縁あわせ 44 帰宅※イラスト有り
読んでくださりありがとうございます。
今回、小説の最後に挿絵があります。
挿絵表示 する にしていただければご覧になれます。
ザッと描いたものですがよかったらどぞ!
ノルドとテッツ。
二人が突然の、いや、本来ならば頃合だとわかっていたはずのマァナの『縁あわせ』に驚き、戸惑っている少しの間に何もかもが進んだ。
初めての縁あわせの相手へとためらいもない様子で傾倒してゆく娘を見ている事しかできぬまま、水祭の日に決定的な事件が起きた。
『縁終わり』を告げた娘の唇に食らいついた男の所業は居合わせた人々の口に登ったのだろう。
ただでさえ噂の蔓延が激しい地域性であるのに、娘は粉をぶつけるわ、男は身を挺して負傷するわ、突飛といって過言でない状況は尾ヒレをつける隙も無かったらしく、かなりの正確さをもって伝播した。
本来ならば責められるべき男の非常識な暴挙も娘が許容しているという事実をよりにもよってテサン騎士団内にて高らかに宣言したため痴話喧嘩説が大元の噂話に少し遅れて広まり、そもそも暴漢から娘を守って代わりに刺されたクロス団長だったわけでと、最終的には美談扱いにおさまった。
大衆の面前で唇を奪われた娘の行先などその相手以外に無い。
そのくらいにテサン地域の特に若い娘に対する貞操観念には厳しいものがあった。
だからこそ、住民達は美談を進んで受け入れたといえる。
その後、双葉亭に住むと改装を始め、名まで変えるというクロスの行動が噂話にのぼり、誰もが二人の結婚を疑わなくなるのに時間はかからなかった。
無表情で何もかも見透かすような瞳をしたクロス団長が本腰を入れたらこんなもんだ。
何年も燻り続けていた俺達ってなんだろうな?
7歳の頃から見ている娘は妹のようでもあり、それがノルドとテッツ、二人の一歩前に出られない原因でもあったのは確かだ。のんびりと過ごしすぎたらしい自分達の半生を走馬灯のように思い出しながら、昨夜二人は諦めの杯を交わし、彼女の幸せを願い、今日は決められたセリフを吐きながら地に伸される役どころを全うしようと決めた――
はずだったのだが、ノルドはこの場に来てマァナをひと目見るなり言ったのだ。
「好きだったのも本当だ」と。
気持ちはわからなくもない。
着飾っていつも以上の愛らしさを振りまく娘をハイどーぞ、と簡単にやる気にはなれない。
今まで自分達が守りに守って、純真無垢可憐に育て上げたような娘なのだ。
よほど関係、もしくは想いがこじれた者は名乗ってから本気で花嫁を奪う行動に出てもいいことになっている。
だが普通は無い。
式に泥を塗るやもしれない行動は暗黙のうちに廃れている。
しかし決意を瞳にのせたノルドをテサン騎士達は止める気がないらしい。
後々机を並べて働きにくくなるからだろう。
もしくは目の前のクロスという男が両腕を使えなくともノルドを止められると思っている。
それはどうだろうか、とテッツは不安を覚える。
足技を駆使する男のその足さえ押さえればどうにかなりそうだと、きっと隣に立つノルドも考えているはずだ。けれども地に落ちた娘がどんな悲しみの表情を向けてくるかに考えを巡らす余裕はなくなっているのだろうか。
最悪の場合、自分がこの相方を取り押さえるしかないと覚悟を決め、テッツは先に走り出したノルドに遅れをとらないよう地面を蹴る。
周囲も息を呑む中、花嫁奪還者二名の突進が始まった。
クロスはマァナの動向をギリギリまで見てから男二人の対処にあたるつもりだった。
もしもあの男達どちらかを好きだとでもいう素振りを見せたとしたら、自分はこの小さな娘を抱き潰して黙らせてしまいそうだと冷静に考えを巡らす。
それもそろそろ限界を感じた時、マァナが迫り来る男二人に視線を向けたまま頬をぷっ、と膨らませた。
突然、ワンピースの胸元を片手で引っ張る。
思いがけず上から覗き込むかたちになったクロスの瞳に飛び込んできたのはマァナの動きで跳ね揺れる首飾りの黄緑色と、大きくはない胸の白く柔らかそうな片方のふくらみ、そしてその先の淡い色づき。
そこへもう片方の手を突っ込んだかと思うと何か取り出し、慣れた素振りで投げ放つ。
バフッ。
テッツの首下へ直撃した小袋から白い粉が飛び散り、光にキラキラと反射した。
決着は一瞬。
粉を纏い前後不覚になったノルドをクロスはさらりと避け、高く持ち上げた足の踵をその背に振り落として沈めると、その勢いのまま回転して近場に迫っていたテッツへと――
「あー! 待って俺は違ってそのっ」
「歯ぁ食いしばれ!」
言い訳は無惨に足でなぎ払われた。
喋り続けていたら口の中を切ったかもしれず、直前の忠告はクロスの優しさであると言えなくもない。
「この娘は俺の手元で守りぬく! お前達はその想い、おさめよ!」
ほとんど怒号のようなクロスの大声に混ざってマァナも小さく騒ぐ。
「本気は早めにしてくださいっ。今日とか駄目ですっ」
婿と花嫁の息の合った連携に周囲からは感嘆と拍手が沸き起こったのだが、それはそう間を置かず波が引くかのように静かになる。
今や人々の視線は一点に集中していた。
ん?
自分に向けられる視線にクロスはようやく気づく。
顔に粉でも散っておかしな事にでもなっているのか?
確認しようにも鏡は無く、両手はマァナでいっぱいだ。
仕方なく問うような視線を下に向けると、こちらを見上げて口をポカンと開けたマァナと出会う。
「クロス様、お顔、真っ赤よ?」
「そうか?」
「さっきまでどんなに動いても平気そうだったのに、どうしたのかしら? お疲れ?」
頬を撫でようとリボンまみれの腕を伸ばすマァナの動きを止めようとするかのようにノルドが咳き込みながらも声を上げた。
「ま、マァナの、む、胸を見たな! っのやろう!!」
「……見るには見たが」
クロスはそこまで言ってから顔を赤くしたまま硬直する。
そもそも、女の胸になどそれほど過剰反応する年齢ではないのだ。元来淡白だと思っているし。
しかし、マァナのそれに動揺した感は否めない。
そのへんに転がっている(?)ものと同じようでいて全く違ったのだ。
眩しいほど白い肌は滑らかな手触りを容易に彷彿とさせたし、先端の色づきに生々しさはまるでなく、他人に触れられるどころか見られたことも無いという主張をしているかのように無垢であった。
こんな白昼の光の中で見る事など決して無いだろうものを見てしまった倒錯感も手伝って一瞬、煮えたぎるような何かが腹の中を渦巻いた。
そういえば同じような状態になったことが一度だけあったとクロスは思い返す。
双葉達に昏倒させられ、ベットに倒れ伏したマァナのスカートが乱れめくれて、まっ白な右膝裏がむき出しになったのを目にした時だ。
まさか、あの時も自分は人目を引くほどの赤面をしていたのだろうか。
誰に伝えるでもなく心の中で自答を繰り返せば繰り返すほどに首を絞めるかのようで、クロスの赤面はおさまらない。
「みみみみみ、見たの?」
唇を震わせて尋ねるマァナへ返答したのは、腹を押さえながら半身起こしたテッツだった。
「マァナ、あんだけガバっとやれば上からは丸見えだと思うぞ?」
「ぃきゃぁー!?」
途端に全身を跳ね上げマァナが暴れだす動きに、慌ただしく思考を練っていたクロスの反応が遅れる。
一瞬宙に浮く体、そのまま落下の体になると、条件反射でマァナは足を伸ばす。
ワンピースをドレスに見立てるために長く継ぎ足した裾から裸足が出る。
花嫁は靴を履かない。
家に帰るまで地に足を付けるつもりは毛頭ないからだ。
しかし、今やその白い足指は地へと落ちかけている。
クロスは慌ててマァナの上半身を掴み、マァナは取すがるように勲章をひっかき、飾り紐に指を絡める。けれどもヴェールやワンピースの滑りも手伝うようなズルズルとした落下を止めようが無く、予想される事態に二人してギュッと目を閉じてしまう。
「……れっ? 浮いてる?」
体を強ばらせたまま、マァナが間の抜けたような声を出す。
恐る恐るクロスが足元を見下ろすと、マァナの両足首をノルドが握って地面への到達を防いでいた。
「マァナ、力抜くなよ。今、着地させてやるからな」
そう言うと這いつくばっているノルドが慎重に動く。
クロスは右の革靴越しに娘の体重を感じて安堵と共に冷や汗をかいた。
「ノルドさん? どっちなの? 落とそうとしてたのに落ちるのを助けてくれるのはなぜ?」
クロスの片足の上にちょこんと立ったマァナは首をかしげる。
ノルドは「どっちもだよ、マァナ」と疲れ果てたように言った。
「俺達は君が大事なんだ。双葉亭の癒しだし、昔から知っている妹みたいだし、綺麗になった君に、恋もした。だからどっちもなんだ」
テッツもマァナの落下を助けようとしたのか、先ほどより汚れてしまった服をはたきながら立ち上がる。それからノルドの頭をくしゃりと撫でてから引き立たせ、自分もろとも強引に頭を下げさせた。
「余興に乗じて大変失礼なことをしでかしました! お咎めはいくらでも!」
テッツの言葉にノルドも続く。
「しかし、クロス団長へマァナをお勧めしましたのは私達でありますから! 確認したかったのです! 大事にしていただけるのかと」
初めて聞く話だった。
あの双葉達に目をつけられ、テサン台頭経由で縁を合わすことになった、というのがクロスの中で出来上がっていた経緯。
今の言葉が事実ならばなぜ一介のテサン騎士の発言で自分が縁あわせをするに至ったのか不思議でならかった。そんなクロスへ端的な説明をしたのはいつの間にか部下二人の横に立ったテサン騎士団長ヒーツ・ロアだった。
幾分頬の痩けた壮年の男は人を食ったかのようなしたり顔で言う。
「こいつらがマァナを貴殿にならやれると言い出したものだから、俺がロイ殿に打診したんだ。うまくいったもんだな? これで二人して業務中にまで娘のことを持ち出し騒ぐのをやめてくれるだろう。助かった」
クロスの脳裏には今、双葉亭前で微笑んでいる台頭の言葉がよぎっていた。
『縁あわせというのは本人以外の利も当然絡んでくるものだ。
それはもう、思いもよらない方向からもね』
呼び起こされるように自分が思っていた事も記憶の底から浮上する。
『いったい、誰の『利』が一番この見合いを占めているのだろうか。
そして、誰が一番『不利』を負うのだろうか』
全ての発端の『利』がヒーツ・ロアのこのしたり顔であり、一番の『不利』いっそ『害』を負ったのは土埃にまみれ疲れ果てた様子の男二人だったという事らしい。
縁の始まりなんて、そんなものかもしれない。
小さな事で引き寄せられ、いつの間にか大仰に絡み合って解けなくなる。
「それで、守ると言った矢先にマァナを取り落としそうになる俺は失格か」
「しょうがないよ、あたしが暴れちゃったのが悪いの……あれっ? なんで暴れたんだっけ」
直前の出来事を忘れてしまい、小さな頭を悩ますマァナをよそにノルドとテッツは首を振り、ヒーツ団長は申し訳程度の謝罪をした。
その間にようやく思い出した様子のマァナは「あ」と微かな声をあげて再び体を跳ねさせたのだが、衝撃の全てはクロスの腕と胸へと吸収される。
いつからそうだったのかマァナの体にはクロスの腕が身動き一つさせない雰囲気で絡みついていたのだ。
この男が娘を大事にしないわけがないと誰もが思った、そんな抱き締め方だった。
「ではもう、これは俺がもらうぞ」
愛おしそうに娘の素足を引き上げ抱き直すクロスに双葉亭へと続く道が開かれる。
マァナが赤面しているのはもちろんだが、きっと自分の頬もまだ赤いのだろう。
入口で腕を組んで同じように立つ双葉達はニヤニヤと笑いながらこちらを見てくるし、テサン台頭の好々爺顔も冷やかしを含んでいるような気がした。
どうして帰りつきたい家に魔術師が二人も居るのかと訝しむ心はもうクロスには無かった。
この突発的な行動をとる娘にはあの女二人が必要で、それどころかここにいる周囲の人間、ここに来るまでに出会った人間、全てがマァナには必要なのだ。
だとすれば、それらはクロスにも必要だということ。
肉親の愛ひとつ手に入れられず、その世界全てに背を向けていたような自分がこんなに多くの人々を求めてやまない不思議に心が引き締まった。
「貴方の赤面なんて夢に見そうです」
「ブヒン」
存在を忘れていた補佐官のいらぬ一言と、それに応えるかのような陸馬ゼタの嘶きに背を押され、クロスは感慨を打ち切り我が家への帰路についた。
「「おかえり、マァナとクロス」」
「「ただいま。お腹が減った」」
双葉亭の周囲はいつにもまして食欲をそそる香りが満ちていたのだった。
ノルドとテッツが育て上げた純真無垢可憐な娘は、白い粉をバンバン容赦なく投げるようになってしまった(笑)
長々と続いた物語も次回で最終回です。
ご期待にそえるような終わり方ではないと思います。
ハードルを下げさせてください(ぐいぐい))




