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縁あわせ 33 男の部屋

今回も長いです。

もう、このくらいの長さをデフォルトとさせていただきます。

以降、これ以上になりましたら「長い」宣言を前書きに挟ませていただきます。

 


 テサンの町に中天より三時を告げる鐘が響くと各所で再びプアーン! という音が鳴らされる。

 何度にもわけて投下されていた花撒きが、最後の一花をもって水祭の終わりとなる合図。

 以前ならば配られた茎付きの花をぶつける行為が夜まで続いていたのだが、近年は水の花の収穫量が減ったため祭りの余韻は短い。


「毎年のことながら憂鬱だ」


 ヴィネティガ駐屯兵団内の控え室にため息が落ちた。


「道が水浸しの泥だらけだと陸馬が嫌がるんだよな。あいつ等ぬぼーっとしてる割に繊細だから。

 こんな日は移動したくないな」


「あ、これから南の賊村に戻るんでしたっけ?組み試合のためだけに戻されるなんてお疲れ様です」


 『南の賊村』という通称が付けられた業務。それは南テサンに移住した盗賊団縁者の監視だ。

 一度着任を言い渡されると呼び戻されないことには行ったきりになる。

 実際、ため息の主は10日ぶりにテサン中央へ帰ってきて、そしてこれから休む暇なく村へ戻る。


「監視というか、もう畑仕事に行っているようなもんだよな」


 年嵩の男は再びため息をつく。

 女子供ばかりの賊村においてヴィネティガ兵達は監視をするだけではなく、住処の確保や畑の整地に力を貸していた。着任時にそうするようにとクロス団長から指示があったのだ。


「近隣の広域所有者も手を貸してくれる算段がついたとは言え、なんだかなー、って感じですよね。俺ら兵士なのに」


 幾分か若い男も同情を込めた込めた言葉をかける。


「早く男手を返してやりたい。賊って言っても殺しに関わってない末端はただの農民だよありゃ」


「まぁ、食うに困った分を盗賊行為で(まかな)ってたって言ってもそこは罪は罪ですからね。

 強制労働を真っ当に終えて欲しいもんですが」


 ここで二人そろって盛大にため息をついた。


「今日のことがあるから……」


 今日、その『農民だよありゃ』の一人が強制労働を放棄し、ナイフなんてどこで手に入れたのか、逃亡先で人を刺した。

 あろうことか、賊退治をし恩赦のごとき減刑を図った人物、クロス・ハガードをその手にかけた。

 腹を深くやられたらしいが、駐屯兵団へ戻って来た団長にそんな素振りはなく、ただただ恐ろしく不機嫌な顔がここに居る二人のヴィネティガ兵の目に焼きついている。


「あの人、あんな顔もできたんですね。常に無表情で何を考えてるかわかんないのに」


「俺は団長よりもあの眉間のシワを前にして、いつも通りに接していた団長妻の方が恐ろしい」


「その団長妻はいったい今何をしてんでしょうね。掃除用具一式持って出たきり……まさかまた団長の巣を掃除しようと一念発起したんでしょうか」


「まさか。水祭当日は暇とはいえこんな時に?」


「そのまさかだよ」


 突然部屋の扉が開いて男が入ってきた。


「びっくりした、お前か」


 顔見知りの同僚の登場に話し込んでいた男二人はホッと肩の力を抜く。


「団長妻は団長の縁あわせの相手と団長の巣をひっくり返していたぞ」


「なんだそりゃ。縁あわせのってもしかして、一緒に連れてた小さい娘が相手?!」


「集めた情報を思い出してみろ」


 クロス・ハガード団長の縁あわせの相手の特徴。


 【わたあめ】 【ちいさい】 【籠に振り回されている】 【いっそ籠に入るんじゃねぇか】 

 【テサン騎士団の秘蔵っ子】


 一度娘が団を来訪したことでヴィネティガ兵達の間で情報が飛び交った時期があった。


「合致する……まさかあんなに綿毛みたいな娘だったとは。吹けば飛ぶような娘をあの団長妻と一緒にしといて大丈夫なのか?」


「いやいや、問題はそこじゃない。我らが補佐官殿の異名を変える時期にきたということだ」


 三人は顔を見合わせ、一瞬で結論に達した。


「「「小姑(こじゅうと)で決まりだろ」」」





 マァナがその小姑もとい、補佐官にいびられていたのかといえば、そうでもなかった。

 二人で作業にとりかかると思いのほか息が合い、瞬く間に汚部屋の床が顔を出した。


 書面類は重要なものもあるかもしれないので処分保留。まとめて廊下に出す。

 ゴミと判断されるものは用意した袋にまとめる。マァナが一体まるっと入りそうな袋だ。

 それがあっという間に一つできた時、お互いに引きつった笑顔を交わすしかなかった。

 洗濯所から借りてきた大籠に洗い物を入れると、これも瞬く間に満杯。

 かれこれ二ヶ月近く放置していたのだとアスラファールは苦々しく語った。


 掃除の途中で神経質補佐官がキレる以外、つつがなく作業は進んだ。

 机の引き出しに黄ばんだ白シャツが10枚以上詰め込まれていた時は、さすがにマァナも嘆いてしまったが。

 黙々と続く作業の途中で何度目かのアスラファールのキレた声があがった。


「こんなところに何故ある!?」


 マァナはどうしたの?と視線をやる。

 いちいち男の愚痴混じりの長ゼリフに付き合うのだ。手を止めずに。

 小難しい話だと眠り始めてしまうのだが、この場で語られるのはクロス・ハガードのことばかりだったので飽きるはずがない。


「見まごうことなきこの赤封筒! 重要度が高いのでこの色なのに埋もれてたら意味ないですよ! なんだと思います? 本土のヴィネティガ騎士団へ送ったはずの副団長要請状ですよ! そも、要請しなければ人間を寄越さない体制にも問題がありますが、まさか要請自体をしていないとは! いつまでたっても来ないわけだ!」


 赤い封筒を握りしめて悲劇的に天を仰ぐアスラファール。


「えっと、初出勤してきた足で副団長を降格でしたっけ」


「そうです! よく覚えておられましたね!」


 物覚えが悪いと思われてる……


 少し気落ちするマァナをよそに、アスラファールはその赤い封筒を容赦なく開封した。

 覗き込むと日付は四ヶ月前に遡っている。


「きれいな文字」


 初めて見るクロスのものだろう文字に目を惹かれる。

 それは男らしい大らかな雰囲気ながら、一文字の書き終わりまで気を抜いていない丁寧な筆跡。


「まぁ、文字は綺麗ですよね……癖はありますが」


 渋々褒める男にひとつ笑顔を向けてからマァナは再び文字に魅入る。


「やっぱり言葉神様とおんなじなんだ」


「同じとは?」


 ぽつりと漏らしただけの言葉に何故かアスラファールが真顔で返してくる。

 マァナは少しためらいつつ、文字を細い人差し指でなぞりながら数少ない言葉神の直筆文字を思い描く。それは書館に必ず一冊は配備されている『言葉神の最初の本』の冒頭。



 私の言葉のすべてを闇の魔術王へ捧ぐ  神坂 結



 短い献辞(けんじ)

 数多く書籍化されている言葉神の本で唯一この本の、この一文だけが、かの人の直筆転写とされている。やはり丁寧で、小さく跳ねた尻尾のような文字の最後や、書き始めに少し力を入れたような曲がりがあって面白いのだ。

 自分たちの書く文字とは同じであって異なる美しくも可愛らしい筆跡。

 そして今、目の前にあるクロスの文字も同じくなんらかの規則に準ずるかのように跳ねる部分や、すっと伸ばされている部分がある。

 可愛らしくはないのだが、なぜか両者の文字の印象は同じだった。


「ほら、こことか。跳ねたり、伸びたり、かっこいいでしょう。

 あ、最後のマルはクロス様のだって可愛いかも?」


 アスラファールも脳内に言葉神の直筆文字を思い出しているだろうかと、マァナが隣を見やると、何故か男は食い入るようにこちらを見つめて静止している。

 強い視線に少し身じろぎしてしまう。

 

「毎日のようにあの人の文字を見ているというのに私は気づかなかった」

 

 相当のショックなのか愕然としたような声を漏らす。


「異世界人だというのが真実で、彼がこの世界の言葉に最初から精通していたとなると、言葉神も異世界人なのではないかという可能性は見えていました。ですが確実ではなかったのです」


「まぁ、すごい。あたし、クロス様に言われるまで言葉神様の事考えもしなかったわ」


 マァナの場合、それ以前にクロスの言葉が云々はどうでもよかったのだが。


「すごいのは貴女です。一瞬で私に証拠と成り得る物を突きつけたのですから。この文字の癖のようなものこそ本来ある形だということでしょう。我々が使う文字には無いものです。

 ただ、言葉神の直筆書がほとんど皆無なので照らし合わせて確実性を求められませんけれど」


 この世界で使われている文字は漢字、片仮名、平仮名、とあるが、どれもこれも直線で構成されており、文字の末尾はカチリと止められた形なのだ。

 乱筆な人間の文字はその限りではないが、言葉神やクロスの文字ほどまでに規則性を示唆(しさ)するような形は無い。


「全く新しい言語を一人が生み出すのは不可能だと思っていたのです。闇の魔術王は異世界人の言語を紐解き、言葉神として利用したのです」


「違うよ?闇の魔術王様は言葉神様の言葉を気に入ったから広めたの。利用って言っちゃ嫌です」


 いつの間にか完全に乾いてふわふわを取り戻した髪が首を振るマァナの動きに合わせて揺れる。

 それが頑なに真実から目を背ける姿のように見えたのか、アスラファールは意地の悪げな目つきになって娘の知らない事を告げ始めた。


「現在の公用語は四百年前、当時のヴィネティガ闇の魔術王による言語統制で広まったものです。魔術の専門性を高めるためです。なぜなら魔術は現在の公用語に乗らないのです」


「のらない?」


 不意にマァナの瞳がぱっちり開いた。

 それに満足そうな一瞥(いちべつ)を寄越したアスラファールはさらに熱心に言い(つの)る。


「そうです。乗らないのです。だから魔術師は今も旧公用語で術操作していますよ。

 魔術の乗らない言葉を公用語として広める事により、魔術師の家系に生れ落ちる者に利を与えるのが目的だったのです。突然変異で一般家庭に産まれる魔術の資質がある人間は、兵役などにより見出されない限り魔術とは関われない環境を作り出したのですよ。学び始める時期が違うと(おの)ずと能力差に影響しますからね」

 

「へー」


「……ですから子供の頃に聞かされた物語は耳あたりの良い虚実なのです」


「そう言わないで? じゃぁ、どっちもほんとにしておきましょう」


 おしゃべりはここまで、とばかりにマァナはまだ開いていなかったベット下の収納を開いて詰め込まれている布を引っ張り出し始めたのだが、いつまでたっても男の視線から解放されない。

 あのクロスの視線ほどの拘束力は無いものの、話を変えなければとマァナの本能が動いた。


「あ、でも、魔術師だって異世界人かもしれませんよね。それで、あたし達も異世界人なの。そしたらクロス様は仲間はずれみたいに思わなくて済みますね」


「ほぅ。面白いですね」


 なぜか益々アスラファールの視線が強くなった。

 ある種の熱を持ったような空気にマァナは突然気づき、男から離れるように移動してしまった。


「ロイさんに言われているのですよ。クロス・ハガード団長でダメなら次は私だと。

 なにを呆けているのですか、貴女の縁あわせの相手ですよ」


 ああ、だからこの人、あたし達の縁あわせに振り回されたくないって言ったのね……。


 冷静に納得しながらもマァナは手に拾い上げていた何がしらかの布をきつく握る。

 言って欲しくなかった。

 相手が誰でもかまわない、誰でもがんばるつもりの縁あわせだったから。

 こんな、がんばっていない方向から突然手を伸ばされると、どうしていいかわからない。


「どうですか。私ならば事務的に兵役逃れに加担いたしますし、あの団長よりは丁重に扱いますよ。貴女に対する興味は今のところ男女のものではないですが、我が家に貴女が居て興味深い相槌をしてくれると刺激になって良さそうだ」


 率直に語ってくる相手に好感は持てる。

 子供だと、腹の底で思い続けていただろう男よりずっといいはずだ。


 全て嘘から始める関係ならば。


 この人と最初に縁あわせをしていたら違っただろうか。

 それはもうわかりはしない。だからマァナは素直に心に従うしかなかった。


 『縁あわせ』はマァナにとって確かに兵役逃れではあったが、それ以上にきっかけだと思うことにしていた。

 このテサンで、この時、マァナ・リードと縁あわせをする。それはこの上もなく縁のある相手。

 嘘になることも視野にいれながらも、できたら好きになりたかったし、なって欲しかった。

 だから全力で向き合ったつもりだった。

 クロス・ハガードの方は子供相手と思っていたらしいが。

 

 思い出した腹立ちと一緒に、ぽろりと涙が一粒こぼれた。


「うそも、ほんとも、クロス様がいい……」


 マァナの言葉にアスラファールは真顔を一瞬で意地の悪そうな補佐官顔に戻す。


「首尾は上々。泣く人がいますか。それでいいんですよ」


 いい仕事をしたとばかりに鼻を鳴らす男になんと返していいやらマァナは困惑する。

 

「ただ、涙をその手に持っている布で拭かないように」


「へ?」


 布を広げてみるとそれは男性用の下穿(したば)きだった。

 普通の思春期の娘ならば悲鳴をあげて放り出すだろうに、マァナはそれを広げ、あまつさえ胸に抱き込んだ。


 いつの間にやらこんなものまで、もう愛おしい。


 誰でもいいはずなのに。

 いや、違う。縁をあわせたのがクロスだったから。

 だからマァナは誰でもいいと考え続けてがんばれたのだと、きっとそうだと思うことにした。

 

「完璧を求める娘の恋は卒業で、恋は盲目状態に突入といったところですか?理解しかねます」


 小馬鹿にしたようなアスラファールの声はどうでもよかった。

 自分だって、重症だとわかっていたから。






ベット下の収納からエロ本が出てこなくてよかった。

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