咲きいそぐ花のように
こんな夢を見た。
私は少年だった。
「まぁ、綺麗になって」
母親の声が聞こえた。
朝から来客のようだった。
階段を下りてリビングへ向かう。
もうすぐ学校へ行く時間だった。
「清志!ちょっとこっちへ来て!」
母親の声に導かれ、玄関へと向かう。
見慣れない少女がいた。
思わず見惚れる。
「百合子ちゃんよ。
覚えているでしょう?」
覚えている。
隣に住んでいた幼馴染だ。
だが、知っている百合子はこんなに美人じゃなかった。
四年前に父親の転勤で転校していった百合子。
「またこっちに戻ったんですって。
清志と同じ学校に転入することになったらか、一緒に行ってあげなさいね」
母親の言葉にうわの空で頷く。
目は百合子しか見ていなかった。
美人の転入生はたちまち話題の人となった。
当然だろう。
百合子は芸能人のように美しかった。
「清ちゃん、一緒に帰ろう」
百合子がそう言って微笑む。
背中に刺さる嫉妬の視線が痛い。
その視線を逃れるように頷いて慌てて教室を後にした。
百合子は昔のように接してくる。
それが少し面映い。
綺麗になった百合子。
冴えない自分。
「クラスの女子と一緒に帰ればいいのに」
そうすれば早く馴染むことが出来るだろう。
「…清ちゃんは私と一緒に帰るのは嫌?」
首をかしげる姿も愛らしい。
「嫌じゃないけど。
でもその方がいいんじゃないか?」
そう言うと百合子は首を横に振る。
「清ちゃんと一緒がいいの」
そう言って百合子は笑う。
ああ、その笑顔を自分だけのものにしたい。
そう思って後ろめたくなった。
「私ね、悪魔に出会ったの」
百合子はニコリと笑った。
悪魔?
「美しさをください、ってお願いしたのよ。
そうしたら綺麗になったわ」
思わず立ち止まり百合子を見る。
「私は狂っていないよ。大丈夫。
でもね、これは本当なの。
私の命と引き換えに美しさをもらったの」
ほら、命が短いと咲き誇ろうとして美しくなるでしょう?
百合子は清志をじっと見て言う。
冗談とは言えないような真剣さだった。
背中を汗が伝う。
百合子から視線をそらすことが出来なかった。
そんな清志を見てくすくすと百合子は笑う。
「冗談よ~。本気にしたの?」
百合子の言葉にほっとする。
「そう、だよな。冗談だよな」
ああ、焦った。
そう言って百合子と笑い合う。
百合子の目が笑っていないのはあえて見逃した。
百合子が冗談だと言ったのだ、冗談に決まっている。
でも心の中では本当だと思った。
あの真剣なまなざしがその答えだった。
百合子が微笑む。
その美しさが禍々しく思えた。
「清ちゃん、また明日ね」
家の前で別れる百合子の背中をただ呆然と見ていた。
心の中は百合子の笑顔よりも言葉がしめていた。
悪魔と出会ったのよ、と。