楠義貴と藤村雪乃
楠義貴はつまらない。
僕は彼と知り合ってから精々1年程の付き合いしかないが、彼が非常につまらない人間である事はよく知っている。
一年生の時に、クラス分けが決まった直後の授業で 僕も真面目に学業に専念したいと言う意思をクラスメイト全員に伝えた。
他にも自分の趣味を語る者。好きなスポーツについて熱く語る者。彼女を募集中だと言う者。一発ギャグをして笑いを取ろうとした者など、実にバラエティーに富んだ自己紹介が行われた。
そんな中、彼はこういった。
「俺はどこにでもいるごく普通の男子だ。面倒ごとは嫌いだ。何事も普通が一番だと思っている、普通に学校を出て普通の会社に入って普通に結婚をして普通に退職して普通に死にたい。皆よろしく」
僕はライトノベルが好きで、よく勉強の息抜きで読んでいた。
だから僕は彼の自己紹介を聞いた時、思わずライトノベルの主人公がよくするような自己語りを思い出した。
一体彼は何回普通という言葉を言ったのだろうか。
そもそも彼は何故ここまで普通という言葉に拘るのだろうか。
その時の僕は楠義貴の発言を少々疑問に思ったが、特に気にする事はなかった。
しかし、こんな事はまだ序の口である。
入学してから数日後、僕と楠義貴は友人になった。
友人といういい方は適切ではないのかも知れない。正確には、一緒に昼食を取ったり、授業で二人組を作れと言われた時に一緒に組む程度の関係だ。休日を一緒に過ごしたり、連絡先を交換するといった友人らしい行為は何一つ行っていない
僕は元々内向的な性格であり、友達を作るのは不得意だ。
だが楠義貴は僕と違い、あえて積極的に友人を作ろうとしないらしい。
楠義貴曰く、「そういうのって面倒くさい」だそうだ。
そして楠義貴は理屈っぽい。そして常に無気力だ。更に成績は悪いのにまるで自分が頭のいい人間であるかのに常に人を小馬鹿にしたような話し方をする。
それにどうやら無個性である事をカッコいいと思っている節がある。そんな彼の態度を見ていると正直苛立つ。
まあそれらは別にいい。多少不愉快には感じるがまだ我慢できる。
それ以上に僕は楠義貴の言動に我慢出来ない事がある。それは彼の口癖だ。
楠義貴の口癖は「やれやれ」だ。
いつも事あるごとに非常にダルそうな表情をしながらそう言っている。
聞いてるこっちのやる気が削がれる。
以前一度「その口癖、ウザいからやめてよ」と言った事がある
そして彼はこう答えた「え?なんだって?」と。
再び僕が「いい加減その口癖をやめて欲しいんだよ」と言うとまた彼は「え?なんだって?」と答えた。
最初のやけに普通という言葉に拘っていた自己紹介の時もそう思ったが、やれやれという口癖やこの難聴具合をみると、やはり彼はライトノベルか何かの主人公に憧れているのだろう。
ああいう主人公はやれやれが口癖で難聴スキルが搭載されているパターンが多いからだ。
恐らく彼は、その手の主人公の人格パターンを再現しようと考えているのだろう。
楠義貴は非常に面倒くさがりやだ。
友情関係は勿論だが勉学も面倒がる。
テスト前の授業ですらよく居眠りをしている。
あの様子だと恐らく家での自習もやっていないだろう。
その結果案の定テストは平均点ギリギリである。赤点を取らないか不思議なラインを毎回通っているが、補修を受けた事はないらしい。
僕の学校は生徒の成績ごとにクラス分けが決まる。
僕のクラスは学年で一番成績が優秀なクラスである。何故彼のような面倒くさがりな人間が入れているのか非常に疑問だったが、その時僕は入試の時だけ勉強を頑張ったのだろうと思っていた。
だが、彼は二年生のクラス替えの際も最優秀クラスに編入された。
教師達に賄賂でも送ったのだろうか。
とにかく楠義貴はつまらない。
つまらない上に変だ。
ここまで普通に固執するのはどう考えても変だ。中二病にしてもあまりにも痛すぎる。
普通である事に固執し過ぎていて逆に異常さを醸し出している。
そんな彼が最近おかしい。
元々おかしいのでおかしいという表現は変だろうが、最近は更に変だ。
何よりも普通を重んじる彼が、『青春部』という名の変な部活動を始めたのだ。
なんでも高校で再会した幼馴染に誘われたらしい。
元々そういう手のアニメや小説に憧れていた毛はあった。だからそれらに触発されて変な部活動を作っても不自然ではない。だが彼を誘ったその誘った幼馴染というのが異常としか言えない人物なのだ。
その幼馴染の名前は藤村雪乃。我が校きっての優等生である。
僕は自分で言うのも何だが、かなり勉強が出来る方である。だが学年順位はいつも二位である。何故かと言うといつも藤村雪乃が一位を取るからだ。
それも当然だ。彼女は全国模試一位になる程の秀才だからだ。
それだけではなく彼女は容姿端麗でスタイル抜群で、どうやら読者モデルをやっているらしく休日はよく撮影に追われているらしい。
その上彼女の家はとある世界的な大企業の社長である。とどのつまり凄い御嬢様と言う訳だ。
それだけではなくスポーツも万能で、よく部活動の助っ人に駆り出されている。
以前彼女が陸上部の助っ人として大会に出た事があったが、その時の全国記録を塗り替えたらしい。
冷静に考えて見て、休日は読者モデルとしての活動に追われ、高校生限定とはいえ全国記録を塗り替えられる程のトレーニングを行い、尚且つ全国模試で一位を取れる程の勉強をするなんて、並みの人間ではどう考えても不可能だ。時間はいくらあっても足りない筈だ。
何もかもが平凡を目指していた楠義貴と比較すると、藤村雪乃は異常としか言えない。
彼女は漫画かアニメの世界から連れてきたとしか思えない程現実からかけ離れている。
とにかく無個性を貫こうとする楠義貴とは対象的に、藤村雪乃はあまりにも個性的過ぎる。
一体何が彼女をここまで突き動かすのだろうか。
藤村雪乃はこれだけ凄まじい個性を持ち、尚且つ美人なので男子にモテる。
噂だと月に30人以上の男子から告白されるらしい。
かなり非現実的な数字ではあるが、彼女にとって非現実的という言葉は今更という物である。
だが藤村雪乃は誰とも付き合う気がないという話だ。その証拠に彼女に告白した男子は全員彼女に振られている。
恋愛に興味がないのかと思いきや、別にそういう訳ではないらしい。
先日藤村雪乃に告白していた男子がこう言われて振られたそうだ。
「私はこの作品のヒロインだから主人公以外の人とは付き合えないの」と。
他にも「あなたみたいなモブキャラとは付き合えないの」や、「NTRなんかされたらファンが減るから」などと、非常に個性的な告白の断り方をしているという話を耳にした。
やはり彼女も楠義貴と同じく、何かのアニメかライトノベルのヒロインに憧れ、そういった振る舞いをしているのであろうか。
となると、やはり彼女の言う主人公というのは楠義貴なのだろうか。
彼女は物語の主人公を気どる楠義貴の事が好きだから、自らも物語のヒロインを気どろうとしているのだろうか。
とにかく疑問は増える一方だ。
その上、彼女は『青春部』という活動内容がよくわからない変な部活を立ち上げた。
そして彼女は楠義貴をその青春部という謎の部活動に誘った。
青春部が一体何なのかと思い、楠義貴に青春部は一体何をする部活なのかと以前聞いてみた事がある。
「部員同士で喋ったりカラオケ行ったりゲームをしたりする部活だ。まあただ遊んでるだけだな」と彼は答えた。
青春部の部員募集のポスターを見た所によると活動内容は「仲間たちと共に青春を楽しい謳歌する」という非常に不透明な事が書いてあった。
これらを見て僕はこう推測した。恐らく藤村雪乃も何かのライトノベルかアニメの真似だろう。こういった活動内容が不透明な部活を立ち上げる作品はよくある。
だがそれでも疑問は残る。
アニメや漫画のキャラクターに憧れ、そういったキャラクターのように振る舞う事は僕にも覚えがある。
誰だって好きな漫画のヒーローの必殺技や、決め台詞を真似した事くらいある筈だ
だが彼らのする事は明らかに常軌を逸している。
楠義貴は本気で自分がアニメやライトノベルや漫画の主人公のように振る舞っている。
藤村雪乃も本気で自分がアニメやライトノベルや漫画のヒロインであるかのな振る舞いである。
一体何をしたくて彼らはこのような行動を行っているのだろうか。
そもそも意図してしている事なのだろうか。これが彼らの自然体に過ごしている姿なのだろうか。
まったくもって理解がし難い。
わからない事だらけであるが、一つだけ確かな事がある。
この二人は間違いなくイカれている。