三十歳まで童貞を貫くと魔法使いになれるらしい
三十歳まで童貞を貫くと魔法使いになれるらしい。
そんなくだらない都市伝説を、ふと思い出す。
ただいまの時刻は、二十三時五十八分。
あと百二十秒もすれば、日付が変わる夜更けである。
子供ならば寝る時間であり、特に事情が無いのなら、大人も明日にそなえて眠るべき時刻。そんな夜に、なぜ俺は寝る素振りも見せずに起きているのかといえば……。
それは自分でも呆れるほどに、本当に、くだらない理由である。
明日。
正確には、あと二分後。
俺は誕生日を迎え、三十歳になるからだ。
三十歳まで童貞を貫くと魔法使いになれるらしい。
……お察しの通り、俺は童貞だ。正真正銘のチェリーだ。
彼女いない歴イコール年齢。灰色の学生時代を過ごし、そのまま社会人になっても浮いた話一つないまま今の今まで生きてきた。
直前になって、いっそ金を払ってでも卒業してやろうかとも考えたけれど、なんかそれは違う気がして。
ついに童貞のまま、ここまで来た。俺は、そんな男だった。
つまり、俺が寝ないで起きている理由とは。
その事実に目を背けたまま、ふて寝することすらも出来なかったから、だったら開き直って盛大に誕生日を祝ってやろうと考えただけの事である。
ケーキを初めてホールで勝った。四千円もするやつだ。
パーティーの道具も揃えた。パーティー用の三角帽。髭眼鏡。クラッカー。
ビジネススーツをバッチリ決めて、いい大人が三角帽と髭眼鏡を装備して、クラッカーを構える姿は傍から見なくてもシュールの極みだろうが、どうでもいい。誰に見られるわけでもないのだ。とにかく俺は準備万端なのだった。
そして、もう一度、ふと思い出す。
三十歳まで童貞を貫くと、魔法使いになれるらしい。
それは、よくある与太話の一つだ。
元はゲームか何かの設定だったか。そこら辺は曖昧だが……。
ともかくそれは、誰も真に受けないような、噂というよりは冗談の類。
実しやかに囁かれるものとは根っこからして違う、笑わせることを目的とした悪ふざけに近いもの。
都市伝説とは名ばかりの、三十路になっても女性経験のない童貞をネタにした、つまるところユーモアだ。
そんな、くだらない都市伝説を思い出す。
思い出して、鼻で笑った。
くだらない。
アホらしい。
ありえない。
魔法なんてものは空想上の産物だ。概念はあっても実在しないファンタジーだ。そんなことは子供だって知っている。ましてや童貞と魔法使いに、何の因果関係があるというのか。
まったくもって馬鹿馬鹿しい。
そう俺は苦笑して、腕時計に視線を落とした。
ただいまの時刻は二十三時五九分、四十秒。
あと二十秒で、俺は三十路の仲間入りだ。
そう思うと、何とも言えない虚しさがあった。
いけない。開き直ってやると思っていたのに、直前になって気分が沈む。
十九、十八、十七。
こんなもんだ。俺の人生、こんなもん。
十六、十五、十四。
仕方がない。人生、諦めが肝心と言うではないか。
十三、十二、十一。
自業自得だ。このチェリーめ。童貞め。
十、九、八。
ああ、それでもやっぱり地味にショックだ。
七、六、五。
だから、つい現実逃避してしまう。
四、三、二。
どうせなら、あのくだらない都市伝説通りに、魔法使いになれたりしないかなぁ。
一。
……なーんて。
ゼロ。
次の瞬間、視界が爆ぜた。
「うぉっ!?」
突如として、俺は眩い光に襲われた。
視界が白く染まり上がって、咄嗟に瞼を強く閉じ、両手で顔を覆う。
なんだ、どうした、何が起こった。頭は一瞬でパニックに陥る。
しばらくすると、徐々に白い光は弱まり、視界が元に戻ってきた。
「な、なんだ、いったい……?」
指の隙間から周囲を伺う。
もしかして何かが爆発したとかだろうか。それらしい衝撃や音など無かったが、でなければ何だと疑問に思う。
もし何かあったら一大事だ。女性を一度も上げたことのない寂しいワンルームだが、俺にとっては大事な我が家。滅茶苦茶になっては困る。
祈るように瞼を開き、周囲を見た。
するとそこは、俺の見慣れた我が家……ではなく。
「ようこそ、偉大なる魔法使い様。我らの召喚に応じて頂きありがとうございます」
変な爺さんが目の前にいて、変な魔法陣みたいな模様の中心に、俺はいて。
「どうか、我らをお救いください! 大魔法使い様!」
なんか、急展開だった。
三十歳まで童貞を貫くと魔法使いになれるらしい。