縁あわせ 45 縁と罠 最終話
しっかりとコテをあてられ、知らず姿勢が良くなるようなシャツの袖部分の折り返しを直す。
クロスはテサン台頭 ロイド・スレイアの私室前に立ち服装を確認していた。
暑い季節になったというのにヴィネティガ駐屯兵団の制服には半袖というものが無い事に辟易するしかない。仕事もせずに日陰で涼をとっていた前任者達の姿が想像できるというものだ。
テサンの暑い季節は湿度が低くカラリと乾いているので過ごしやすくはあるのだが、服の袖部分の存在をクロスはどうにも容認できない。
早いうちにどうにかせねばと思いつつ、今はそれどころではないので暑さを頭の隅へと追いやった。
「クロス・リード入ります」
すでに使いの者に来訪を告げた後だったので返事を待たずに扉を開ける。
「やぁ、待っていたよハガード、いやいや、リード団長と呼ばねばなぁ。なにやら可愛らしくなったもんだ」
以前は濃紺色だった絨毯が臙脂色に変わって室内の雰囲気を鮮やかなものにしていた。
その中央で静かに立つ好々爺の肌色も一段明るく見える。
「ああ、雰囲気が変わっていいだろう? 以前のものには焼け焦げがついてしまってねぇ」
水祭の時に炎を操る魔術師に襲われたのはこの私室だったらしい事を今頃ほのめかされ、クロスは眉をひそめた。
「君は随分とわかりやすくなった」
「毎日表情筋の運動が欠かせない場所へ嫁いだもので」
冗談を聞き取って「ふっふ」と笑う台頭に型通りだが感謝の意をこめた礼をとる。
マァナと結婚して数週間が過ぎていた。
「テサンの秘密は手に入れられたかな?」
「そうですね、大半は。残りは今日、この場で知らされるのかと」
椅子を勧められるままにクロスはどしりと腰をかける。
矢でも鉄砲でも持ってこいといった様子。
「今後を話し合いたい」とテサン台頭の私室に呼ばれれば覚悟もしてくるというものだ。
クロス・リードはどんな面倒事を言い渡されたとしても、全てを消化しなければならない立場になった。
マァナ・リードを手に入れたのだから。
そこは断崖絶壁のようであって、何ものにも代え難い安息の地。
これまでにテサンの状況はだいたいわかった。
長い二大国戦争の終わったこの世界で、次に多くの目を向けられる富んだ土地のひとつ。
自治は認められているが、魔術師を長に建国が不可能なテサンの行く末は今まで以上にヴィネティガの搾取にさらされる未来しか見えてこない。
悲壮さを伴うクロスの心情を読み取ったのか台頭は暗い空気を動かすように手をそよそよと振る。
「ああ、そんなに考え込まなくてもいいんだ。テサンは案外屈強な町なのだから。
表面に魔術師の姿が見えなくとも、根底には魔術師が居る」
魔術師を毛嫌いしていたクロスだったが、テサンに来てからというものその存在の無い地域の危険性を感じていた。魔術師が居なければそれで平和だと思っていた過去の自分はとんだ考え無しだったのだ。
「この地の魔術師の存在を代々のヴィネティガ魔術王が容認していると聞きました。今代の炎の魔術王はテサンから神の子を召し上げたとも」
「そうだな。だがそれ以上なのだよ。今代のヴィネティガ炎の魔術王はテサンの娘が生んだ。
他にもヴィネティガ魔術王の多くがここテサンの娘達の血を含んでいる」
にわかに信じがたい言葉にクロスは息を飲む。
ヴィネティガ魔術王の選出は魔人の家系からなされるはずで、と考えたところで脳裏にアスラファールが浮かび上がった。
魔術師の家に生まれたのにも関わらず、魔術の使えぬ子はテサンで暮らすことがままあるらしい。
『持たぬ者』という名をつけられこの地で平和に暮らし、その血を残し、強力な魔術適性を見せる子が生まれたら引き上げる構図が浮かぶ。
「先代は純粋にヴィネティガ出自だったが、先々代、土嚢の魔術王もテサン出自だった。
なぜだろうな、強力な魔術師同士の交配よりも魔人貴族内の『持たぬ者』とテサンの娘を何代か挟んで生まれ来る子の方が異様に強力な魔力を得る場合が多いらしいのだ。だが、この事を上の方々は末端の魔術師達には明かしたがらんのだよ。無論、他国にもな」
「ここは、ヴィネティガ魔術王の苗床ですか」
「そういう一面もあるに過ぎない。だが元々は力の無い魔人貴族を匿う地でありその血筋は辿れぬほどにテサンへ浸透している。しかもテサン生まれの娘が生む子にのみ強力な魔力が反映されるらしく、それ故に水の精霊の加護の影響もあるのではと言う者も居る。
そういった諸々の事情で代々の魔術王はこの地を神聖視して変化を求めんし、事を知る魔人貴族達は互いに牽制しあって強引な事は控える。
魔術王を産み落とすかもわからん娘や子供をこそこそと攫いに来る魔術師は後をたたぬのも事実だが、ヴィネティガ領地内にありながらテサンは自治権を持っているために出入りは厳しい。盗みに入ってあちこちから睨まれるより堂々と入ってテサンの娘の心を奪う方が楽なのだ。
魔人貴族の正式なテサン視察や見物要請のほとんどは嫁探しだな。しかもそれすら博打なのだ。生まれ来る子の魔力の大きさなどわからん。あとは養子探しも多いが、テサンの住民は流民の子も積極的に受け入れるほどなので子を手放す事例は極端に少ない。あれば事件性をテサン騎士団に疑われるほどだ」
「とりあえず無害なそれらに混じってテサンの崩壊や富を狙う魔術師も来ると?」
「そう。ごちゃまぜで来て見分けがつかん事もある。しかも戦争が終わった途端に増えて困ったもんだと思っておるのは我々だけではない。魔術王も扱いに難儀して、お前さんなんかの投入を許可したりするのだろうな。面白いほど両者一斉に一歩引いたぞ?」
くつくつと笑う台頭を前にクロスは軽く肌が泡立つのを感じる。
投入を許可。
促したのは自分の『テサン赴任希望申請』だけだったのだろうか。
そういえば、テサンという地に魔術師が居ないという情報をもたらしたのは戦役合間にひょっこり顔を出した師だったような気がする。
クロスの豊かになった表情が疑念をさらけ出すと、テサン台頭は応えるかのように話題を変えた。
「ネイト・ハガードは昔戦役で顔をよく合わせておってね、今も文通友達なのだよ」
「その話は聞かねばならぬことでしょうか?」
硬い声を出して好々爺の恐ろしい告白を妨げる。
ネイト・ハガードと通じているというだけでもう充分だった。
暗躍する老獪達に光を当てる必要はない。
「アスラは知りたがるから教えたくない気分になるが、君は知りたがらないから教えたくなるんだよなぁ」
無害そうに微笑むテサン台頭の禍々しさたるや、面倒くさい魔術師の比ではない。
これを掘り返せば、この縁の始まりが小さく絡んだものではなく、大きく覆いかぶさってくる気がする。
「君はヴゥグルに襲われていたらしいな? アレらは強い生き物を襲う習性なのだよ」
「……」
師、ネイト・ハガードは言った。
『アレらは、弱った生き物を襲う習性でな。お前さんが死にかけにでも見えたんじゃろうな』と。
ほらみろ、大きく覆いかぶさるどころか最初からがんじがらめの罠のようになったじゃないか。
クロスは揺らぎそうになる足元に力を入れ、決して椅子の背にもたれない姿勢をとった。
「ヴゥグルはいつも魔術王の城の裏山に居て魔術王クラスの強者をその牙の無い歯でモグモグやろうと狙っている身の程をわきまえぬ生き物なのだ。
だから君は強い。ヴゥグルの歯型付きだ。ネイトはそこに目をつけて身代わりにし、私はテサンの守りに欲しがった、というわけだな」
手の内をさらけ出したぞ、というかのようにテサン台頭は会心の笑みを浮かべる。
「もう結構です。現状把握はできました。テサンを脅かす魔術師は後を絶たないだろうが、危機的状況に追い込まれるほどの事態には高みの見物を決め込んでいる魔術王がいる限り起こらない。要するに、私は職務を全うしていればいいということですね」
「うん。それで時々魔術師の面倒をみてくれ? それとアスラの仕事量は増やさんでやってくれ。アレはそろそろ過労で倒れかねん。自堕落な団長補佐なら問題はなかったのだがな」
「了解」
早々に退出しようと席を立ったクロスだったが、どうしてもこれだけは言っておこうという気分になり、まだ椅子に腰掛けたままのテサン台頭を見下ろす。
何もかもを手の内で転がしていると思わせたくない。
「貴方は『縁あわせというのは本人以外の利も当然絡んでくるものだ』と最初に申されましたが、どう考えましても、私こそが全ての利を手に入れたのです」
硬い表情で告げたが、しかしテサン台頭は嬉しそうに笑い「それこそ私の望む形だなぁ」とクロスの小さな反骨心ごと包み込む。
その表情はただの好々爺であり、若者達の幸せを見つめたいばかりの瞳をしていた。
「では、失礼いたしました」
クロスは頭を痛めながら扉を閉めた。
パタン。
小さく響いた扉の音はいつぞや異世界で響いたであろう拒絶の色では無い。
良くも悪くも誰とも縁を切る気はもう無いのだ。
クロス・リードは続く道へと意識した一歩を踏み出した。
全てに絡まれながら可愛いマァナと、口汚い双葉達、口うるさい神経質補佐官、その他諸々に囲まれて生きると決めたのだ。
陽のあたる場所がやけに暑く、肌の焦げる感覚に確かな自分の存在を見出すことができる。
ここはもう、異世界ではない。
終幕でございます。ありがとうございました!
よろしかったら言い訳じみたあとがきもどうぞ。




