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縁あわせ 8 本当に厄介な女達

 

「いったいどこへいったの……マァナ」


 双葉達は狂気のままに娘を探していた。

 その合間にクロスはアスラファールをテサン騎士団へ向かわせた。こんな昼日中ひるひなかに娘が居ない、というだけで事を大きくするのはおかしな話だと思いながらも手段を怠ることはしなかった。

 なにより正装をしてきてしまったために帯刀はしていたが、『しるし』の持ち合わせが無かった。『しるし』とは情報伝達手段の道具だ。手のひらに収まる小ぶりな玉で、着火して空に放り投げると爆発して一定時間空に留まる色粉を散らす。

 赤、青、黄色などがあり、その色ごとに 「失敗」 「終結」 「要人員」などの意味をもたせて使う。

 何か行動を起こす時、『印』だけは携帯しておきたい。人探しとなるとなおさらに。

 とりあえず、テサン騎士団から二人ほどと『印』を借りてくるようアスラファールに頼んだのだ。

 近場のようなのでそれほど時間はかかるまい。

 探知系の魔法は手間がかかる。離れた場所になればなるほどに。腰を落ち着けようと椅子に手をかけた瞬間、女達の悲鳴が上がった。蜂の巣をつついたような大騒ぎをたった二人で始めた。クロスは面倒くささに気が遠くなりそうだった。


 探知時間が短すぎる。この二人、よほどの使い手だ。うるさいが。


「いやぁぁあ!! やめて! やめて!!」

「逃げて! 逃げて!! 助けて! 誰かっ! マァナ!」


 探知魔法とは対象のだいたいの方角や範囲などの特定が可能で術者の熟練度によっては「探し物はこの町のどこかです」くらいの もはや魔法の必要があるのか? 程度しかわからない代物だったと記憶しているのだが。


「マァナになんてことするの! あああ!!」

「ぎゃあぁ! 見てられない!! 」


 …なにやら、この二人には当の本人が見えている様子。信じられない使い手だ。信じられないほどうるさいが。


 クロスは女二人のあまりの騒がしさに負けじと、ようやく声をかける決心をした。

 会話を聞いた限り、どうも娘は大変な状況に陥っているらしい。

 薄紫の光の中、女達が半狂乱になればなるほどクロスの方は冷徹なほど冷静になっていた。


「説明、報告をしろ。わかりやすくだ」


 声に重圧をかけ、無表情に徹して女達に近づく。


「……」


 女達の呼吸は荒く、今の今まで叫んでいたというのに声が出せない様子になる。


「行くと言っているんだ。状況! 場所! 言わんか!」


「マァナ! ナイフ持った男2人!」

「テサン北口! 道標近く森進入!」


 叩けば鳴る鐘のような返事だった。報告しなれている、そういぶかしげに思った事をクロスは心に留め置いた。

 こうなればアスラファールを待っている時間も惜しい。クロスは上着を大机の目玉の落書きにかぶせた。女達がクロスに意識を向けた時から薄紫の光は急速に霧散しつつあった。


「アスラファールが帰ってくる。今と同じ事を伝えろ。テサン騎士団の者も来るのでもう魔法は使うな」


 そう言って店内から出たのだが、女二人がまとわりついてきた。


「遠いわ!」

「間に合わない」


「間に合わないかは行ってみなければわからん。とりあえず陸馬りくばをどこかで借りる」


 この辺りはテサン中央部。北口までは距離があった。


「「陸馬りくばっ!!」」


 声を合わせて叫んだとたん、女達はクロスから離れて隣の家に駆け込んだかと思うと、陸馬を一頭しょっぴいて出てきた。

 見まごうこと無き老馬だった……。


「この時間帯、陸馬なんて出払ってるよ! ゼタに乗っておゆき!」

「この子は賢いから!」


 今は賢い老馬より、馬鹿でも若い馬が欲しかった……。

 まぁいい、乗り潰すか途中で陸馬に乗った騎士団の巡回でも見つけたら交換願おう。


「傷ひとつ負わせるんじゃないよ!」


 それは、この老馬にか、それともまさかすでにナイフを向けられているという娘にか……


「絶対! 連れ帰らなきゃ承知しないよ!!」


 だから馬か娘かどっちなのだ……しかし先ほどまでの狂気が薄れたのは幸いだ。


「助けて帰ってきたら本当に嫁にくれてやる!」


 嫁にやらぬ前提でこの見合い……もとい縁あわせをしていたのか。この女共は。


 クロスは老馬に乗り上がり、手綱を引いた。きちんと手入れの行き届いている手綱をみると走りこみができている陸馬なのだろう。少し安堵し、尻をポンっと叩き、駆らせた。

 後ろで狂気から多少開放された女共の激励?が飛ぶがその声もすぐに耳から離れる。

 前だけ、自分に出来る事だけをクロスは追う。それはいつものことだった。




 残された女達は立ち尽くしていた。

 自分達が出て行ってもなんにもならないことは熟知していた。


「あたしらも……走って追うかい?」


「そうしたいのは山々だけどね。忘れたのかぃ、あたしら老婆並みに鈍足だよ」


「そのうえ魔法以外はてんで馬鹿だからねぇ」


「あの男が行くのが一番さ」


 二人は寄り添いながら店へと戻る。今は深く考えない、考えたくない、そう背中が語っていた。


「とりあえず、リーンは騎士団の相手して。あたしは上であの男共を調べとくよ。捕り逃したとしてもカタがつけられるように」


「「それなりの報復を。」」


 のろいのような合言葉を二人は紡いだ。それはいつものことだった。



 幸か不幸か老馬は頑張り、騎士団とは遭遇しなかった。人通りの少ない道を選んでいたので致し方ない。ヴィネティガならば陸馬専用の道が大通りに併設されていて走りやすいのだがテサンとなるとそうもいかない。

 老馬は見た目以上の老馬だったらしく、少しも走らないうちに速度は落ちたものの、一定の走りを見せた。歳はとっているが気合のあるいい陸馬だ。本気で走り潰す気は無かったので老馬が自分の走力以下になりそうな気配を見て取ると、クロスはすぐさま飛び降りた。


「ゼタといったか、よくやった。賢いというならここで待つか、自ら帰るかしろ」


 老馬の首を撫でてから、今度は自らの足で走り始める。

 テサンの北口が見えた。見張りは居なかった。日中の見張りは立てないのだろうか。その辺りは今度テサン騎士団長ヒーツ・ロアに尋ねてみようとクロスは思った。


 道標辺りまで走りながら辺りを観察するが特に何も無かった。

 普段から主要な街道ではないため人気も無い。娘はここに連れてこられたのか、ついて来たのか、はたまた用でもあったのか。

 観察を怠らず、乱れた呼吸を抑え、気配を消して森に入った。

 こんな時にふと、「あの子には頑丈な婿が欲しいのよ」という言葉が思い返された。

 テサン台頭の私室でのリーン・リードの言葉だった。

 クロスは今の今までその言葉の意味を推し量ろうとはしていなかったのだが、考えてみるとおかしな話だと思った。あの女共と渡り合うために頑丈でなければならなかったのか。もしくは娘自体が頑丈極まりなく、普通の男では相手が務まらないのか。

 後者であって欲しいものだとクロスは願った。


 男二人の騒ぎ立てる声が聞こえたのはその時だった。

 慎重に木に身を潜ませつつ距離をつめると、男二人が一本の木を見上げて怒鳴り声をあげていた。


「降りて来いこるぁあ!」

「なめとんのか! あまぁあ!」


 ……何故こういう手合いはどこの世界も巻き舌が基本なのだろうか。


 とりあえず娘は逃げ延びているようだ。後は自分の独壇場になるだろうとクロスはすでに安堵していた。そして、こういう油断が悲劇を招くものだ、と自嘲する余裕まであった。

 物事を良い方向へ考えた後、悪い方向を持ち出し、結局どちらも馬鹿馬鹿しいと打ち捨てて物事に臨むのがクロスの精神構造だった。

 彼の人生は成るようにしか成らない事ばかりだったから。




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