縁あわせ 29 水祭②宝石店※イラスト有り
読んでくださりありがとうございます。
今回、小説の最後にイラスト(?)があります。
挿絵表示 する にしていただければご覧になれます。
ザッと描いたものですがよかったらどぞ!
厚みのある黒くしっとりとした布地の上に並べられる石達にマァナは気後れしていた。
綺麗な小石を並べてターニャと遊ぶのとはわけが違うのだ。
石はどれもキラキラ輝いて黒い布地上の映え具合を競っているようだった。
目が痛いかも。
クロスに引きずられるように入った店は、マァナが以前、時間を忘れて魅入ったキラキラ輝く石の店だった。恐れ多くてとても入るわけにはいかないと思っていた店。
クロスは馴染みであるかのようにゆったり座っているが、マァナはふかふかの椅子から腰が浮き気味で憐れなほど小さくなっていた。
隣の男が考えている事がさっぱりわからない。
何か買わないことには、てこでも動かないような顔つきをしていた。
マァナという娘は昔から物に執着しなかった。
買い与えられなかったこともあるが、多くの物に振り回されたくないからでもあった。
最低限必要な物だけに囲まれて生きていたマァナの必要ではないのに大事な物といえば、テサン騎士団横の公園で拾った剣の刃こぼれの欠片(たぶん)と、ターニャが砂場で掘り起こした青緑色の半透明の小石、双葉達に捨てろと再三言われているミーゲの抜け殻、くらいなものだった。
だから、今、目の前にある輝く石達を綺麗だとは思っているものの、その価値を見出せないでいた。それをどう男に伝えようかと思案して黙りがちになる。
ちょび髭を蓄えたおじ様店員のおもねるような視線を受けとめるのでマァナは手一杯だった。
「どれがいい?」
恐れていた問いに思考が停止しそうになる直前、以前この店の前に来た時魅入ってしまった首飾り用の石を思い出した。確か入り口の窓辺に並べられていたはずだ。
マァナはぷいっ、とそっぽを向くように店の入り口へ視線をやった。
「いらんのか?」
クロスのつぶやきに慌てたのは他でもないちょび髭の店員だ。
「お連れ様の気になる品は他にあるようでございますよ」とそつなくマァナを店の入り口付近へ誘った。その内心は、こんな売り上げの見込めない日に飛び込んできた客を逃せない、どうか店先の賑やかし用の安価な品を選びませんように、だった。
だが、マァナはその安価な品を指差した。
多色石と呼ばれる小粒の石で、魔術師による土地改変が行われた地域周辺で掘り出される代物。角度を変えると黄緑や水色、桃色など発光するような色味が乳白色の石地に遊び揺れる美しい品なのだが、いかんせん貧しい子供達が家計の足しにと大量に持ち込むので値も下がる。
「こちら、でございますね」
渋々、ちょび髭店員は金の器に盛られた多色石の一つをそっと摘みあげる。
「あ、ちがう。こっち」
娘は黄緑色の配分が豊かな多色石を指差していた。
石の大きさは彼女の小指の爪ほどしかなく、少しばかり歪んだ涙滴型をしている。
量り売りなのに、と店員は天を仰ぎそうになっていた。
こうなったら金鎖で粘って、宝石箱でも勧めてみるしかない。
店奥のクロスの隣に戻ったマァナは黒い布地に乗って穏やかに発光しているように見える小さな石に意識を攫われた。向かいで鎖選びに熱を上げているちょび髭店員は目に入らない。
結局、クロスが繊細な金の飾り鎖を選んだ。長さの調節だと細い首に冷たい鎖の感触が乗って、ようやくマァナは我に返った。
「あの、長いほうがいいです」
この言葉に店員の表情は華やいだ。量り売りなのだ。金鎖も。
小さな石の鎖を長くするのは意匠的には微妙なのだが、ホイホイと娘の言葉に従った。
「このくらいでいかがですか?」
「はい」と嬉しそうに見上げてくる娘の次の言葉に店員はハッとした。
「これならあたしもこの子を見られるわ」
娘は宝石を飾る道具ではなく、ただ、その美しさを見たいだけなのだ。
それならば、この多色石は表情の変化が大きいのでうってつけだった。
「多色石は、水の中に入れると瑞々しくて輝いて美しいですよ。ランプの明かりの中で見ても幻想的ですし、勿論自然光の下では素直な輝きで楽しませてくれます」
いつもは宝石を身に着けた客を褒め称える作業に入る店員なのだが、今は石本来の楽しみ方を娘に教えた。そして、自分自身も多色石の美しさを思い出していた。
その後は販売店員の本分を思い出して娘に似合うと褒め称え、宝石箱を勧めたりもしたのだが、「ずっとつけてる物に置き場所って必要?」との言葉にあえなく撃沈した。
包みも要らないと言い出しかねないので、飲み物をそっと差し出してから慌てて加工して包装にとりかかる。
金鎖が絡まないように丁寧に箱へ収める。白い小箱は買った石に反して大き過ぎたのだが、パコッと蓋を閉じてしまえば問題は無い。
巻かれる白いリボンは淵に金糸飾りが縫い取られ、等間隔に店名の刺繍が刻まれていた。
「きれい。開けたら髪を結うのに使うわ」
そう娘が嬉しそうに笑ったのでリボンを二重に巻いて上を花のように細工したちょび髭店員だった。
店を後にして少し歩く間もマァナは宝石の入った紙袋にご執心だった。
いつの間に買う事になったか、とか、お礼を言い忘れている、などの細かい事は頭から飛んでいた。
それどころか石鹸に関しても礼を言い忘れているのだが本人は気づいた様子が無い。
ただただ、全身から開けたい、という想いをにじみ出している姿が彼女の喜びを雄弁に表現している。 それを酌んでクロスは近くの公園に入った。
人が多いので座る場所が無かったのだがマァナは少し得意げな顔をし、提げていたカバンから敷物を出して木陰に敷いた。
「どうぞ」
「用意がいいな。他には何が入っている?」
「たべもの」と短く答えた。マァナはそれより、と隣に腰を下ろしたクロスを無言で見上げた。
「衣料品店での事を思い出す。あの時も君はそんな顔を店主に向けていた」
クロスはそう言って紙袋から白い箱を取り出し、マァナの手の平に落とした。
それでもマァナが動かないのでリボンに手をかけて解いて、蓋も開けた。
「きれい……」
石に触れもせずにマァナは魅入っていた。
「部屋を見てわかっていたことだったな。君は違うと……」
「え、何が違う?」と視線は石から外さず、すぐに問い返した。
「母の話はしたか? 金や物に執着する人だったらしいので、君もそうだったらと少し心配になっていた」
「あたし、がめついよ? 毎晩、売り上げとにらめっこだよ?」
そういうことでは無いとクロスは笑いながら金鎖を無骨な手ですくい上げ、マァナの髪をふわりとわけて首筋を晒した。涼しくなった首筋に冷たい鎖の感触と温かいクロスの指が触れ、時間がゆっくり流れる感覚にマァナの体はしっとりと汗ばむ。
無事に取り付け終わったのかクロスの手が両肩にどっしりと乗せられたかと思うと、首筋に温かくて柔らかなものが押し当てられた。
手……は肩に……じゃ、これは何……?
「君を好いている」
何故自分の首の後ろの空気が揺れてクロスの声がするのか、なんとなくわかったが、わからないふりをした。
「まだ知らぬことが多いが君を欲しいという気持ちだけは確かだ。結婚してくれマァナ」
「ななな……何回そういうこと言うんですかっ」
「そんなに言ったか? 大安売りだな我ながら。……返事は」
背後から重圧がかかった。否と答えるわけが無いが、そう答えたらくびり殺されるような予感がするほどだった。それ以上に受け入れれば首筋に今以上の悪戯をされそうにも感じる。
返事どころではない。
「くくく首は、生き物のきゅ、急所ですっ。そ、そんな部分を見られてたら何も答えられませーんっ」
緊張に弾けたようにマァナが叫ぶと、クロスも弾けたように覆いかぶさるようにしていた背後から離れてマァナの視界に顔を見せた。
「すまない。君の首を見ていたらつい」
そう真顔で言う男の瞳には仄暗い熱がまだ残っているようで、視線は買い与えた小粒な宝石よりもマァナの鎖骨に絡んでくるようだった。
「た、食べてくださいっ!」
「……」
「その顔はお腹が減ってるんですに決まってますっ!メコ粉の粗引きでお肉が野菜で美味しいのですっ」
マァナは大慌てでカバンから紙包みを引っ張り出して、そのままクロスの顔に押し付けた。
今朝作ったものだ。メコ粉を適度に蒸したものを平たく成形し、炒めた肉と茹でた葉野菜と甘酸っぱいソースを間に挟んだ食べ物は、これまでの道中で多少型崩れし、今やクロスの顔とマァナの小さな手で完全に押しつぶされてしまっていた。
ライスバーガー、と書けたらどんなに楽か……。
そしてまた、イラストというか、ただの落書き……。
マァナさん御執心の石はこの世界で言うところのホワイトオパールを想像していただくとわかりやすいです。
実際、小指の爪の大きさもあって、遊色が美しいと恐ろしく高いです……。
カボションカットというドーム型が多いですが、作中は地中からコロコロ出てくるイメージなので丸かったり涙滴型が多いという設定です。




