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名家の暗号殺人事件  作者: 東堂柳
事件篇
2/7

第一話 暗号

 とまあ、こう言った成り行きで、俺は英介の実家に向かうことになった。彼の家は資産家で、かなり金持ちだという話を聞いたことがある。いくら明日明後日が土日といえども、いきなり俺の分の交通費――と食費――まで奢って、新幹線で新潟まで行くなど、金がなくてはできまい。恐らくは、俺とは比べ物にならないほどの仕送りをもらっているのだろう。

 そしてその車中、英介は俺に突然の非礼を詫び、事の顛末を話し始めたのだ。


 二日前、彼の祖父、槻源蔵(げんぞう)が亡くなり、彼は急ぎ実家に帰省した。源蔵は大戦中、海軍の船員を勤めていたが、そこで起きた事故に巻き込まれて怪我を負い、左足の自由が利かなくなってしまった。しかし無事帰還すると、そんな障害など屁でもないとばかりに、新たに事業を始めたのだ。そしてそれが思いの外うまく行き、彼は一代にして莫大な富を築いたそうだ。

 英介の両親は離婚し、母親は幼少の時分に出ていってしまい、それから父親が一人でずっと彼を育ててきたのだが、その父は既に脳卒中で他界し、源蔵の身寄りは、英介とその兄弟、そして随分前に勘当した不肖の息子だけだった。

 ここで問題になるのが、遺産の相続だ。

 開封された遺言状によれば、現在の会社は孫の一人で一番の年長者、一也かずやが継ぐようにとなっていた。

 しかし、源蔵には隠し財産があるのだということが、その遺言状で明らかにされたのだ。

 戦後の貧しい日本では、厳しい税の取り立てが行われ、それを逃れるために隠した多くの金品が、どこかにあるのだという。だがその場所や相続人は明言されておらず、遺言によれば謎の文章と、


『この謎を解き、先に財産を見つけることができたものに、その全てを与える』


 という源蔵の言葉だけが残されていた。


 英介の話を整理すると、大体このような話であった。


「それで俺に、その謎を解いて欲しいってことなのか」


「そういうこと。はっきり言って、俺はこういうのにとんと疎くてさ。早くしないと、他の奴らに取られちまうかもしれないだろ? 大金の手に入るチャンスをみすみす逃したくはないし、な? 手伝ってくれるか?」


「ここまで強引に引っ張ってきたのに、今更頼むなよ。もう俺にはYESって答える他ないじゃないか」


 英介は小さく笑いながら、「わりい」と頭を下げた。


「それで、その暗号とやらを見せてくれないか?」


「ああ、写真に撮っておいたんだ。ほら」


 彼はスマホを弄って、その画面を出しながら、俺に差し出した。

 画面に映っていたのは、遺言状の一部のようだったが、そこには意味不明な漢字の羅列が並んでいた。


『寅酉巳子 巳酉寅 酉酉未未 辰戌寅 寅亥辰巳 酉酉申申

 丑卯寅未申 寅亥午子巳 巳寅丑辰戌 辰巳午午 寅酉未 酉辰酉』


「どうだ? 何かわかるか?」


 英介がディスプレイに釘付けになった俺の顔を覗き込む。


「そう急かすなよ。……見たところ十二支がランダムに並んでいるようにしか見えないな」


 すると彼は、期待はずれだとでも言いたげに、あからさまにうるさく溜息を吐いた。


「そのくらいは俺でもわかるよ」


「文字の塊も、三文字だったり五文字だったりで統一感がないし。まあ、見たところ鍵となる言葉が無さそうだから、単純に文字を何かで置き換えるパターンだとは思うけど」


「何かって?」


 そう言われても、さっぱりだ。何も閃いてこない。俺は肩を竦めて苦笑した。


「さあね、もっとヒントがあれば別だけどさ。遺言状に書かれていたのは、これだけじゃないんだろ?」


「ああ、旅人がどうとか、獣がどうとか、よく覚えてないけど、そんなことが書いてあったな」


「それだよ、きっとヒントはそこに書かれてあるんだ。見せてくれないか?」


 英介はハッとした顔をしてから、ごまかすように笑った。


「あ~、っていうか、これしか写真撮ってないんだよね。これだけあれば十分だと思ってさ」


「……とにかく、残りは向こうに着いてから考えるしかなさそうだな」


 俺は腕を組んで、しばし暗号を見ながら、ああでもないこうでもないと考えてはいたものの、心地の良い電車の振動と食後の満腹感によって、夢の世界に誘われていった。


 *


 二時間ほどで、電車は新潟駅に到着した。

 英介に起こされるまでの記憶が、すっぽり抜け落ちていた。完全に熟睡してしまったようだ。

 電車から降りると、伸びをして凝り固まった身体をほぐす。

「にいがた」と大きく表示された駅名表を見て、ようやく本当に新潟に来たのだと実感した。さっきまで東京で授業を受けていたことを考えると、全く便利な世の中になったものだと感嘆する。

 そこからは英介の案内で、ローカル線に乗り換え、さらに三十分。そして最寄りの駅からのバスに乗って、今度は二十分。

 流石にくたびれてきて、便利な世の中という言葉を心の中で撤回した。

 暫く人家も何もない山中を走っていたバスだったが、くねくねとした急な山道を乗り越え、ようやく山間の小さな集落が見えてきた。

 目的のバス停に着いてから、さらに少し歩いて、遂に到着したその家は、田舎にあるということを差し引いても、かなりの大きな邸宅だった。家を囲う塀は切れ目などないかの如く、ずっと道沿いに続いていて、先はまるで見えない。


「これ全部お前んちってことか?」


「まあ、そうだね」


 英介は重厚そうな木製の門を開いて、俺を中に招き入れた。

 中に入ると、その広さはよりはっきりして、俺は思わず肝を潰した。

 巨大な純和風の建築様式を模した平屋は、さながら歴史ある寺院のようにも見える。庭は立派な日本庭園になっており、屋根には恵比寿様の形をあしらった瓦の乗った東屋がある。さらに奥のほうには枯山水までもがあるようだ。

 これが個人の家だというのか。

 生まれてこの方、庭すらないマンションの一室でその大半を過ごしてきた俺にとっては、ここはまさしく別世界。見る物すべてが珍しく、好奇心がかきたてられた。

 しかし、英介にとっては自分の家。まったく怖気ることなく慣れた様子で飛び石の上を進んでいき、これまた間口の広い玄関の前に立つと、そこに設置されたインターホンを押した。見るからに時代を感じる造りのせいで、その近代的な機械はあまりに不釣り合いであった。

 少し待っていると、内から戸が開かれ、中から年配の女性が姿を現した。彼女は英介の姿を見て、少し安心したような表情になった。


「英介様、やっとお戻りになられましたか。……そちらの方は?」


 彼女は俺の姿を認識すると、怪訝そうに顔を顰めた。


「ああ、彼は大学の友人の末田光輝くん。遺言の謎について、考えてもらおうと思って来てもらったのさ。末田くん、こちらはお手伝いの松下光子まつしたみつこさん」


「どうも」


 英介の紹介を受けて、ぺこりと頭を下げる。光子は納得したように頷くと、俺たちを家の中に通してくれた。

 開放感のある、庭に面した廊下を歩きながら、俺は光子に尋ねた。


「この庭は全部松下さんが手入れをしてるんですか?」


 彼女は手を振って否定した。


「いえ、私は家事は得意ですが、植物にはとんと疎くて、この庭は旦那様や定期的に呼んでいる業者の方が手入れをしています」


「源蔵氏は足が不自由だったと聞いたのですが、ご自分でやられていたのですか」


 光子は懐かしむような目で、庭を眺めた。


「ええ、それはもう熱心に。私も手伝おうと、以前一度、旦那様が大事になさっていた、馬酔木の鉢植えに水をやったことがあったのですが、旦那様は酷くお怒りになられまして、それ以来、私は庭のものには触れないようにしています」


 馬酔木の鉢植えと言うが、ここから見た限り、そのようなものは見受けられない。


「失礼ながら、その、馬酔木の鉢植えはどのあたりに?」


「今は、蔵の中に移してあります」


「蔵ですか。なんでまたそこに?」


「旦那様のお気に入りだった植物ですし、そのまま放っておくのも、処分するのも気が引けまして」


「誰か、他にこの家で世話をする人はいないんですか?」


「皆さんまだお若いですし、盆栽には興味がないのだと思います」


 俺は英介の隣の客間に案内され、滞在中はここを好きに使っていいと英介に言われた。

 一人で使うにはあまりにも広すぎる客間には家具は殆どなく、殺風景で孤独感を味わった。好きに使えと言われても、こんな広くて何もない部屋、どう使ったらいいのかわからない。

 荷物を置いて、少々長旅の疲れを取ろうかと思ったが、一人だとだんだん寂しくなってきて、結局英介の部屋に行って、遺言状について聞くことにした。


「それで、遺言状はどこにあるんだ?」


「祖父の部屋さ。もう公式に開封されたから、遺言の指示に従って、いつでもだれでも見られるようにそこに保管してあるんだ。見に行くかい?」


「そりゃあ、そのために来たんだし」


 二人で槻源蔵の部屋に入ったが、やはりここも殺風景な部屋だった。申し訳程度に床の間に掛け軸や陶器が置かれている程度で、後は何もない。

 英介は鍵を使って、引き出しから封筒を取り出し、中に入っていた遺言状を抜き出した。


「これだよ」


 俺にそれを差し出して見せる。

 遺言状は和紙に和筆で書かれてあり、見た限り達筆の部類に入るのであろう槻老人の文字を読むのは、慣れない俺にとっては一苦労だ。英介に教えてもらって、どうにか読み進めていく。

 遺言状の前半は、会社や不動産の相続についての事が書かれてあり、謎の文章というのは、最後のほうにほんの少し書かれている程度だった。


『我が宝玉の在処を知るは十二の獣。未知の土地に於いて迷える旅人を導し四方の聖なる獣と、頭上高く昇る竜は刹那の断末魔を叫ぶ。死せずして後に残った獣たちは永遠の慟哭を挙げ続けるであろう。そして、其の者たちの首を討ち、真に物事を見据える眼を手に入れ給え』


『寅酉巳子 巳酉寅 酉酉未未 辰戌寅 寅亥辰巳 酉酉申申

 丑卯寅未申 寅亥午子巳 巳寅丑辰戌 辰巳午午 寅酉未 酉辰酉』 

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