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縁あわせ 43 道中

 


 クロスは空を見上げていた。

 異世界の空。

 こちらに来てもう12年という歳月が流れているというのに『(しるし)』確認以外で視線を上げることはほとんど無かったように思う。

 空はクロスの知る空よりも青々としている。

 そして太陽は大きく赤く、毎日『中天』という一点を除き、違う軌道を揺れ動く。

 その名称は『太陽』ではなく『神の欠片』と呼ばれていた。

 太古の魔術王が打ち上げた炎の魔力球らしい。


 そんなことはどうでもいいよ、と涼やかな風が流れ、クロスの頬を薄布で撫でる。

 それはマァナのヴェール。思い描いていたよりも遥かに素晴らしい出来栄えだった。

 この世界では顔を隠すのを良しとしない風習があったため、ヴェールという品自体が無くゼロからそれを作り上げるのは至難の技だった、らしい。

 薄布は今まで触れたこともないような柔らかさで手を楽しませる。

 (すそ)を落ちるけるために幾つも縫い止められた宝石はまるで今にもこぼれてはじけてしまう水滴のような様子。意匠も凝っており裾あたりの薄布がそのままレースのようになっている。素人目に見ても加工が難しそうだ。

 どの題材にしても花を思わせる線は一つもない。

 テサンの結婚式に用いられる花は花嫁だけ、という習慣を(かたく)ななまでに守って作りこまれており、アスラファールの苦労がうかがえるのだが素直に賞賛できないのは――


 うるさいからだな。


 広げすぎた意識を収束させると補佐官の掠れ声が耳に入る。

 少し聞き飽きた感じのマァナと、興味津々な表情のターニャへ先程から延々と熱弁を繰り広げている。


 マァナの幼馴染の『粉屋』に到着すると老陸馬ゼタの休憩よろしく一行の足は完全に止まり、店先に出してもらった大振りな椅子へマァナを抱えたまま座ったクロスはあまりの安寧(あんねい)とした空気に度々意識を飛ばしていた。

 果敢に質問するターニャを相手に補佐官の熱弁大会は終わりそうにない。

 それでもクロスの心は凪いでいた。膝に乗る娘の温かみは、もはや同化している気さえする。

 たとえマァナの幼馴染の父親だという男の顔に見覚えがあっても問題ない。

 以前見たのは夜明かりの下だったが、その鮮やかな金髪は毛量が乏しいにもかかわらず印象的だったので覚えている。

 ターニャの父親はどこからどう見ても、いつぞや会った冴えない中年魔術師のうちの一人だった。

 それどころか荷台に大きな野菜籠を乗せている男にも、ゼタに甲斐甲斐(かいがい)しく水をやっている男の前掛けにも見覚えがある。

 どうやら中央道に面していないこの卸屋業の立ち並ぶ商店街に魔術師達は溶け込んでいる様子。


 彼らはこういう生き方も出来るのか。


 常に魔術師という存在はクロスに心労をかけるばかりだったというのに、目の前に三人、いや、実は他にも居るのかもしれない魔術師達によって今の気分を阻害されることはなかった。


「ターニャ、ちょっと首が締まるよ」


「結びにくいのよ、あんた旦那にくっつきすぎ」


「やー、『だんな』だなんてぇ〜まだ式の途中だし〜」


 膝の上に乗せたマァナが照れ動く振動でクロスは我に返った。

 どうやらお喋りもひと段落してマァナの首にリボンを巻く作業へ移行したらしい。

 父親に似た鮮やかな金髪を垂らした娘の指はよくよく見ると震えて腰も引けている。


 ああ、俺が怖いのか。


 静かに納得をしたクロスは椅子の背に身を引き、マァナの両脇に手を入れて前に押し出す。


「わわ、お、落ちちゃうよクロス様っ」


「落とすわけがないだろうが」


 そう言った男の顔に浮かんだ穏やかな笑みで周囲が和んだ事にクロス自身は気づかない。

 ただ、ターニャが落ち着いて金色のリボンを結ぶ姿を見つめて安堵する。

 マァナを愛する人々に自分も愛されるとまではいかずとも、せめて怖がられたくなはいと思うようになっていた。




 双葉達が『二時間くらい』、と言ったら二時間くらいだ。

 それ以上も以下もなく、ようするに二時間で双葉亭に帰りつかねばならない。


 そうマァナが騒ぎ始めたのは粉屋で思わずのんびりとやってしまった後だった。

 少し、言うのが遅い。

 一行は帰路を()いた。

 クロスとマァナの後には未だにぞろぞろと人々が数珠つなぎだった。

 その数は30人くらいだろうか。

 小さい子供も多いのだが、いかんせん小さくちょろちょろと動くので数えられない。

 幼馴染のターニャがついて来ない事にクロスは軽く驚いたのだが、マァナは最初からわかっていたような様子で「ターニャは双葉亭が苦手だから」と少し寂しそうに言っただけだった。


「クロス様、もうすぐ双葉亭ね。最後にちょっと面白いことがあるの。言ってなかったけどね、テサンの式にはかかせないの。なんだか普通とは規模が違うみたいだけど、大丈夫よ多分?」


 マァナが言うのと同時にクロスは双葉亭へ続く路地の異変に気づく。

 広くはない道の前方を体格のいい男達が埋めている。

 20人くらいだろうか、ジリジリと距離を詰めてくる姿は尋常ではない。

 しかし、それ以上にクロスが怪訝になったのには訳があった。

 見間違いでないならば、多少着崩れてはいるが全員テサン騎士団の制服なのである。


「クロス様、負けないでね」


 マァナがキラキラ瞳を(またた)かせたのと同時に男達が一斉に叫ぶ。


「俺達のマァナちゃんをやるものかー」


 台詞なのか、皆同じ事をしかしバラバラに言うと両手をあげてスローモーションのような動きで近寄ってくる。


「おおおお~!」


 ……こういうのをどこかで見たことが。ああ、ゾンビだ。ゾンビに似ている。


 クロスはどうでもいい事を考えながら、一番近くに寄ってきた男を蹴飛ばしてみた。

 かなり迷ったのだが、どうにも「蹴飛ばしてください」と顔に書いてあるかの様子だったのだ。


「あたー! もう少し手加減してください!」


 どっと笑い声が上がる中、腕に抱えたマァナも小さくクスクスと笑っている。

 遠目に見える双葉亭の店先には腕を組んで高みの見物を決め込んだ様子の双葉達がケタケタと腹を抱えており、その横にテサン台頭とテサン騎士団長ヒーツ・ロアまで居る。

 それどころか、近隣宅からも大勢の人々が顔を出して見物している様子。

 もはやただの見世物だと気づいたので、少しわざとらしい回転でマァナのヴェールを宙へ広げてから上段に蹴りを入れたり、突然体勢を低く落とし、マァナを笑わせてから足元を蹴り払ったり、クロスは腕の中の娘が喜ぶようにと舞い動く。


「ちょっと、ほんと、手加減してくださいよ!?」


 体の節々を押さえ悲痛に叫ぶ男達の山が出来た頃には腕の中のマァナははしゃぎ疲れて笑顔のままぐったりとしていた。

 やりすぎたのだろうかと抱き直し、額に手を当て撫でていると砂利を踏みしめる音が聞こえた。


 ノルド・ガイドとテッツ・ローディア。


 髪色も体型も似たような二人が緊張した面持ちで少し離れた場所に立っている。


「あ、ノルドテッツさん」


 ……今、まとめて呼んだか?


 マァナの言葉にクロスは気をとられていたのだが、周囲は今までとは違う雰囲気に包まれつつあった。倒れ伏したゾンビ――もとい、テサンの騎士達は皆一様に「あらららら」と身を引いて道を開けたのである。


「ノルド・ガイド、参ります!」


 鼻息も荒くノルドが言うと


「て、テッツ・ローディアも参ります?」


 明らかに隣の男を警戒するようにテッツも渋々といった感を含む名乗りを上げる。

 ポカン、と開いたマァナの口から一言溢れ出た。


「名乗ると本気」


 それだけで充分状況がつかめる。

 この二人と言えば、縁あわせ当日の騒動にも顔を出していた。

 やはり警戒すべき相手だったのだと焦りよりも深い納得をする。

 とりあえず両腕は思うように使えない。

 だが相手はテサン騎士団の有望株と聞いている男二人。

 テッツの方は腰が引き気味ではあるが用心するに越したことはない。

 身構える本気の相手に足技を下手に出すと逆に足を取られる危険もある。

 さてどうしたものかとクロスが間違っても落とすわけにはいかない娘を見やると、ノルドテッツの方へとくりくりと大きく見開いた瞳を向けていた。


 安っぽいドラマにありそうな展開にはならないだろうな?


 不意に湧き上がった不安。それこそ、この結婚を急くクロスの理由でもあった。

 マァナを失いそうに感じたあの夜から、とにかく世界中の男達からこの娘を奪う算段に明け暮れた。

 

 今、これが最後の詰めだ。


 奪われても、逃してもなるものかとクロスは迫り来る男二人には神経を、腕の中の娘には視線を集中させた。


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