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縁あわせ 7 厄介な女達※イラスト有り

読んでくださりありがとうございます。

今回、小説の最後に双葉達の設定イラストがあります。

挿絵表示 する にしていただければご覧になれます。

ザッと描いたものですがよかったらどぞ!

 

 クロスは久しぶりに正装した。

 ヴィネティガ騎士団配給の濃紺地の至ってシンプルな上下だ。勲章と飾り紐の類ははぶいた。

「虫が食ってなくてよかったですね」とは神経質補佐官アスラファールの台詞だった。

 それもそのはずで、衣装箱から虫も一緒に出てきていたのだ。

 一番上等な王との謁見用の正装は肩の部分と胸の部分に穴を開けられていた。


「やはり、布地も上等なものの方が美味しいのだろうか」


「……虫に聞いてください」


 うんざり顔でアスラファールはクロスの着替えを手伝っていた。

 正確には衣装箱の掃除を苛立ちを隠さずにやっていた。ほうっておいても誰も困らない(?)事をほうっておけないのがこの補佐官の性格らしい。箱の底を舐めるように確認しつつ不満げに話す。


「縁あわせ、貴方が受けるとは思いませんでしたよ」


「そうか」


「しかも双葉のところの娘などと……」


 普段の数倍険しい目つきになったアスラファールをクロスは無表情で見つめた。

 単純に不思議だったのだ。日ごろ以上の剣呑さが出せる彼の顔が。

 凝視された方はバツが悪かったようで慌てたように咳払いをして言葉を重ねた。


「娘の方は見たことが無いですけどね。14歳といえばしょせん兵役逃れの婚姻でしょう。そんな事のためにヴィネティガ騎士団の長を駆り出す不遜さが信じがたい限りです。テサン台頭も何をお考えなのか、あの双葉に毒されたとしか思えません」


「ぅむ……兵役逃れか」


 テサン台頭の言葉が頭をよぎった。

『本人以外の利も当然絡んでくるものだ。それはもう、思いもよらない方向からもね』


 いったい、誰の『利』が一番この見合いを占めているのだろうか。

 そして、誰が一番『不利』を負うのだろうか。

 どのような形であれ、契約ごととはそういうもの。


 クロスは自室の扉を開け迷い無く踏み出し、そして扉を閉めた。

 面倒な考え事を断ち切るつもりで。


「ちょっと! 何故閉めますか! 私も付き添うんですけど!?」


 その扉はすぐさま補佐官によって開けられてしまった。

 どうにも、考えるのを放棄してはいけないようだと無表情のままため息が漏れた。


 縁あわせの場所は『双葉亭』を指定されていた。

 気楽に開催が相手の意向だったが、クロスは正装した。どのような店構えかも知らなかったためだ。

 今現在、いかにも洗練されていない野暮ったい店の前に所在無く立ち尽くしていた。

 無造作に店名が書かれた木製の看板、その余白には落書きのような色とりどりの花が無数に描かれていた。


「正装の必要がありましたか?」


 隣に立つ補佐官の声は怒りを通り越して冷笑交じりになっていた。

 クロスは聞かなかったことにして店内に足を踏み入れた。その際、今度は補佐官のために扉は開けたままにした。いっそ、閉めたほうが彼の精神は安泰だったかもしれない。

 そんな光景が店の中では繰り広げられていた。


 昼過ぎの少し厳しさを含んだ光が野暮ったい店内にくっきりと明暗を作っている。

 その中、店の真ん中を占める大机の上に長身で細みな女二人がなにやら白い線を書きなぐっている。

 異様過ぎて凝視せざるを得ない。


 クロスの座右の銘は『長いものには巻かれながらも自分を見失うな』だ。

 ヴィネティガでもそういう姿勢で日々を乗り切った。乗り切り終わる頃には表情筋の一切を失った気がしたが。

 ここテサンでもそつなくこなせると思っていた。だからこそ目上と認識している台頭の持ち込んだ『縁あわせ』も一応の承諾をし、今日、娘と会うことになった。

 だが、これはどうだ……会う前からこの騒動。

 失ったと思っていた右頬の表情筋がひきつる感覚をクロスは他人事のように受け止めた。


 右頬の表情筋以外の動きを一切止めたクロスとは逆に、アスラファールの方は店内に飛び込み、異様な光景をクロスから隠すように立ちふさがった。


「おまっ! 双葉共がっ! まほぅ……そ、ソレをこんなところでやるとは何事だっ!!!」


 アスラファールでは壁にならない。クロスの視線の先で目玉の落書きとしか言いようの無いものが完成していた。

 その目玉が淡い薄紫の光を上向きに放出し始める。

 女二人が髪を振り乱して同時に声を上げた。搾り出すような悲鳴だった。


「「マァナが居ないのよ!」」


 大机を女二人ではさみ、バンッと机を両手で叩いて身を乗り出し、光の中に顔を埋める。

 それは鏡に映し出されたような一対の光景だった。

 寸分も違いの無い女達の横顔が薄紫の光の中で互いを見つめる。


 ああ、双葉とは双子のことだったのか。いや、それとも分身の術?


 リーンしか紹介されていないクロスはようやくどうでもいいことに頭が働くようになった。

 どうでもいいことはとても大事だ。余裕の源であると師が言っていたことが思い返される。

 アスラファールの方は逆に混乱の度合いを強めている様子だった。


「お前らは馬鹿なのかっ! 表立ってソレを使ってはならんという事を忘れたのかっ!」


「あの子がいなけりゃ、表も裏もしったこっちゃないよ!」


 片方の女だけが騒ぐ姿に『分身の術』説は消えた。


「町ん中なら把握済みだが居ない! 術を広げるしかないんだよ!!」


 もう片方も騒ぎ始めた。術式が安定したのだろう、とクロスは納得して口を挟む隙を狙うが、騒ぎ始めた女二人の会話は弾丸のようでどちらがしゃべっているのかすらわからなくなってゆく。


「おかしかったんだよ! ああ、気づいていたのに」

「やっぱり縁あわせなんてさせるんじゃなかった」

「あの子がココに居たそうにするから」

「娘攫いのやつらはつぶしたよね」 「復活なんてさせないよ」

「あの子が進んで外に出るわけがない」 「出てはいけないと言い含めて暗示もかけていた」

「ならばなぜだ暗示が解けた」 「嫌がってはいなかった逃げはしない」

「ああ、縁あわせ自体はな」

「男の落とし方を聞いてきた」 「答えたのか」 「裸をみせろと」

「アホなの? あんたアホでしょレーン!」

「リーンだって乳でも揉ませろとか言うだろう」 「うぐっ」


 向かって右手の女の方が口ごもったのを見てクロスはようやく口をはさむ機会を得た。

 怒りに震える補佐官を押しのけ、女二人に知らしめるよう、存在感に重圧をかける。相手の視線をひきつけるのも気配を絶つのもクロスにはお手の物だった。


「それは探索系の魔法か。娘の居なくなった時間帯を考慮して徐々に範囲拡大しろ、無駄な力は使うな」


 低い声でバッサリと言い放つ。

 それは魔術師の扱いに慣れている人間ならではの言葉だった。

 わかりきっていることでも端的な言葉で囲ってやらなければならない。

 魔術師というのはその身の何かを削って事を成している。

 それは一般的に精神力だと言われているがクロスはそうではないと知っていた。


『僕らはねぇ、心を削っているんだ。

 だから、社会適性の無いものが多く、中には心をわずらい、発狂に至る者もいるってわけだねぇ』


 そうつぶやいた魔術師がいたから。


 双葉達はまさに今、心を削っているように見えた。暴走させてはならない。

 同じ顔に涙をにじませ、瞳を狂気に見開き娘を探していた。

 誰もがこの様子を見ればわからざるを得ない。


 娘が双葉の狂気の引き金。


 クロスは一人の娘に異常なほど執着する二人をうすら寒い思いで見つめ、一時的にこの魔術師達を支えなくてはならない面倒な事態にもはやため息すら出なかった。






挿絵(By みてみん)


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