縁あわせ 39 毒吐かぬ娘達※イラスト有り
読んでくださりありがとうございます。
今回、小説の最後にイラストっていうか……まぁ、なんかあります。
挿絵表示 する にしていただければご覧になれます。
データ的に重たいと思いますがよかったらどぞ!
「こーんにちはっ。ターニャ!」
店先に金糸の髪を持つ幼馴染の姿を捉えると、すぐさまマァナは愛想よく声をかけた。
だというのに半眼で睨みつけられた上にため息を盛大に落とされ、首の動きで中に入れと指示される。
……ずいぶん怒ってるなぁ。
最近雨の日が多いのもこの幼馴染の不機嫌の一因だろうと見当がつく。
粉引きの作業になにがしらか影響がでるらしいのだ。
マァナが大人しく言われるまま(声は一言ももらってないけれど)『粉屋』に入ると番台には店主でターニャの父がちょこんと座っていた。
「やぁ! マァナちゃん、大丈夫かい? その、あのお人とはうまくいってるのかな?」
ガタガタと椅子を揺らしていつに無いせわしなさで訪ねてくる。
「あのお人って誰?」と尋ね返すマァナの手をターニャは握って奥へと引っ立てる。
定位置のお喋り場所ではなく幼馴染の部屋へ連れて行かれ、大きなカップにこぼれそうなくらい波々と注がれた茶を出される段になってようやくターニャは口をきいてくれた。
「あんたねぇ、来るの遅いのよ。変な噂話ばっかりでどんだけ心配したと思ってんの」
じゃぁ、双葉亭まで来てくれたら良かったのに、とは言えない。
ターニャが双葉達を苦手としているのはマァナもよく知るところで、よほどの事があってもこの幼馴染は双葉亭に来ないのだ。
「縁あわせの相手が刺されたとか、暴行したとか、花撒きの足場を倒したとか、二人は『縁終わり』したとか、路チュウしたとか、マァナが『嫌い』って宣言したとか、どーなってんのよ、あんた達は!」
終いには声を荒げる幼馴染の剣幕を首をすくめてやり過ごす。
「クロス様は足場を倒したんじゃなくて、倒れそうになったのを止めたんだよ? あと、『ろちゅぅ』ってなぁに? その他はだいたい合ってるよー」
緊張感の無いマァナの声にターニャはようやく半眼をやめ、かわりに容赦無くあの水祭の日、足場の下で何があったのかを掘り返してきた。
男にまたしても襲われたこと、白いお粉がとても役立ったこと、クロスが怪我をしてマァナは怒られたこと、子供呼ばわりされたので縁終わりしてしまったこと等、障りがない(?)部分をかいつまんで説明し、縁終わりはその日のうちに撤回したと告げた。
すると、やはりテサンの娘の引っかかるところは同じだった。
「20歳まで子供扱いってどうかしてる! それじゃ、あんたそれまで意見なんて通らないし、給金もらえないし、旅権も出ないじゃないの。あたしと海を見に行く約束どうすんのよ」
テサンでは成人するとヴィネティガ兵役と同時に数々の権利が与えられる。
住民権、借地権、就労権、旅権など。
そしてその成人報告をするのはその時点での保護者の裁量。
結婚していた場合はより年嵩の相手が保護者とみなされる。
こうした制度になっているのは年齢の定かではない流民の子供を長年にわたりテサンが受け入れているからなのだが、兵役逃れの年齢詐称や、就労権を与えない事件が後を絶たないのも事実だった。
ようするに、成人するまで子供は個人としての存在が認められていないのである。
そういった理由もあってマァナは子供扱いに過剰反応していたのだが、悩みはすでに薄くなっていた。
レーンがクロスと話して数秒で半分くらいが解決してしまい、マァナは驚きでその日の午後いっぱい口を開きっぱなしに過ごしてしまったものだ。
「大丈夫よターニャ、テサンの法的には成人させてくれるみたいなの。ただ、クロス様の中では子供扱いみたいで、それはそれで悲しいんだけど」
「大丈夫なの? そんな事言う相手で」
「うん。なんかもう、どーでも良くなったのね。別に存在否定されてるわけでもないし、そばに居られたらもういいかなぁーって」
言うとマァナはグビグビと茶を飲み、ついでに今日来た用事を済ませるべく姿勢を正した。
「そういうわけで。白いお粉買わせて。使い切っちゃった」
「あんた、三つ持って帰ったよね? まぁ、あの双葉さん達にあげたんでしょうけど。必要ないと思うけどね」
何故か買い求めに来るのがわかっていた様子のターニャはすぐ、マァナの手のひらに小袋を落とした。
「ターニャは足りてる?」
料金を支払いながら尋ねるとターニャは「使いどころがないわ」と笑い、それから珍しくためらいがちに口を開く。
「……あんたさぁ、商店街のおん……子達に何かしたの?」
「え? あ、もしかして買いに来たの?」
身を乗り出すように尋ねるとターニャは罰が悪そうな表情をする。
以前『大嫌い』と毒を吐いてしまった手前、その相手に店へ来られて複雑だったのだろう。
どういう対応をしたのかマァナは不安になって、じっとターニャの言葉を待つ。
「来たわよ。うちの悪口ばっかり言ってるの知ってるのにどのツラ下げて……」
「ターニャ」
毒を吐き始めた幼馴染の名を、その目を覚まさせるかのようにマァナは呼ぶ。
「……きちんと商売させてもらいました!」
そう、天井を仰いで悔しげに言い放つ姿をマァナは満面の笑顔で見つめていた。
「えらいね、ターニャ」
「お客さんで来られると仕方ないじゃない」
「ターニャが知らん顔しなくて嬉しい。さっき話さなかった事があるの。水祭の日、一番最初にあたしを助けようとしてくれたのは商店街の子達だったんだよ。すっごい悲鳴をあげてくれたの。知らん顔だってできたはずなのによ?嫌いって思ってるだけじゃ勿体無いよ。だって、一緒にこのテサンに住んでるんだもの。おかげであたしは助けてもらえたわけだし。いつかはお返しできたらなと思うし」
「現金なマァナ」
苦微笑を返してくれる幼馴染に安堵する。
『嫌い』と言うと毒が体を巡って動けなくなるのを先日痛感した。
ターニャに言わせてしまった『嫌い』は来客として商店街の娘達と接したことで少しでも解毒できたのかしらと、顔の前でシッシとやられるまで飽きることなくマァナは幼馴染の瞳を見つめた。
「わかったから、そのグリグリ目玉で見つめ続けないでよ。穴があくわ。まったくもう。話は戻るけど縁あわせは順調なのね? もう安心していいのね?」
逃げるように話題を変えてくるのは照れ隠しだとマァナは思うことにして、それ以上はつつくのをやめ、自分の状況を省みることにする。
水祭からすでに10日経過した。その間、いろいろあったのは周囲だけで、マァナ自身は以前と変わりなく過ごしている。
「んー多分? すごい勢いで結婚の話をしてるよ。つい昨日まではあたしがどこに住むのかでもめてた」
クロスはマァナが今のまま双葉亭で働くことを許可してくれた。
だが、住む家は双葉達とわけるように言ってきたのだ。当然、リーンもレーンも反対した。
このままマァナは双葉亭、クロスはヴィネティガ騎士団に住めばいいとまさかの別居を主張。
どうしてもマァナを外に出すなら歩いて五歩圏内! と当たり前のように言い放ち、クロスの不興を買いまくった。
「ちょっと……それでどうなったのよ……」
ターニャは双葉達とやりあう男の姿を思い描いたようで顔を引きつらせ恐る恐る先を促す。
「結局、双葉亭の二階を改装してクロス様が引っ越してくるみたい。それで今日は業者さんを呼んで見積もりらしいですよー」
「なんであんたはそんなに他人事のように言うのよ」
「だってあたしは子供だしー。全然話に混ぜてもらえないんだもの。今までもだいたいなんでもリーンさんとレーンさんが決めてたからね。それにクロス様が加わって三人で楽しそうなの。
もういいの。とにかく早く結婚したいの。そうじゃないとあたし、クロス様の事ばっかり考えて他の大事な事忘れちゃうんだもの」
たまったもんではないわとばかりに鼻を鳴らす様子のマァナを見て、結婚してもソレは解消されないのでは? とターニャは思ったが言わずにおいた。
頬を膨らませる幼馴染は子供扱いにへそを曲げてあてつけているようにしか見えない。
「あ、そうだターニャ、ミヨコさんに水の花ありがとうね。来年はあたしに任せて存分に縁あわせの相手さんに振り回されてね」
「あんたを振り回せる人が居たって事が驚きだわ。で、そのクロス様のお怪我はどうなのよ」
「うん、すごく回復早いみたいなんだけど……五日間くらい寝込んじゃった。なんか『心が折れた』とか言って。とっても繊細な人なのよね」
繊細な人があの双葉達とやり合えるはずがないとターニャの顔に書いてあったがマァナがそれに気づくことはなかった。
「ところで、ターニャは『パヴェ』にもうなってる?」
マァナの突然変わる話題に慣れているはずの幼馴染もこれには少し驚いた。なぜ今頃言い出すのかと。
「なんで旧語使うのよ。隠語みたいに扱わないで言葉神様の言葉を使いなさいよ」
「だって、リーンさんとレーンさんが使うんだもの」
「……まさかあんたまだなの? 『生理』」
「やだー、そんなわけないじゃない。この間なったわよ」
「……この間……」
「クロス様のお膝の上で」
「……」
絶句する幼馴染を眺めながらマァナはお茶を飲み干し、お腹がたぽたぽするわとつぶやいた。
このタイミングがマァナクオリティ。
こういう方向苦手な方にはごめんなさい。
男性の方(いらっしゃらんか)にも申し訳ない。




