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縁あわせ 3 彼女の日常

「マァナ! あんた帰ってきてるのかい!?」

 

 階下からリーンさんの声がする。彼女が上まで上がってこないことを考えると忙しいらしい。

 

 マァナの暮らすこの家の1階は彼女の育ての親であるリーンとレーンの営む双葉亭。

 朝は早くから軽食を提供。昼間は閉めて、早い夕方から開店、ガッツリ男好きのする料理と酒を提供する。

 テサン騎士団の近くに位置する双葉亭は必然的に客の大半が男性だ。

 昼食は団内で賄いがあるので需要が無い。無いといっても店を始めた当初は近隣の商売人を相手にしていた。

 だが、夜の男共の食いっぷりに女二人ではとてもじゃないが対応できないと、早々に昼間は下ごしらえの時間にあてがうことにした。

 物心ついた頃からマァナも手伝いに参加したが女三人でもやはり切り盛りは厳しかった。

 なぜなら、幼いマァナを育て始めると同時に開店した双葉亭は年々料理の腕があがるリーンとレーンのおかげでいまや、テサン騎士団お抱えの食堂扱いになってしまっていた。

 

 マァナは未だガクガクする足をペンっと一回はたいてから、座り込んでいたベットを後にした。

 今日は下ごしらえを免除してもらったので、いつも以上にがんばりたかった。

 料理が男達の口にパコパコと放り込まれて魔法のように消えていく様子を見るのがマァナは好きだ。

 彼らはいつも腹ペコでやってきて給仕のマァナを振り回してくれる。

 へとへとに疲れても、彼らに「うまかったよ、またくる」と言われれば明日もがんばれる……というか、いつだって満腹でご満悦の獣のようにしてあげる!と燃えるのである。三人の女の闘志?が。

 

 そういえば、あの人、口が大きかったなぁ……きっとイイ食べっぷりだろうなぁ。

 衣料品店で見た規格外な男の食事風景を想像するが、満腹でご満悦の獣姿は思い浮かばなかった。

 だから、見てみたいなぁ、と密かに想ってしまった。

 

「リーンさん ごめん、裏口から帰ってたの」

 

 階段を下りつつ髪を耳の横で三つあみにしてゆく。

 元来、髪がふわふわしているので結んだところで気持ちが引き締まるというわけでもなかったが、働く前の儀式だった。

 両耳の横に不出来な三つあみが出来上がる頃、階段の一番下に降り立つ。

 階段は厨房に直通だ。

 おかげで上の部屋にまで常に美味しそうな香りが流れ込んでくる。体調の良くないときはちょっとこたえる……。

 見渡すほど大きくは無い厨房には長身の細い女が二人、せわしなく動き回っていた。

 降りてきた娘に一瞥もくれず二人ともそれぞれ鍋に向かっていた。

 リーンとレーンはマァナを育てた双葉姉妹。年齢はきいてはいけない。マァナには二人はきちんと別々に見えるのだが、周囲は判別がつかないと言う。

 彼女らは艶やかな黒髪を後ろですっきりひと束ねにして、細い腕なのに大なべをかき混ぜたり、ぶんぶん揺らしたり。

 マァナは豪快な男達の食事を見るのも好きだったが、それ以上にこの華奢な二人が豪快かつ、鬼の形相で料理を作る姿が大好きだ。

「あんたの好みは……なんか激しいわ」と幼馴染によく言われるのを自分でも納得することしきりだ。

 

 前掛けをつけ、すぐに厨房を後にする。

 32席ほどある店内はすでに半分くらい客が入っていた。

 見渡す限り常連客という光景はいつものことだ。

 

「あ、お帰りマァナちゃん!」

「おかわり、マァナ」

「おかわり、じゃねぇよ、お前どんだけ食うよ、また双葉にキレられちまうぞ」

「いっそ、食材もちこめよ」

「水、勝手にもらうぞー、って無いじゃん。マァナちゃん! 水ーきれてんよー!」

「なぁ、夜勤代わってくれないかー? 一食おごるからさ」

「それオレのる」

「や、お前の一食じゃワリ食うわ! お前以外で頼む」

 

 このやりとりがいっせいに飛びかう。いつもどおりの活気だ。

 仕事上がりの男達はなんともいえない香を身にまとい、双葉の繰り出す食事の香にあたり、酒の香にひたる。

 ガチャガチャと食器の擦れ合う音と時折発作のような大きな笑い声があがったりで騒がしい。

 かと思えば、窓近くの隅っこで黙々と食事する4人組が居たり。

 真ん中の10人がけ大テーブルの右端に座った二人は食事そっちのけで腕相撲をしている。

 

 男の人って……不可解。

 

「はーい、はーい、」と返事をしながら男達の間をくるり、くるり、と回って働く。

 少し間延びした返事と、高音なのにまろやかな声色に男達が癒されているのを彼女自身は知らない。

 

 その時、ダンッ、という音が店内に響いた。

 何事かと見てみると大テーブルでの腕相撲の結果が出たようだった。

 勝った方は立ち上がって雄たけびをあげている。テサン騎士団のノルドという男だった。

 

「うおーー! やっと終わったっ!!! 勝った!やった!これで恨みっこなしだ!」

 

 負けて机に突っ伏しているのは同じくテサン騎士団のテッツという男。

 

 二人とも入団時期の同じ25歳。部署も同じ、体格も同じ、ついでに髪色や顔立ちも似通っていたのでマァナはなかなか二人を覚えられなかったという過去がある。

 だいたい、紛らわしい二人だった。

 いつも同じ時刻に我先にとやってきて、注文を小出しにしては給仕であるマァナを困らせた。

 そして杯を重ねると必ず二人で喧嘩を始めるのだ。

 それがあまりに頻繁だったせいでマァナは彼らを『ノルドテッツ』と連名で呼ぶようになった。勿論心の中で。仲良くなるおまじない、とうそぶきながら。

 そんな彼らだが騎士団内では一、二を争う有望株らしい。目の前で大騒ぎする二人(まぁ、一人は突っ伏して無言だが)からは想像できない。

 

 大丈夫なのかしら、この町の騎士団は……。

 

 苦笑つつ給仕に専念しようとしたが目の前に当のノルドが降ってきた。

 大机を挟んだ位置だったはずだが、どうやら机を飛び越えてきたようだ。

 

「! ……ノルドさん、お食事が乗ってる机をまたぐのは駄目ですっ」

 

「悪い、マァナ、でも今はそれどころじゃなくてな、ほんとどんだけテッツの野郎とケリがつかなかったか、でも今日はこれで言えるんだ。とうとう!」

 

「お食事処に来ておいてお食事ドコロじゃないって変ですっ」

 

「や、オレは、食事にも来てたんだけど一番は……」

 

 息を飲むノルド。

 視界の端に映るテッツは机に突っ伏しつつも視線をこちらに投げかけていた。

 いつのまにか店内は静かで、今やしゃべっているのはノルドとマァナだけとなっていた。

 

「一番は、き……」

 

「マァナ! 言い忘れてた、あんたえんあわせ決まったから!」

 

 ノルドの声にかぶさるように、厨房の品出し窓からリーンが声をあげた。

 一瞬、息を呑むような静寂の後、店が男達の雄たけびで揺れた。

 

「ぶぅわははっ!! ノルドもテッツも手遅れー!!」

「なにこの結果! オレの金どこいくんだー」

「せめてなんかべつのネタに繰り越してくれー」

「二人ともかっこつかねー。ひでぇよ双葉嬢〜」

「相手誰だー命知らずが!」

「あ、テッツ、やな笑い顔してる……」

 

 いっせいに飛び交ったやりとりはマナァの耳には一言も入ってこなかった。

 そろそろ縁あわせはくるかなぁ、と思っていたが何故にリーンさんは今こんな場面で言うのだろう……

 ただただ困惑するばかりだった。

 

「相手は誰ですかッ!!!!!」

 

 誰よりも大きな声でノルドが叫んだ。その顔はいつに無く真剣だった。

 それに対してリーンは厨房から出ることは無く先ほどと同じ品出し窓から告げた。

 

「クロス・ハガード」

 

 その名を聞いたノルドは突然顔面蒼白になった。テッツの方も同じような反応だった。

 その他は驚く者と、なぜか「あちゃぁ」と訳知り顔で視線を虚空に向けた者もいた。

 

 マァナだけがオロオロと店内全員の顔色を伺っていた。

 なんだか縁あわせの相手、評判が悪いのかしら?と不安げだった。

 

 その日、双葉亭は鎮痛な空気のまま閉店を迎えたのだった。

 

 

 


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