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宝の地図  作者: xxx
8/12

未 御神木

 地図の真ん中ちょっと右にある大きな木の絵。先生もおじいちゃんも口を揃えて『御神木』と言った。

 移動する車の中で御神木について説明を聞いた。御神木というものは、木そのものが神様の化身で、その位置を動かそうとすると災いが起こるのでそのままにして祀られているものだと二人から教えられた。それは木であったり岩であったりする、それらをひっくるめて『御神体』と言うそうだ。

 区画整理された町の中でも御神体があって、その周りだけはそういった理由で道路の真ん中に「動かせるもんなら動かしてみろ」と言わんばかりに立っているんだとか。

「百聞は一見に如かずだ、見たらわかるよ」

「はーい……」

 私は現在の地図で目的地を見た。この地図にも御神木はあって、道路を隔てて神社がある。


 蝉の騒ぐ森の中、私たちは最初の目的地である乙浜神社についた。先生の案内で、先ずは御神木である大きな杉の木を見ると、さっきまでの説明が一瞬で分かった。

「何これ……」

真っ直ぐの一本道、だけどその真ん中に御神木が一本だけ立っている。その周囲だけ道が木を避けている。それでいてそこを通る車や人は当たり前のように通りすぎるのだ。

「これが御神木ってもんだ」

「すごい。切っちゃうと良くない事が起こるんだよね?」

「そうじゃ。道があって木があるんじゃない、その逆じゃな」

 百年以上前からここにいる御神木、確かにこの木は神であり、町の人も木に敬意を払っているように見えた。


***


 私たちは一度木に触れてから、この神社の宮司に話を聞くことにした――。調査をすることになった経緯を説明したら宮司さんは喜んで、私の持っている地図を見せてくれないかと言ってきた。

「この地図なんです」

私が地図を見せると宮司さんはじっと見つめたまま動きが止まった。四方八方から蝉の声が聞こえてきた。

「そうですね、その地図のヒントは本殿にあるようですよ」

 宮司さんはそう言うとニコッと笑って、私たちを神社の本殿に来るよにうにと言われ、大鳥居の方へ歩き出した。

「先生はこの神社来たことあるの?」

「あるよ、本殿に入ったのは七五三の時かな」

「じゃあ随分前じゃん」

 先生も覚えていない神社の本殿に何があるのか私はドキドキしながら、宮司さんに続いて大鳥居をくぐって本殿に向かった。

「皆さんがお持ちの地図はおそらくこれかと思いますよ」

 本堂の奥の壁にかかげられた古地図、私たちはそれを見て三人とも同時にワッと声をあげた。

「まさにこれじゃん」

「ほう、見事なもんじゃ……」

 私は壁の地図の前から真っ直ぐ後退りして、自分の地図とを見比べた。

「凄い!この地図だいたいピッタリだ」

壁の地図と私の目線との間に何度も『宝の地図』を挟んで重ねてみた。間違いない、この地図はこの壁にあるこれを見て書かれたものだ。山の位置、川の位置、そしてここの位置。さらに線路が途中まであるのまで同じだ。

 私が感心していると後ろの両脇で先生とおじいちゃんが同じように地図を見比べて頷いていた。

「この地図は大変貴重なもので、明治二七年のものと言われています」

「鉄道の敷設が変ですね?」先生が質問をした「確か鉄道は東から西に伸びたはずでは?」

「そこなんです。社の資料ですと当初はここの前に線路を敷く予定でしたが、この前の年に台風による山崩れと洪水で線路が途切れたのですよ」

「それでこの地図では線路がないところがあるんですね」

「左様です。その山崩れで一本だけ残ったあの杉が御神木として祀られるようになり、鉄道も敷設の場所を変えた訳です。前の年なら鉄道の位置が逆で、後の年なら開通しているのですよ」

宮司さんは本堂の外に見える大きな御神木をの方を向いた。

「それで明治二七年か、お婆さんが二十歳の頃じゃな」

「当時は酉岡は山でしたし、戦後酉岡の山を埋め立てて現在の乙浜になり、川も治水事業で東へ動かしたと聞きます」

「そうか、ウチは埋立て地にあるとは聞いたけど、百年で地形はこんなに変わるんですね」

「甲山の農村もそうじゃよ。自然に見えて農業しやすいように道や水路を人が作ったんじゃな」

「先生、酉岡ってどこ?」

「宝のあるバツ印んとこ辺り」

私は壁の地図を見た。確かに左の山に酉岡と書いてある、因みにこっちの山は卯山だ。先生は後ろから「干支ってのは方角も表すんだよ」って教えてくれた。要は「西岡と東山」ってことか。

 宝の地図にあるバツ印のところをその古地図で確かめた。

「乙濱城って書いてある」

「今は『乙城記念公園』になってるよ。今日、弟が試合する球場がある」

「そこにお城があったんなら、宝もあるんじゃない?行ってみようよ。野球も見たいしさ」

「よし、じゃあ次は城跡の球場じゃな」


 この地図が書かれたのは明治二七年、つまり西暦1894年ということがわかった。私が生まれるちょうど百年前だ。乙浜市に来て調査が大きく前進した気がして、私は小さく跳び上がって喜んだ。


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