎という名前は、曲者過ぎると思う。男でも女でもいける。

それに、父、母のように分かりやすい名称じゃなく、兄か、弟か。姉か、妹か。――友人か、他人かも分からない。保留、しとくしかないよね。私は母に向けて、メールを打った。


『To:母

 Title:お母さんへ

 お母さん、私の銀行カードのパスワード知らない?

 ちょっと忘れちゃって><』


ぽち、と送信ボタンを押す。この一週間で家族についてわかったこと。

「卯月サヨリ」は、母のことをお母さんと呼んでいたらしいこと。あと結構、筆不精だったこと。お母さんは、ちょっと心配性なこと。……。うん。

とまあ、こんな感じで、「お母さん」のことばかりだった。肝心の「卯月サヨリ」については、やっぱりまだよくわからない。


「!?」


考え事を遮るように携帯電話がなって、私は飛び上がった。

この着信音、メール?……じゃない。電話だ。ディスプレイに表示される名前は「母」。お母さんは今日休みなんだ。……大丈夫、うん。それにこれは考えてみれば、チャンスだ。

お母さんから、「卯月サヨリ」のことを知ることが出来るかもしれない。

少しでも、ちょっとでも。前に進まないと。意を決して、私は電話を取った。


『もしもし』


低い男の声でした。……。アレ?


「お、お父さん?」

『はあ? アンタの父親になった覚えはないけど』

「じゃ、じゃあお母さん?」

『……マジ大丈夫?』


低い声が、怪訝に潜められた。疑われている。いやむしろ心配されている? 

というか誰なの、名乗って。卯月サヨリとの関係を一から十まで名乗って、頼む!

混乱しながら、私はもう一つの名前を挙げた。


「れ、黎?」

『そうだけど。一週間で弟の声忘れるとか、ボケすぎじゃない』


ぐさぐさと心に鋼鉄の矢が刺さる。

どうやら、「私」には、可愛くない弟が居たよう、だ。

うん。この鋭さ、他にはない感じ! ブラックコーヒーの如き苦さと失敗したチャイのごとき辛さがあって……可愛くない!!


「ボ、ボケって、ちょっと間違っただけじゃない」

『ふーん』

「電話だしっ」

『ふーん?』


ぐあああ。ふーん以外のなにか言って、頼むから言って! 今にも通話ボタンを押して、この通話を切ってしまいたい衝動に駆られながら、私は息を整えた。


「それでどうして黎が、お母さんの電話から電話してるの?」

『メールしたでしょ。それ読んだら、今手が離せないから代わりにしろって』


なるほど。今日は黎も休みだよね。「卯月サヨリ」の弟なら、中学生以下だ。

けっこう声も低いし、声変わりしてる? 中学、二三年生かな。


「あ、ありがと。ところで、黎も知ってたっけ?」


歳の近い、姉弟の不自然じゃない会話ってどうだろうか。

とりあえず、丁寧語敬語、じゃないのは確かだ。

こうフランクでフレンドリーで。……うわー、さっぱり分からない。誰か教えてくれ! 急募、弟との接し方!


『誕生日。

 分かりやすいから変えるのお勧めしとく』

「げ」


そ、それは分かりやすすぎる。そして、忘れたという言い訳が、ちょっと苦しくなる。

そもそも、カードを作ったとしたなら、遅くても三月の話なわけで。

私は、一か月以内のことも覚えていられない鳥頭になるわけで。

あー。ちょっと失敗したかもしれない。どうにかこの失敗が、後に響かないように気をつけよう。


「……そうだったねー。

 機会があったら、変えとく。ありがと、黎」

『……ん』


何故だか分からないけれど、顔も姿も知らない、「弟」が、小さく顎を引いて、頷いているような気がした。もう、これ以上ボロを出す前に切らなくては。


「黎、……学校楽しい?」

『クラスが変わっただけだし。……そこそこ』


ぶっきらぼうな黎の声に、私は自分が親しみを持ち始めているのが分かった。

もっと、黎と話してみたい。黎のことも聞いてみたい。黎の思っていることを、知りたい。

変だな。私にとっては、見知らぬ誰かなのに。これは、黎が……家族だからだろうか。この世界の、私の家族だから?


「そっか。よかった、じゃあまたね、黎」

『はいはい。……じゃ、サヨ姉』


ぷつ、と会話が途切れる。私はそうーっと、携帯をベッドの上に置いた。


「……」


ばっふん!枕に拳をくれてやる。くっ。綺麗に整えられた四角い枕に拳の跡が……誰だこんな非道をしたのは! 私だ!


「っ~~~!!」


私は、続けてばんばんと自分の枕を叩いた。

だって。だって。だってーー!!

やめられないとまらない。枕の形を守るために、枕を抱きかかえてベッドの上でごろごろする。サヨ姉だって。お姉ちゃんだって。あの、ぶっきらぼうでちょっと怖い感じの声の――弟。そうだ、私の弟が!!


「かわいい……」


私は抱きつぶさんばかりに枕を抱きしめた。

やっだ、もう、かわいい、弟って世界一可愛いいい!!


「きゃ――!」


抱きしめた枕と一緒に、ベッドの上で飛び跳ねる。

その時、ただいまという声がして、私は枕を抱えた状態で固まった。


「う、卯月さん……?」


部屋の扉を開けた白鷺ちゃんが、私のポーズを見て、大きく目を見開く。

そのまま彼女は、お邪魔しましたという顔で、そーっと扉を閉めた。


「ち、違うの。これは、違うのー!」


枕をベッドの上に置き、私は大慌てで、白鷺ちゃんの誤解を解くことに奮闘したと記しておこう。


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