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縁あわせ 31 水祭④終わり※イラスト有り

申し訳ありません、今回も長いです。


そして今回も小説の最後にイラストがあります。

一応、背後注意です。

挿絵表示 する にしていただければご覧になれます。

ザッと描いたものですがよかったらどぞ!

 


 ふざけるな、馬鹿にしている。


 (さげす)むように見つめてくる男に言いようも無い(いきどお)りを覚えた。


 何が減刑だ。ヴィネティガもテサンもどうでもいい。俺達は自分の法で生きて死ぬ。


 一方的に剣を持たされる辱めに殺意を剥き出しで挑んで――


 そして無力感を強引に植えつけられた。




 それは偶然だった。

 強制労働、奴隷のような扱いに嫌気がさした男は「組み試合」などという馬鹿げた催しに熱中する騎士達の監視をまいて自由を手に入れた。

 遠くへ逃げようと思ったわけではない。そんな気力は(つい)えている。

 後々その自由の代償に何が与えられたとしても、すでに人生を台無しにされた男には些細なことだった。帰る場所の無くなった世界を何をどうすることも考えずにただ歩いていた。

 馬鹿げた祭りで賑わう町の中にその男が女と戯れる姿を見つけるまでは――




 男の狂ったような悪意の表情に一拍置いて気づいたマァナは、ようやく振り払おうと抵抗を試みた。

 白い腕を握った手は浅黒く、根でも生えたかのようにびくともしない。

 恐怖とは違う嫌悪感が全身に広がった。

 マァナはクロス以外に触れられたくないという心を知った。


「はなして」


 言う間に路地に引き込まれそうにり、かろうじて石壁に指をかける。

 歯を食いしばって人々の喧騒を失わないように、路地の暗い静けさから逃れようともがく。


「「何かあれば大きな声を出しな! 股間を蹴り上げな!」」


 双葉達の声が耳の奥でがなりたてる。昔からよく言われていた言葉。

 以前男二人に絡まれた時はわからなかったが、今が『何かあれば』のその時だと、マァナはもう学んでいた。


 でも、無理だよ。すごい力だもの。あたしじゃ駄目。なんにもできないんだもん。

 あたし、役立たずだもん!


 役立たず。


 マァナは心の奥底で自分のことをそう評していた。

『神の子』なのに人を癒せない。周りの人に恩を返したいのに何も出来ない。

 寝返り三回に封じ込め続けた懊悩(おうのう)がこんな時に湧き出して体の自由を奪っていく。

 

 「へばりつくんじゃねぇよ!」


 指先が壁で擦れる。

 痺れてもう離れそうだと諦めが首をもたげた時、悲鳴に彩られた怒声が響いた。


「あんたマァナになにしてんのよ! 人攫い! ちょっとぼけっとしてないで誰か助けなさいよ!」


 いつの間にか溜まった涙で歪むマァナの視界に見えたのは、先ほどまで嫌悪の表情で近づいてきていた商店街の娘達三人だった。

 一人が金切り声で怒声混じりに助けを求め、二人がひっきりなしに悲鳴をあげ続けている。

 いっそ、うるさいほどだ。


 なんか……すごい。迫力。


 状況を忘れてマァナは魅入った。

 力が抜けた瞬間、背後の男に羽交い絞めにされたがそんなことは目の前の娘三人の衝撃に比べればなんのことはない。

 自分の事を嫌っているはずの娘達が助けようとしてくれているのだ。

 思わずマァナの顔に満面の笑みが広がり、「ありがとう」と唇を動かしていた。

 嬉しくて仕方がなかったのだ。悲しくて仕方なかったぶんだけ。

 娘達はそんなマァナに眉をしかめながらも悲鳴を上げ続けた。

 騒ぎに気づき立ち尽くす人々の間からクロスが飛び出してきたのを確認したマァナはもう大丈夫だと安堵した。

 しかし、クロスは走りよるのを止め、マァナが初めて見るような表情をして動きを止める。

 眉間に深い(しわ)をよせ、痛みに耐えるかのような顔。


「お前のせいだ! お前が俺達をバラバラに駄目にした! うまく生きていたのにお前がっ!!」


 マァナは頭上から落ちてくる大声よりもクロスや娘達の視線の先、自分の首元を見た。

 背後の男が動くたびに視界の端を銀色がかすめる。


 あ、これ、ナイフ?


 この短期間で二度も刃物を向けられる不思議に首をかしげた。

 その姿はまるでこの危機的状況を把握していない様子で、周囲の人間へ例えようもない不安を与えるのに充分だった。


「動くな! マァナっ!」


 クロスに静止の言葉をかけられたのだが、マァナはその瞬間、背中に冷や汗をかいた。

 今にもナイフが金鎖にあたりそうで、刃の銀色の影に多色石の黄緑が弱々しく見え隠れしていたのだ。


「俺を無視するな! お前もこいつとバラバラにしてやる!」


 ちょっとぉぉ! 切れたらどーしてくれるの!?


 金鎖が切られるより先にマァナはキレた。

 沸点を振り切った怒りはマァナの行動を速やか、かつ容赦なく突き動かす。


「マァナ!」


 怒りすら含んだクロスの声も耳に届きはしない。

 するりとスカートのポケットに手を滑り込ませ目的のものを握る。


 濡れてない、よかった。


 首を傾け、目をしっかり閉じ、背後の男の顔があると思われる位置に無駄の無い動きでそれをぶつけた。その間わずか数秒。


 それは勿論ターニャから買ったお粉。


 首に冷たいのか熱いのか、よくわからない感触がしてからマァナは体が宙に放り出されたのを悟った。

 駆けてくる獣が目に入る。

 あの時みたいな豪快な動きが見られるわ、と思ったのだが何故か自分の方に飛び掛ってきた。


 なんでっ!?


 思った瞬間には石畳に押し倒されていた。

 お尻を打ちつけたので痛いが、自分の胸を押しつぶす男の体の硬さと湿った熱さが心地いい。

 首筋には荒い息がかかっている。でも噛み付かれそうだとはもう思わなかった。

 ひときわ、力強く掻き抱かれてから、余韻も少なく放り出された。


「極刑にすればよかった。全員、村人もろとも」


 恐ろしく冷えた声を、一瞬、クロスが発したものとは思えなかった。


 石畳を割るかのような勢いで踏み出した背をマァナは呆然と見送った。

 クロスの体が右に傾いたかと思うと、左足が下から上に振り上げられて――鈍い音。


 組み敷き、殴り、持ち上げ、壁にぶつける。


 目の前に暴力の塊のような男がいた。




「あんた、大丈夫?」


 背に手を当てられてマァナは「うん」とだけ答えた。

 目の前で起きた出来事を目を()らさず全て見た。

 そして今はテサン騎士団達の背しか見えない。人々のざわめきはまだ耳から遠い。

 白い粉と血にまみれた男が運び出されてから、人垣を掻き分けるようにクロスが出てきた。

 追いすがるテサン騎士を邪険に払う姿は未だに暴力的な熱を帯びている。


 こちらに向かってくる。

 その表情にマァナは釘付けになった。


 背に手を当ててくれていた人は離れていった。

 商店街の娘の一人だったのではないだろうかとマァナは思った。声に聞き覚えがあったから。

 乱暴な足音が止まると大きな男が怒りの形相のまま見下ろしてきた。

 怖いので逃げたいが腰が抜けたような状態のマァナには不可能だった。


「この、ばかもんが!!」


 石壁も割れそうな怒号が降ってきた。止めようとしていたテサン騎士が軽く跳ねる。


 なんで怒るの。


「動くなと言っただろうが!」


 そうだっけ。


「子供はおとなしく守られる立場でいろ!」


 来年には成人で、すでに結婚だって出来る娘に放っていい言葉とはいえない。

 思わずマァナが「あたし子供じゃないよ!」と、反論の声をあげると、クロスの方も思わずといった感じで言い返してきた。


「俺の常識で成人は20歳! 君は立派に子供だ!」


「じゃぁ、クロス様は子供に求婚してたの? ずっとあたしは子供だったの?」


 今までのあれやこれやが全て子共扱いだったとすれば、男の目に自分はどれほど滑稽に映っていただろう。一方的に自分だけが熱を感じていたのだろうか。

 双葉達の前で子供でいるのはいいが、この男の前で子供でいることは耐えられない。

 羞恥によって、この日二度目。マァナはキレた。

 知らず知らずのうち、この騒動に呑み込まれて動転している自分に気づいていなかった。


「え、縁あわせおわりっ! クロス様なんか、きりゃいっ!!」


 かんだ!

 

 噛んだ事で少し我に返って、そしてすぐに後悔した。

 普段なら決して使わないような言葉を言ってしまった。

 人に「きらい」なんて言葉を投げたのも、傷つけてしまいたいと思ったのも初めてなのだ。

 さっきまでは確かにこの男を傷つけたくないと思っていたはずなのに。

 マァナは一瞬で自分の心を見失っていた。


 じりじりと路面を尻で後ずさって距離を置こうとするマァナに「動くなと言ったら動くな!」とクロスは再度怒号を浴びせた。

 

「動いてくれるな」


 もう一度言った声は懇願だった。

 そのまま座り込んでいるマァナに覆いかぶさってくる体は、いつにもまして重たい。

 そして、嗅ぎ慣れた体臭とは別に生臭い香りが微かに二人の周りに漂った。


「クロス様?」


 嫌な予感がした。

 ナイフは、あの騒動の間どこへいっていたのだろうか。

 自分の首元で見て以降、銀色の記憶がない。

 そろそろとクロスの体を手で撫でると、わき腹の辺りで手首を捕られた。

 ねたり、と何かを指先に感じた直後だった。

 そこに何があるのかと身を離してみると、ナイフが刺さっていた。柄の部分しか見えない。

 白いシャツは水気を多く含んだ赤が染み広がっている。

 くらり、とマァナは眩暈に身をゆだね、クロスの腕に頭を添えた。


「大丈夫だ。多少深いが(ひね)られても無いので傷口は綺麗なものだ」


 男の言葉の意味がわからない。刺さったままで大丈夫も綺麗も無い。

 マァナは刺し傷などの手当て方法など知らなかった。

 深く刺さった場合は処置まで抜かない方がいいという知識など、生活の上では必要無い。

 それ故に男が、クロスが死んでしまうような気がした。


 クロスの腕の中でマァナの髪の毛がぶわりと広がり、(かす)かに桃色の光がこぼれ出た。


「いたいの、やぁ……」


「マァナ、やめろ。この傷も、痛みも俺のものだ。奪うことは許さん」


 淡々と落ち着いた声が自分の髪の毛の中からした。クロスが顔をうずめていた。


「やだ、やだやだ!」


 自分が嫌だった。力の使い方がわからない、わかったとしてもそれを恐れる自分が。

 けれど、このままあがき続けたら何かを掴めそうな気がして、自分を押さえ込もうとしているような男の腕の中で暴れた。

 癒すことで傷つくその恐怖を凌駕し、神の子に成るための何かがこの先にある。


 木から落ちる葉、自分に噛み砕かれる食物、病に倒れる人。

 見回した世界は常に死が溢れていた。

 それらを知るにつけ、死という終わりを恐れるようになった。

 癒し方がわからないのをいいことに、マァナは自分の出来ることを放棄して暮らしてきた。


 ごめんなさい、あたしもいつか死ぬからそれで許して。


 懺悔を祈りに代えて誤魔化し続けていた。


 答えはふいに降ってきた。


 『いつでもいい』と思えたら神の子に成れる、と。


 それは少し難しい気がしたが、『いつか』が今でもいいとなら思えた。

 この男のためになら神の子に成れる。

 覚悟をマァナが唇に乗せかけた時、それを奪うような熱が食いついてきた。



 『正しい結婚までの手順書 男性用』には記されていた。

 結婚に関する決定権は、式に着用する衣装以外は全て女性の(もと)にある。

 テサンの住人達にとってそれが常識。

 故に、今、度肝を抜かれて時間が止まる人々がほとんどだった。


 『縁終わり』を告げた矢先の娘の唇を深く、深く奪う男の姿はとんでもない非常識だった。










挿絵(By みてみん)

背後大丈夫でしたか?

一番、背後注意なのはクロスだんちょーだと思いますけどね。

本性出始めたというか壊れていってますが大丈夫でしょうか。不安。

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