王子と町娘と
ーーーそうして、ふたりは末長く幸せに暮らしました。めでたし、めでたし。
物語の多くをそう締め括るのは何故だろう。
終わりよければ全て良し、そんな言葉があるのは大抵の人は幸せとはそうやって続くものだと考えているからだろうか。
恐らく後悔をしたくないからであって、後の世に自分は不幸せであったと皆々に伝わるのが嫌だからだと思うのだ。自分はそう思う。
後悔は多いけれど、不幸せなんかじゃない。幸せな時間も楽しい時間も・・・確かにあったのだ。
目を瞑れば懐かしきあの風景が今も鮮明に浮かぶ。
沢山の木々と水に囲まれた自然豊かな懐かしき故郷。
あの頃の私の日常は基本窓から眺めるがベースだったのだけど知識は沢山の書物から得ることが出来ていたし、周りには責任感の強く妹思いの兄様と少し呆けていらっしゃるけど優しい兄様の幼馴染である、あの方が毎日沢山のお話をして下さっていたから外に出れないのは残念だったけど幸せな毎日を送ることが出来た。彼はあまり外に出れない私の為に幼い頃は沢山のお話をしてくれた。
有名な童話や、考えた作り話。兄様と城を抜け出し遊んだ日の事や迷子を四苦八苦して送り届けた日の事や毎日の習い事への不満、二人やった悪戯を怒られた日の事たまに勉強も教えてくれた。それに私は笑って、兄様は苦笑しながら三人で話したわ毎日。
彼が自分の婚約者になった事を聞かされた日、私がまだ二桁に満たない年齢の頃だけどね。
綺麗なプラチナブロンドに青い湖のような瞳。いつも私に合わせて背を屈ませ、ふわりと優しく微笑んでくれる彼が好きだったから嬉しかった。
まるで、もう一人の兄が出来たようで。
彼のそんな日常の何でもない話にあの子が登場したのはいつからだっただろう。
ああ。そうだ、私が成人になる15の誕生日の前の日の事だった。
「面白い子にあった」---そう言ってたんだわ。
それから世間話のついでのようにふと出てくる彼女の話。彼女と断定して話してはいなかったけど、何となく彼の表情で分かった。これでも長年一緒にいる仲だからなのかもしれない。
その子は。
腰まである長い赤毛の髪を持つ物腰が柔らかな綺麗な女の子で。
そうそう、透き通るような空色の瞳が特徴的だったとか。
彼女はソツがなく器用で。
兄様とは何故か少し仲が悪そうだった、とか。
時々入れてくれるお茶は絶品だとか。
少し意地の悪いときがあって喧嘩すると勝ち目のなさそうな事とか。
そんなふうに優しく紡がれる彼女との話に興味を惹かれて一度見に行ったの。駄目だと言われた部屋を抜け出し、あまり着たことのない外着に着替えて。
私には長く感じた階段を下りて、兄様の仕事部屋をこっそり抜けて、沢山の使用人に見つからないよう身をひそめながらただ一度の脱走と言う名の大冒険。
通路を抜けた人通りのない小さな井戸の前に見つけた灰色のくたびれたワンピースを着た小柄な人物。
彼の言った通り綺麗な人だと思った。ーーー今の空のような赤い夕焼けのような髪色をなびかせ私を見た彼女は・・・彼の話す人物とは少し違ったのだけど。
忘れないわ、使用人を困らせるような冒険は御終いにしたらどうでしょう、と微笑みながら言った彼女の冷たい笑顔は。何だかその、大人の怖さを感じたのは私がまだ子供だったから?
その後、何があったのか分からないけど、優しいと称した赤毛の彼女の事を好きだと分かった彼はどうしたか。馬鹿正直に告白して、名前を聞いたらしい。
まだ名前も知らなかったのだと驚いたわ。
いつだったか唖然とする前に笑ってしまいました。と彼女が苦笑して教えてくれた。
そんなふうに始まった彼の初恋。彼と彼女では身分の差が大きく有ったのだけれど、ーーー私の婚約者という立場がなければ彼らの恋はもう少し楽だったかのように思う。
たとえ叶うことはなくとも悲劇は生まずに済んだだろう。
「すず」
今では聞きなれた声に、
ーーーふわりふわりと意識が上昇していく。
恨みがましく、ゆさゆさと遠慮なく揺するその相手を見上げる。
「寝てたの、鈴?」
いい夢だったのに。
むぅ、と膨れながら見れば苦笑してでこピンを喰らわされた。
「いったァ!!!」
「・・・そんな大げさだなァ。軽くでしょ。」
「こういうのは地味にくるものなの!」
ふうん、と軽く頷く彼は私の義理の兄上様である。
和久井透と和久井鈴華。
親の再婚の連れ後同士なので何の血の繋がりもないが私達の容姿はどこか似ているらしい。髪型か背格好か。二人して同じ高校を受けたからなのか。今や通う学校では仲の良い双子の兄妹で知られているが実は血の繋がりなどない他人である事を知るのは極わずかである。
(まあ、互いに説明が面倒で聞かれても「親の再婚の連れ後同士」と答えなかったからかな。)
それがそもそもの原因であるような気もするが、仲の良い双子で定着しつつある今ではどうでも良い事であろうし、目の前の美形と似ていると言われて嫌な気もしない。
どこぞのおフランス人形のような顔面の配置。うん、眼福じゃないか。
「いったァ・・・!!!マタデコビン!!」
「だってジロジロと見られると邪魔だし。」
「ヒッドーイデス!」
何で片言?と眉間にしわ寄せ始めた透とおでこを擦りながら、マジイターイとまたや片言の鈴の間に控えめな笑い声が聞こえる。
「あ、みりえー」
教室に入る手前、ドアの片隅に背中を預けて笑っていたその人物は名前を呼ばれるとまた笑った。
「仲が良いね。羨ましいことで。」
「ええ?みりえもでこピン喰らいたいって事?」
「そんなわけ無いでしょ。」
ボタンをしっかり第一まで止めて、スカートも真面目に膝丈に合わせて着る。何となく校則とは守りたいと言っていた如何にも大人しそうで真面目そうな彼女は私の幼馴染であり、私たちがホントの兄弟ではない事をちゃんと知っている者の一人。
「あっという間だね」
「確かに。さっきまで赤かったのにもう真っ暗だなァ。ーーーほら、帰るよ。」
「---アテッ」
いちいち小突くな。
こつんと小突かれた頭のてっぺんを抑え一年間お世話になった椅子を机に入れて三人で教室を出た。
教室を出て階段を何回か下れば三年間お世話になった下駄箱である。
いろいろあったが。例えばそう・・・間違えて上履きのまま帰ったのは痛い思い出だ。
「そーいえば上履きのまま帰ったことあったよね。」
外履きに履き替えていた手が止まる。
みりえはふふ、と思い出したのか楽しそうに笑い出した。
「ああー。確か次の日に玄関で靴を履こうとして気づいたんだったなァ。で、何故か鈴俺の靴履いていったんだったかー」
「そうそう。そしたら学校で履く物がないからって透君の上履きを履いて。」
「仕方無く俺はサイズの合わない鈴のを履いて登校し、泣く泣くその後も鈴の上履きをーーー」
「いやいや。クラスまで来て昨日上履きのまま帰ったからって俺の靴履いて登校するな!と高々と叫んだじゃん!!」
ぼすんとバックで叩けば「いててー」と大して痛くもなさそうな声音が返って来た。
「ホントに仲良いねー」と笑いだすみりえに、「暴力的だなァー」と苦笑する透。
(なんだかなぁ)
在りし日の光景のようで、まったく違う光景でもある。
聞くだけだった思い出話は楽しかったけれど、やっぱりしっかり自分が参加し体験している思い出話の方が何倍も楽しいものだと分かる。
でも少し情緒的で物悲しい気持ちになるのは今日が卒業式だからか。
「あれれ、何うつむいてるの?」
「・・・」
少しだけ屈んで、ふわりと微笑む。可笑しい、と思う。笑える。
あの頃のような美青年でもなければ美人でもない。王子様要素などどこにもない。
どこにも接点が見つからない、いわば平凡中の平凡な彼女に彼の面影を感じたのはいつだったか。
「・・・別にぃ?卒業できたなーと思っただけ。」
「ああ、確かに。」
「あ、どういう意味!」
「仲良いねェー」
けらけら笑う透の笑い声を聴きながら思う。
在りし日の私は間違っても彼の悩みの種になど敵になど回りたくなかった、だろうと。
『・・・なぜこんなことを・・・?』
『お嬢様が不憫に思えたのですっ。そして憎かったのですっ!!幼き頃よりお身体が弱く欲求の少ないお嬢様がただ一つ欲したあの方を奪うあの女が!!』
生まれた頃よりお世話になってる私と兄様の乳母。それは憐憫か。行き過ぎた同情か。
『けれどっけれどっ。まさかこんな事になるとは思いもしなかったのですっっっ』
差し向けたのは殺意。しかしそれを受けたのは彼だった。
こんなはずじゃなかった。後悔は死ぬまで続いた。
彼女の責任を私は取り流刑に、兄様は親友と妹を同時に失い、彼女は愛する人を永遠に失う。
誰も幸せにならない最後を生み出したのはどうしてだろうと今でも考える。
あのとき、こうしてたら良かった?彼女をもっと気に欠けたら良かった?
私は彼女を憎んでいなかったし、彼と結婚したいと言われれば祝福出来たわ。
恋情じゃなく家族のような愛情を彼に向けていたから。
だから今は。
「ねーみりえー」
「なによ?」
「彼氏ほしーねー」
「唐突だねェ。鈴。」
けらけら3人で笑い合う。まだ知らぬ明日に向かって。
(こう、なりたかったんだろうなぁ)
羨ましかったわ、兄様。あなたが心底羨ましかった。
異性じゃなく、妹でなく、婚約者でもない。同列になりたかったんだろうなあ。
悩み打ち明け笑いあえる友人のように。仲間に。
だから今度こそ、好きな人とほのぼのとした恋愛を。貴方に。
ーーーそんな彼女が高校に入学し、どこか彼女に似た腹黒そうな王子様と恋愛をするのはちょっと先の話で。
そんな二人を面白おかしく見ながらそのうち二人の前世である『王子と町娘』なんて台本を作って劇にしちゃうのももう少し先の話である。
初対面からはじまりました、のサイドストーりーです。うう、難しい。
分かりにくかったらすいません。
それでも、と読んでくださった方に感謝です。