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名家の暗号殺人事件  作者: 東堂柳
事件篇
4/7

最終話 第二の殺人

 やってくる警察を待つために、俺たちは一旦槻邸に戻った。しかし、待てども待てども、一向に警察はやってこない。

 しびれを切らした光子が、もう一度電話を掛けようとしたときに、丁度電話が鳴った。

 電話を掛けようとした流れのまま、彼女は受話器を取って、電話に出る。

 電話口の相手の言葉に驚き、目を見開いたかと思うと、深刻そうな表情で、うんうんと相槌を打って、彼女は受話器を元に戻した。


「何の電話だったんですか?」


 英介がおずおずと訊いてみると、


「警察の方からだったわ。何でも、ここに来る途中の道が崖崩れを起こしていて、当面来られそうにないって」


「なんてこった」


 さっき出会ったばかりの、英介のもう一人の兄、一也が頭を抱えた。


「ともかく、警察が来るまでに、状況を整理しておきませんか?」


 俺は立ち上がって提案したが、誰も特に何も言わないので、そのまま続けた。


「それで、第一発見者はどなたですか?」


 みんなして顔を見合わせていたが、一人の男が手を挙げた。一也だ。


「私です」


「しかしまた、なんであんなところに行ったんですか?」


「朝早く目が覚めたら、竜雄からメールが来てたんですよ」


 一也はスマートフォンを懐から取り出し、何やら操作してから、俺にそれを差し出した。メールの画面だった。確かに、竜雄から一也宛てになっている。


『遺言状のことで話がある。裏山の祠の所に来てくれ』


「確かに、これを見ると、一也さんの言ってることは正しいようですが」


 これを言っていいものか一瞬躊躇ったが、唾を飲み込んで結局言う事にした。


「これだけでは何とも言い難いですね」


「なんだって」


「これだけだと、竜雄さんを気絶させ、竜雄さんの携帯から自分の携帯にこのメールを送信したあとで、彼を谷底に突き落とし、あたかも第一発見者のように装うこともできるわけですよ」


「言いがかりはよしてくれよ。大体、部外者の君には関係ない話じゃないか! 引っこんでてくれ」


 動揺しているのか、口調が上擦っている。


「しかし、第三者だからこそ、客観的に物事を捉えることもできるだろう? 彼の言い分はもっともだと思うがね」


 俺を擁護したのは、意外にも春彦だった。先ほどから彼は、気味の悪い笑みを浮かべて、一也を見ている。


「お前が殺したんだろ! わかってるんだぞ」


 今にも食って掛かりそうな勢いで、一也が吼える。標的はすっかり俺から春彦に変わった。しかし、当の春彦は意に介さない様子で、鼻で笑っていた。


「確かに、俺にだって同じような方法を使えば、奴を殺すことはできただろうな。だが、俺だけじゃない。ここにいる全員が、その方法で犯行可能になるはずだろう? まだそれしかわかっていないのに、決めつけるのはよしてくれないか?」


「なんだと!」


「落ち着いてよ、兄貴」


 すっかり血が昇った一也を、英介は必死で宥めようとした。殴りかかりそうな一也を身体で押さえている。


「まあ、俺は今それどころじゃないからな。隠し財産を見つけに行かせてもらうよ」


 春彦はそれを横目で見ながら、部屋を出ていこうとした。


「まさか、わかったんですか」


 俺は、昨日の彼の様子では、まだ解ききれていないように見えていたから、少し意外だった。


「大体の見当はついたんだよ。もういいだろ。こんな話合いしてたって不毛だ。俺は抜けさせてもらう」


 そう言うと、春彦は立ち去った。


 *


 こんな時だったが、朝飯を抜いていたことを思い出して、急に腹が鳴り始め、静かになった部屋の中に響いた。決まりの悪さに、顔を赤らめながら、


「すみません。松下さん、朝御飯を用意してもらっていいですか?」


「ああ、そう言えば、まだでしたね。わかりました。すぐにお持ちします」


 彼女も何かしていないと不安で一杯だったのか、今まで目元に影が差していた顔色が急に元に戻り、小走りで厨房に向かった。

 彼女はものの十数分で、かなり手の込んだ食事を持って戻ってきた。家事が得意だと自負しているだけある。

 英介と一也も食事を摂ることになり、結局光子も加えて、全員で朝食の食卓を囲むことになった。しかし、四人で食事をしているというのに、会話はほとんど弾まず、食器と箸の擦れあう音ばかり。余計に気まずくなった気がして、早く食べ終えようと躍起になっていた時、それは起こった。


 ――パァン。


 乾いた破裂音。

 癇癪玉を鳴らしたようなその音に、俺は近くの悪ガキが悪戯をしているのだろうと思ったのだが、それを聞いていた一也の顔色は瞬く間に変わった。


「銃声……?」


 小さく消え入りそうなほどの声だったが、静かだったこの場では、全員にはっきりと聞こえた。彼のその言葉で、一層空気が張りつめる。


「一体どこからでしょうか?」


 光子が怯えた様子で、身を竦ませた。


「ちょっと見に行ってみよう」


 俺は立ち上がって、外に出ると、音のしたであろう方向に向かっていった。音は庭の奥のほうから聞こえてきたようだった。後ろから英介と一也、光子が遅れてついてくる。

 池の畔に出たところで、俺の目に留まったのは、倒れている男の姿だった。頭の辺りの地面が、黒く染まっている。

 それに気を取られて、立ち止まっていると、背後から英介に声を掛けられた。


「どうした?」


「あそこに誰か倒れてる」


 俺が指差すと、彼もそれにようやく気付いた。後から来た一也と松下もそれを認める。

 急いで駆け寄って見てみると、やはりそれは春彦であった。額に惨たらしく開けられた風穴から、鉄臭さの漂う赤黒い血が、今もなお流れ出ている。完全に開ききった瞳孔を見ても、既に絶命しているのは、火を見るよりも明らかだ。

 間近に死体を見た光子が、短い悲鳴を上げた。


「じ、自殺……でしょうか?」


 彼女は口元を押さえて、一也の背後から隠れるようにして死体を覗いた。


「まさか、自殺なわけないでしょう? さっきのあの人の口振りや態度。とてもそんな風に見えなかったし、普通自殺するときは、額に拳銃を当てたりはしないで、こめかみを狙うのが自然なはずです」


 そこで区切って、俺はあたりを見回した。


「それにそもそも、使った拳銃がどこにも見当たらない。これはれっきとした、殺人ですよ」


 俺は自信を持って、そう断言した。


「しかし、そうなると一体誰が? 銃声のしたときには皆さん、一緒に食事をしていたではありませんか?」


 光子が震えながらも首を捻る。その顔はかなり血の気が引いて、土気色に染まっていた。


「あらかじめ、消音機つきの拳銃で彼を殺しておき、時間が来れば癇癪玉か何かを鳴らすような装置を作っておくんだ。そうすれば、あたかもついさっき彼が殺されたかのように見えるんじゃないか?」


 英介がそう言い出した。しかし、俺は反論した。


「そうだとたら、今もこんなに出血してるのはおかしい。彼の姿が見えなくなったのは、今からだいたい一時間前くらい。それから松下さんは食事の用意をしていて、他は全員ずっと同じ部屋にいた。その流れで朝食を摂り始めた。その間、トイレに立った人もいない。となると、彼は少なくとも一時間前に死んでることになる。つまり、そのトリックではこの殺人は不可能だってことだ」


「待ってくれ。そうなると、可能性があるのは松下さんってことになる。朝食の準備の途中で抜け出して、彼を殺し、それから戻ってくることも」


「そんな、違います。私は何もしていません」


 一也の言葉を遮って、青ざめた光子が首を激しく振った。


「それはないんじゃないでしょうか。彼女に彼を殺す動機はないですし、あれだけの量の食事を、十数分で作るのは、それだけでかなり大変なはずです。それに彼が出ていったのは、彼自身の考えからでしたよね? 彼がいなくなってから俺が食事を要求したのも偶然。仮にあらかじめ食事を用意しておいたのだとしても、これらを予測していなければ、彼女に犯行は無理ですよ」


「確かに……じゃあ、一体誰がどうやって彼を殺したというんだ?」


 一也は腑に落ちない様子で、俺を見る。こうなると、犯人は一也か英介に絞られるのだから、彼としては納得できるわけがない。しかし、そう言われても、今の俺にはさっぱりわからないのだ。


「これ……なんだろ?」


 偶然にも、答えに詰まっていた俺を助けるかのように、英介が地面を見て唐突に呟いた。それに促されて彼の目線の先を辿っていくと、確かに地面に妙な痕跡が残っている。何かを引きずったかのような跡。

 ここに来るまでは、慌てていたから全く気付かなかったが、それは玄関のほうにまで続いている。


「これは……」


 その時、俺の頭の中で何かが閃いた――ような気がした。

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