縁あわせ 42 結婚式って?※イラスト有り
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よかったらどぞ!
双葉達が厨房で料理をしているのだが、その様子は一種の格闘と言っても過言ではない。
鬼の形相で大鍋を掻き回すレーンの額には青筋が浮いているし、何やら壺の中に手を突っ込んでうんうんやっているリーンは度々歯ぎしりをたてる。
「何か手伝えればいいのだが」
「「おとといおいで!」」
厨房の熱気にあたらないよう、入口に腕組をして立つクロスは門前払いを食らった。
それもそのはずで、男の服装は到底何か手伝えるようなものではない。
濃紺地のサラリとした上質の生地で出来た揃いの上下には銀の刺繍が施されている。
マァナとの縁あわせ当日に着ていたヴィネティガ騎士団本部の制服なのだが、以前は省いていた勲章と飾り紐の類までしっかりと身につけている姿はこの双葉亭には似つかわしくなく、どこぞの魔術王の宮殿にこそふさわしい出で立ちだった。
「まったく、式もそっちで好きにしてくれりゃよかったのにさ」
煮えたぎる大鍋を石床に下ろしながらレーンが言う。
慣れた様子なのだがその細身の体が折れてしまうか、もしくは火傷でもしそうで人知れずクロスは肝を冷やし、同時に魔術師の心配をしている自分に密かな驚きを覚える。
「騎士様なんだろう? そのへんの見栄とかこだわりの様式とかないのかい」
「俺は師の恩恵で無理矢理欲しくもないのに騎士の称号を頂いた身だ。こだわるような親類縁者も居なければ、汲むべき様式美の知識もない。なによりマァナはお前達に仕切って欲しいだろうと思っての事だ。許せ」
働きまわる双葉達を観察しながらクロスは手持ち無沙汰に勲章などを弄りながら言う。
「それにしたって、ここで式をしなくたって。どこか場所を借りてあたしらに楽をさせてくれたっていいだろうに。最近流行ってるよ結婚式の代行」
壺からようやく顔を上げたリーンも毒つく。
「そう言うわりに、お前達は必死に料理を作っているわけか。わかりやすいな」
マァナのためになら労力を惜しまない二人の魔術師達にクロスは苦笑を投げかける。
「「うるさい男だねぇ。いったいさっきから何の用があるってんだい」」
ようやく女二人が手を止めて睨めつけてきた。
「ぅむ。忙しい時にすまんとは思っているが俺に魔法をかけてくれないか? 名を変えたら効くようになる可能性がある、かもしれんのだ」
つい昨日、クロス・ハガードはその名を『クロス・リード』へと変更する手続きが完了したと知ったところだった。厄介なものでヴィネティガへと代理人をやらねば最終認定が降りず、思い立ってからやたら時間がかかってしまった。
双葉達は一瞬互いを見つめ合う。
リーンが頷くと間髪おかずにレーンが濁音混じりの短い単語を吐き出す。
「……どうだ? 効いた様子か?」
「それを術の対象者から尋ねられる腹立たしさがあんたにはわからないのかい。効いたなら今頃あんたは飛び跳ねてここから逃げ去っているだろうよ」
「そうか。ハガードと名乗っている間も効かなかったのでそんなものか」
大して興味もなさげにつぶやく男に双葉達はやれやれと作業に戻ろうとしたのだが片手で制される。
「では本当の名とやらをお前達にやれば違うか?」
「ちょっとまちな、あんたの本名なんて要らないよ、隠し名でもあるのか知らないが、そういうのは与える側にも与えられる側にも負荷が大きいんだ。特にあんたみたいな得体の知れないのは願い下げだ。それに魔法が効くようになる保証なんてなさそうじゃないか」
「では本名を捨てればどうだろう? 魔術王の名捨ての儀式はこの身でも可能か?」
「いや、ほんと、ちょっとまっておくれ? 何を企んでいるんだぃ?」
矢継ぎ早なクロスに双葉達が一歩引く。
「お前達が魔法の効く体になれと言ったのだろうが。モノは試しに効くようになれば便利かと思って」
その言葉に双葉達は「あちゃ!」と額を抑える動作を対鏡のように披露した。
クロスの言わんとしたことが伝わった様子。
お前達の魔法が効けばマァナ関係で何かあった時に便利ではないかと。
「あんたは馬鹿なのかぃ? 効かない男だからこそマァナをやるんだ」
「あの時は悪かったよ。ふざけすぎたんだ。もう見えたものに嘘はつかないし、あんた用に情報伝達手段も考えるから変な気を起こさないどくれ」
「嘘ではなかっただろう。俺の服がマァナを抱いていたのだから」
表情も薄く言ってのける男の圧力にさすがの双葉達も慄く。
「ああ、ほんと悪かったって! 早死されたら困るんだよ! あんたは魔法を物ともせず、マァナを守るんだ。いいね?」
クロスがもったいぶったかのような間を空けた後、ようやく頷くと双葉達は文句を言いながらヨレヨレと作業に戻ってゆく。
「馬鹿なんじゃないかね、たかが小娘一人のために自分の切り札を投げ捨てようとするなんて。まぁ、その覚悟だけは貰っておくよ」
「ほんと、馬鹿だよ確実性も無いのに名前まで変えてしまうなんて。それにしたって、効いたって死にそうにない男だよね。さっき、悪魔に名をやろうと囁かれた気分になったよ、恐ろしい」
「あながち間違ってないよ、異世界から来たんだ化物でも悪魔でもおかしくはない」
二人して暗雲を立ち込めたような気配を放つ。
先程の鬼気迫る料理風景に戻るには時間がかかりそうだった。
その時、にわかに上の階が騒がしくなり、厨房から伸びる階段にマァナが飛び降りるように駆け下りてきた。
その姿はいつぞやのミルクティー色のワンピース。そして頭には同色を薄め広げたようなヴェールがあった。足音も軽く、さながら綿毛のようにクロスに飛びついてくる。
「マァナ、似合っている」
「それどころじゃないの、アスラファール様が怖いのっ」
ひしっと抱きつく娘を抱えかばうようにしながら、後から下りてきた補佐官に目をやるとその表情には常日頃に無い奇妙な輝きがあった。
「似合ってあたりまえです。私がどれほどの苦労をしたとお思いですか? まずもって、そのように薄く軽い生地を探すのに国境を越えましたし。見つかったと喜んだ束の間、そのワンピースに合う色に染めろと言われましてね。その薄茶にピンクががかったような光沢が何度の試作を経て生み出されたと?
そして花飾りも欲しいと言われた時には目眩を覚えました。結婚式に花は禁じ手。代わりの飾りの意匠を毎夜毎夜考えあぐね、ついにはヴィネティガの貴族御用達の服飾店を訪ね歩き、ついでにクロス団長の名義変更の手続きまで背負い込まされ、テサンに帰ってきたのは昨日の深夜ですよ。
しかも誰かさんには遅いと罵られましたし。ならばそのヴェールとやらを身につけた貴女をじっくり心ゆくまで観察させて頂いたって罰は当たらないと思うのですよ?ああ、裾の飾り石は割れやすいので気をつけてくださいね。希少石なので替えがききませんから」
補佐官の後ろからもう一人女性が降りてくる。
ヴィネティガからアスラファールに連行されてきた服飾店の者。
着付け(主にヴェール)の手伝いに赴いたのに、場所が双葉亭のような飲食店の一室だったためにかなり面食らっていた。
実のところヴェール自体にドレス数着分の金銭がかかっている。よほどやんごとなき身分同士の結婚式だと思っていたとしても仕方ない。
狭い厨房横にもめげずマァナに歩み寄って乱れたヴェールを直すくらいには仕事熱心な女性だった。
「アスラファール、感謝はしているがこれはやれんぞ」
滑らかなヴェール越しにマァナを撫でてクロスはうっとりと言うと、同じくうっとりとアスラファールが返してくる。
「本当に可愛らしくも美しい、その小さな体を覆う柔らかい色の薄布は風に遊ぶ綿毛のようで手に捕ろうにも私たち男の身には力加減すら分からずただただ戸惑うばかりです」
「わーん! クロス様もあのくらい言って!」
「ぅむ……似合っている」
「それ、さっきも言ったよね?」
場が混沌とし始めたのを見かねてレーンが食肉を包丁で叩っ切りながら声をかける。
「もう出発の時間だろ! 外にゼタと荷車来てんだよ、さっさと行きな。二時間くらい帰ってくるんじゃないよ! あと、クロス!」
およそ初めて名を呼ばれたことに驚いたのは本人だけではなく、マァナもぽかんと軽い化粧で色づけられた小さな口を開いている。
「何があってもマァナを地面に下ろすんじゃないよ。ケチがついたら近所の笑いもんだ。休憩ならゼタの荷車に。間違ってもゼタ自身に乗せんじゃないよ。生き物に花嫁を預けるべからずだ。わかったら行っといで! 騒がしくて仕方ないよ!」
結婚式というのはこういう風に追い立てられるものだろうか? とクロスは訝しみながらマァナをしっかりと抱え直して外に出たのだが、荷車を見ると余計に違和感ばかりが湧き上がった。
白塗りならば雰囲気が出たかもしれないのだが、いかんせん使い込まれている年代物だった。
しかも何やらすでに品が乗せられている。
それを引くのは老陸馬のゼタで、抱えられたマァナを見つめている。
以前は懐いているのだと思っていたが、今となってはその瞳にそわそわとした警戒が見て取れて哀れを感じるばかりだ。
そして荷車にはいつか幽霊と見間違えた白い老婆が座っていた。
あまりに動かないので物かと思い、密かにギョッとしたクロスをよそに至極おっとりこちらを向く。
「やっと出てきたわね。マァナちゃん、よく見せて。まぁなんて可愛いのかしらケセランパサランみたいよ」
「よくわからないけどありがとう、ミヨコさん。今日はゼタをお借りしますね」
「ほらほら、クロスさん? かがんで。マァナちゃんに届かないわ」
言われるままに老婆に向かってかがむとマァナの首へと薄いピンクのリボンを巻いていびつな蝶蝶結びを作る。加齢による手先の衰え以前にどうやら不器用な様子。
「ご縁、確認しました」
マァナは演技するようによそよそしくそう言ってからクスクスと老婆と二人で笑いあう。
どうやら世話になった場所を回って縁を確認するというのはこうしてリボンを巻く行為で表すらしい。そうしている間にも近隣宅から人々が出てきてはマァナの手やら足やらに大小様々色とりどりのリボンを巻いてゆく。
丁寧に返事をするマァナに習ってひたすら頭を下げ続けていると、リボンではなく縄を置いてゆく者や、何やら大鍋を置いてゆく者も居てクロスの頭は疑問符で埋め尽くされる。
「わぁ、ミュゼさんのスープ嬉しい!」
「少しでも足しにして。多分、うちのも昼から行って大飯喰らうからさ。こっちも手が空いたら手伝いに行くよ」
「ありがとう!」
マァナが一層華やいだのはお向かいのチーズ屋のオヤジが無言で荷台にチーズの塔を作った時だった。
他にもパンの大籠が乗せられたかと思えば、小さな子供達が綺麗な小石や明らかに自分のおやつと思われるなけなしの菓子などをはにかみながら置く。
マァナがその子供達に「パン食べる? 焼きたてみたいだからあたしも今食べたいなぁ」と言えば、一斉に荷台へと群がってきて先ほど乗せられたばかりのパンの大籠を空にする。
小さな女の子がパンを一つ背伸びして渡してくるのでクロスは受け取り、マァナのリボンで彩られた手に落とす。
すると口に塗られた紅を気にする様子もなくパクリとやり、思い出したかのように噛じりかけをクロスの口元へ運んでくるのでガブリとやった。
パンは今食べるべき焼きたての味と、ほんの少しばかり紅の味がした。
「さぁさぁ、全然出発できないじゃないの。ゼタ、そろそろ動きなさい。ちゃんと落とさないように丁寧にね。頼んだわよ」
老婆が荷台からもたもたと降り(近所の住人が手を貸した)ゼタの尻をぽんと叩いてようやく出発となる。その後をついてくる人々の中からアスラファールが出て来てゼタの先導役に落ち着いた。
「ここまで土着の結婚式は久しぶりです」
ガラガラと音を立てる荷台と着飾った男女。なにやら大道芸じみている。
「こういうものなのか?」
「そうですね、最近流行らないですけど、いいもんですね」
雑然とした事を嫌う補佐官ですら人々のさも当たり前に行われる交流の暖かさに頬を染めている。
それに比べてマァナはと言えば、まだチーズをチラチラ眺めているのだが。
なにやらクロスは可笑しくて仕方がなくなり、くっくっと息をもらしてマァナのヴェールを揺らした。
挿絵移動してきました。
丁寧に描いたはずなのですが、よくよく考えるとウェブ上の解像度は低いですからあまり意味がなかったやもしれません。
努力がよく空回りします。




