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縁あわせ 40 執務室にて

読んでくださりありがとうございます。

今回、小説の最後にイラストっていうか……まぁ、なんかあります。

挿絵表示 する にしていただければご覧になれます。

データ的に重たいと思いますがよかったらどぞ!

 


 雨季に入ったテサン地方は昼夜を問わずパラパラとよく雨が降る。

 そうなると忌々しいほど書面を白光りさせて事務仕事を阻害していた大きな出窓もおとなしくなり、晴れて(雨だが)ヴィネティガ駐屯兵団の執務室は本来の機能を果たすようになっていた。

 調度品や絵画どころか大仰な家具もあらかた始末して、幾分広々しすぎる部屋で男二人が悠々と書き物をしている。特にクロス・ハガードは真剣な面持ちで時折彼には似合わない頭を悩ませる仕草を見せていた。

 いつもは決して休憩を(うなが)さない補佐官が「(こん)を詰めすぎでは」と声をかけたくらい煮詰まった様子。


「忙しくなるのはこの雨季明けの兵役検査からです。今年は難航しそうで今から頭が痛みます。

 それというのも魔術適性検査役のヴィネティガ魔術師達が貴方を恐れて軒並み辞退を申し出ておりましてね。すごいですよ『老齢により』って辞退理由がまだ40代の魔術師から届きました。どれだけ錯乱しているのやら。逆に来たいと言ってくる輩は断ったほうがいいのですよね? 厄介で有名な高位魔術師達が問い合せてきて大変です」


「そうか……俺のせいか。要するに、何が言いたい?」


「責めているわけではありませんよ、ただ、今はまだ暇なのでお休みになられてもかまいませんよと。あ、そうだ、手紙が届いておりましたよ。本部から何通かと、ネイト・ハガード様から」


 その言葉に椅子を鳴らしてクロスは立ち上がり、補佐官から受け取る。


「お前は肝心なことが遅い」


 無感動な言葉を投げかけてから手早く開封し、座る間も惜しむ様子のクロスは立ったまま熟読を始めてしまう。


「大変ですね、ご結婚なさるのにもあちこち報告が必要とは」


 ヴィネティガ魔術都市に席を置き、騎士の称号を持ち、炎の魔術王に忠誠を誓った身であるクロス・ハガードはどれも本意ではないにせよ身の振り方一つにしてもあちこち許可や申請が必要で、ここ数日仕事の合間を縫っては書面の手配をして返事を待ちわびていた。


 ヴィネティガ用の縁結び書類と在籍証明書。

 炎の魔術王の代理許可書。(本許可には一年近くかかることもある)

 各種名義変更書類。

 ヴィネティガ騎士団用の任務地考慮申請書。等等(などなど)


 ……副団長補填要請の返書。


 その赤い封筒を開いて動きを止めると補佐官は「ああ、ようやく副団長殿が参られそうですね」と確信犯的な笑顔を向けてきた。クロスは致し方なく興味の無い様子を装う。

 面倒な騎士を新たに送り込まれるよりはと先延ばしにした結果、紛失していた赤封筒をどうやらこの補佐官に見つけられてしまったようだ。

 勝手に開けるか何かしたであろう目の前の男の所業に対してもすでに慣れている。

 実の所、赴任直後は本部からの連絡などクロスの前に届くまでに開封した痕跡が幾度もあった。

 監視の目を完全に消し去らず知らしめるような補佐官のやり口に最初は辟易していたものだが、最近はそういった開封跡も見受けられないとなると、とりあえず信用されたのかとも思う。

 それよりこうした監視を前任者にもしていたとなるとこの補佐官がよくもまぁ今まで無傷だったなと微妙に心配するくらいだ。殴られて眼鏡を壊される程度なら安いもの。


 まぁ、いい。


 そして最後の一通。やはり開いた痕跡のない封筒にとりかかる。

 剣聖ネイト・ハガードからの返書。


 恩師からの初めての手紙は衝撃的だった。

 まさかの丸文字。

 どこの女子高生が書いたのかというようなコロコロ転がる文字で『りょ〜かい』と(つづ)られていたものだからクロスは一瞬人違いでは? と宛名を見直した。


「さすが剣聖様は文字も特殊ですよね……」


 先に宛名書きを見ていた補佐官は感慨深げに言う。


「特殊で片付けられるのかこの手合いの文字を。まぁいい、これで名を変えられる」


「はい? ご結婚報告ではなかったのですか?」


「ついでに名を変えると伝えたのだ。クロス・リードになると」


 この答えに補佐官は剣聖の名をみすみす手放し、明らかに双葉達が急場(しの)ぎで名乗ったような偽名に変える無意味さと、女と違って男は名変えに方々の登録変更が必要で面倒だと説いたのだが、変える理由を聞いては絶句するしかなかった。


「マァナ・ハガードでは可愛らしくない」


 本当にそれだけの理由というわけでもないのだが、クロスはそれ以上の心情的な部分は語らないし、考えないことにしている。

 考え始めると、双葉の魔術師とも名が同じになってしまう不条理に(さいな)まれてしまうから。



「問題は残すところ一つとなった」


 重大な壁に挑むような口調でつぶやき、クロスは再び席に戻って書き物を始める。


「あのー、何をそれほどまでに?」


「三人が寄ってたかって俺の唯一の権利を侵害してきている。聞くというなら話すが? 手伝ってもらうことになるぞ、アスラファール」


 ゴクリと補佐官は喉を鳴らす。

 面倒事になると勘が働いたとしても、アスラファールという男には無駄な事。

 なんでも知りたがる性格をクロスはすでに把握していた。

 いつ、今自分がやっている事に興味を示してくるかと実は手ぐすね引いて待ち構えていたところ。


「先程から文字を書くにしては多少おかしな筆音だと思っていたのですが」


 期待に違わず食いついてくる補佐官を見て、きっとこの性格が災いして常に忙しいのだろうと気のない同情を向けはするが、巻き込むために自分が今まで心血注いで書いていた物を見せる。

 紙面には三角形のなにがしらかが描かれていた。


「これは? 陣図? こんな簡略化して旧文字すら見当たらないものは発動しませんよ」


「ヴェールだ」


「新しい魔法用語ですか? 存じ上げぬ単語ですが」


 旧公用語は改変規制のある現公用語と違い、今も魔術師達によって造り変えられ続けている。

 濁音が混ざる言葉を耳にすると、すわ、魔法用語かと警戒するのは魔術師と相対する者の職業病ともいえる。この補佐官はやはりテサンにおいて魔術師達と深く関わる立場にあるのだなと認識を強めるが、今は流す。


「ヴェールだ。花嫁の頭飾りだ。白くてこう、ふわふわしている」


「は? 仕事をしていたのではないんですかっ! それよりも、どこがふわふわですかっ?」


 憤慨もあらわな補佐官をもろともせずクロスは語りに語った。


『結婚に関する決定権は、式に着用する衣装以外は全て女性の(もと)にある』


 すなわち、式に着用する衣装だけが唯一男にある決定権のはずだった。

 だというのに、双葉亭の三人はそれを選ばせてもくれなければ、買うことすらさせてくれそうにないのだ。

 それは昨晩の話し合いの最中。

 双葉亭改装も着工目処がつき結婚後の方針はあらかた決まったため、ようやく結婚式の話をしていた。

 式と言ってもテサンの結婚と言えば婿が花嫁を抱えて日頃世話になっている家々や場所へ赴き、縁を確かめるだけという簡素なものとのこと。

 地に下ろすと花は根付いてしまうのでとにかく自宅へ帰るまでは降ろせないらしい。

 ちなみに花嫁が重たい場合は荷車に乗せる。

 三軒先の干物屋さんのお嫁さんは荷車方式だったとレーンが茶化し、でもあの嫁さんの衣装は良かったねとリーンが言い出した事から雲行きが怪しくなっていった。


「だから、縁あわせで着る機会を逃した服でいいって言ってるだけじゃないかこの子が。そんなに目くじら立てる事かい」


 レーンの言葉にマァナはガクガクと首を縦に振り続ける。

 初めてマァナと出会った時に仕立てていた服。

 それを式で着ると、すでに決まっているかのように双葉亭の三人が語ったのだ。

 生地も上等だし、布量も多いので見栄えも悪くないのだがどうしてもクロスには純白の花嫁衣装しか思い描けず、買いに行くぞと強引に日取りを決めようとしていたのだが。

 潤んだ瞳を上目遣いに向けられ、思わず視線をそらす。


「あれも似合う。それはわかっているが、結婚式なのだぞ? もう一着くらい買ってもいいだろう?」


「クロス様、あたしの体は一つなの」


 だから高い服も一着で充分。そう伝えられるともう手の出しようも無い。

 慎ましやかすぎる娘の価値観をクロスは愛している。

 うんうん唸って頭を抱えたのは数秒で、急にピンと姿勢を正す。


「ならば、服以外の飾り付は俺が決めるからな。覚えていろ」


 まるで捨て台詞のような事を言ってから帰り支度をし始めるより他なかった。


「服意外って、髪飾りやらかい? この子の鳥の巣頭どうにかしようってのは無理だと思うけど?」


 レーンが言うと、クロスは鞄を肩から下げながらふんぞり返って立ち上がる。

 無駄に姿勢がいいので大きく見えるのだと、双葉達が毒付き、見上げるために急に伸ばした首を双葉亭の三人は同時に「アイタタタ」とさすっていた。





「綿毛のように柔らかで優しいマァナの髪を捕まえて鳥の巣に例えるとは酷い感性だとは思わんか」


 そう、昨晩と同じ言葉を言い放ち、憤慨も新たにクロスが息巻くとアスラファールは先ほど見せた三角の図形を描いた紙をぞんざいに振りながら気のない返事をしてくる。


「や、貴方の感性も大概かと思いますよ。髪飾りというか頭に刺すんですかこの三角を?」


 クロスは自分でも絵の出来栄えには眉をひそめていたところなので渡りに船とばかりに乗っかることにした。


「それでは上下逆さまだ。とにかくどうにかコレを手配して欲しい」


「は?」


「お前は前任団長の骨董品の収集癖にも付き合っていたそうではないか。一度だけの俺の私的願いをきいてくれ」


 その日から、式の直前までアスラファールのヴェール作りは始まった。

 後に補佐官は語る。クロス・ハガード団長は全くの役立たずであったと。








挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)





陸馬、実はまさかの爬虫類系。いや、正しくは両生類。

水嫌い←陸馬

水好き←海馬

空飛ぶ←空馬

同一種というびっくり設定です。

ちなみに、老化すると半眼になってゆくので一目瞭然。

ゼタは常々見事な半眼で、マァナをビクビク観察しているとか……。

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