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縁あわせ 9 その日のマァナ

 その日のマァナはまだあきらめていなかった。

 何をというと『男の人のオトシ方』について。

 レーンに意見を聞いた段階で育ての親達はあてにならないと切り捨てた。どうせリーンは「乳のひとつでも揉ませろ」とか言うに違いないとマァナには確信があった。


 今日の縁あわせはお昼から。双葉亭の定休日に相手は都合をつけてくれたらしい。

 正確には双葉たちが「その日しかあいてないよ」と伝えたためだったが、マァナはそれだけでお相手は優しいのだわ! と解釈していた。

 縁あわせが決まったことを常連客たちの前で暴露され、それを聞いた彼らの反応を見て以来、相手がどんな人なのか怖くて誰にも聞けない日が続いていた。

 そのかわりに『男の人のオトシ方』を聞いて回っていた。

「男の人はどんな女の人を好きになる?」と表現を柔らかくすることを忘れずに。

 それに対する常連客達の返答は双葉達と同程度だったのですぐに打ち切った……。

 幼馴染のターニャには「あたし、あなたと同じ程度の経験しかないわよ。聞かないでよ」と一蹴された。同じ程度……真っ白らしい。彼女の一年後が心配された。

 有力情報は商店の娘達からもたらされた。普段は双葉達が商店の娘達とつるむのを嫌っていたのであまり近づかなかったのだが背に腹はかえられないと相談したのだ。


「化けるのよ。お化粧よ」


 そう言ったのは去年、成人前に滑り込み結婚を決めた娘だった。

 すぐさまその化粧道具が欲しかったのだが近場には売っていなかった。

 白いお粉だけはターニャが譲ってくれた。「意味無いと思うけどねぇ」という台詞付きで。

 手のひらに収まる袋に入ったお粉をマァナはその日からお守り代わりに持ち歩いた。なんだか持っているだけで綺麗になれる気がした。

 その他の化粧道具といえば、テサン北の歓楽街あたりにしか売っていないようだった。

 双葉亭の空き時間に行くには無理があった。


 だから今日しかなかったのだ。


「ちょっと用事があるの。お昼までには帰るわ」


 朝からいそいそと出かける様子に双葉達は眉をしかめた。


「お昼じゃ間に合わないんだよ、あんたあの服を着たり準備があるんだからね」


 成人祝いで仕立ててもらった服を着る予定にマァナは満面の笑顔で「うん!」と応える。

 一度、双葉達の前で着て見せて「まぁ、いいんじゃないかぃ」と彼女達の最上級の褒め言葉をいただいていた。くるくると柔らかい生地を膝に絡ませつつ、一番最初に褒めてくれたのは大きな男の人だったけどね、と心の中で思ったがそれは忘れることにした。

 あの服を着て、お化粧をしたらきっとうまくいくはず。マァナは盲目的にそう考えていた。それ以外の方法が見つけられなかった。



 そして今、マァナは何故か木の上に居た。空は昼を過ぎた表情をしている。

 何がどうしてこうなったのかわからないが自分が悪い方へ悪い方へと転がっていっているのだけは確かだと絶望的な気持ちで目の前の木にしがみついた。

 下からは男達の怒声がする……こんな声を投げかけられたのは初めてだった。


 マァナは本人が思っている以上に甘やかされて育ってきていた。

 町の外へ香草摘みに出る時は必ずリーンかレーンのどちらかと一緒だったし、テサンの町の中でも一人で行ってはいけないと言われる場所が多々あった。

 彼女の行動範囲はほとんど近場の商店くらいしか無かったのだ。

 今まで全くの不都合も窮屈さも無かったが、もう少し出歩きたくなる方が当たり前なのではないだろうか。歓楽街に初めて足を踏み入れたマァナはそう思った。

 入るまでは何故かとても怖い、というか息苦しかった。だが意を決して歓楽街の入り口を通ってみると怖さも息苦しさもすぐさま消し飛んだ。

 それは双葉達の暗示がマァナの好奇心によって解かれた瞬間だった。

 近場の商店とは店構えからして違った。ふんだんに色を使った看板、それに負けじと華やかな商品たち。キラキラと光る石には時間を忘れて魅入ってしまったし、店先にぶら下がった綺麗な服にも興味を惹かれた。

 まぁ、服に関しては自分のミルクティー色の服の方がいいわ、とすぐに目を離したが。

 そんなおぼつかない足取りのマァナは歓楽街に入って早々、タチのよろしくない男2人に目をつけられたのだが、気づくはずも無かった。

 目当ての化粧品屋を見つけた頃にはかなり疲れていた。その上、どの品も高価でとてもマァナの懐から出せる金額ではなかった。


「たかいわ……お化粧品がこんなに高価だなんて知らなかったー」


 色とりどりの小さなケースの前で呆然と立ち尽くした。


「お化粧初めてみたいね」


 くすくすと笑いながらいい香りのする綺麗に化粧をした女性が近づいてきた。


「口に塗るのだけでもって思ったけど今日は無理そうなのでまた来ますね……」


 しゅん、と音が出そうなほど凹んだ娘に女は苦笑をもらした。

 今は化粧慣れした自分にもこんな時期があったような気がしたのだ。

 ここで手持ちの紅を分け与えるのもいいが、やはり相応な物があると考えた女は自分が昔したわむれていた紅の花の事を教えるにとどめた。


「北口の壁沿いに紅い花の群生があるわ。潰すと色が出るのよ。手の甲につけて自分に合う色味を探すといいわ」


 娘は若い、化粧をするより紅の花で戯れる方がかわいらしい……

 それはなんの問題も無いはずだった。娘がタチのよろしくない男達に目をつけられてさえいなければ……



 白い小さな手を紅く染めた娘は近づいてくる男達の不穏さに腕を捕られて乱暴に引き立たせられるまで気づかなかった。


 マァナはとことん甘やかされて育っていた。

男が自分に乱暴を働くとは露とも思っていなかったのだ。

戦災孤児ではあるが、物心つく頃にはすでに双葉達の保護下でここテサンに居た。

夜の営業もある双葉亭だったが、客のほとんどがテサン騎士団なので狼藉を働く者は皆無だった。そんなことをしたら自分で牢屋に特攻するようなものだ。酒が入った騎士団員がもめることもあるにはあったが、すぐさま他の騎士達が外に放り出してから教育的指導を施していた。

 男の人って乱暴だなぁとマァナは思っていたが決してその乱暴さが自分に向かう事があるとは思わなかったし、そんな事を思っていては仕事にならなかっただろう。

 性的な嫌がらせに関して言えば、尻でもなぜようとしたもんならどこからともなく皿が飛んでくる。何故かそんな鉄壁の守りがあった。いっそ、マァナは凶暴なくらいの純粋培養だった。ここまでくると知らぬことも罪といえるほど。


 腕をきつく掴んで離してくれない男の意図がわからなかった。

 言っている言葉もわからなかった。卑猥な単語をマァナは知らなかった。


「いたいわ、離して」


 もう一人の男が刃物をちらつかせても、それが自分に向かうとは全く思っていない彼女は怯える様子を一切見せず、ただ不機嫌になっていくばかりだった。

 だからその刃物が自分に向けられ、あまつさえ振り回され、髪のひと房が切られた時、本当にびっくりしたのだ。


「なにするのあなた!?」


「うるせぇな、黙ってついてこいっつってんだよ」


「こいつおかしいんじゃないか? びびらねぇし」


 おかしい、発言にマァナはこれまたびっくりした。


「おかしい? おかしいのは貴方達よ? 人にそんなものを向けては駄目ですっ!」


「うるせぇよ!」


 腕が抜けそうになる程の力でひっぱられ、地面に放り投げられた。

 舗装されていない路面に腰を打ちつけ、むき出しの足を小石で削られながらマァナは倒れこんだ。血が滲むに至ってようやく自分は暴力を振るわれていると気づいた。

 気づいたとたんにマァナはキレた。

 常日頃から不遜な態度の双葉達を見て形成されたマァナの性格は見た目に反して激しく容赦が無かった。それでも手近な石を投げることは良しとしない辺りが純粋培養のせいといえる。


 石ではないものをマァナは迫ってくる男達の方へ投げた。


 それは幼馴染のターニャがくれた白いお粉だった。


 白いお粉は片方の男の顔面に当たり、少量の割りにバフッと広い範囲に飛び散った。これが鼻や喉に入ると粘膜に食いつくかのようにやたら水分を吸った。目に至っては開けられない様子。

 一人の男は両目をやられてあえいでいたが、もう一人の片目は無事だったようで、怒りとともにマァナを捕まえようと立ちふさがった。

 テサンの街中に帰れないと見ると、マァナは一目散に街道へ飛び出した。

 それは双葉達の暗示がマァナの行き場の無い状況によってこれまた解かれた瞬間だった。


 そんなわけで、今マァナは木の上に居る。


「降りて来いこるぁあ!」

「なめとんのか! あまぁあ!」


 ……なんでこの人達って巻き舌で話すのかしら?と思いつつ。




でも本当の本当は、怖くて仕方なかった。



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