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縁あわせ 41 二人の部屋

 

 テサンの雨季が明ける頃、双葉亭の改装は完了した。

 雨の多い中の作業は難航したらしく途中で材木を水流木という水に強いものへ変更したり、地盤の緩みを解消したりといろいろあったらしいが、施工関係についてマァナに話が回って来ることは無かった。

 なんせクロスと双葉達が仕切っているので口を挟む隙も無い。

 金銭面の全てをクロスが負っていると知った時、マァナは驚きかなり食い下がりはしたものの、


「俺が住みやすいようにしているので出して当たり前だ」


「「この男が好きでやってんだからほっときな」」


 そう言われて追い払われた。

 どう見てもクロスが住みやすいように、というよりは双葉達のいいように回っているようにしか見えなかった。

 風呂場が新たに設けられたり便所が増えたりしているというのに、クロスが毎朝詰め込まれて食事をする控え室などは変更無しなのだ。


 そりゃ、お客様達とお便所が別になるのは仕事中に我慢しなくて済んで嬉しいけど。


 ハラハラと申し訳なくマァナが気をもんだり、隣家に「騒いでごめんなさい」と菓子を配って歩いたり、工事に携わってくれる男達に食事や茶を振舞ったりしているうちに今日という改装完了日を迎えた。

 実質、双葉亭を休業したのは一階部分の地盤に手を入れていた6日間ほどだったが久々に開店するとテサン騎士達が懐かしげに雪崩込んでくれた事に感動したマァナだった。



 なんかちょっと楽しかったかも。



 工事最中を懐かしく思いながら、木を削ったり叩いたりの音が消えた双葉亭を不思議な気分で眺める。見た目は大して変わっていないのだが、これからクロスもここへ住むと思うと何故か以前とはまるで違う気配がする。


「なにぼさっとしてんだい。あんたが二階も終わるまで風呂を使うなとかわけのわからない事言ってお預け食らわしてたんだからね。今日の一番風呂はあたしがいただくよ」


「まちな、あたしが先だよ。その後は隣のばぁさん連れてこよう。間借りさせてもらったり世話になったからね」


 リーンとレーンが子供のようにはしゃぎながら双葉亭へ入ってゆく。

 その足音は一階奥に増設された風呂場へと消えていった様子。

 どうやら二階への荷物運びや片付けは手伝ってくれないらしい。


「あんなに嬉しそうな二人、初めて見たわ。ありがとうございます、クロス様」


 荷物や新しい敷物等を片手いっぱい提げて隣に立つ男を見上げるとぶっきらぼうな声が落ちてくる。


「君はどうなんだ。君にこそ手放しで喜んで欲しいのだ」


「手放ししたらどこか飛んでくよあたし」


 荷物運びには邪魔になっているだろう繋いだ手をマァナは強く握った。

 これでも喜んでいるのだ。けれど先に双葉達にはしゃがれてしまったので機会を逸しただけ。


「二階に飛んでけ」


 そのまま手を引かれて中へ入り、階段の前で放り出されるように離されてしまうとマァナは文字通り二階へパタパタと飛び立った。

 住み慣れたあの手狭で何も無かったような部屋の変貌ぶりを確認したい気持ちばかりが急き、二度ほど足を絡めたが後ろにクロスが居るので落ちても平気だと歩調を緩めない。


 真新しい木製の扉を開くとまだ少し粉っぽい木の香りに包み込まれる。

 元々二間あった二階を一つにした部屋は思った以上に広かった。

 窓は二箇所作られており、透明度の高いグラスが外の光と隣家に植わった樹木の緑を呼び込んでいる。大工達の好意だという備え付けの棚や背の低いマァナのための折りたたみの足台を見つけて嬉しくなり、後ろにいるであろう男を振り仰ぐとバチリと目が合う。

 どうやらこちらを見つめ続けていたようだった。

 そして無言で指を示し室内をもっと見るようと促してくる。

 まだ一歩も入っていなかった足をそろりと慎重に踏み入れる。

 あまりに綺麗な床なので汚すまいと思わずつま先立ち。

 そんな姿を後ろの男が微笑ましく見つめているのは気にせず、好奇心に潤んだ瞳は部屋に入って右側奥に設置されたベットに釘づけになる。


「おーきぃ」


 昨日、それが搬入されたのは目の端に捉えていたものの、室内に入れられると印象が違いさらに大きく見えた。


「飛び込むかと思っていたが?」


 頭上から男の微かにからかいを含んだ声が落とされる。

 子供のような事をすると予想されていたのだろう。

 実際しそうになったのをお首にも出さずマァナはせえいっぱいの落ち着いた大人声で言う。


「このベットは初夜まで使いません」


 その言葉にクロスは手に持った荷を取り落としそうになるのをこらえて「まいった」と(うめ)く。


「では、今晩からどこへ? 式まではまだ数日あるぞ?」


「リーンさんとレーンさんに添い寝収めしてあげるんですー」


 それこそ子供のような事を堂々と言い放ってからマァナは順番に室内を見て回った。

 二人掛け用の大きな椅子やそれに合わせた低めの机。

 捨てるのは忍ないと駄々をこねたマァナ用の小さな机と椅子は健在で、その横にはクロスの体形に合わせたような仕事机がまるで凸凹の二人を表すかのように大きな窓辺に並べられている。

 最後に隣家へ面する方の小さい窓から外を見る。

 工事作業によって幾分荒れた畑を見つめ明日からの手入れを思っていると、隣の男も何か思うような気配を醸し出す。


「長かったな」


 異世界から来て戦争を経て、ここに落ち着こうとしているクロスが今までを振り返っているのかと思いきや、そうでもないと次の言葉でわかる。


「君に会ってから」


「あたし? クロス様と会ってからまだ雨季を越えただけよ?」


 二人は季節一つ、共に過ごした程度だった。

 それなのにクロスのマァナを見つめる瞳は色濃い落ち着きを得ている。

 いつの間にそうなったやらマァナにはわからないのだが、その揺らがない瞳に誘われるように不安が口をついて出てくる。


「変な感じなの。大丈夫かなぁ?」


 何もかもが娘には急過ぎた事であると傍から見ても一目瞭然だった。

 それを今更気にするようにクロスが尋ねる。


「君の世界へ俺が入り込むのが怖いか」


 せかい……


  生活空間をそう例えたクロスの言葉にいつしか抱いた懸念が呼び起こされる。


『この主人公にとっての異世界じゃない世界はどこに在るのだろうか』


 そしてすぐさま答えを広げて消えてゆく。


『ここにできたのね』


 他人事のように捉えていたクロスの孤独な物語にいつのまにか自分も存在する。


「怖いけど、ぜひとも入り込んでください」


「……」


 けれども広げ伸ばした手を握ってはくれない。


 ……割と万感の想いで言ったつもりだったのに伝わっていないの?


 水祭後からクロスは意地悪になったというのがマァナの感想。

 捕まえてくれなくなったのだ。

 逃げる一方であったがために、双葉亭の改装工事も結婚式の予定にしても、自分にも関係あるはずなのに疎外感ばかり与えられた気がする。

 先ほど手を繋いだのも、しびれを切らしたマァナからだった。

 荷物を持っているクロスの手の甲に指先を当ててねだるとすぐに手を開けて握り返してくれはしたが、反対の手は荷物でいっぱいになっていた。

 面倒な娘だと思われたかもしれない。

 ふっと空気が揺れてクロスが動く気配にマァナは沈みかけていた意識を持ち上げる。


「怖がるくせに無防備に開かれると申し訳なくて入りにくい」


 言いながらクロスは荷物を下ろして開封し始めた。

 まずは真新しい敷物を確認してから部屋中央あたりにある二人掛けの大きな椅子と机を移動させた下に敷き、再び家具をその上に設置。

 他にも次々解いた荷を定位置へと置いてゆく。


「クロス様がやるとぽんぽん片付くね」


 のしのしとばかりに動く男の後ろをマァナは何をすべきか途方にくれながらつきまとうばかり。

 そうしていると大きくはない下げ袋を渡された。

 マァナの私物だ。

 ようやく出来ることが見つかったと自分の小さな机の上でそれを開封し始める。

 娘の持ち物は、およそガラクタしか無い。本人には大事なものなのだが。

 隣の大きな仕事机で同じくクロスも私物を開封する。

 男の持ち物は、衣服を除けば仕事用品しかないのだが、何か一つをマァナの机へ置いた。

 それは石鹸だった。


「連れてくるのが遅くなってすまない。よい、香りだったので」


 いつぞや、クロスを守るためにひた走った記憶が蘇る。

 マァナが置き忘れていた石鹸はクロスの部屋の机に鎮座して優しい香りを漂わせていたのだろう。


「あら。おかえりなさい」


 思わず石鹸に向かって頭を下げると軽く吹き出し笑いを返された。


「石鹸がうらやましいな」


 クロスは今まで『おかえりなさい』と言われることが無かったのだと言う。

 家政婦には言われていたけれどそれはとても仕事の一環としての義務的な響きしかなかったのだと。住んでいる家どころか自分の部屋にすら落ち着けず、そもそも「帰ってきた」という感覚を持ったことがなかったし、こちらの世界に来てからは言わずもがな、戦役や言い渡された任務で居を構えたことがないらしい。

 一年住んだ剣聖の山小屋はというと、あれは家ではなく野営だったとクロスは遠い目をしてそれ以上マァナが尋ねられない空気を(まと)った。


「けれど、これの香りがすると、君のものだと思うと落ち着いた」


「あたしは、クロス様がくれたものだと思うとお守りみたいに思えたよ」


 二人、石鹸を見つめながらの会話はゆったりとして、何かを探り合っているかのようだった。


「最近、自分の居なくなった世界に興味がわくようになった。後継が居ないと騒がしくなる曽祖父やそれに責められる父を想像するんだ。そしてその時、あの二人……俺の父と母は再婚でもするんじゃないかと考えると少し笑える」


「さいこん?」


 聞き慣れない言葉に首をかしげると、クロスは何か思い当たった様子で少し早い口調になる。


「再び結婚……マァナ、無いのか言葉が? まさか、離婚は? 結婚をやめることだ。俺の両親は離婚していると話したのは聞いていたか?」


「ああ、『縁ほどき』ね。ってええ? クロス様のご両親ほどけてるの? あ、だから家が同じじゃないとか言って寂しそうにしてたのね。ごめんなさい。そのあたり眠気もあって飛んでたかもよ? ちょっとわからない言葉も多かった部分だし」


 マァナが軽い口調で言うとクロスは肩から力が抜けた顔をし、すぐにそれを隠すかのように大きな手でパチンと顔面を覆った。


「ああ……どうりで無邪気につついてきたわけだ。この世界ときたらまったく。どうして『結婚』はそのままで『離婚』は変えられているのだ」


「言葉神様がその言葉、苦手なのかも。あと、結婚は何度やっても結婚だよー? クロス様のご両親、もう一回結婚して寂しくないといいね。あ、でもね、あたしはクロス様が居なくなったらだめだからね? 寂しいの治らないからね」


「俺の方こそもう駄目だな。少し扉が怖い。下手に開けてまた異世界にでも飛ばされたらかなわん」


 その言葉にマァナは体をすくめはしたが、目まぐるしく思考を練って大丈夫な理由を掴み取る。


「だ、だいじょうぶ! クロス様はね、きっと寂しくなったら異世界に飛ぶの。だからここなら平気よ。寂しくさせないから!」


「……それはなんとも突然情けない体質にされたものだ。君はこういう勢いで物事を考えつくのか」


 行き当たりばったり、と言われたようでマァナは少し小さくなるが撤回はしない。

 そうでないとまた悩みが増えてしまう。クロスに関する悩みは本当に厄介なので湧いた端から都合よく潰していかないと身が持たない。

 くっくっ。とクロスが笑うと空気が揺れてそれだけでマァナは何故か胸が震える。


「急にここへ住むと言い出したり、式の日取りを勝手に決めたり、名を変えたり随分と驚かせてしまったか?」


 それどころか、ヴェール(髪飾りらしい)の色合わせに必要だとあのワンピースを持って行かれたり、大きなベットを相談無く買われたりその他諸々驚かされ続けているのだけど? と思ったマァナだったが突然変わった話題に言葉が見つからず無言でふるふると柔らかい髪を乱しながら頭を振ることしか出来ない。


「君の都合などお構いなしになってしまいそうで俺は自分自身も怖い」


「おかまいなく!」と横でさえずると、クロスは苦笑を落としややためらいながら手を握って捕まえてくれた。

 ようやく欲しかった熱を分け与えられホッと息をついたのはマァナだけではなかった。

 手を繋いでいるくらいでは物足りないのだという想いを込めて見上げると、同じ想いをしているはずの視線を外され、マァナは今一番の悩みをこぼしてしまう。


「どうして捕まえてくれないの?」


 手どころか、なかなか瞳も絡め捕らえてくれなくなっていた。


「……口づけもしないの」


 マァナの口調に責める色は無いのだが傷ついている心を隠そうとはしていない。


「君の言うように真っ当にできそうにないからな」


 クロスの方も沈んだ声色になって、二人は雨季に舞い戻ったような鈍色の空気を醸し出す。

 立ち直りの早いマァナが我に返って空気の払拭に躍起になったが、それは墓穴でしかなかった。


「わかりましたっ」


 言うと、クロスは途端に黒い瞳を絡めてくる。


「舌を入れていいのか」


「ちっがーう! かわりにあたしが真っ当にやらせていただいていい?」


「……どうぞ」


「届きません」


 言われるままにクロスは腰をかがめて、腕を後ろで組んだ。悪さはしない、とでも言うように。

 その後、ジリジリ顔を寄せては「いやー」とか「やっぱり無理かも」を繰り返すと、数秒すら待てなかったこらえ性のない男にマァナは結局ガブリとやられた。


「クロス様のせっかち! むぐっ!」


 柔らかい非難の声はクロスを全くびくともさせることはできない。

 後ろで組んでいたはずの手はすでに解けている。

 日頃の泰然とした姿はなく、すがりついてくるかのような獣にマァナは降参するしかなかった。

 

 相手の奇妙な習慣も多少は受け入れなきゃだよね?





この二人の会話、すぐに脱線してグダグダするので書きにくいと気づきました。

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