縁あわせ 6 娘達の理由※イラスト有り
読んでくださりありがとうございます。
今回、小説の最後に主人公?マァナさんの設定イラストがあります。
挿絵表示 する にしていただければご覧になれます。
ザッと描いたものですがよかったらどぞ!
マァナはトコトコと通いなれた商店を歩いていた。
いつになく鈍足で。
ここ数日彼女の小ぶりな脳は『縁あわせ』でいっぱいだった。
双葉の二人にかかると自分がためらう前になんでも決まってしまう。
いつも流されるままになっていたが、それを嫌だと思ったことは無かった。
だが今回ばかりは仕様が違う。
相手あってのものだからだ。
「甲斐性があったら今頃恋人の一人や二人……いや、二人はまずいか」
ため息ばかりがもれる。
縁あわせが嫌なわけではなくて、自信が無くて。
恋愛経験が全く無い。見渡す限り真っ白すぎて過去の自分をたしなめたいくらいの気分だった。成人までに結婚するのは決定事項なので問題は無いのだが、どうにもうまくいく気がしないマァナだった。
「マァナってば! 通りすぎてるわよ!」
もやもやする思考を吹っ飛ばすような甲高い声が耳に入った。
振り向くと今しがた通り過ぎたらしい店から幼馴染のターニャが手を振っていた。
その手は白い粉まみれだった。
「あ、ターニャ、メコ粉2袋ちょーだいな」
「挨拶無しですぐ注文!?」
「あ、こんにちわ。最近どうですかー?」
「ボチボチですわ! アンタも粉だらけにしてあげましょうか?!」
駆け寄ったマァナに粉を掛けるしぐさをしながら一緒に店に入った。
店内は整然と大きな茶色の荷袋が並んでいて、いつものように粉っぽかった。
幼馴染は『粉屋』の看板娘。ターニャ・メグライト。
ひとつ年下だが、自分よりしっかりしているとマァナは思っている。身長もずいぶん前に抜かれた……。やわらかい金髪はいつもきっちり頭の上でお団子にされていて、ほどくとキラキラするのを知っている。
粉のせいかもしれない。
「評判どう?」
白い手を布で拭いながらターニャが聞いてくる。
彼女が言う『評判』は双葉食堂の朝食のことだ。メコ粉を使うようになって少し経つ。
「いいよー。二日酔いとかの人が多いからじわじわ注文増えてるのよー『朝のさっぱり定食』」
「その名称はいただけないけどね……」
「そう?わかりやすいと思うけどなー。皆、すぐに私が作ったってわかってくれたよー」
「そりゃ、わかるわよ。その前に作ったのは『夜の労わり一品』だったっけ……」
双葉亭のメニューはよく異質と言われている。
なんでもめんどくさがる双葉達なので大概そのままの名称がついている。
『肉焼き野菜付き』 『肉蒸し野菜も食え』 『魚だらけ焼き』 『野菜肉もついている』 『酒』 『木の実炒めすぎ』などなど。
一応の食材はわかるけれど種類は何が出るかお楽しみ的な。
その日の仕入れ状況にひどく左右されるための措置だ。
その他、常連客の考案した料理には問答無用で考案者の名前がついている。
『ロイのお気に入り肉』 『ヘッダーの微妙味覚煮物』 『シュレクのちゃんちゃら野菜焼き』など。
それに加えて、マァナが提案する料理に至っては食材すらも定かではない名称がつけられる。
『食べ過ぎた次の日定番』 『たまには甘いものをどうぞ』など、雰囲気重視。
双葉達がガッツリした男料理、マァナが軽く繊細な料理を担当して久しい。
特に朝の時間帯はマァナが仕切るようになっているので難解なメニューが増える一方だ。
「もうねー、朝は『朝定食』とかって一本化したいくらいよー」
メコ粉を二袋、両腕で抱えてふらつきつつマァナがつぶやく。
自分自身も難解なメニューに首を絞められているらしい。
「……ますます客の選択肢無くす気なの」
長年男達の食事に付き合っているせいか、どうも双葉もマァナもヤケクソ気味なところがある。
そういう雑な扱いなのに料理自体には愛がこめられていたりなので常連客もやめられないらしい。双葉亭は総じて薄味料理が多く常にガッツリ食べたがる男達の欲望に応えつつも体調を気遣った料理を出す。
いっそ家族食堂の域なのだ。客自体が給仕をしている時さえある。
双葉亭の面々は新規のお客が来ないと嘆くことはあっても、常連客達と築き上げた空間を壊すことは無かった。
「てきとーに、っていう注文も多いのよ最近。なんだろうねぇ? 食べたいものもわからないくらい疲れてるのかしら?」
「甘えじゃない? あきらかにその台詞って母親とか奥さんに向けてでしょう?」
「『てきとーな定食』ってどうかしら?」
また酷いメニューができそうだとターニャは肩をすくめた。
それより、言いたいことがあったのだと姿勢を正してマァナの背を押して店の裏に連れ込む。
「なぁに? 今日はあまり時間が無いのよ?」
時間が無いのはトロトロ歩いていたからでしょう、というボヤキはしまい込んで、話を切り出した。
「縁あわせ決まったって?」
多分、聞かれるだろうし、聞いて欲しかったマァナは事の次第を簡単に伝えた。
娘達の間で縁あわせの話題は珍しく無かった。
特に成人を前にする14歳頃にはその話はひっきりなしなのだ。
「私がお相手をちゃんと見つけられなかったからね。リーンさんとレーンさんももう待てなかったの。ターニャもあっという間だからね。頑張らないとこうなるよー?」
情け無さそうにふにゃりと笑う顔が痛々しかった。
「兵役さえなければ……マァナみたいなのんびりさんだって生きやすかったのに」
まだあどけなさが残る娘達が苦々しげな表情をした。
テサンの住民にはヴィネティガへ兵役があった。男性は13歳、女性は15歳の成人と同時期に。
一年という期間だが魔術適性検査にひっかかりでもしたら一生ヴィネティガ魔術王の下で働くこととなる。
兵役を逃れるすべは持病持ちか、女性の場合の特例は婚姻しているかだった。
どちらも簡易魔術適性検査はあり、しかも適性が認められれば強制的に召し上げられてしまうが。
魔術適性さえなければたったの一年だと言う者もいる。
だがその一年の間に成人したばかりの娘達は様変わりしてしまう事が多かった。
傷物にされてしまう者、ヴィネティガに感化されて戻ってこなくなる者、はては存在すら居なくなる者。
すべてとは言わないが、その多くに魔術が関与しているとテサンの住人達は知っている。魔術とは派手に地形を変容させるものだけではなく、人の心をも強引に練り直すものでもある。
娘達だけでもテサンから出したくないというのが住民達の総意であった。
そもそも、女性特例の婚姻者免除も昔は無かった。10年前に現テサン台頭がなんとかヴィネティガにねじ込んだ、娘達への救済措置なのだ。
かくして娘達は10歳から始まる『婚姻許可』に始まり15歳で終わる『婚期限』に振り回されるのが当たり前となった。
「がんばるから」
ただ、そう一言を置いてマァナは粉屋を後にした。
帰り道もマァナの小ぶりな脳は『縁あわせ』でいっぱいなままだった。
ここを離れたくない。
戦災孤児だったマァナを双葉は大事に育ててくれた。
慣れない食堂を開き、苦労していた彼女らの姿を常連客らがよく語ってくれる。
「双葉亭の味は双葉達と俺達で作ったんだよ」と。
当初の不味いメシにも懲りずに文句を言いつつ通った男達はマァナにとっては父親だった。
離れるわけにはいかない、まだ何一つ皆に返せていない。
がんばらなくては……とにかく皆と離れないために。
煮詰まった脳では何も考え付かず、帰宅したら目の前に居たレーンに言葉を選ばず聞いた。
今、マァナが一番知りたいことを。
「レーンさん、男の人ってどうやったらオチルの?」
子供の頭ほどの大きさの野菜をひざに乗せてゴリゴリ皮をむいていたレーンは眉根を寄せつつ答えた。
「裸でも見せな」
「…………」
育ての親は『縁あわせの』お膳立てはしてくれたが、それ以外は全くアテになりそうになかった。
そろそろ、投稿が書き貯めていた文に追いつきます。
遅筆を発揮し始めるかと。ごめんなさいのがんばります。
お付き合いしていただけるとありがたいです。
次回は双葉達のイラストを載せる所存にございます。