兆し
白心寺の内装は黒塗りで、線香や蝋の香りに満ちている。
奥には仏像が坐り、手前には数本の燭台が立ち、
蝋燭の焔がゆらゆらと揺れている。
「あれ?今日は木村はいないんですか?」
「所用で遅れてくるらしいゾ。」
この、坊主刈りの住職は名を三浦馳摂という、
実はこの男もかつての須戸家家臣である。
武士が僧になることは、当時珍しくなかった。
かの忍城で活躍した北条家家臣の正木丹波守も
戦後、寺を建て、僧となっている。
「いやー、それにしても三浦さんが武士を辞め、
今となっては……」
「僧だよ。」
「……。 ま、正木丹波守は武勇で知られたんですよー?
三浦さんは須戸家随一の頭脳派として知られる
智将だったじゃないですかぁ。他の道も
あったんじゃないですかー?」
「それにはワケがあるゾ。俺は幼くして両親を亡くし、
この寺に預けられた。まだまだ読み書きもできない
ガキだった。だが、以前ここの住職をしていた爺さんは、
そんな俺を養い、読み書きを教えてくれた。様々な経文や
どこかで手に入れた兵法書まで読ませてくれた。」
「はぇぇ…… 初耳……。それで三浦さんが智将と唱われるまでに
なったんすね。」
「あれ?言ってなかったかゾ?まぁいい、その住職は
須戸家が滅ぶのと同じ頃に亡くなってしまったんだゾ。」
「なんてこと……」
「その爺さんの住職が生前俺に、
「わしが死ねばこの寺の担い手はおらんようになる、
お前が嫌でなければこの寺の住職を担ってくれまいか?」
と言ったんだ。身寄りの無い俺を引き取り、育て上げて
くれたことに報いるべく、俺はここの住職になったんだゾ。」
「な、泣けますよ…、なぜそんなことを今……?」
「……、それはな十兵衛、決行の日が近いからだ……!」
「……!!」
十兵衛らが何度もこうして密談のように、
夜の寺に集って談合するのには理由があった。
「遂に、やるんですね…?」
「ああ、そうだゾ…。
役座家当主、役座宗統の誅殺…!」
この者たちは主君を討たれ、流浪の身となり、各々が道で
飄々と生きてきたかのように見えた。
だが、その胸の内には、常に須戸家への忠心と憎き役座への
逆心とを抱いていたのである。
「……手立ては…?」
「……うむーーーー」
智将 三浦はさらに言葉を続ける……